設立の手続き
法人成りの年、一括償却資産と開業費の残りは全額経費。取戻しは約2割〜4割
法人成りで個人事業を廃止すると、一括償却資産の残り、開業費、繰延消費税額等は廃業した年に全額を必要経費にします。承継者がいないので翌年以降に落とす機会はありません。廃業年は給与所得と合算になり国保も動かないため、取戻し額が通年営業より小さくなることを試算で示します。
法人成りで個人事業を廃止した年には、一括償却資産の残り、開業費の未償却残高、繰延消費税額等を、廃業した年分で全額必要経費にします。法人成りでは個人の事業を承継する人がいないので、翌年以降に落とす機会がありません。
ただし、同じ60万円を経費にしても、廃業年の取戻し額は通年で営業している年より小さくなります。廃業年は役員報酬の給与所得と合算になり、国民健康保険料が廃業年の所得に連動しないためです。当サイトの試算では、1〜6月の事業利益400万円で21.3万円(35.4%)でした。
一括償却資産の残りは、廃業年に全部落とす
一括償却資産は、取得価額10万円以上20万円未満の減価償却資産を、3年間で3分の1ずつ必要経費にする仕組みです(所得税法施行令139条)。国税庁の質疑応答事例は、飲食業を法人成りする例について次のように答えています。
一括償却資産の取得価額のうち必要経費に算入していない部分は、全て廃業した年分の事業所得の必要経費に算入します。
理由は2つの通達の組み合わせです。所得税基本通達49-40の2は、一度一括償却資産にしたものは、個々の資産を譲渡・除却しても3年間の均等償却を続けるとしています。49-40の3は、死亡した場合は原則として死亡した年分で残りを算入し、業務を承継した人がいれば翌年以後の分をその人が算入してもよいとしています。法人成りでは承継する人がいないので、残りは廃業年に全部落とすことになります。
廃業年に落とす額は通常の年より大きくなる
一括償却資産は月割をしません。年の途中で取得しても、年の途中で廃業しても、通常は1年分として取得価額の3分の1を落とします。法人成りの年はそこに残りの全額が加わります。
| 取得 | 取得価額 | 前年 | 廃業年(通常) | 翌年(通常) | 廃業年(法人成り) |
|---|---|---|---|---|---|
| 前年に取得 | 450,000円 | 150,000円 | 150,000円 | 150,000円 | 300,000円 |
| 廃業年の3月に取得 | 240,000円 | — | 80,000円 | 80,000円 | 240,000円 |
通常なら廃業年に23万円のところ、法人成りでは54万円を落とします。廃業年の3月に買ったパソコンなども、その年のうちに取得価額の全額が必要経費になります。
開業費と繰延消費税額等も同じ理屈で廃業年に
一括償却資産以外にも、翌年以降へ繰り延べていた経費は廃業年で精算します。
| 項目 | 通常の扱い | 法人成りの年 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 一括償却資産 | 3年間で3分の1ずつ | 残りを全額 | 質疑応答事例(法人成りした場合の一括償却資産) |
| 開業費(任意償却を選んだもの) | 好きな年に好きな額 | 残りを全額落とせる | 質疑応答事例(開業費の任意償却) |
| 繰延消費税額等 | 60か月で按分 | 残りを全額 | 質疑応答事例(廃業した場合の繰延消費税額等) |
開業費は60か月を過ぎても落とせる
個人の開業費は、60か月の均等償却か任意償却のいずれかで必要経費にします(所得税法施行令137条)。国税庁の質疑応答事例は、任意償却には下限がなく、60か月を経過したら落とせなくなるという規定もないので、未償却残高はいつでも必要経費に算入できるとしています。
開業から何年もたって、開業費を資産に載せたまま忘れていることがあります。法人成りの年はこれを落とす最後の機会です。ただし事例は、支出した開業費の内容と、過年分で必要経費に算入していないことを明らかにしておく必要があるとも書いています。当時の領収書と、過去の決算書に残高が載っていることを確認しておきます。
法人を設立するための費用は、個人の開業費ではなく法人の創立費です。こちらは法人側で扱います(法人の創立費・開業費)。
繰延消費税額等は該当する人が限られる
繰延消費税額等は、税抜経理で控除できなかった消費税額等のうち、資産に係るもので一定の要件に当たらないものを60か月で按分する仕組みです(No.6921)。課税売上割合が95%未満の場合などに生じるので、課税売上が中心の個人事業主では出てこないことが多い項目です。
該当する場合、国税庁の質疑応答事例は、事業承継が行われない廃止では廃業年に算入しなければ機会が失われるとして、残額を廃業した年分の必要経費に算入するとしています。
取戻し額は通年営業より小さい
残額を経費にすると、所得税・住民税・個人事業税が下がります。1〜6月を個人事業、7月1日に法人成りした年で試算しました。
| 1〜6月の事業利益 | 7〜12月の役員報酬 | 残額30万円 | 残額60万円 | 60万円に対する割合 |
|---|---|---|---|---|
| 200万円 | 月28万円×6 | 60,300円 | 118,100円 | 19.7% |
| 300万円 | 月42万円×6 | 75,300円 | 135,600円 | 22.6% |
| 400万円 | 月54万円×6 | 106,300円 | 212,500円 | 35.4% |
| 500万円 | 月54万円×6 | 106,300円 | 212,600円 | 35.4% |
| 600万円 | 月54万円×6 | 106,300円 | 212,600円 | 35.4% |
| 750万円 | 月54万円×6 | 115,400円 | 225,700円 | 37.6% |
※ 東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み/2026年(令和8年)分基準 ※ 取戻し額=所得税・住民税・個人事業税の減少額。国保は法人成りで脱退するため廃業年の所得に連動しない ※ 役員報酬の月額は、通年の事業利益(1〜6月の2倍)に対する当サイトの最適報酬。個人事業税の事業主控除は6か月分の月割で計算
同じ所得水準の人が通年で営業を続け、同じ60万円を経費にした場合と比べます。
| 通年の事業利益 | 残額60万円の取戻し額(国保を含む) | 廃業年の取戻し額 |
|---|---|---|
| 400万円 | 174,480円 | 118,100円 |
| 600万円 | 298,780円 | 135,600円 |
| 800万円 | 256,580円 | 212,500円 |
| 1,000万円 | 238,260円 | 212,600円 |
| 1,200万円 | 287,363円 | 212,600円 |
| 1,500万円 | 292,100円 | 225,700円 |
※ 左列は通年営業の個人事業主(事業所得が同じ年額)。右列は上の表の再掲で、1〜6月の事業利益が左列の半分
差が出る理由は2つです。1つは国民健康保険料が動かないこと。通年営業なら経費で所得が下がると翌年度の国保料も下がりますが、法人成りすると国保を抜けるので、廃業年の所得は国保料に効きません。もう1つは事業主控除が月割になること。個人事業税の事業主控除は、事業を行った期間が1年未満なら月割になります(東京都主税局)。6か月営業なら年額の半分なので、半年の利益が200万円でも控除後に55万円が課税されます。そのため、残額を経費にすると個人事業税も下がります。
1〜6月の利益が200万〜300万円の帯で割合が2割前後に下がるのは、所得税の税率区分が低いまま、国保の取戻しがなくなるためです。400万円からは役員報酬と合算した総所得で税率区分が上がり、35%前後で横ばいになります。
忘れたら翌年には持ち越せない
通常の年なら、一括償却資産の償却を1年分落とし忘れても翌年以降に残りが続きます。法人成りの年に残額を落とし忘れると、その後に算入する年分がありません。廃業年分の申告期限から5年以内なら更正の請求で直せます(更正の請求の期限)。
資産を法人に売る場合は、別の計算が並走する
一括償却資産の中のパソコンや什器を法人へ売ることもあります。この場合でも、個人側の一括償却資産の残りは廃業年に全部落とします。質疑応答事例は、個々の資産を譲渡しても、その取得価額に対応する金額を取得費として控除することはできないとしています。
売却代金は個人の譲渡所得になりますが、総合課税の譲渡所得には年50万円の特別控除があります(No.3152)。一括償却資産に入る程度の備品を数点売るだけなら、その年の他の譲渡益と合わせて50万円以内に収まり、課税が生じないことが多い金額です。
法人側は、買い取った価額で改めて資産を計上します。取得価額が10万円未満なら少額の減価償却資産として、事業の用に供した事業年度に損金経理で損金にできます(No.5403)。車など金額の大きい資産の売り方は法人成りの資産引継ぎで扱っています。
廃業年の申告で確認すること
- 固定資産台帳から一括償却資産を抜き出し、未算入の残りを全額計上したか
- 開業費など繰延資産の残高が決算書に残っていないか。残っていれば根拠資料を確認したか
- 税抜経理で繰延消費税額等を計上していないか
- 法人へ売った資産の売却代金を譲渡所得として整理したか(事業所得の売上ではない)
- 廃業年分の個人事業税を見込みで必要経費にしたか(廃業年の事業税の見込控除)
5つ目も同じ「廃業年にしか使えない」経費です。法人化の判定ツールは通常年の比較なので、こうした移行年だけの経費は入っていません(計算方法)。廃業年の申告は個人事業の最後の決算になるので、判定ツールで通常年の差額を確かめたうえで、移行年の精算を別に積み上げてください。
まとめ
- 一括償却資産の残りは、法人成りの廃業年に全額を必要経費にする。承継者がいないので翌年以降には落とせない
- 廃業年の3月に買った一括償却資産も、その年に取得価額の全額を落とす
- 開業費の未償却残高は60か月経過後もいつでも落とせる。繰延消費税額等も廃業年に残額を算入する
- 取戻し額は60万円に対して約2割〜4割。国保が動かず事業主控除が月割になるため、通年営業より小さい
- 法人に売った資産は、個人は譲渡所得(特別控除50万円)、法人は買取価額で計上し直す
よくある質問
一括償却資産の残りを法人に引き継げば、法人で償却を続けられますか?
続けられません。国税庁の質疑応答事例は、法人成りでは事業を承継する人がいないため、個人で必要経費に算入していない部分は全て廃業した年分の必要経費に算入するのが相当としています。法人は法人として買い取った価額で改めて資産を計上します。
廃業年の申告で残額を経費にし忘れたらどうなりますか?
翌年以降の年分に落とすことはできません。廃業年分の申告について、法定申告期限から5年以内であれば更正の請求で直すことができます。
開業費はもう5年以上たっていますが、残りを経費にできますか?
国税庁の質疑応答事例は、任意償却が可能な繰延資産の未償却残高は60か月を経過した後でもいつでも必要経費に算入できるとしています。ただし、その開業費が過年分で必要経費に算入されていないことを明らかにしておく必要があります。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。