設立の手続き
法人成り前の滞納税は会社へ移る?第二次納税義務の2経路
結論
個人事業で滞納した国税は、法人成りだけで会社の債務へ自動的に移りません。ただし、個人が持つ同族会社の株式・持分を換価できない場合は国税徴収法35条、関係する会社が同じ場所で同じ事業を譲り受けた場合は38条により、会社へ第二次納税義務の納付通知が届くことがあります。責任の上限は、35条なら持分価額、38条なら譲り受けた積極財産の価額です。
- 第二次納税義務は自動承継ではない。税務署長が会社へ納付通知書を発し、その翌日から1か月後を納期限として具体化する
- 35条の上限は通知時の会社の資産−負債を持分で按分した額。滞納300万円、会社の純資産100万円なら計算上の上限は100万円
- 38条は法定納期限の1年前より後の事業譲渡が対象。関係会社が同じ場所で同じ・類似の事業を営み、個人財産が不足するなど全要件が必要
個人事業の所得税や消費税を滞納した状態で会社を作っても、滞納国税が会社へ名義変更されるわけではありません。個人と法人は別の納税者です。
しかし、「会社を作れば個人側には差し押さえる財産がなくなる」と考えて、事業と財産を会社へ移せば終わるわけでもありません。国税徴収法には、元の納税者から徴収できないとき、一定の関係にある別人へ納付を求める第二次納税義務があります。法人成りで特に関係するのは、35条の同族会社と38条の事業譲受人という2つの経路です。
税の債務は自動移転しない。納付通知で会社の義務が具体化する
第二次納税義務は、個人の滞納国税を会社が「承継」する制度ではありません。元の納税義務者は個人のままで、個人の財産へ滞納処分をしても徴収不足になると認められる場合に、補充的に会社へ納付を求める制度です。
国税徴収法32条では、税務署長が第二次納税義務者へ、納付する金額、納付期限、納付場所などを記載した納付通知書を送ると定めています。期限は通知書を発した日の翌日から1か月後です。会社が期限までに払わなければ、その後に督促が続きます。
したがって、次の3つは分けて考えます。
- 個人に国税の滞納がある
- 法人成りして個人から会社へ事業・財産を移す
- 法定要件に該当し、会社へ第二次納税義務の納付通知が発せられる
1と2だけで3が自動的に起きるわけではありません。一方、会社の登記名義が個人と別だから3は絶対に起きない、という理解も誤りです。
法人成りで問題になる2つの経路
| 経路 | 何に着目するか | 主な成立要件 | 会社の責任上限 |
|---|---|---|---|
| 国税徴収法35条 | 個人が持つ同族会社の株式・持分 | 個人財産が不足し、その株式・持分を再度公売しても買受人がない、または譲渡制限等で換価できない | 対象となる株式・持分の価額 |
| 国税徴収法38条 | 個人から関係会社への事業譲渡 | 個人財産が不足し、特殊関係者が同じ場所で同じ・類似の事業を営むなど | 譲り受けた積極財産の価額 |
同じ「法人成り」でも、35条は個人が持つ会社持分を換価できないこと、38条は会社が個人事業を譲り受けたことが入口です。二つを一つの要件として混ぜると、どの財産がいくらまで対象になるのか分からなくなります。
35条は、会社そのものではなく換価しにくい持分から始まる
株式会社の株式や合同会社の持分は、個人が所有する財産です。本来はその持分を差し押さえて換価し、滞納国税へ充てます。しかし一人会社の持分は、買い手が見つかりにくく、定款や会社法上の制約もあります。
35条は、個人のほかの財産で徴収できず、対象持分について再度の公売でも買受人がない場合や、譲渡制限などで換価が難しい場合に、同族会社へ第二次納税義務を負わせる規定です。公売の要件は、単に「非上場株だから売れそうにない」という予想だけでは足りません。
対象になるのは、原則として滞納国税の法定納期限の1年前の日より後に個人が取得した株式・持分です。会社のすべての株式がいつでも対象になるわけではありません。法人成りで設立した会社の持分を個人が取得し、その後に個人事業時代の国税が法定納期限を迎える時系列では、この期間関係を確認します。
責任上限となる持分価額は、納付通知書を発する時点の会社の資産から負債を引き、発行済株式・出資全体に占める個人の持分で按分して計算します。帳簿の資本金ではなく、通知時点の資産・負債を客観的に評価する考え方です。
38条は、関係会社へ事業を移したことから始まる
38条は、納税者が親族その他の特殊関係者へ事業を譲渡し、その相手が同じ場所で同じまたは類似の事業を営んでいる場合を対象にします。一人会社への法人成りでは、個人が支配する会社が特殊関係者となる可能性があります。
主な要件は次のとおりです。
- 個人の財産へ滞納処分をしても、なお徴収不足になると認められる
- 会社が個人から事業を譲り受けた特殊関係者に当たる
- 会社が譲り受けた事業と同じ、または類似する事業を営む
- その事業を、個人が営んでいた場所と同じ場所で営む
- 対象が、譲渡した事業に係る国税である
- 事業譲渡が、国税の法定納期限の1年前の日より後に行われている
例えば法定納期限が2026年5月31日なら、2025年5月31日以前の事業譲渡は38条の期間要件から外れ、2025年6月1日以後の譲渡はほかの要件とともに検討対象になります。これは「1年待てば滞納が消える」という意味ではありません。38条以外の徴収や、無償・著しく低額な譲渡を扱う39条は別に残ります。
国税庁の基本通達は、事業譲渡を、得意先関係、営業上の秘密、販売機会などを含む有機的一体としての事業財産の移転と説明しています。工場、店舗、機械、在庫など物的施設だけを移し、得意先や営業上の権利を移していない場合は、38条の事業譲渡には当たらないとしています。
ただし、物だけなら自由に無償移転できるわけではありません。無償または著しく低い額で資産を会社へ移し、それによって個人の財産が不足した場合は、39条の第二次納税義務が別に問題になります。
滞納300万円でも、会社の上限は300万円とは限らない
第二次納税義務が成立したと仮定しても、会社が負う額には上限があります。35条は持分価額、38条は会社が譲り受けた積極財産の価額です。
| 経路 | 評価の前提 | 責任限度額 | 滞納300万円に対する計算上の上限 |
|---|---|---|---|
| 35条・同族会社 | 資産800万円−負債300万円、持分100% | 500万円 | 300万円 |
| 35条・同族会社 | 資産400万円−負債300万円、持分100% | 100万円 | 100万円 |
| 38条・事業譲受人 | 機械200万円+在庫150万円+売掛金100万円 | 450万円 | 300万円 |
| 38条・事業譲受人 | 譲受けた積極財産120万円 | 120万円 | 120万円 |
※ 法定要件をすべて満たして第二次納税義務が成立したと仮定した上限額。実際の納付通知額を決めるものではない
35条の一つ目は会社の純資産が500万円なので、持分価額は500万円です。しかし滞納額が300万円なら、会社へ求める額も300万円を超えません。二つ目は純資産が100万円なので、滞納が300万円でも計算上の上限は100万円です。
38条の積極財産は、事業とともに譲り受けた機械、在庫、売掛金などプラスの財産を指します。会社が事業譲渡後に自力で購入した財産まで、責任限度額へ足す考え方ではありません。評価時点は譲受け時です。
表は scripts/houjinnari-dainiji-nozei-gimu.mjs で再生成できます。重要なのは、限度額を計算できても、それだけで成立要件を満たすわけではないことです。個人財産の不足、持分の換価状況、事業譲渡の実態などが先に判定されます。
時価で売買すれば「必ず安全」ではない
法人成りで車・パソコンなどを引き継ぐ方法では、個人と会社の間でも時価を根拠に売買契約と代金決済を残す必要があると説明しています。これは譲渡所得、消費税、法人の取得価額を正しく処理するための基本です。
第二次納税義務でも、適正な対価を会社が支払い、その現金が個人に残って税務署が徴収できるなら、「個人の財産で徴収できない」という前提を崩す方向に働きます。反対に、契約書だけ作って代金を払わない、代金をすぐ会社へ戻す、明らかに低い価格で移すといった形では、個人側に徴収可能な財産が残りません。
ただし、時価売買は38条を自動的に除外する要件ではありません。38条は事業を有機的一体として譲ったか、特殊関係、同じ場所、同じ・類似の事業、期間などを見ます。さらに低額・無償なら39条という別経路があります。「時価で請求書を作ったから終わり」ではなく、実際の入金とその後の資金移動まで一続きで確認します。
法人成り前に確認する順番
滞納があるときは、通常の設立手続きより先に、何が未納かを一覧にします。
| 確認項目 | 残す資料・取る行動 |
|---|---|
| 税目・対象期間・法定納期限 | 納付書、申告書、税務署からの通知 |
| 本税・延滞税の現在額 | 税務署の徴収担当へ確認 |
| 個人に残る財産 | 預金、売掛金、車、設備、不動産、会社持分 |
| 会社へ移すもの | 資産台帳、査定、事業譲渡または売買契約 |
| 対価の決済 | 個人への実際の振込、未払金の返済計画 |
| 営業実態 | 店舗所在地、顧客契約、屋号、電話、ウェブサイト、仕入先 |
| 会社の資産・負債 | 通知時の客観的な評価に使える帳簿・証憑 |
所得税、消費税、源泉所得税などの国税と、住民税、個人事業税などの地方税は分けます。この記事の35条・38条は国税徴収法です。地方税の滞納へ国税の条文をそのまま当てはめず、それぞれの徴収窓口で確認します。
一度に払えない国税があるなら、資産を会社へ移してから説明するのではなく、移す前に税務署の徴収担当へ相談します。法人税・消費税を納期限に払えない場合の申請要件と延滞税は換価の猶予の記事で整理しています。個人事業の借入金も会社へ自動移転しないため、税以外の債務は法人成りの借入金引継ぎと分けて確認してください。
なお、会社が第二次納税義務として国税を納めると、会社は元の納税者である個人に対する求償権を取得します。会社の支払いで個人の負担が完全に消えるのではなく、税務署への債務が会社から個人への債権に置き換わる面があります。回収できない可能性があるなら、会計・法人税上の処理も事前に検討が必要です。
まとめ
- 個人事業の滞納国税は、法人成りだけで会社へ自動移転しない
- 会社へ納付を求めるには、第二次納税義務の要件と納付通知が必要
- 35条は換価しにくい同族会社の株式・持分が入口で、上限は持分価額
- 38条は特殊関係者への事業譲渡が入口で、上限は譲り受けた積極財産の価額
- 資産だけを移しても低額・無償なら39条が別に問題になる
- 滞納があるときは、事業や財産を移す前に税務署の徴収担当へ相談する
法人成りで税・保険料の総額がどう変わるかは、滞納の処理とは別の判断です。過去の債務を会社へ寄せて比較せず、まず現在の条件で手取り差を計算し、そのうえで滞納国税の納付計画と資産移転を切り分けてください。
よくある質問
個人の滞納税を払わないと、設立した会社の口座がすぐ差し押さえられますか?
法人成りしただけで会社の預金が個人の財産になるわけではありません。会社に第二次納税義務を負わせるには、35条や38条などの要件を満たし、税務署長が会社へ納付通知書を発する手続きが必要です。ただし、個人から会社への送金や資産移転が実質的に無償・著しく低額なら、39条など別の規定も検討対象になります。
資産を時価で会社へ売れば、第二次納税義務は必ず避けられますか?
必ずとはいえません。適正な対価を個人が受け取り、その代金が徴収できる状態なら「個人の財産で徴収できない」という前提を崩す方向に働きますが、38条は事業譲渡、場所、事業の同一性、特殊関係、時期などを総合して判定します。時価売買だけで全経路を一律に否定する規定ではありません。
会社が払った金額を、元の納税者である社長へ請求できますか?
国税徴収法32条は、第二次納税義務者が納付したとき、元の納税者に対して求償権を取得すると定めています。ただし、会社に回収可能性があるか、会計上どう処理するかは別に検討が必要です。
この記事のルールは住民税や個人事業税にも同じですか?
この記事は国税徴収法による国税の第二次納税義務を扱っています。地方税には地方税法の規定があるため、住民税・個人事業税などへ条文番号や要件をそのまま当てはめないでください。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。