税金の基礎

賃上げ促進税制は役員報酬に使えない。法人成りの年も対象外

賃上げ促進税制の控除対象は国内雇用者への給与で、役員報酬は入りません。さらに法人の設立事業年度と個人事業の廃止年はどちらも適用外なので、法人成りした年は両側で落ちます。従業員を雇ったあと、事業所得800万円で実際に控除できた額は17,660円でした。

賃上げ促進税制は「給与を増やした会社の法人税が安くなる制度」として紹介されます。ところが一人社長の会社では、役員報酬をいくら上げても控除額は1円も出ません。控除の対象が「国内雇用者に対する給与等」に限られていて、役員はそこに入らないためです。さらに法人成りした年は、個人側も法人側も適用対象から外れます。従業員を雇ったあとにいくら戻るのかまで、計算エンジンで出しました。

役員報酬は「国内雇用者に対する給与等」に当たらない

中小企業向けの措置(措法42の12の5②)の控除額は、控除対象雇用者給与等支給増加額に控除率を掛けて計算します。この増加額のもとになる雇用者給与等支給額について、国税庁は「損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額」と定義しています。

そして国内雇用者とは「法人の使用人(その法人の役員と特殊の関係のある者等の一定の者を除きます。)のうちその法人の国内に所在する事業所につき作成された賃金台帳に記載された者」です。役員は使用人ではないので、そもそも入口に入りません。役員報酬を月50万円から月60万円に上げても、雇用者給与等支給額は動かないままです。

「自分は現場の仕事もしているから使用人兼務役員では」と考える人もいますが、一人社長の会社では成立しません。国税庁は使用人兼務役員になれない役員として、合同会社の業務執行社員代表取締役を挙げています。当サイトが既定にしている合同会社なら業務執行社員、株式会社なら代表取締役に当たるため、現場作業をしていても使用人としては扱われません。

個人事業主向けの措置(措法10の5の4)も同じ構造で、こちらは除かれる範囲が条文どおりに列挙されています。国税庁は「個人と特殊の関係にある者」として次の4つを挙げています。

  • 個人の親族
  • 個人と婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者
  • 上記以外の者で、個人から受ける金銭その他の資産(給与に該当しないものに限る)によって生計の支援を受けている者
  • 上記2つに該当する者と生計を一にするこれらの者の親族

つまり配偶者に払う専従者給与は、金額をいくら増やしても賃上げ促進税制の対象になりません。家族だけで回している事業では、個人・法人のどちらでも分子が立たないということです。家族への給与の扱いはみなし役員の判定でも論点になりますが、この制度では役員かどうか以前に「特殊の関係のある者」で切られます。

法人成りした年は、個人でも法人でも使えない

ここは競合記事がほとんど書いていない部分です。法人成りした年は、個人側でも法人側でもこの制度が使えません。

法人側は、国税庁が「対象となる期間内に新たに設立された法人の設立の日を含む事業年度については、この制度の適用を受けることができません」と明記しています。適用期間そのものは平成30年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度ですが、その中でも設立事業年度と、合併以外の事由による解散の日を含む事業年度、清算中の各事業年度は除かれます。

個人側は、適用対象期間が「令和4年から令和9年までの各年(事業開始日および廃止日を含む年は除きます)」とされています。法人成りする年は個人事業を廃止する年でもあるので、この括弧書きに当たります。

前年から従業員を雇っていて賃上げの実績があっても、法人成りの年だけは両側で落ちるという形です。法人化のタイミングと決算期の決め方を考えるときの材料の1つになります。

令和8年度改正で、上乗せの選択肢が1つ減った

タックスアンサー No.5927-2 は「最大45パーセント」と書いていますが、このページの表示は[令和7年4月1日現在法令等]のままです。令和8年度改正が反映されていません。

国税庁の「令和8年度 法人税関係法令の改正の概要」には、次の見直しが明記されています。

項目改正前改正後
全法人向けの措置あり令和8年3月31日をもって廃止
中小企業向け 通常要件増加割合+1.5%以上で15%変更なし
中小企業向け 上乗せ増加割合+2.5%以上で30%変更なし
中小企業向け 教育訓練費の上乗せ+10%廃止
中堅企業向け 教育訓練費の上乗せ+5%廃止
子育て支援・女性活躍の上乗せ+5%維持

出典:国税庁「令和8年度 法人税関係法令の改正の概要」(令和8年5月27日現在公布の法令に基づく)

適用時期は令和8年4月1日以後に開始する事業年度分の法人税からです。教育訓練費の上乗せがなくなったので、中小企業向けの控除率の上限は45%ではなく**35%**になります。中堅企業向けの措置も要件が引き上げられていますが、そちらは継続雇用者給与等支給増加割合(+4%/+5%/+6%)で判定するもので、中小企業向けの1.5%・2.5%とは判定対象が違います。混同しないでください。

なお同じ資料には「令和8年度税制改正の大綱では、適用期限(令和9年3月31日)の到来をもって廃止されることが示されています」という注記もあります。これは大綱の段階の話で、まだ法律になったものではありません。

雇ったあと、実際にいくら控除できるのか

ここからは従業員を1人雇っている前提で計算します。前事業年度の雇用者給与等支給額を300万円とし、当事業年度に2.5%の賃上げをしたとします。増加額は75,000円、控除率は30%なので、税額控除限度額は22,500円です。

ところがこの制度には、控除額が調整前法人税額の20%を超えられないという上限があります。一人会社では、この上限のほうが先に効きます。理由は役員報酬の取り方にあります。

売上1,300万円・経費500万円(事業所得800万円)の場合

役員報酬手取り合計役員個人の手取り法人に残る額社会保険料(労使計)
月10万円510.7万円102.8万円407.9万円33.4万円
月20万円519.5万円196.3万円323.2万円68.1万円
月30万円527.4万円289.1万円238.3万円102.2万円
月40万円529.5万円378.8万円150.7万円139.6万円
月50万円533.9万円468.6万円65.3万円170.3万円
月54万円 ←最適536.6万円504.8万円31.8万円180.5万円
月60万円517.8万円547.8万円-30.0万円200.9万円
月70万円461.2万円625.4万円-164.1万円228.6万円
月80万円415.8万円704.8万円-289.0万円238.3万円
月90万円370.0万円784.4万円-414.4万円249.2万円
月100万円319.7万円860.2万円-540.4万円261.3万円

個人事業主のままの手取りは 540.7万円。最適な役員報酬は月54万円で、そのときの手取り合計は 536.6万円。

※ 経費500万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 法人に残る額は、退職金・配当で引き出す際のコスト20%を控除した後の金額

この経費500万円は、一般経費200万円と従業員給与300万円の合計です。手取りが最大になる月54万円を選ぶと、役員報酬648万円と会社負担の社会保険料90.2万円が引かれ、法人の税引前利益は61.7万円まで縮みます。課税所得は58.9万円、法人税額は88,300円です。その20%なので、控除の上限は17,660円になります。

表の注記にある「引き出すコスト20%」と、控除の上限である「調整前法人税額の20%」は別のものです。前者は法人に残した利益を退職金や配当で個人に移すときの目減りの見積り、後者は税額控除の頭打ちです。

事業所得を変えて、控除の上限がどう動くかを出しました。

事業所得最適な役員報酬法人税額控除の上限(20%)実際に控除できる額翌期以降へ繰り越す額
400万円月28万円23,200円4,640円4,640円17,860円
600万円月42万円37,300円7,460円7,460円15,040円
800万円月54万円88,300円17,660円17,660円4,840円
1,000万円月54万円374,500円74,900円22,500円0円
1,200万円月54万円659,500円131,900円22,500円0円
1,500万円月54万円1,078,900円215,780円22,500円0円
2,000万円月90万円1,126,000円225,200円22,500円0円

※ 前期の雇用者給与等支給額300万円→当期307.5万円(+2.5%)、税額控除限度額22,500円。事業所得は売上−経費(従業員給与を含む)で、役員報酬を払う前の利益 ※ 東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準。計算は scripts/chinage-sokushin-zeisei.mjs ※ 控除の効果は法人税額そのものの減少額。地方法人税と法人住民税の法人税割への波及は含めていない

22,500円という小さな控除ですら、事業所得800万円までは使い切れません。 事業所得400万円なら4,640円で、限度額の2割です。役員報酬を最適な額まで取ると、法人にはほとんど利益が残らず、20%の分母である法人税額が小さくなるためです。使い切れなかった分は5年間繰り越せますが、繰越額を控除する事業年度でも雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を超えている必要があります。

2.5%の段差は、20%上限で削られる

控除率は増加割合2.5%を境に15%から30%へ跳ねます。段差の手前と後ろを細かく見ました。

事業所得800万円・前期の雇用者給与等支給額300万円

賃上げ率当期の給与増加額控除率税額控除限度額控除の上限(20%)実際に控除できる額
1%3,030,000円30,000円0円17,660円0円
1.4%3,042,000円42,000円0円17,660円0円
1.5%3,045,000円45,000円15%6,750円17,660円6,750円
2%3,060,000円60,000円15%9,000円17,660円9,000円
2.4%3,072,000円72,000円15%10,800円17,660円10,800円
2.5%3,075,000円75,000円30%22,500円17,660円17,660円
3%3,090,000円90,000円30%27,000円17,660円17,660円
5%3,150,000円150,000円30%45,000円17,660円17,660円

※ 事業所得を800万円に固定しているため、賃上げしても法人税額と控除の上限は動きません。控除の大きさだけを取り出して見るための置き方です

賃上げ率2.4%から2.5%へ上げると、賃上げ額は3,000円増えるだけで、税額控除限度額は10,800円から22,500円へ11,700円増えます。ここまでは制度の設計どおりです。ところが事業所得800万円では上限17,660円が先に効くので、実際に控除できる額の差は6,860円に縮みます。段差の半分近くが上限で削られる計算です。

同じ計算を事業所得1,200万円で行うと、上限は131,900円まで上がるので、2.4%と2.5%の差は11,700円がそのまま出ます。同じ制度の同じ段差が、所得帯によって効いたり効かなかったりするわけです。

この上限は個人事業主のままでもかかりますが、こちらは調整前事業所得税額の20%で、分母が違います。同じ賃上げをした場合の枠を並べました。

事業所得個人のまま(措法10の5の4)法人化後(措法42の12の5②)最適な役員報酬
400万円17,180円4,640円月28万円
600万円22,500円7,460円月42万円
800万円22,500円17,660円月54万円
1,000万円22,500円22,500円月54万円
1,200万円22,500円22,500円月54万円
1,500万円22,500円22,500円月54万円
2,000万円22,500円22,500円月90万円

※ 個人側の調整前事業所得税額は、事業所得のみがある前提で復興特別所得税を含まない所得税額から算出

事業所得400万円では、個人のままなら17,180円使えるのに、法人化すると4,640円しか使えません。枠が3分の1近くまで縮みます。 事業所得1,000万円で両者は並びます。役員報酬に給与所得控除を効かせて法人の課税所得を薄くする取り方が、税額控除の枠だけを見ると裏目に出るという形です。同じ「調整前法人税額の20%」の頭打ちは中小企業投資促進税制でも起きるので、設備投資と賃上げの両方を予定しているなら枠の取り合いになる点にも注意が必要です。

ここまでの数字は東京23区・独身・合同会社という条件で出したものです。自治体や扶養の状況で最適な役員報酬は動き、それに応じて枠も動きます。計算の前提を確認したうえで、自分の売上と経費で試してみてください。

控除額は、確定申告のときに書いた額が上限

見落としやすいのが手続きの制約です。国税庁は、控除の計算の基礎となる控除対象雇用者給与等支給増加額について「確定申告書等(修正申告書および更正の請求書は含まれません)に添付された書類に記載された控除対象雇用者給与等支給増加額が限度」と説明しています。

あとから計算し直して控除額を増やすことはできない、ということです。更正の請求は原則5年間できますが、この控除については増額の手段になりません。

国税庁は別表六(三十一)の注意点として、前事業年度に退職した従業員の給与を差し引いて比較雇用者給与等支給額を書いてしまう誤りを挙げています。この欄は、月数が違う場合や組織再編成をした場合に当たらない限り、前事業年度の雇用者給与等支給額をそのまま書く欄です。誤って小さく書けば増加額が過大になり、本来は適用できないのに適用してしまうことになります。

初めて従業員を雇うときのコストと合わせて考えると、この制度は「雇う判断を後押しするほどの金額ではないが、雇ったなら取り逃がすともったいない」という位置づけになります。

まとめ

  • 控除の対象は国内雇用者への給与で、役員報酬は入らない。一人社長が自分の報酬を上げても控除額は0円
  • 個人側は親族・事実婚の相手・生計の支援を受けている者などが国内雇用者から除かれるため、専従者給与も対象外
  • 法人の設立事業年度と、個人事業の廃止日を含む年はどちらも適用外。法人成りの年は両側で落ちる
  • 令和8年度改正で全法人向けの措置は廃止され、中小企業向けも教育訓練費の上乗せがなくなった。控除率の上限は35%。タックスアンサーは令和7年4月1日現在の表示のままなので注意
  • 控除には調整前法人税額の20%という上限がある。最適な役員報酬を取ると法人税額が縮むため、事業所得800万円でも22,500円の限度額を使い切れず、実際の控除は17,660円だった(概算)

よくある質問

従業員が1人でも賃上げ促進税制は使えますか?

中小企業向けの措置の要件は雇用者給与等支給額の増加割合で定められていて、人数の条件は置かれていません。ただし前事業年度に国内雇用者がいて、比較の対象となる金額があることが前提になります。

使い切れなかった控除は捨てるしかないのでしょうか?

中小企業向けの措置には5年間の繰越しがあります。ただし繰り越した額を控除する事業年度についても、雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額を超えているという要件を満たす必要があります。

教育訓練費を増やせば控除率は上がりますか?

令和8年4月1日以後に開始する事業年度からは、中小企業向けの教育訓練費に係る上乗せ措置は廃止されています。それより前に開始した事業年度については、当時の要件で判断することになります。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。