税金の基礎
法人保険を社長へ名義変更。低解約返戻期間は資産計上額で課税
結論
法人が契約した保険を社長個人へ名義変更すると、その権利の評価額が社長の給与(経済的利益)になります。評価は原則として支給時の解約返戻金ですが、令和3年7月1日以後は、解約返戻金が資産計上額の70%未満の低解約返戻期間に渡した場合、資産計上額で評価されます(所得税基本通達36-37)。年払120万円・資産計上60%の契約を5年後に渡す設例では、評価額が30万円から360万円になり、役員報酬月54万円の社長の所得税・住民税の増加は10.3万円から106.5万円に増えます。
- 低解約返戻期間=支給時の解約返戻金が支給時資産計上額の70%未満の期間。対象は法人税基本通達9-3-5の2の適用を受ける契約に限られる
- 払済保険に変えて資産計上額を下げてから渡す方法も、復旧できる契約なら元の資産計上額で評価される(36-37ただし書(2))
- 無償で渡した経済的利益は一時のものなので定期同額給与に当たらず、法人側では原則として損金にならない(法人税基本通達9-2-9・9-2-11)
このテーマの全体像 個人事業主の法人化の目安と損益分岐点
法人で保険料を払い、解約返戻金が一時的に低い時期に社長個人へ契約を移し、返戻率が上がってから個人で解約する。いわゆる「名義変更プラン」です。かつてはこの方法で、低い解約返戻金の額だけが給与として課税されていました。令和3年の通達改正で、この差は塞がれています。
名義変更で社長に課税される額は「権利の評価額」
法人が契約者として保険料を払っていた契約を、社長個人へ名義変更すると、法人から社長へ「保険契約上の地位(権利)」が支給されたことになります。対価を受け取らなければ、その権利の価額が社長の給与所得(経済的利益)です。
権利をいくらと見るかを定めているのが所得税基本通達36-37です。国税庁の解説によると、ここでいう使用者は法人・個人事業者を問いません。評価の原則と例外は次のとおりです。
| 支給する契約 | 評価額 |
|---|---|
| 原則 | 支給時解約返戻金の額(前納保険料・剰余金の分配額等があれば合計) |
| 支給時解約返戻金が支給時資産計上額の70%未満(法人税基本通達9-3-5の2の適用を受ける契約) | 支給時資産計上額 |
| 復旧できる払済保険など(元の契約が9-3-5の2の適用を受けるもの) | 支給時資産計上額+払済保険への変更時に法人が損金に算入した額 |
「支給時資産計上額」は、支給の直前に前払保険料として資産に計上すべき金額です。預け金で処理した前納保険料や未収の剰余金の分配額があれば加えます。
なぜ資産計上額を時価とみなすのか
国税庁の解説は、第三者との通常の取引で、低い解約返戻金の額で名義変更が行われることは想定されないと述べています。一方で、法人税基本通達9-3-5の2の資産計上額は、保険商品の解約返戻金の実態を踏まえて決めた割合から出しているため、低解約返戻期間では保険契約の時価に相当すると評価できる、という整理です。
70%という線は、「解約返戻金が資産計上額を下回る期間」とする案もあったところ、保険商品の実態などを踏まえて設けたと解説にあります。
改正前と改正後で評価額は12倍になり得る
数字で比べます。次の契約は説明のための架空の設例で、実在の商品の返戻率ではありません。
- 年払保険料120万円、最高解約返戻率70%超85%以下(資産計上割合60%の期間内)
- 5年払い込んだ時点で社長へ無償で名義変更
- その時点の解約返戻金は30万円
法人の資産計上額は年72万円×5年で360万円です。70%基準は252万円で、解約返戻金30万円はこれを下回るため低解約返戻期間に当たります。
| 評価額 | |
|---|---|
| 改正前(解約返戻金で評価) | 30万円 |
| 改正後(支給時資産計上額で評価) | 360万円 |
返戻率の推移は商品ごとに違います。自分の契約が低解約返戻期間かどうかは、設計書の解約返戻金の推移と、会社の帳簿上の資産計上額を突き合わせて判定します。
払済保険に変えてから渡す方法も塞がれている
払済保険に変更すると、法人税基本通達9-3-7の2により資産計上額が解約返戻金の額に洗い替えられます。これを使えば資産計上額を下げてから渡せそうに見えます。
解説はこれを「抜け穴となるおそれがある」とし、復旧できる払済保険その他これに類する契約を渡した場合は、洗い替えで損金にした額を足し戻した元の資産計上額で評価するとしています。
役員報酬が高いほど、評価額の差が税額に響く
評価額は役員報酬に上乗せされる給与収入です。同じ360万円でも、社長の限界税率で税負担が変わります。上の設例を、計算エンジンで役員報酬別に計算しました。
| 役員報酬(月額) | 改正前の税負担増 | 改正後の税負担増 | 差 |
|---|---|---|---|
| 30万円 | 3.6万円 | 67.0万円 | 63.3万円 |
| 54万円 | 10.3万円 | 106.5万円 | 96.2万円 |
| 100万円 | 10.1万円 | 148.3万円 | 138.3万円 |
前提:東京都・40〜59歳・単身。所得税(復興特別所得税込み)と住民税の増加額。社会保険料は役員報酬の等級のまま置いており、一時の経済的利益が社会保険でどう扱われるかは含めていません。月54万円は、売上1,200万円・1,800万円(経費300万円)で当サイトのツールが出す最適役員報酬、月100万円は売上2,500万円での最適額です(scripts/teizou-teiki-meigi-henko.mjs)。
月54万円の社長では、改正後は評価額360万円に対して106.5万円の税負担が増えます。改正前の10.3万円とは96.2万円の差です。名義変更で個人に移した後に返戻率が上がっても、その含みの多くは移転時にすでに給与として課税されています。
法人側:経済的利益は原則として損金にならない
法人税基本通達9-2-9は、役員に資産を贈与した場合のその資産の価額や、低い価額で譲渡した場合の差額を、役員に対する経済的な利益(給与)として挙げています。
役員給与が損金になるのは定期同額給与・事前確定届出給与などに限られます。9-2-11が定期同額給与に当たるとするのは、毎月おおむね一定の経済的利益です。名義変更のような一回限りの支給はこれに当たらないため、法人側では原則として損金に算入されません。
つまり無償の名義変更では、社長個人は資産計上額で給与課税され、法人はその分を損金にできません。法人保険の保険料がそもそもどれだけ損金になっているかは、法人保険は全額損金にならない。返戻率別の4区分で整理しています。
有償で買い取る場合の考え方
社長が評価額を法人に支払って買い取れば、経済的利益は生じません。評価額より低い価額で買い取ったときは、その差額が経済的利益です(9-2-9(2))。改正後は、低解約返戻期間に買い取る社長は資産計上額相当の資金を用意する必要があります。
逆向き、つまり個人で契約していた保険を法人成りで法人に移す場合は、課税関係が別です。生命保険を個人から法人へ。契約者変更は無税で済まないを参照してください。
対象にならない契約と、この記事で扱わない論点
資産計上額で評価するのは、法人税基本通達9-3-5の2の適用を受ける契約に限られます。解説によると、9-3-4(1)との選択適用が認められている組込型保険で、法人が継続して9-3-4(1)で処理している場合は対象外で、原則どおり解約返戻金で評価します。
また、法人から他の法人へ名義変更する場合も、この通達に準じて取り扱うと解説に明記されています。
次の論点は、一次情報で数値まで確認できなかったため、この記事では扱っていません。
- 退職金として保険契約を現物で渡す場合の所得区分と、退職所得の計算への影響
- 名義変更後に社長が解約したときの一時所得の計算で、法人が払った保険料をどこまで差し引けるか
- 一時の経済的利益が健康保険・厚生年金の標準賞与額に入るか
いずれも契約内容と支給の形で結論が変わります。
まとめ
- 法人契約の保険を社長へ無償で名義変更すると、権利の評価額が社長の給与(経済的利益)になる
- 令和3年7月1日以後、解約返戻金が資産計上額の70%未満の時期に渡すと、資産計上額で評価される
- 払済保険に変えてから渡しても、復旧できる契約なら元の資産計上額で評価される
- 設例(資産計上額360万円)では、月54万円の社長の税負担増は10.3万円から106.5万円になる
- 一回限りの経済的利益は定期同額給与に当たらず、法人側では原則として損金にならない
保険の出口を考える前に、まず役員報酬の水準そのものを自分の売上と経費で確かめてください。限界税率が分かれば、名義変更や受取りのタイミングで動く税額の見当も付きます。
よくある質問
令和3年6月以前に名義変更した保険にも新しい評価が適用されますか?
適用されません。改正後の通達は令和3年7月1日以後に行う支給に適用され、それより前の支給は従前の例(解約返戻金による評価)によるとされています。
解約返戻金が資産計上額の70%以上ある時期に渡した場合はどう評価されますか?
原則どおり、支給時の解約返戻金(前納保険料や剰余金の分配額があれば合計額)で評価されます。資産計上額での評価は70%未満の期間に限られます。
会社から別の法人へ名義変更する場合も同じですか?
国税庁の解説は、法人が他の法人に保険契約上の地位を移転した場合の評価も、この通達に準じて取り扱うとしています。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。