設立の手続き

法人成りの営業権は5年償却。300万円で付けると差引22.3万円得

結論

売上1,200万円・経費200万円の個人事業で営業権に300万円を付けると、個人側に所得税・住民税が41.9万円(長期譲渡所得の場合)、法人側は5年間の償却で法人税等が64.2万円減り、差引22.3万円の得になります。ただし所有期間が5年以下と判定されると短期譲渡所得になり、差引30.4万円の損に転じます。

  • 営業権の耐用年数は5年(減価償却資産の耐用年数等に関する省令 別表第三)。初年度に全額を損金にはできない
  • 特許権や著作権は所有期間に関係なく長期譲渡所得になるが(所得税法施行令82条1項1号)、営業権はその一覧に入っていない
  • 営業権の譲渡は消費税の課税取引。個人が課税事業者なら、廃業年の消費税が対価の10%分増える

個人事業を法人へ引き継ぐとき、車やパソコンのような目に見える資産には時価を付けます。一方で、長年かけて作った得意先や信用、ノウハウそのものには値段を付けないまま法人成りするケースが多くあります。

これを「営業権(のれん)」として法人へ譲渡すると、個人と法人の両方で税額が動きます。個人には一時に税金が立ち、法人は5年かけて取り戻す形になります。動くのは税額の合計ではなく、払う人と払う時期です。

営業権の譲渡は、個人側では譲渡所得になる

所得税基本通達33-1は、譲渡所得の基因となる資産を「法第33条第2項各号に規定する資産及び金銭債権以外の一切の資産」と定義しています。営業権はここに含まれます。事業所得ではないため、事業の売上として課税されるわけではありません。

総合課税の譲渡所得の計算は、国税庁タックスアンサー No.3152 のとおりです。

譲渡所得の金額 = 譲渡価額 -(取得費 + 譲渡費用)- 50万円

自分で育てた営業権には、取得のために支出した金額がありません。取得費はほぼゼロになるため、対価から50万円を引いた額がそのまま譲渡益になります。

そのうえで、所有期間が5年を超えていれば長期譲渡所得となり、総所得金額に算入されるのはその2分の1です。5年以下なら短期譲渡所得で、全額が算入されます。

特許権や著作権は所有期間を問わないが、営業権は違う

所得税法施行令82条1項1号は、短期譲渡所得から除かれる所得を列挙しています。自己の研究の成果である特許権・実用新案権その他の工業所有権、自己の育成の成果である育成者権、自己の著作に係る著作権、自己の探鉱により発見した鉱床に係る採掘権です。

これらは所有期間に関係なく長期譲渡所得として扱われます。自分で作ったものには「取得の日」が観念しにくいためです。

営業権はこの一覧に入っていません。 したがって原則どおり所有期間で判定することになりますが、自己創設の営業権をいつ取得したものと見るかは条文に書かれていません。開業から5年を超えていれば長期という整理が実務では使われるものの、明文の根拠はないため、短期と判定されたときにどうなるかまで見てから決める必要があります。

法人側は資産に計上して5年で償却する

法人が買った営業権は、経費ではなく無形固定資産です。減価償却資産の耐用年数等に関する省令の別表第三(無形減価償却資産の耐用年数表)は、営業権の耐用年数を5年と定めています。

300万円で買っても、初年度に落とせるのは原則60万円です。しかも事業年度が12か月に満たない設立初年度は、月数按分でさらに小さくなります。設立が10月で3月決算なら、初年度の償却費は60万円の6か月分、30万円です。

「営業権を付ければ初年度の法人税が減る」という期待で付けると、期待の5分の1しか動きません。

対価別に、個人の税額と法人の5年間の減税額を突き合わせる

売上1,200万円・経費200万円・東京23区・単身・インボイス登録済み・合同会社・役員報酬は月54万円という条件で、当サイトの計算エンジンに営業権の償却費を乗せ、法人税等の差を取りました。個人側は同じ条件の事業所得に譲渡所得を上乗せして、所得税・住民税の増加額を計算しています。

営業権の対価個人の譲渡所得(長期)個人の所得税・住民税の増加法人の年間償却額法人税等の5年合計の減少差引
100万円25.0万円8.4万円20万円21.4万円+13.1万円
200万円75.0万円25.1万円40万円42.8万円+17.7万円
300万円125.0万円41.9万円60万円64.2万円+22.3万円
500万円225.0万円83.6万円100万円107.0万円+23.4万円

前提:2026年(令和8年)分の税率・保険料率。個人は青色申告特別控除65万円(e-Tax)、法人は東京23区の合同会社で均等割7万円を含む。譲渡所得は取得費ゼロ・譲渡費用ゼロ・特別控除50万円・長期(2分の1課税)として計算。

対価を上げるほど差引の得は増えますが、300万円から500万円へ増やしても得は1.1万円しか増えません。 個人側の譲渡所得が上の税率帯に食い込む一方、法人側の課税所得は年800万円以下の軽減税率の範囲に収まったままだからです。営業権を大きく付けるほど有利になるわけではありません。

短期と判定されると、同じ300万円で30.4万円の損になる

所有期間が5年以下として短期譲渡所得になると、譲渡益250万円が全額課税されます。同じ条件での個人の所得税・住民税の増加は94.5万円です。法人が5年で取り戻す64.2万円を引くと、差引30.4万円の損になります。

300万円で譲渡した場合個人の税額増法人の5年減税差引
長期(所有期間5年超)41.9万円64.2万円+22.3万円
短期(所有期間5年以下)94.5万円64.2万円−30.4万円

開業から日が浅いうちの法人成りでは、営業権を付けることが有利とは限りません。52.7万円の開きは、対価の大きさではなく区分だけで生じています。

消費税は「行って来い」に見えて、個人の納税額だけが先に増える

国税庁の質疑応答事例「営業の譲渡をした場合の対価の額」は、営業権10億円と有形固定資産10億円を含む営業譲渡について、課税対象となる対価の額を20億円としています。土地20億円は非課税なので除かれますが、営業権は課税資産です。

個人が課税事業者なら、300万円の対価に対して30万円の消費税を法人から預かり、廃業年の確定申告で納めます。法人はインボイスの交付を受けていれば仕入税額控除ができるので、全体としては行って来いです。

ただし時期がずれます。個人は廃業年に30万円を納める一方、法人が控除を受けるのは法人の初年度の申告です。廃業する年に、事業をたたみながら30万円多く納めることになります。 資金繰りの面では小さくありません。

なお、この300万円は個人のその年の課税売上高にも入ります。事業をやめた年の売上が想定より大きく出るため、消費税の申告書の数字に違和感が出ないよう、内訳を残しておく必要があります。

付ける前に確認しておくこと

営業権は、付けても付けなくてもよいものです。そのうえで判断が分かれるのは次の3点です。

論点確認すること
金額の根拠税法に営業権の評価方法の定めはない。過大な部分は法人で損金不算入になり得る
所有期間の区分長期か短期かで税額が2倍近く変わる。営業権は所得税法施行令82条の例外に入っていない
代金の支払方法未払いなら役員借入金になる。個人側の所得は引渡しの日で認識する

対価を法人がすぐ払えない場合、役員借入金として残す方法が実務で使われます。このとき法人には返済義務が残り、あとで返す際の扱いは役員借入金300万円を返しても税金0円で整理しています。車やパソコンなど有形資産の引継ぎは法人成りの資産引継ぎが主題です。

営業権を付けるかどうかで、法人化そのものの有利不利は動きません。動くのは法人成りの前後1回きりの税額と、5年分の損金です。自分の売上と経費で法人化の差額がいくらになるかは、当サイトの計算の前提を確認したうえで試算してください。

まとめ

  • 営業権の譲渡は個人側では譲渡所得。取得費はほぼゼロなので、対価から50万円を引いた額が譲渡益になる
  • 法人側は耐用年数5年の無形固定資産。初年度に全額は落とせず、設立初年度は月数按分でさらに小さくなる
  • 売上1,200万円・対価300万円の条件では、長期なら差引22.3万円の得、短期なら30.4万円の損
  • 対価を300万円から500万円に増やしても、差引の得は1.1万円しか増えない
  • 営業権は消費税の課税取引。個人は廃業年に対価の10%を納め、法人の控除は翌期にずれる

よくある質問

営業権を付けずに法人成りすることもできますか。

できます。実際、対価の根拠を示せない場合は付けないほうが無難です。営業権を付けなければ個人に譲渡所得は立たず、法人にも償却費は発生しません。差額が動かないだけで、法人化そのものの有利不利は変わりません。

営業権の金額はどうやって決めるのですか。

税法に営業権の評価方法を定めた規定はありません。実務では超過収益力を年買法などで見積もりますが、根拠のない金額を付けると、過大な部分が法人側で損金不算入になったり、役員に対する経済的利益と見られたりするおそれがあります。金額の決め方は個別性が高いため、専門家に確認してください。

法人が営業権の代金をすぐに払えない場合はどうなりますか。

未払いのまま役員借入金として計上する方法が実務では使われます。ただし個人側の譲渡所得は資産の引渡しがあった日で認識するため、代金の入金が翌年でも、その年の確定申告に含める必要があります。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。