設立の手続き
法人成りの在庫引継ぎは「売上」。原価のまま移せない
商品・製品・原材料などの棚卸資産を個人事業から法人へ移すと、個人側は事業所得の売上になります。インボイス、消費税、廃業日の順番を整理します。
法人成りで在庫を会社へ移すとき、個人の期末棚卸高を法人の期首棚卸高へ振り替えるだけでは足りません。個人と法人は別の事業者なので、個人が法人へ商品を販売した取引として処理します。
この売買で個人側には最後の売上と売上原価が生じ、法人側には仕入または棚卸資産が生じます。お金をまだ動かしていなくても、所有権と在庫を移した事実は消えません。
棚卸資産の譲渡は事業所得になる
国税庁は、商品、製品、半製品、仕掛品、原材料などの棚卸資産を事業所得者が譲渡した所得は、譲渡所得ではなく事業所得になると示しています。
| 個人側 | 法人側 |
|---|---|
| 法人への売上を計上 | 仕入または棚卸資産を計上 |
| 売れた在庫の原価を反映 | 購入代価を取得価額の基礎にする |
| 課税事業者なら消費税を計上 | 要件を満たせば仕入税額控除を検討 |
販売価格は、同じ商品を第三者へ売る通常価格や、滞留・陳腐化を反映した合理的な価格で根拠を残します。原価のまま帳簿を移すだけだと、独立した当事者間の売買が見えません。
原価40万円の在庫を60万円で移す例
仕入原価4,000円の商品が100個残り、法人への通常の販売価額を1個6,000円とした単純例です。金額は税抜きとします。
| 項目 | 個人側 | 法人側 |
|---|---|---|
| 数量 | 100個を引渡し | 100個を受入れ |
| 売買価額 | 売上60万円 | 仕入・在庫60万円 |
| 個人の取得原価 | 売上原価40万円 | 引き継がない |
| 個人の粗利益 | 20万円 | — |
「もともと40万円で仕入れたから40万円で移す」とすれば個人の粗利益は0円になりますが、通常販売価額が60万円なら、その差を説明する必要があります。反対に、型落ちや破損で第三者にも40万円でしか売れないなら、値下がりを示す資料が時価の根拠になります。
法人側は個人の原価40万円を引き継ぐのではなく、法人が実際に買った60万円を取得価額の基礎にします。法人がその在庫を期末まで持てば、60万円は期末棚卸高として残り、販売した時点で売上原価になります。
売買代金を払わなくても利益は消えない
設立直後の法人に現金がなく、60万円をすぐ払えない場合があります。そのときは法人側の未払金や役員借入金、個人側の未収金として残します。
現金を動かしていないから売上を計上しない、という処理にはなりません。引渡しが済み、法人が在庫を販売できる状態なら、債権債務を記録します。後日、法人から個人へ振り込んで精算します。
資本金の払込みと在庫代金も分けます。個人が会社へ出資した資本金を、そのまま在庫購入代金として個人へ戻す場合でも、払込と売買の二つの取引を通帳・契約書で追えるようにします。
販売価額は「原価」でも「希望小売価格」でも自動決定しない
| 在庫の状態 | 価額の根拠例 |
|---|---|
| 通常販売中の商品 | 直近の第三者販売価格、卸売価格 |
| 季節商品 | 法人成り時点の販売可能期間と値引実績 |
| 型落ち・旧モデル | 後継品発売後の実売価格 |
| 破損・汚損品 | 廃棄見積り、アウトレット販売実績 |
| 仕掛品 | 材料費、外注費、完成度、販売可能性 |
希望小売価格は実際の販売価格と一致しないことがあります。反対に、仕入原価は市場価値を示すとは限りません。法人化直前の販売実績、同業者への卸売価格、値下げ履歴を使い、個人と法人の双方が説明できる価額を決めます。
品目数が多い場合は、商品コード、数量、個人原価、移転単価、価額根拠をCSV等で残します。合計額だけの請求書では、後から法人の期末棚卸を照合できません。
インボイス登録中なら会社へ請求書を出す
個人がインボイス発行事業者なら、法人への在庫売却も課税取引です。商品を引き渡した時点を基準に個人側の課税売上へ入れ、会社側が仕入税額控除を行うなら適格請求書等を保存します。
個人と法人の消費税は相殺されない
個人が売上に対する消費税を申告し、法人は要件を満たせば仕入税額控除を使います。同じ人が経営していても、個人の納付税額と法人の控除額を一つの申告書で相殺できません。
| 個人の状態 | 個人側 | 法人側の主な確認 |
|---|---|---|
| インボイス登録済み | 課税売上として申告、適格請求書を発行 | 帳簿・請求書を保存して仕入税額控除 |
| 課税事業者だが未登録 | 課税売上として申告 | 経過措置を含む控除要件を確認 |
| 免税事業者 | 消費税の納税なし | 仕入税額控除の制限を確認 |
法人が設立直後の免税事業者なら、仕入税額控除を使って還付を受けることは通常できません。個人側だけ消費税納付が生じると、グループ全体の現金は減ります。在庫移転額が大きいときは、個人の最終消費税申告まで資金を残します。なお、免税で仕入れた在庫を持ったまま課税事業者になる年には、その在庫の消費税を仕入控除税額へ加える調整があります(免税から課税になる年の期首在庫)。
インボイスの登録番号は個人と法人で別です。法人設立後に取得した法人番号を、設立日前の個人取引へ使うこともできません。
国税庁は法人成りの案内で、事業用資産を設立法人に買い取ってもらった後に事業廃止届出書を提出する流れを示しています。棚卸資産が残っている間は、一般に事業を廃止したとは認められないとも明記しています。
インボイス登録の失効日と引渡日をそろえる
個人事業者が事業廃止届出書を提出すると、事業を廃止した日の翌日にインボイス発行事業者の登録が失効します。在庫を法人へ引き渡す前に廃業日を置くと、請求書を発行する時点との整合が取れなくなります。
国税庁の法人成りFAQは、事業用資産を設立法人に買い取ってもらった後に事業廃止届出書を提出する流れで問題ないとしています。これは届出を遅らせれば自由に登録を残せるという意味ではありません。実際に在庫処分・資産移転が終わった日を廃業日として記録します。
売買契約日、請求書発行日、引渡日、廃業日、入金日は別の日になり得ます。消費税の譲渡時期では引渡しの事実が重要です。納税義務の成立時期と帳簿の売上計上日が一致するか確認します。
廃業日を先にしない
実務の順序は次のようになります。
- 設立日に在庫数量を実地確認する
- 品目ごとに売価の根拠を決める
- 個人から法人へ請求し、引渡しを記録する
- 個人側の最終帳簿へ売上と原価を入れる
- 在庫等の事業処理が終わってから廃業手続きをする
実地棚卸で数量差を先に解消する
帳簿上100個でも現物が96個なら、法人へ100個を売ることはできません。破損、サンプル使用、紛失、記帳漏れを個人側で処理してから移転数量を確定します。
| 棚卸表の項目 | 内容 |
|---|---|
| 商品コード・品名 | 法人の在庫台帳でも同じコードを使う |
| 保管場所 | 店舗、倉庫、自宅を分ける |
| 帳簿数量・実数 | 差異の理由を記録 |
| 個人の取得原価 | 最終売上原価の計算に使う |
| 法人への販売単価 | 法人の取得価額になる |
| 状態 | 正常、破損、陳腐化、返品予定 |
| 引渡日 | 個人と法人の境界日 |
受託販売の商品、顧客から預かった材料、リース品は個人の在庫ではありません。所有権を確認せず法人の資産へ入れないようにします。
法人成り後に個人名義で売れた場合
ECモールや決済代行のアカウント切替が遅れ、法人化後も個人名義で注文を受けることがあります。法人へ在庫を引き渡した後なら、商品を所有して販売した主体は法人です。入金口座が個人名義だっただけで個人売上になるとは限りません。
その場合は、注文日、出荷日、法人への在庫引渡日、決済手数料、個人口座への入金を照合し、法人売上と役員立替・預りを整理します。反対に、法人へ引き渡す前の販売なら個人売上です。
名義変更に時間がかかるモールでは、法人成り日を決める前にアカウント変更手順と審査期間を確認します。在庫の所有者、販売者表示、インボイス登録番号、入金口座を同じ日から切り替えられると境界が明確です。
引継ぎチェックリスト
- 設立日時点で全保管場所を実地棚卸したか
- 受託品・預り品を自社在庫から除いたか
- 品目ごとの移転単価と根拠を残したか
- 個人側へ売上と売上原価、法人側へ仕入・在庫を計上したか
- 未払いなら未収金・未払金を記録したか
- 個人の消費税区分と法人の仕入税額控除を別々に確認したか
- 引渡し後の日を実態に合う廃業日として届けたか
- ECモール、請求書、入金口座の名義を切り替えたか
在庫移転による個人側の利益と消費税は判定ツールへ自動反映されないため、移転一覧から別計算します。法人へ移さず家庭用に回した商品は法人への売上ではなく個人の家事消費で、計上額の基準は所得税と消費税で違います(自家消費(家事消費)の計上額と法人成り後の扱い)。
車やパソコンなど固定資産は譲渡所得になる場合があり、在庫とは所得区分が違います。法人成りの資産引継ぎと分けて確認してください。インボイス登録済みの法人化では、個人と法人の登録も別判定になる点を扱っています。
在庫移転で法人化の損益分岐点も動く
在庫60万円、原価40万円の例では、個人側に20万円の粗利益が追加されます。法人化後の定常年には発生しない、移行年だけの所得です。
判定ツールは通常年の売上・経費を比較するため、この20万円や在庫移転の消費税を自動計上しません。法人化初年度の差額を見るときは、個人側の最終申告税額と法人側の在庫取得を別に加えます。
在庫が大きい業種では、法人化の前後で現金支出がなくても税負担が先に発生します。法人から個人への売買代金を未払いにする場合も、個人の所得税・消費税を払う現金は確保してください。
まとめ
- 在庫は個人から法人への売買として処理する
- 棚卸資産の譲渡益は個人側の事業所得
- インボイス登録中なら法人への売却も課税売上になる
- 法人側は購入代価を仕入・棚卸資産として記録する
- 在庫の引渡しを終えてから事業廃止手続きを進める
よくある質問
在庫を仕入原価で法人へ移せば売上は立ちませんか?
法人への移転は個人と法人の取引です。棚卸資産の譲渡による所得は個人側の事業所得となるため、売価と原価の両方を最終帳簿へ反映します。
在庫が残ったまま事業廃止届出書を出せますか?
国税庁は、棚卸資産が存在する間は一般に事業を廃止したとは認められないと案内しています。法人への引渡し後に廃止手続きを行う順序を確認します。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。