税金の基礎

純損失の繰戻し還付で戻るのは所得税だけ。住民税も国保も戻らない

青色申告の個人事業主が赤字の年に使える純損失の繰戻し還付は、前年に納めた所得税を返してもらう制度です。戻るのは所得税だけで、住民税・個人事業税・国民健康保険料は動きません。同じ300万円を繰越控除に回した場合との差を計算エンジンで比べました。

青色申告の個人事業主が赤字を出した年には、前年に納めた所得税を返してもらう「純損失の繰戻し還付」が使えます。翌年以降3年間の繰越控除と違い、その年の確定申告と同時に現金が戻るのが利点です。

ただし戻るのは所得税だけです。前年に納めた住民税・個人事業税、そして支払った国民健康保険料は、この請求では1円も戻りません。同じ300万円の純損失でも、繰戻しで取り返せるのは、繰越控除に回した場合に減る負担の**12.6〜67.8%**にとどまりました。

判定ツールは黒字の年の手取りで比較するため、この差は結果に出てきません。ここでは計算エンジンで両方を分解します。

繰戻し還付は「前年に納めた所得税」が上限

制度の形を先に押さえます。根拠は所得税法第142条で、手続の名前は「純損失の金額の繰戻しによる所得税の還付請求」です。名前のとおり、対象は所得税に限られます。

項目内容
対象者前年分の青色申告書を提出している青色申告者
提出時期純損失が生じた年分の確定申告書とともに、確定申告期限内
繰り戻せる先前年分(事業の全部の譲渡・廃止などがあった場合は前々年分も)
繰り戻せる金額前年分の課税される所得金額まで
一部だけの繰戻し可能。残りは翌年以後3年間の繰越控除に回せる
税務署の扱い純損失の金額その他の必要な事項を審査したうえで還付

見落としやすいのは提出時期です。還付請求書は確定申告書と一緒に出す必要があります。 あとから思い出して請求することはできません。期限を過ぎた純損失は、繰越控除で使う道しか残りません。

もう1つ、還付額には天井があります。繰り戻せるのは前年分の課税される所得金額までなので、還付額は前年に納めた所得税を超えません。経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)の条件では、前年の事業所得が400万円なら課税総所得金額は171.9万円です。300万円の純損失があっても、繰り戻せるのは171.9万円まで。残る128.1万円は翌年以降へ繰り越すことになります。

戻るのは所得税だけ。住民税・個人事業税・国保は動かない

ここが本題です。300万円の純損失について、前年へ繰り戻した場合と、翌年以降の繰越控除で使った場合を並べました。

前年の事業所得繰戻しで戻る所得税繰越控除に回した場合の合計うち所得税住民税個人事業税国民健康保険
400万円8.6万円68.2万円8.8万円23.0万円5.5万円30.9万円
600万円30.4万円107.8万円31.1万円30.0万円15.0万円31.7万円
800万円54.1万円132.0万円55.3万円30.0万円15.0万円31.7万円
1,000万円61.8万円134.4万円63.1万円30.0万円15.0万円26.3万円
1,200万円73.3万円125.4万円74.9万円30.0万円15.0万円5.5万円
1,500万円99.0万円146.1万円101.1万円30.0万円15.0万円0.0万円

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み/2026年(令和8年)分基準 ※ 繰越控除側は、翌年に前年と同じ所得水準へ戻った年に300万円を使った場合の減少額 ※ 事業所得400万円の行だけは、繰り戻せるのが課税総所得金額171.9万円までのため、繰戻し額もそこで頭打ちになっています

繰戻しの取り分は、前年の事業所得400万円で12.6%、1,500万円で67.8%です。所得が低い人ほど、繰戻しで取り返せる割合が小さくなります。

表の「個人事業税」の欄は、所得税の純損失とは別の制度による減少額です。個人事業税は都道府県が課す税で、青色申告者が事業の所得で赤字を出したときの損失の繰越控除(翌年以降3年間・地方税法第72条の49の12第6項)が独立して用意されています。この試算では、同じ300万円が事業税でも繰り越せるものとして計算しています。国税庁への還付請求はあくまで所得税の手続なので、この欄の負担は繰戻しでは動きません。

赤字で資金が苦しい人ほど早く現金が戻る制度の恩恵が大きい、という直感とは逆の結果です。理由は税率の構造にあります。所得税は累進なので、所得が低い帯では5〜10%しか乗っていません。一方、住民税の所得割は10%、個人事業税は業種により3〜5%、国民健康保険料も所得に対してほぼ定率で乗ります。所得が低い帯では、所得税以外の比重のほうが大きいのです。

表をもう1つ読むと、繰越控除側の合計は所得が上がっても単調には増えません。事業所得1,000万円で134.4万円、1,200万円で125.4万円と沈みます。国民健康保険の列が26.3万円 → 5.5万円 → 0円と消えていくためで、賦課限度額に達した帯では所得を下げても保険料が減りません。なお、国民健康保険料の算定に使う総所得金額等は純損失の繰越控除を適用したあとの金額です(名古屋市の説明では、雑損失の繰越控除は行わないが純損失の繰越控除は行うと明示されています)。

復興特別所得税は還付の対象外

金額は小さいものの、制度としてはっきりしている点があります。国税庁の還付請求書の書き方には、復興特別所得税の還付の請求はできないと注記されています。

還付されるのは所得税の本税だけで、それに上乗せして納めた復興特別所得税(税率2.1%)は戻りません。300万円を繰り戻した場合、戻らない金額は前年の事業所得400万円で1,800円、1,200万円で15,400円、1,500万円で20,800円でした。

繰越控除ならこの部分も翌年以降の税額から落ちます。上の表で、繰戻し側の8.6万円に対して繰越側の所得税が8.8万円と少し大きいのは、この差です。復興特別所得税そのものの負担と課税期間は、防衛特別所得税と個人事業主で扱っています。

赤字が大きいほど、1円あたりの還付は薄くなる

繰戻す純損失の額を変えて、還付額の伸び方を見ます。前年の事業所得は1,200万円(課税総所得金額955.5万円)です。

繰り戻す純損失還付される所得税1円あたりの還付率
100万円28.5万円28.5%
200万円51.5万円25.8%
300万円73.3万円24.4%
500万円113.3万円22.7%
800万円153.9万円19.2%

※ 条件は上の表と同じ/2026年(令和8年)分基準

赤字が大きいほど、取り戻せる割合は下がります。 繰戻しは前年の課税される所得金額を上の帯から削るためです。最初の100万円は33%と23%の帯にかかりますが、800万円を繰り戻すと課税所得は155.5万円まで落ち、最後は5%の帯を削ることになります。

同じ条件で1,000万円の純損失を繰り戻そうとすると、955.5万円で頭打ちになり、残る44.5万円は翌年以降の繰越控除に回ります。大きな赤字を1年で取り返す制度ではない、ということです。繰越との年数の違いは欠損金の繰越は法人10年・個人3年で扱っています。

法人成りする年は、繰越の受け皿が変わる

法人化を考えている人には、もう1つ事情が加わります。繰越控除に回した純損失を使う先が、事業所得ではなく役員報酬になるためです。

前年の事業所得が1,200万円で、今年廃業して法人成りし、その年に300万円の純損失が出たケースで比べました。

300万円の純損失をどう使うか減る負担
前年へ繰り戻して還付を受ける73.3万円(所得税のみ)
繰り越して法人化後の役員報酬から控除する48.6万円(所得税18.6万円+住民税30.0万円)

※ 東京23区・40歳未満・独身、役員報酬は当サイトの試算による最適額の月54万円(年648万円)/2026年(令和8年)分基準

差は24.7万円です。しかも役員報酬を月54万円に置くと課税される所得金額は280.2万円しかないため、300万円のうち19.8万円は控除しきれずに余ります。給与所得には個人事業税がかからず、社会保険料は標準報酬月額で決まるので所得が減っても動きません。個人事業を続けていれば効いていた国民健康保険・個人事業税の削減が、法人化後は丸ごと消えるということです。

さらに、事業の全部の譲渡または廃止があった場合には、その事実が生じた年の前年に生じた純損失を前々年分へ繰り戻して還付を請求する道もあります(国税庁 A1-4)。廃業と法人成りの年に手元へ現金が戻る手段として、期限を含めて廃業の手続きと一緒に確認する価値があります。

黒字の年の判定は、当サイトの計算エンジンでは次のようになります。

事業所得個人のまま法人化(最適報酬)最適な役員報酬実質差額(年)判定
400万円303.1万円274.5万円月28万円−48.6万円個人のまま有利
600万円427.3万円409.7万円月42万円−37.6万円個人のまま有利
800万円540.7万円536.6万円月54万円−24.1万円個人のまま有利
1,000万円657.1万円662.4万円月54万円−14.7万円ほぼ互角
1,200万円774.2万円787.6万円月54万円−6.6万円ほぼ互角
1,500万円928.2万円972.0万円月54万円+23.9万円法人化が有利
1,800万円1082.1万円1149.1万円月90万円+47.0万円法人化が有利
2,100万円1232.0万円1332.6万円月95万円+80.6万円法人化が有利
2,500万円1395.0万円1551.1万円月100万円+136.1万円法人化が有利
3,000万円1599.6万円1816.8万円月100万円+197.2万円法人化が有利

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 実質差額は税理士報酬の差(年20万円)と法人住民税の均等割を差し引いた後の金額

赤字の年そのものの固定費も見ておきます。事業所得がゼロでも、個人事業主には国民健康保険料6.7万円・国民年金21.5万円・住民税の均等割0.5万円で年28.7万円が残ります(東京23区・40歳未満・独身の試算)。所得が下がった年は国民健康保険料の軽減や国民年金保険料の免除・納付猶予が認められることがあり、実際の負担はこれより小さくなります。法人ならここに赤字でも年7万円の均等割が加わります。

繰戻しか繰越かは、今すぐ確実に戻る所得税と、翌年以降の所得が戻れば大きくなる負担減のどちらを取るかという選択です。翌年の所得が読めるかどうかで答えは変わります。一般論の割合ではなく、自分の前年の所得と今年の赤字額で確かめてください。計算の前提は計算の根拠にまとめています。

まとめ

  • 純損失の繰戻し還付で戻るのは所得税だけ。前年に納めた住民税・個人事業税、支払った国民健康保険料はこの請求では戻らない
  • 同じ300万円でも、繰戻しで取り返せるのは繰越控除に回した場合の12.6%(前年の事業所得400万円)〜67.8%(同1,500万円)。所得が低い人ほど取り分が小さい
  • 復興特別所得税は還付の対象外。300万円の繰戻しで1,800〜20,800円が戻らない
  • 繰り戻せるのは前年の課税される所得金額まで。赤字が大きいほど1円あたりの還付率は下がる(1,200万円の年で100万円なら28.5%、800万円なら19.2%)
  • 還付請求書は確定申告書と同時に、確定申告期限内に提出する。一部だけ繰り戻して残りを繰越控除に回すこともできる

よくある質問

白色申告でも純損失の繰戻し還付は使えますか?

使えません。純損失の繰越しと繰戻しはどちらも青色申告の特典です(国税庁 No.2070)。繰戻し還付はさらに、前年分についても青色申告書を提出していることが条件になります。

確定申告のあとで還付請求書だけを追加で出せますか?

できません。還付請求書は、純損失が生じた年分の確定申告書とともに確定申告期限までに提出することとされています(国税庁 A1-4)。期限を過ぎると、その純損失は翌年以降3年間の繰越控除で使うことになります。

純損失の一部だけを繰り戻すことはできますか?

できます。純損失の全部を繰り戻さず、一部を前年へ繰り戻して残りを翌年以後3年間の繰越控除に回すことが認められています(還付請求書の書き方)。前年の課税総所得金額を超える部分は、そもそも繰り戻せません。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。