税金の基礎
国外転出時課税は自社株も1億円に数える。法人化で近づく年数
結論
国外転出時課税は、国外転出の時に有価証券等の合計が1億円以上ある人について、含み益を譲渡したものとみなして所得税をかける制度で、上場していない自社株や合同会社の社員の持分も有価証券に含まれます。個人事業のままなら事業用資産は対象外ですが、法人化すると利益を法人に残すたびに自社株の価額が積み上がります。売上2,000万円・経費300万円で最適報酬を取り続けると毎年379.1万円が法人に残り、自社株だけで1億円に届くのは27年目、個人で5,000万円の株式・投資信託を持っていれば13年目でした。
- 対象者は、対象資産の合計が1億円以上で、国外転出の日前10年以内に国内に住所または居所があった期間の合計が5年を超える人(国税庁 No.1478)
- 非上場株式の価額は所得税基本通達59-6に準じて計算する。株主が中心的な同族株主なら会社は常に「小会社」として扱われ、純資産価額の計算で評価差額に対する法人税額等相当額は控除しない
- 納税管理人の届出などの手続をすれば、納税を5年間(延長で最長10年間)猶予でき、5年以内(延長時10年以内)に帰国して持ち続けていれば課税を取り消せる。猶予には担保の提供が必要
海外移住の準備で見落とされやすいのが、法人化した人だけが近づいていく「1億円」の線です。国外転出時課税は、出国の時点で有価証券等を1億円以上持っていると、売っていなくても含み益に所得税がかかる制度です。そして、上場していない自社株も有価証券に数えます。
個人事業主のままなら、事業で貯めた預金や設備は対象資産になりません。法人化して利益を会社に残すと、その価値は自社株という有価証券の形で積み上がります。この記事では、対象になる条件と自社株の評価のしかたを確認し、法人に利益を残し続けた場合に何年で1億円に届くかを計算エンジンで出します。
国外転出時課税は、出国を「売却」とみなす制度
国税庁 No.1478 によると、国外転出時課税は、国外転出(国内に住所および居所を有しないこととなること)の時に1億円以上の対象資産を所有等している一定の居住者について、その時に対象資産を譲渡したものとみなし、含み益に所得税をかける制度です。平成27年7月1日以後の国外転出から適用されています。
対象者は、次の2つをどちらも満たす人です。
- 国外転出の時に所有等している対象資産の価額の合計が1億円以上
- 原則として、国外転出の日前10年以内に、国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超えている
対象資産は、有価証券(株式や投資信託など)、匿名組合契約の出資の持分、未決済の信用取引・発行日取引、未決済のデリバティブ取引です。国税庁FAQは、NISA口座内の上場株式等のように譲渡益が非課税となるものも対象資産に含まれるとしています。
なぜ出国時に課税するのか
含み益のある株式を持ったまま、株式の譲渡益に課税しない国へ移ってから売れば、日本はその含み益に課税できなくなります。出国の時点で含み益を一度確定させるのは、この課税の抜け穴をふさぐためです。そのため、5年以内(猶予を延長していれば10年以内)に帰国して対象資産を持ち続けていれば、課税を取り消せるしくみになっています。
合同会社の持分も、非上場の自社株も対象資産に入る
所得税法60条の2は、対象を「有価証券」と定めています。所得税法施行令4条2号は、有価証券に準ずるものとして「合名会社、合資会社又は合同会社の社員の持分」を挙げています。
つまり、法人化の形が株式会社でも合同会社でも、社長が持つ自社株・持分は対象資産です。
| 事業の形 | 事業で積み上がった価値の形 | 国外転出時課税の対象か |
|---|---|---|
| 個人事業 | 預金・設備・売掛金など(事業用資産) | 対象外(有価証券ではない) |
| 株式会社 | 非上場株式 | 対象 |
| 合同会社 | 社員の持分 | 対象(所令4条2号) |
個人事業主のときに預金で持っていた事業の蓄えは、法人化すると会社の純資産になり、株主から見れば自社株の価額になります。法人化は、事業の蓄えを「有価証券」に入れ替える行為でもあります。
自社株の価額は、純資産価額が中心になる
国税庁FAQ(Q8)によると、非上場株式の価額は、所得税基本通達59-6などの取扱いに準じて算定します(所基通60の2-7)。59-6は、財産評価基本通達の取引相場のない株式の評価の例によりつつ、次の条件を付けています。
- 株式を持つ個人が「中心的な同族株主」に当たるときは、その会社は**常に「小会社」**として評価する
- 会社が持つ土地や上場有価証券は、その時の価額で評価する
- 純資産価額の計算で、評価差額に対する法人税額等に相当する金額は控除しない
一人社長はまず中心的な同族株主に当たります。小会社として扱われると、純資産価額の比重が高い方法で評価されます。相続税の評価では、規模の大きい会社なら類似業種比準方式で低めに出ることがありますが、その事情はここでは効きにくくなります。相続税評価の方式との違いは法人化すると相続税評価は下がるのかで整理しています。
法人に利益を残し続けると、何年で1億円に届くか
計算エンジンで、最適報酬を取ったときに毎年法人に残る利益(法人税等を差し引いた後)を出し、それを積み上げると何年で1億円に届くかを計算しました。
| 売上 | 経費 | 最適報酬 | 毎年法人に残る利益 | 1億円に届く年数 | その時点の含み益 | 含み益への所得税(15.315%) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1500万円 | 300万円 | 月54万円 | 353.6万円 | 28年 | 9901.1万円 | 1516.4万円 |
| 2000万円 | 300万円 | 月90万円 | 379.1万円 | 27年 | 10234.9万円 | 1567.5万円 |
| 3000万円 | 500万円 | 月100万円 | 863.7万円 | 12年 | 10364.7万円 | 1587.3万円 |
| 5000万円 | 1000万円 | 月100万円 | 1860.0万円 | 6年 | 11159.7万円 | 1709.1万円 |
※ 東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社・2026年(令和8年)分基準。当サイトの計算エンジン(scripts/kokugai-tenshutsu-jishakabu.mjs)で計算
※ 自社株の価額は、資本金100万円に毎年法人に残る利益を積み上げた簿価純資産で近似している。含み益のある土地や上場株式を会社が持っていれば、価額はこれより高くなる
※ 税額は一般株式等に係る譲渡所得の所得税15%と復興特別所得税(合計15.315%)で計算し、取得費は資本金100万円としている
※ 売上3,000万円・5,000万円の最適報酬は、探索範囲の上限(月100万円)に達している
自社株だけで1億円に届くのは、売上1,500万〜2,000万円の規模では27〜28年後です。法人化してすぐ海外へ移るなら、自社株だけで対象になることはほとんどありません。一方、売上5,000万円・経費1,000万円の規模では6年で届きます。
個人の金融資産と合算すると、ぐっと早まる
1億円の判定は、自社株と個人で持つ株式・投資信託の合計で行います。売上2,000万円・経費300万円の場合で、個人の金融資産を持っているときに何年で届くかを出しました。
| 個人で持つ株式・投資信託 | 自社株が届けばよい額 | 1億円に届く年数 |
|---|---|---|
| 0.0万円 | 10000.0万円 | 27年 |
| 3000.0万円 | 7000.0万円 | 19年 |
| 5000.0万円 | 5000.0万円 | 13年 |
| 7000.0万円 | 3000.0万円 | 8年 |
※ 同じ条件・同じスクリプトで計算。個人の金融資産の値動きは考慮していない
個人で5,000万円の株式・投資信託を持っていれば13年、7,000万円なら8年で届きます。自社株そのものより、合算されることのほうが効きます。個人の運用資産が多い人ほど、法人化後の内部留保が判定を押し上げます。法人で運用するか個人で受け取るかの比較はNISAは法人で使えない。報酬を増やしてNISAか、会社で運用か10年比較で計算しています。
現金がないまま課税されるときの、納税猶予と取消し
自社株は売っていないので、課税されても手元に現金が入ってきません。国税庁 No.1478 は、そのための手当てを2つ用意しています。
| 手当て | 内容 | 条件 |
|---|---|---|
| 納税猶予 | 国外転出の日から5年間(延長の届出で最長10年間)納税を猶予 | 国外転出の時までに納税管理人を届け出る、申告書に記載し明細書等を添付する、申告期限までに担保を提供する |
| 課税の取消し | 国外転出時課税がなかったものとして取り消す | 5年以内(延長時10年以内)に帰国し、その時まで対象資産を持ち続けている。帰国から4か月以内に更正の請求等をする |
猶予期間中は、毎年12月31日時点の対象資産について継続適用届出書を翌年3月15日までに提出します。出さなければ、その期限から4か月を経過する日に猶予の期限が確定します。猶予期間中に対象資産を譲渡や贈与すると、その部分の猶予が打ち切られ、4か月以内に利子税と合わせて納付します。
国税庁FAQは、担保として提供できる財産に、株券不発行会社の非上場株式と持分会社の社員の持分を挙げています。自社株そのものを担保に入れる道があるということです。
同じ「有価証券等1億円」の線は、毎年の財産債務調書の提出義務にも出てきます。こちらの判定と自社株の見積価額の求め方は財産債務調書は法人化で外れるか。所得2,000万円と自社株の数え方で扱っています。
申告の期限は、納税管理人の届出で変わる
国外転出の時までに納税管理人を届け出た場合は、国外転出をした年分の確定申告期限までに、その年の所得に国外転出時課税の所得を含めて申告します。届け出ずに出国する場合は、出国の時までに準確定申告をします。この場合、対象資産は国外転出の予定日から起算して3か月前の日の価額で計算します(所法60条の2)。手続きの流れは個人事業主が海外移住するとき、納税管理人と出国前の確定申告はどう決まる?で詳しく扱っています。
まとめ
- 国外転出時課税は、出国時に有価証券等が1億円以上ある人の含み益に所得税をかける制度で、国内に住所等があった期間が10年以内に合計5年超の人が対象
- 非上場の自社株も、合同会社の社員の持分も有価証券に含まれる。個人事業の事業用資産は対象外
- 一人社長の自社株は小会社として評価され、純資産価額の計算で法人税額等相当額を控除しない
- 売上2,000万円・経費300万円なら毎年379.1万円が法人に残り、自社株だけで27年、個人の金融資産5,000万円と合わせれば13年で1億円に届く
- 納税は担保を出せば最長10年猶予でき、期間内に帰国して持ち続けていれば課税を取り消せる
海外移住を考えているなら、法人化する前に、毎年いくらが法人に残るのかを自分の売上と経費で確かめてください。それが、将来の1億円の判定に効いてくる額です。
よくある質問
自社株は売っていないのに、税金を払う現金はどうするのですか?
国外転出時課税は売却がなくても含み益に課税するため、現金が手元にないことがあります。国外転出の時までに納税管理人の届出をし、申告期限までに担保を提供すれば、納税を5年間(延長の届出で最長10年間)猶予できます(国税庁 No.1478)。担保には株券不発行会社の非上場株式や持分会社の社員の持分も使えるとされています(国税庁FAQ)。
1億円の判定には、NISA口座の株式や投資信託も入りますか?
入ります。国税庁FAQは、NISA口座内の上場株式等のように譲渡所得が非課税となるものも対象資産に含まれるとしています(所基通60の2-5)。自社株と個人の金融資産は合算して判定します。
外国籍で日本に数年住んだだけでも対象になりますか?
原則として、国外転出の日前10年以内に国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超えていることが要件です(国税庁 No.1478)。合計5年以下なら対象になりません。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。