税金の基礎
居住者判定は183日では決まらない。海外で働く個人事業主の住所の線
結論
所得税法上の居住者かどうかは、国内に住所(生活の本拠)があるか、現在まで引き続き1年以上居所があるかで判定され、滞在日数だけでは決まりません。183日は租税条約の短期滞在者免税に出てくる数字で、国税庁は外国に183日以上滞在していても日本の居住者となる場合があるとしています。事業所得800万円(売上1,000万円・経費200万円)なら、居住者と判定されることで日本側に年259.3万円の税金・保険料が残ります。
- 国外で1年以上居住することを通常必要とする職業を持つ人は、国内に住所を有しない者と推定される。契約等で在留期間が1年未満と明らかな場合は除く(所令15条・所基通3-3)
- 住民票を抜くことと、所得税の居住者でなくなることは別の判定。住民税・国保は住民登録や1月1日の住所に連動し、所得税は生活の本拠で見る
- 居住者と判定されると、全世界の所得が日本の確定申告の対象になる。年の途中で出国した年は、出国までの全所得と出国後の国内源泉所得を合わせて申告する(国税庁 No.1926)
「海外に183日以上いれば非居住者」という説明は、所得税法のどこにも書かれていません。所得税法の判定は日数ではなく、生活の本拠がどこにあるかです。海外で暮らしながら日本の取引先と仕事を続ける個人事業主ほど、この線が曖昧になります。
この記事では、まず183日という数字がどこから来たのかを確認し、所得税法の住所の判定と推定規定を整理します。そのうえで、住民票や国保と所得税の判定が別物であること、判定次第で日本側の負担がいくら動くかを計算エンジンで示します。
183日は、租税条約の「短期滞在者免税」の数字
183日が出てくるのは、租税条約の給与所得の条項です。他国の居住者が日本で働いても、一定の条件を満たせば日本の所得税を免除する。これが短期滞在者免税です。
日米租税条約の質疑応答事例では、適用を受けるには「その課税年度において開始又は終了するいずれの12か月間においても」日本の滞在期間が合計183日以内である必要があるとされています。滞在日数は物理的な日数で数え、入国日と出国日の両方を含めます(日韓租税条約に関する国税庁の質疑応答事例)。
つまり183日は、すでに相手国の居住者である人が、日本で稼いだ給与を日本で課税されないための条件です。そもそも日本の居住者かどうかを決める物差しではありません。この2つが混ざったのが「183日ルール」という通説の正体です。
| 物差し | 何を決めるか | 根拠 |
|---|---|---|
| 生活の本拠(住所) | 日本の居住者か非居住者か | 所得税法2条・3条、所令13〜15条 |
| 1年以上の居所 | 住所がなくても居住者になるか | 所得税法2条 |
| 183日 | 相手国居住者の給与が日本で免税になるか | 各国との租税条約 |
所得税法の判定は「住所」と「1年以上の居所」の2本立て
所得税法は、居住者を「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」と定めています。どちらか一方に当てはまれば居住者で、どちらにも当てはまらなければ非居住者です。
国税庁 No.2012 によると、住所は「各人の生活の本拠」で、次のような客観的事実で判断されます。
- 住居
- 職業
- 資産の所在
- 親族の居住状況
- 国籍
居所は、生活の本拠という程度には至らないものの、現実に居住している場所です。同じページは、複数国を転々と移動して特定の国に住所がない「永遠の旅人」であっても、生活の本拠が日本にあれば日本の居住者だとしています。
判断を簡単にするための「住所の推定」
客観的事実の総合判断だけでは線が引きにくいため、施行令に推定規定があります。国外へ出る側の推定(所令15条)は次のとおりです。
- 国外で、継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を持つこと
- 外国の国籍または外国の永住許可を持ち、国内に生計を一にする配偶者その他の親族がおらず、国内の職業・資産の状況からみて再び国内に戻って主に国内で暮らすと推測できる事実がないこと
どちらかに当てはまれば、国内に住所を有しない者と推定されます(国税庁 No.2875 別紙)。日本人の個人事業主が使えるのは1の職業要件です。
所得税基本通達3-3は、事業を営むため・職業に従事するために国外に居住することになった人は、在留期間が契約等によりあらかじめ1年未満であることが明らかな場合を除き、この職業要件に当たるとしています。逆に言えば、半年の予定で海外の取引先に常駐するような形は、推定の対象外です。
推定は「推定」でしかない
推定規定は反証で覆ります。海外で事業を始めても、日本に配偶者と子どもを残し、日本の自宅に住所を置き、日本の取引先との仕事が売上の大半を占めているなら、生活の本拠は日本だと判断される余地が残ります。推定規定に当てはまることと、非居住者だと確定することは同じではありません。
住民票を抜くことと、所得税の非居住者は別の判定
海外転出届を出して住民票を抜けば非居住者になる、と考える人は多いですが、所得税と住民税・社会保険はそれぞれ別の基準で動いています。
| 項目 | 何で決まるか | 海外へ出たときの扱い |
|---|---|---|
| 所得税 | 生活の本拠(住所)・1年以上の居所 | 居住者なら全世界所得、非居住者なら国内源泉所得だけ |
| 住民税 | 1月1日(賦課期日)に住所があるか | 1月1日に国内に住所がなければ、その年度は課されない |
| 国民健康保険 | 区市町村に住所があるか | 転出届を出さずに出国しても、1年以上海外に居住すればその間の資格を失う(大阪市) |
| 国民年金 | 国内に住所があるか | 強制加入でなくなる。日本国籍で20歳以上65歳未満なら任意加入できる(日本年金機構) |
住民税・国保・国民年金は、住所を置く市区町村との関係で決まります。所得税だけが生活の本拠という実質で判定されます。そのため、住民票を抜いて住民税と国保はかからなくなったのに、所得税の居住者のままという状態が起こり得ます。
この状態で国外の取引先から得た売上を日本で申告していなければ、居住者としての申告漏れになります。住民票の手続きは税務の判定を代わりにしてくれません。
判定が分かれると、日本側の負担はいくら動くか
居住者と判定されたまま海外で事業を続けた場合に、日本側に残る負担を計算エンジンで出しました。
| 売上 | 事業所得(青色控除前) | 所得税 | 住民税 | 個人事業税 | 国保 | 国民年金 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 600万円 | 400.0万円 | 8.8万円 | 23.5万円 | 5.5万円 | 37.6万円 | 21.5万円 | 96.9万円 |
| 800万円 | 600.0万円 | 35.5万円 | 41.4万円 | 15.5万円 | 58.8万円 | 21.5万円 | 172.7万円 |
| 1000万円 | 800.0万円 | 73.0万円 | 59.3万円 | 25.5万円 | 79.9万円 | 21.5万円 | 259.3万円 |
| 1200万円 | 1000.0万円 | 112.6万円 | 77.7万円 | 35.5万円 | 95.6万円 | 21.5万円 | 342.9万円 |
| 1500万円 | 1300.0万円 | 198.8万円 | 107.7万円 | 50.5万円 | 96.0万円 | 21.5万円 | 474.5万円 |
※ 経費200万円・東京23区(特別区統一保険料率)・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・2026年(令和8年)分基準。当サイトの計算エンジン(scripts/kyojusha-hantei-jusho.mjs)で計算
※ 消費税は含めていません
事業所得800万円の人なら、年259.3万円です。居住者と判定されれば、これが日本で課されます。非居住者で日本に事業の拠点もなく、海外で役務を提供しているだけなら、所得税の対象は国内源泉所得に限られ、住民税・国保の対象からも外れます。
ただし、非居住者になれば税金がなくなるわけではありません。移住先の国の居住者として、そこで課税されます。この表は「どちらの国で払うか」が判定で入れ替わる額であって、節税額ではありません。
表から読めること
国保と国民年金の合計は、事業所得800万円で年101.4万円です。所得税と住民税の合計132.3万円と大差がありません。住民票の手続きで動くのは社会保険料と住民税、所得税の判定で動くのは所得税です。どちらか片方だけが動くと、想定した負担と大きくずれます。計算の前提は計算の根拠と前提にまとめています。
出国した年は、居住者の期間と非居住者の期間で分けて申告する
年の途中で海外へ移ると、1年が2つの期間に分かれます。国税庁 No.1926 は、出国までに納税管理人を定めた場合について、次の合計額を翌年2月16日から3月15日までに確定申告するとしています。
- 1月1日から出国の日までに生じたすべての所得(居住者期間)
- 出国の翌日から12月31日までに生じた国内源泉所得(非居住者期間)
納税管理人を定めずに出国する場合は、出国の時までに居住者期間の所得について準確定申告をします。非居住者期間に国内源泉所得があれば、これとは別に翌年の確定申告も必要です。手続きの流れは個人事業主が海外移住するとき、納税管理人と出国前の確定申告はどう決まる?で詳しく扱っています。
控除の扱いも期間で分かれます。同じページによると、社会保険料控除や小規模企業共済等掛金控除、医療費控除などは居住者期間に支払った額で計算し、基礎控除・寄附金控除・雑損控除は通年で適用できます。
法人を作って海外へ移る場合は、判定の結果が別の形で効く
日本の法人の役員として海外へ移ると、所得税の判定で非居住者になっても、役員報酬は国内源泉所得として20.42%で源泉徴収されます。居住者のままなら給与所得控除や基礎控除を使って累進税率で計算されるため、同じ報酬でも税額が大きく変わります。報酬額ごとの差は海外在住で役員報酬を取ると20.42%。逆転するのは月119万円からで計算しています。
非居住者になったあと日本で何が課税されるかは、日本に恒久的施設(PE)が残るかどうかで変わります。その線引きと日本法人を作った場合の負担は海外在住で日本の仕事を続ける。恒久的施設(PE)と日本法人の線で計算しています。
個人事業のまま移るか、法人を作ってから移るかは、居住者判定の結果と組み合わせて初めて比較できます。まず居住者のまま日本で事業を続けた場合の手取りを、自分の売上と経費で確かめてください。
まとめ
- 183日は租税条約の短期滞在者免税の要件で、所得税法の居住者判定の基準ではない
- 所得税法の居住者は「国内に住所(生活の本拠)がある」か「1年以上の居所がある」個人。住居・職業・資産・親族・国籍で判断される
- 国外で1年以上居住することを通常必要とする職業を持つ人は非居住者と推定されるが、契約等で1年未満と明らかな場合は除かれ、推定は反証で覆る
- 住民税・国保・国民年金は市区町村の住所で動き、所得税は生活の本拠で動く。住民票を抜いても所得税の居住者のままになり得る
- 事業所得800万円なら、居住者として日本に残る税金・保険料は年259.3万円(計算エンジン)。判定はこの額をどちらの国で払うかを決める
海外へ移る前に、まず居住者のまま日本で事業を続けた場合の負担と、法人化した場合の手取りを、自分の売上と経費で確かめてください。
よくある質問
1年の半分以上を海外で過ごせば、日本の確定申告はしなくてよいですか?
滞在日数だけでは決まりません。国税庁 No.2012 は、外国に183日以上滞在していても生活の本拠が日本にあれば居住者となる場合があるとしています。家族や事業の拠点、住居が日本に残っていれば、居住者として全世界の所得を申告する前提で確認が必要です。
日本と移住先の両方で居住者と判定されたらどうなりますか?
両国の国内法でともに居住者となる場合は、租税条約の規定で最終的な居住地を決めます。国税庁 No.2875 では、恒久的住居の場所、利害関係の中心がある場所、常用の住居の場所、国籍の順で判定するとされています。条約のない国との間ではこの調整が働きません。
外国籍で日本に住んでいる場合も、全世界の所得に課税されますか?
日本国籍がなく、過去10年以内に国内に住所または居所があった期間が合計5年以下の居住者は非永住者になります。非永住者の課税範囲は、国外源泉所得以外の所得と、国外源泉所得のうち国内で支払われたものや国外から送金されたものに限られます(国税庁 No.2010)。
出典
- 国税庁 タックスアンサー No.2012 居住者・非居住者の判定(複数の滞在地がある人の場合)
- 国税庁 タックスアンサー No.2875 居住者と非居住者の区分
- 国税庁 タックスアンサー No.2875 別紙 住所の推定
- 国税庁 所得税基本通達 法第3条《居住者及び非居住者等の区分》関係(3-3)
- 国税庁 タックスアンサー No.2010 納税義務者となる個人
- 国税庁 タックスアンサー No.1926 海外勤務中に不動産所得などがある場合
- 国税庁 質疑応答事例 短期滞在者免税の要件である滞在日数の計算
- 国税庁 質疑応答事例 日米租税条約における短期滞在者免税を適用する場合の183日以下の判定
- 日本年金機構 任意加入制度
- 大阪市 国民健康保険とは
- 東京都主税局 個人住民税
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。