社会保険

親を健康保険の扶養に入れると、法人化の分岐点は87万円遠のく

国民健康保険に「扶養」はなく、親を世帯に加えると人数分の均等割が乗ります。法人化して健康保険の被扶養者にすればこれが消えますが、消える金額は事業所得1,000万円を超えるとほぼゼロになります。9市区の実データと、扶養親族1人で損益分岐点が87万円動く理由を計算しました。

国民健康保険には「扶養」という仕組みがありません。親を自分の世帯に入れれば、その人数分の保険料が上乗せされます。法人化して協会けんぽに移れば被扶養者の保険料はかからないので、この上乗せは消えます。

ただし、消える金額は所得によってまったく違います。当サイトの計算エンジンで主要9市区を計算すると、事業所得600万円までは年間2万7,980円〜6万8,146円、1,000万円を超えるとほとんど0円でした。

そして扶養親族が1人いること自体が、法人化の損益分岐点を1,266万円から1,353万円へ87万円押し上げます。理由は保険料ではなく、扶養控除が効く税率にあります。

国民健康保険に「扶養」という考え方はない

東京23区(特別区の統一保険料率)の令和8年度の算式を見ると、基礎分(医療分)は「所得割額(被保険者全員の賦課基準額×7.51%)+均等割額(被保険者数×47,600円)」です。後期高齢者支援金分・子ども・子育て支援金分も同じ形で計算します。

ここで重要なのは2点です。所得割は世帯の加入者全員の所得を合計して計算すること。そして均等割は加入者の頭数だけかかることです。

つまり国民健康保険では、収入のない親を世帯に加えても保険料は下がりません。人数が増えた分だけ上がります。会社員の健康保険にある「被扶養者は保険料がかからない」という扱いが、国民健康保険にはそもそも存在しません。

一方、法人を設立して協会けんぽに加入すると、保険料は役員報酬から決まる標準報酬月額と保険料率だけで決まります。被扶養者が1人でも3人でも、会社と本人が負担する金額は変わりません。「親を扶養に入れるために法人化する」という話は、ここから出てきます。

配偶者について同じ構造を扱ったのが配偶者がいると法人化の分岐点は250万円下がるです。ただし親と配偶者では、後述するとおり効き方が大きく違います。

親を1人加えると、国民健康保険はいくら上がるか

当サイトの計算エンジンで、実データを持つ9市区について「同じ世帯の国民健康保険に、収入のない親を1人加えたときの年間増加額」を計算しました。本人は40歳未満・青色申告(e-Tax)の単身世帯を前提にしています。

自治体事業所得400万円事業所得600万円事業所得800万円事業所得1,000万円事業所得1,200万円
名古屋市68,146円68,146円17,555円1,771円0円
東京23区67,073円67,073円67,073円1,873円0円
さいたま市59,900円59,900円59,900円1,700円0円
横浜市55,940円55,940円15,070円0円0円
神戸市48,490円48,490円47,901円1,280円0円
大阪市47,926円47,926円8,067円1,363円0円
京都市41,550円41,550円32,402円1,110円0円
福岡市31,287円31,287円22,870円20,846円0円
札幌市27,980円27,980円7,430円148円0円

※ 40歳未満・単身・青色申告(e-Tax)/2026年(令和8年)分 基準 ※ 親に収入がなく、介護分の対象(40〜64歳)でない場合の増加額

所得が低いうちは、増加額はそのまま均等割の額です。名古屋市の68,146円と札幌市の27,980円では2.4倍の開きがあります。均等割が安い自治体は、その分を所得割の料率や世帯単位の平等割で回収する設計になっています。そのため保険料の総額で並べたときと、家族を1人増やしたときの負担で並べたときとでは、自治体の順位が入れ替わります。

親が別の世帯で自分の国民健康保険に加入している場合は、この表より負担が大きくなります。均等割に加えて、大阪市・札幌市・福岡市・神戸市・京都市では世帯単位の平等割(大阪市で年44,753円)がかかり、親自身の所得割も別に計算されるためです。自治体ごとの内訳は国民健康保険料は自治体でどれだけ違うかにまとめています。

事業所得1,000万円を超えると、増加額はほぼ消える

表の右側を見ると、増加額が急に小さくなります。これは国民健康保険に賦課限度額があるからです。東京23区では基礎分(医療分)の最高限度額が67万円、後期高齢者支援金分が26万円と決まっていて、所得割だけでそこに届いてしまうと、均等割を足しても保険料は動きません。

東京23区で事業所得を刻んで計算すると、境目はこうなります。

事業所得単身の保険料親を1人加えた保険料増加額
800万円867,979円935,052円67,073円
840万円910,299円953,625円43,326円
880万円946,432円956,345円9,913円
950万円956,362円958,235円1,873円
1,100万円960,000円960,000円0円

※ 40歳未満・青色申告(e-Tax)・東京23区/2026年(令和8年)分 基準

事業所得800万円を超えたあたりから増加額が崩れはじめ、1,100万円で完全に0円になります。3つの区分の限度額が順に埋まっていくため、崩れ方が階段状になります。この頭打ちの仕組みは東京23区の国民健康保険料の計算方法で詳しく扱っています。

ここから言えることは、直感とは逆です。親を扶養に入れることで浮く国民健康保険料は、法人化が有利になる所得帯ではゼロに近い。 当サイトの基本条件で法人化が有利に転じるのは事業所得1,266万円ですが、その水準では親が何人いても国民健康保険料は限度額のままです。保険料の節約を理由に法人化を考えるなら、効果があるのは事業所得800万円前後までということになります。

健康保険の扶養と、税の扶養は別の制度

「扶養に入れる」という言葉は2つの制度で使われますが、基準も、測る対象も違います。混同したまま判断すると条件を読み違えます。

健康保険の被扶養者税の扶養控除
親の基準額年間収入130万円未満(60歳以上または障害厚生年金を受けられる程度の障害者は180万円未満)合計所得金額58万円以下
測る対象収入所得(公的年金等控除を差し引いた後)
同居の要否直系尊属は同居していなくてもよい生計を一にしていること
追加の条件同居なら被保険者の年間収入の2分の1未満、別居なら援助(仕送り)による収入額より少ないこと
得られるもの保険料が増えない控除38万円(70歳以上は48万円、同居老親等は58万円)

130万円・180万円は健康保険の基準、58万円は税の基準です。 年金収入がある親では、健康保険の被扶養者にはなれるが扶養控除は使えない、という組み合わせが起こります。健康保険は収入額そのもので見るのに対し、税は公的年金等控除を差し引いた後の所得で見るためです。

被扶養者にできる範囲には、配偶者・子・孫・兄弟姉妹と並んで父母・祖父母などの直系尊属が入っていて、これらは同居していなくても認定の対象になります。3親等内でもおじ・おば、甥・姪などは同居が条件です。親は同居していなくてよい側に入っている、というのがこの論点の前提になります。

親には「国民年金が浮く」効果がない

配偶者を扶養に入れる場合との最大の違いはここです。

国民年金の第1号被保険者は20歳以上60歳未満、第3号被保険者も20歳以上60歳未満の配偶者に限られます。60歳を過ぎた親はどちらにも当てはまりません。保険料をもともと払っていないので、法人化しても浮きません。

親がまだ60歳未満なら国民年金の第1号被保険者ですが、この場合も法人化で保険料は消えません。第3号被保険者になれるのは配偶者だけで、親は健康保険の被扶養者になっても国民年金は自分で払い続けるためです。

配偶者を扶養に入れると年215,040円の国民年金保険料が丸ごと消えるのに対し、親で動くのは国民健康保険の均等割だけです。同じ「扶養に入れる」でも、金額の桁が違います。

75歳になると、扶養から外れる

後期高齢者医療制度の対象は75歳以上の人(65〜74歳で一定の障害があり広域連合の認定を受けた人を含む)です。そして後期高齢者医療制度の被保険者は、協会けんぽの被扶養者にはなれません。75歳の誕生日で自動的に切り替わり、以後は保険料を本人が負担します。原則として年金からの天引きです。

つまり、親を健康保険の扶養に入れて保険料の負担が消える期間には、あらかじめ終わりが決まっています。親が72歳なら3年です。

ただし、切り替わった後にまったく何も残らないわけではありません。加入の直前に被用者保険(会社の健康保険)の被扶養者だった人には軽減措置があり、加入から2年を経過する月まで均等割が5割軽減され、所得割額は当面の間かかりません。所得が低いことによる軽減に該当する場合は、軽減割合の高いほうが適用されます。

扶養控除は、法人化すると価値が下がる

ここまでは保険料の話でした。判定を実際に動かすのは、むしろ税の側です。

扶養親族が1人増えると、個人事業主でも法人の役員でも同じ38万円(所得税)の扶養控除が使えます。ところが同じ控除でも、適用される税率が違うため手取りの増え方が違います

当サイトの計算エンジンで、扶養親族が1人いる場合といない場合の手取りを比較しました。

事業所得個人のままの増加法人化した場合の増加実質差額の変化
600万円+63,927円+52,400円個人が11,527円多い−37.6万円 → −38.8万円
800万円+63,927円+71,800円法人が7,873円多い−24.1万円 → −23.4万円
1,000万円+121,027円+71,800円個人が49,227円多い−14.7万円 → −19.6万円
1,200万円+161,000円+71,800円個人が89,200円多い−6.6万円 → −15.5万円
1,500万円+161,000円+71,800円個人が89,200円多い+23.9万円 → +14.9万円

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分 基準 ※ 実質差額は税理士報酬の差(年20万円)と法人住民税の均等割を差し引いた後の金額

事業所得1,200万円の内訳を見ると理由が分かります。個人のままなら課税所得は955万円で、所得税の税率は33%の帯です。38万円の扶養控除は所得税で約12.8万円、住民税で3.3万円、合わせて16.1万円の減税になります。

法人化した場合、この所得帯での最適な役員報酬は月54万円です。給与所得控除を引いた後の役員個人の課税所得は280万円まで下がり、所得税の税率は10%の帯に入ります。同じ38万円の控除でも所得税は約3.9万円しか減らず、住民税と合わせて7.2万円です。

扶養控除は、税率の高いほうで使うと価値が高い。 法人化は役員報酬に給与所得控除をかけて課税所得を下げる仕組みなので、その副作用として扶養控除の価値まで下がります。差は年8.9万円です。

事業所得800万円だけ法人側が有利になっているのは、この帯ではまだ個人の国民健康保険が賦課限度額に届いておらず、親1人分の均等割67,073円を丸ごと負担しているからです。保険料の効果と税率の効果が逆を向いていて、800万円あたりで入れ替わります。

損益分岐点は87万円遠のく

条件別の損益分岐点は次のとおりです。

条件損益分岐となる事業所得
基本(独身・インボイス登録済み)1,266万円
株式会社で設立1,266万円
配偶者あり(無収入)1,016万円
配偶者あり+扶養1人1,066万円
インボイス未登録1,266万円
40〜64歳(介護保険あり)1,243万円
大阪市1,283万円
名古屋市1,270万円
白色申告793万円

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 表示した条件以外は基本条件と同じ。実質差額がプラスに転じる事業所得 ※ いずれも3年目以降の定常状態。設立1〜2期の消費税免税(インボイス未登録の場合のみ)は含まない

独身で扶養親族が1人いる場合の分岐点は1,353万円、2人なら1,441万円です。基本条件の1,266万円から、1人あたりおよそ87万円ずつ後ろにずれます。配偶者ありの場合は1,016万円から1,066万円へ50万円で、ずれ幅は独身より小さくなります。配偶者の分だけ法人化側の利点が先に効いているためです。

扶養する家族が増えるほど法人化が近づくと考えられがちですが、扶養親族については逆に遠のきます。配偶者が分岐点を250万円手前に引き寄せるのは国民年金保険料が消えるからであり、その効果を持たない親では逆向きの力だけが残ります。

当サイトの試算は、扶養親族を一律「一般の控除対象扶養親族(38万円)」として計算しています。70歳以上の親は老人扶養親族にあたり、控除額は同居老親等で58万円、それ以外で48万円と大きくなります。控除が大きいほど税率差の影響も大きくなるため、実際の分岐点は表よりさらに後ろへ動く方向に働きます。

判断が変わるのは所得帯によって違う

整理すると、親を扶養に入れることの効き方は3つの帯に分かれます。

  • 事業所得600万円前後まで(自治体によっては800万円まで):国民健康保険の均等割が丸ごと浮く。金額は年2万7,980円〜6万8,146円。ただしこの帯では法人化そのものが年22万〜38万円不利なので、保険料だけで判断が覆るわけではない
  • 1,000万〜1,200万円:国民健康保険は賦課限度額に近づき、浮く保険料はほぼ消える。残るのは扶養控除の税率差で、法人化が年8.9万円不利になる
  • 1,500万円以上:法人化は有利なままだが、有利幅は扶養1人あたり年8.9万円縮む

金額の大小より、方向が逆になる帯があることのほうが判断には効きます。一般論の数字ではなく、自分の売上・経費・自治体・家族構成で確かめてください。計算の前提は計算方法についてに置いています。

法人化そのものの固定費や手間を含めた全体像は法人化のデメリット7つを金額でにまとめています。

まとめ

  • 国民健康保険に扶養の仕組みはなく、親を世帯に加えると人数分の均等割がかかる。法人化して協会けんぽの被扶養者にすれば、この負担は消える
  • 消える金額は自治体で2.4倍違い、名古屋市68,146円に対し札幌市は27,980円。ただし賦課限度額があるため、東京23区では事業所得1,100万円で増加額が0円になる
  • 健康保険の被扶養者は年間収入130万円未満(60歳以上は180万円未満)、税の扶養控除は合計所得金額58万円以下。基準額も測る対象も別の制度
  • 親が75歳になると後期高齢者医療制度に移り、健康保険の被扶養者ではいられなくなる。効果には期限がある
  • 扶養親族が1人増えると、損益分岐となる事業所得は1,266万円から1,353万円へ87万円後退する。扶養控除は税率の高い個人事業主のほうで使うほうが価値が高いため

よくある質問

親と別居していても健康保険の扶養に入れられますか?

父母・祖父母などの直系尊属は、同居していなくても被扶養者にできる範囲に入っています。ただし別居の場合は、親の年間収入が仕送りによる援助額より少ないことが条件になります。仕送りの実態がないと認定されません。

親に年金収入がある場合、国民健康保険料はどうなりますか?

国民健康保険の所得割は世帯の加入者全員の所得を合計して計算するため、親に年金による所得があれば、均等割に加えて所得割も増えます。本記事の試算は、親に収入がない場合の増加額です。

親が2人(父母とも)いる場合、効果は2倍になりますか?

国民健康保険料の側では、均等割が2人分かかるので単純に2倍近くになります。ただし世帯の保険料が賦課限度額に達している場合は、1人目も2人目も増加額がゼロになります。所得が高いほど人数の効果は小さくなります。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。