役員報酬

業務改善助成金は一人会社で使える?従業員ゼロは対象外の理由

結論

社長(役員)だけの一人会社は業務改善助成金の対象外です。引き上げる対象が、雇入れ後6か月を経過した雇用保険被保険者である労働者の賃金だからです。パートを1人雇っている会社なら、時給を50円以上上げて設備投資をすれば、30人未満の事業者は上限40万円・助成率3/4(事業場内最低賃金1,050円以上の場合)で助成を受けられます。令和8年度の申請期限は、最低賃金の発効日の前日か11月30日の早い方です。

  • 厚労省は「労働者(従業員)がいない場合は、助成の対象となりません」と明記。令和8年度から引上げ対象は雇用保険被保険者(週20時間以上)に限られた
  • 東京は令和8年10月1日に最低賃金が1,280円へ改定され、申請期限は9月30日で終了。京都(11月16日発効)や岩手・熊本(12月1日発効)などはまだ申請期間内
  • 東京で時給1,240円のパート(週30時間)を1,290円にすると、法定の1,280円への引上げに比べた上乗せは年1.6万円。社長の手取り減は約1万円で、上限40万円の助成と比べると小さい

業務改善助成金は「最低賃金の引上げ」と「設備投資」をセットにした助成金です。最大600万円という数字が目立ちますが、それは10人以上の賃金を90円以上上げる特例事業者の上限です。一人会社やパート1〜2人の会社が実際に届くのは、もっと下の区分です。

この記事では、社長だけの会社が対象外になる理由を交付要綱で確認したうえで、パートを1人雇う会社が使った場合の助成額と人件費の増え方を比べます。法人化そのもので受けられる補助金・助成金の全体像は、法人化すれば補助金・助成金がもらえるかで整理しています。

社長だけの一人会社が対象外になる理由

業務改善助成金の交付要綱4条は、対象を次のように定めています。中小企業事業者が、雇入れ後6月を経過した労働者の事業場で最も低い時間当たり賃金(事業場内最低賃金)を一定額以上引き上げ、あわせて生産性向上に資する設備投資等を行った場合に助成する、という構造です。

ここで言う「労働者」に、社長本人は入りません。役員は会社に雇われているのではなく、委任関係で経営を任されている立場だからです。厚生労働省の制度ページも、労働者(従業員)がいない場合は助成の対象とならないと明記しています。

令和8年度は、さらに範囲が絞られました。

  • 事業場内最低賃金を判定する労働者は、雇入れ後6か月を経過した雇用保険被保険者
  • 「引き上げる労働者数」に数えられるのも雇用保険被保険者だけ(令和8年度からの変更)
  • 雇用保険の被保険者になるのは、原則として週の所定労働時間が20時間以上で、31日以上の雇用見込みがある人

つまり、週20時間未満のアルバイトしかいない会社も対象外です。社長1人の会社は雇用保険の適用事業所でもありません。社長が雇用保険に入れない仕組みは一人社長は雇用保険に入れないで説明しています。

「これから雇えばいい」も今年度は通らない

基準になるのは「雇入れ後6か月を経過した」労働者です。厚労省のQ&A(問5)も、少なくとも設立から6か月以上継続している必要があると答えています。今からパートを雇っても、令和8年度の申請期間(最長で11月30日まで)に6か月は経過しません。

例外は法人化の直前です。Q&Aは、個人事業主が法人化した場合でも、法人化前に雇入れ後6か月以上経過した労働者を使用していれば、法人化後の期間にかかわらず助成対象となり得るとしています。個人事業時代から雇っているパートがいる人は、法人化のタイミングで権利を失うわけではありません。

同居の家族だけを雇う会社

配偶者など同居の親族は、原則として雇用保険の被保険者になりません。家族だけを従業員にしている会社は、雇用保険被保険者という要件で引っかかりやすい構造です。家族を雇う場合の保険の扱いは家族従業員の労災・雇用保険にまとめています。

令和8年度の対象事業者と申請期限

対象になるのは、次の要件をすべて満たす事業者です(交付要綱2条・4条、リーフレット)。

要件内容
中小企業・小規模事業者資本金3億円以下または常時使用する労働者300人以下など(業種により異なる)。大企業の子会社などの「みなし大企業」は除く
事業場内最低賃金令和8年度の改定後の地域別最低賃金未満であること
不交付事由がない申請前6か月から一定期間に、解雇・時給の引下げなどがないこと

2つ目の要件は、令和7年9月から広がったものです。以前は「地域別最低賃金との差が50円以内」の事業場だけでしたが、今は改定後の地域別最低賃金を下回っていれば対象になります。一方で、申請時点で事業場内最低賃金が改定後の地域別最低賃金以上なら申請できません(Q&A問3)。すでに十分高い時給を払っている会社は使えない制度です。

申請期限は「最低賃金の発効日の前日」

令和8年度の申請期間は、9月1日から、事業場の都道府県の地域別最低賃金の発効日の前日か11月30日の早い方までです。賃金の引上げも、申請後から発効日の前日までに行う必要があります。

都道府県の例改定後の最低賃金発効日申請期限
東京1,280円令和8年10月1日9月30日(終了)
大阪1,231円令和8年10月1日9月30日(終了)
福岡1,114円令和8年10月4日10月3日(終了)
京都1,180円令和8年11月16日11月15日
岩手・熊本1,090円・1,092円令和8年12月1日11月30日
沖縄1,086円令和8年12月2日11月30日

この記事の公開日(10月5日)時点で、東京・神奈川・大阪・愛知など発効日が10月1日の都道府県は、令和8年度の申請期間が終わっています。発効日が10月後半以降の県では、まだ間に合います。

令和7年9月以降は、先に賃金を上げてから申請する方法も認められていましたが、令和8年度はできなくなりました。申請 → 賃上げ → 交付決定 → 設備の導入という順番を崩すと対象外です。交付決定前に設備を導入した場合も助成されません。

助成上限額と助成率:一人会社が届くのは40万〜100万円

助成額は、設備投資等の費用に助成率を掛けた額と、助成上限額のいずれか低い方です(交付要綱4条2項)。助成対象経費の下限は10万円です。

令和8年度は、コースが50円・70円・90円の3つに再編されました。従業員1人の会社が使う「引き上げる労働者数1人」の区分は次のとおりです。

コース引上げ額上限(事業場規模30人未満)上限(それ以外)
50円コース50円以上40万円30万円
70円コース70円以上50万円40万円
90円コース90円以上100万円90万円

助成率は、引上げ前の事業場内最低賃金が1,050円未満なら4/5、1,050円以上なら3/4です。改定前の最低賃金が1,050円未満だった道県(例:沖縄・高知・宮崎の1,023円)では4/5になり得ますが、東京や大阪など改定前から1,050円を超えていた地域では3/4です。

設備投資の額と助成額の関係を、30人未満・1人・50円コース(上限40万円・助成率3/4)で計算すると次のとおりです。

設備投資等の額助成額自己負担
30.0万円22.5万円7.5万円
53.4万円40.0万円13.4万円
60.0万円40.0万円20.0万円
100.0万円40.0万円60.0万円

上限に届くのは設備投資が約53.4万円のときです。それを超える分は全額が自己負担になります。助成金は「設備を安く買える制度」であって、設備がもともと不要なら得にはなりません。

パソコンは原則として対象外

対象経費は、生産性向上・労働能率の増進に資する設備投資等です。POSレジや業務の効率化につながる機械、国家資格者によるコンサルティングなどが例に挙がっています。パソコン・スマートフォン・タブレットの新規導入は、物価高騰等要件(利益率が前年同期比3%ポイント以上低下)を満たす特例事業者だけが対象です。令和8年度からは、特例で認められていた自動車(特殊用途自動車を除く)も対象外になりました。

社長が使う機器でも、労働者と同じように使って事業場全体の生産性が上がるなら対象になり得る、とQ&A(問33)は説明しています。

パート1人の会社で、助成と人件費の増加を比べる

ここからは、東京で週30時間・時給1,240円のパートを1人雇っている一人会社を例にします。1,240円は改定前の東京の最低賃金1,226円以上、改定後の1,280円未満なので、対象になる事業場です(今年度の東京は申請期限を過ぎているため、来年度以降の判断材料として見てください)。

ポイントは、最低賃金の改定で、どのみち1,280円までは上げなければならないことです。助成金のために余分に負担するのは、1,280円から50円コースの1,290円までの10円分だけです。

月130時間(週30時間×52週÷12)で、健康保険・厚生年金の会社負担を計算エンジンで出すと次のとおりです。

時給月給標準報酬月額年間給与健保・厚年の会社負担合計
1,240円161,200円16.0万円193.4万円27.9万円221.4万円
1,280円(改定後の最低賃金)166,400円17.0万円199.7万円29.7万円229.4万円
1,290円(50円コース)167,700円17.0万円201.2万円29.7万円230.9万円

※東京・40歳未満・賞与なし。パートが健康保険・厚生年金の加入対象である前提。子ども・子育て拠出金を含む。雇用保険・労災保険の会社負担は含めていない。

最低賃金への対応だけで、会社の支出は年7.99万円増えます。1,240円から1,280円へ上げた結果、標準報酬月額が16万円から17万円の等級に上がり、社会保険料も一段上がるためです。50円コースに乗せるための上乗せは年1.56万円で、1,280円と1,290円は同じ等級に収まります。

社長の手取りへの影響

次に、売上1,200万円・経費300万円(このパートの人件費を含む)の合同会社で、役員報酬を最適化した場合の社長の手取り(法人に残る利益を含む)を計算エンジンで比べました。

ケース増える人件費手取り基準との差
引上げ前(1,240円)—599.5万円—
最低賃金どおり(1,280円)7.99万円594.5万円−5.0万円
50円コース(1,290円)9.55万円593.5万円−6.0万円

人件費は法人の損金になるので、増えた人件費がそのまま手取りから消えるわけではありません。50円コースのための上乗せ分(1,280円→1,290円)で減る手取りは約1万円です。これに対して、設備投資を53.4万円以上すれば40万円の助成があります。

ただし、この比較が成り立つのは「その設備をいずれ買うつもりだった」場合です。設備を買わない選択と比べれば、自己負担13.4万円以上が新たに出ていきます。また助成金は法人の収益として課税されます。固定資産の取得に充てた場合の圧縮記帳の扱いは補助金の圧縮記帳と法人・個人の負担で計算しています。

同じ手取りの計算は、売上と経費を変えれば結果が動きます。パートの人件費を経費に含めた条件で、法人化した場合の手取りと最適な役員報酬を確かめてください。

申請前に確認しておきたい落とし穴

制度の構造上、つまずきやすい点が3つあります。

  • 賃上げは1回で行う。複数回に分けた引上げは認められない。引上げ後の時給と同額を、就業規則などに事業場の最低額として定める必要がある
  • 賃金を下げると不交付になる。申請前6か月から、実績報告か引上げ後6か月経過のいずれか遅い日までに、解雇や時給の引下げ、所定労働時間の削減による月給の減額があると対象外
  • 事業完了期限は1月31日。設備の納品・支払い・賃金引上げを、交付決定年度の1月31日までに終える必要がある。やむを得ない理由があれば3月31日まで延長される場合がある

なお、パートが週20時間以上で働いていれば、会社は雇用保険の加入手続きをしていなければなりません。労働保険に未加入、または保険料を滞納している場合は助成を受けられません(Q&A問4)。

まとめ

  • 社長・役員だけの一人会社は対象外。対象は雇入れ後6か月を経過した雇用保険被保険者の賃金を引き上げる会社
  • 令和8年度の申請期限は、地域別最低賃金の発効日の前日か11月30日の早い方。東京・大阪などはすでに終了している
  • 従業員1人・30人未満なら上限は50円コース40万円・70円コース50万円・90円コース100万円。助成率は1,050円以上で3/4
  • 最低賃金の改定で必要な引上げとの差額だけが、助成金のための追加負担になる。東京の例では社長の手取り減は年約1万円
  • 設備がもともと必要かどうかが損得の分かれ目。人件費を含めた自分の売上・経費で、法人の手取りを確かめてください

よくある質問

業務改善助成金を使うために、これからパートを雇えば今年度に間に合いますか?

間に合いません。事業場内最低賃金は雇入れ後6か月を経過した雇用保険被保険者の賃金で判定するため、新しく雇った人だけでは申請の基準になる労働者がいません。法人化の直前に個人事業で雇っていた人がいれば、その雇用期間を含めて判断され得るとQ&Aは説明しています。

同居の家族を従業員にしている会社でも使えますか?

要件は雇入れ後6か月を経過した雇用保険被保険者であることです。同居の親族は原則として雇用保険の被保険者にならないため、家族だけを雇う会社は対象になりにくいといえます。家族が被保険者になれるかは管轄のハローワークで確認が必要です。

設備は交付決定の前に買ってもよいですか?

交付決定前に導入した設備は助成の対象になりません。賃金の引上げも申請より後に行う必要があり、令和8年度は先に賃上げしてから申請する方法が認められなくなりました。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。