役員報酬
奨学金の代理返還は一人社長に使えるか。役員は非課税の対象外
結論
一人社長が自分の奨学金を会社に代理返還させても、所得税の非課税は使えません。国税庁は役員の学資に充てる費用を非課税の対象から外しており、会社が払った額は役員への給与として課税されます。月2万円の例では、役員報酬を月2万円上げて自分で返すのと同じ結果か、損金にならなければ年2.9万円不利です(概算)。
- 非課税になり得るのは使用人(従業員)への代理返還で、通常の給与に加算し、会社がJASSOへ直接送金する場合(国税庁No.2588・質疑応答事例)
- 従業員なら、給与月25万円に月2万円を上乗せするより代理返還の方が本人に年5.4万円多く残り、会社の支出も年3.5万円少ない(東京・40歳未満)
- 役員への代理返還は経済的利益として役員給与になり、毎月おおむね一定でなければ定期同額給与に当たらず損金不算入(国税庁No.5202)
代理返還は、会社が従業員の奨学金を日本学生支援機構(JASSO)へ直接送金する制度です。JASSOの資料は、所得税の非課税、社会保険料の報酬からの除外、法人税の損金算入という3つの利点を並べています。ただし3つとも使用人(従業員)を前提にした扱いで、一人社長本人には当てはまりません。この記事では、どの条件がどこで外れるかを一次情報で確認し、従業員と役員それぞれの差額を計算エンジンで出します。
代理返還の3つの利点は、どこに書かれているか
JASSOは2021年4月から、企業がJASSOへ直接送金する形の返還支援を受け付けています。JASSOの説明資料「企業等の奨学金返還支援(代理返還)への対応」には、利点が次のように整理されています。
| 項目 | JASSO資料の記載 | 根拠となる一次情報 |
|---|---|---|
| 所得税 | 非課税となり得る | 国税庁 質疑応答事例、No.2588 |
| 社会保険料 | 原則として標準報酬月額の算定のもととなる報酬に含めない | 日本年金機構 事例集 |
| 法人税 | 給与として損金算入。賃上げ促進税制の対象になり得る | (JASSO資料の説明) |
注意したいのは、どれも「なり得る」「原則として」という書き方である点です。条件を外すと、3つとも普通の給与と同じ扱いに戻ります。
所得税が非課税になる理屈
所得税法9条1項15号は、学資に充てるため給付される金品を非課税としています。ただ、卒業後の奨学金返済は「学資に充てる」行為そのものではありません。国税庁の質疑応答事例も、返済に充てる給付は原則として学資金に当たらないと書いています。
そのうえで国税庁は、奨学金が学資に充てられていて、給付が確実に返済に充てられるなら、非課税の学資金と扱っても公平性を損なわないとしています。ただし通常の給与に代えて給付するなど、給与課税を逃れる目的のものは除かれます。会社からJASSOへの直接送金が求められるのは、返済以外に流用されないことを形で示すためです。
社会保険料に含まれない理屈
日本年金機構の「標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集」は、代理返還を問答で取り上げています。給与とは別に事業主が直接送金する場合は、返還金が奨学金の返済に充てられることが明らかで、被保険者の通常の生計に充てられるものではないので「報酬等」に当たらない、という整理です。
同じ事例集は、2つの例外も明記しています。
- 事業主が返還金を本人に支給する場合は、返済に充てられるか明らかでないため「報酬等」に該当する
- 給与規程等に基づき、給与に代えて直接送金する場合は、給与の代替措置にすぎないため「報酬等」に該当する
役員は非課税の対象から外れている
国税庁タックスアンサーNo.2588は、学資の費用を給与として課税しなくてよい要件を挙げています。1つは通常の給与に加算して支給すること。もう1つは、法人の場合、次のどちらにも当たらないことです。
- 役員の学資に充てるため支給する費用
- 役員や使用人と特別の関係がある者(親族など)の学資に充てるため支給する費用
一人社長は役員です。自分の奨学金を会社に代理返還させても、1の除外に当たり、所得税の非課税は使えません。JASSOのQ&Aも「役員の学資に充てるため支給する費用等は非課税対象とならない」と国税庁の扱いを紹介しています。
2の「特別の関係がある者」には、役員の親族も含まれます。ただしNo.2588によれば、その親族が会社の使用人で、支給がその親族だけを対象にしたものでない場合は、2に当たらないものとして扱って差し支えないとされています。社長の子を従業員として雇い、他の従業員と同じ規程で代理返還する場合がこれに当たります。
個人事業主本人についても、JASSOのQ&Aは、使用人ではないので課税対象となり、損金算入もできないと考えられるとしています。法人化前の個人事業で、自分の奨学金を経費にすることはできません。
役員への代理返還は「役員給与」になる
非課税にならない代理返還は、会社から役員への経済的利益として扱われます。国税庁No.5202は、役員の個人的費用を法人が負担した額を、経済的利益(給与)の例に挙げています。奨学金は役員個人の債務なので、その返済の肩代わりはこれに当たると考えるのが自然です。
役員給与になると、法人税の損金算入には定期同額給与などの要件がかかります。No.5202の結論は次のとおりです。
- 継続的に供与される経済的利益で、毎月おおむね一定の額なら定期同額給与に当たり、損金に算入される
- それ以外は定期同額給与に当たらず、損金に算入されない
JASSOの資料も、役員給与は一定のものを除き損金不算入になる(法人税法34条)と留意点に書いています。返還額が毎月同じ口座振替なら「毎月おおむね一定」に当たり得ますが、残額を一括で返す、期中から急に始めるといった形では外れる可能性があります。定期同額給与の改定は、事業年度開始から3か月以内に行うのが原則です(国税庁No.5211)。
社会保険料については、年金機構の事例集は「被保険者」の奨学金について書いており、役員を特に区別していません。一方で一人社長の場合、役員報酬を下げて代わりに代理返還を始めれば、事例集のいう「給与に代えて」送金する形に近づきます。役員への代理返還が報酬等に当たるかを明示した一次情報は確認できなかったため、この記事ではどちらとも書きません。
従業員なら差は年5.4万円。一人社長には差がない
数字で比べます。社会保険料は計算エンジン(src/lib)の協会けんぽ・厚生年金の計算を使い、所得税・住民税も判定ツールと同じ関数で出しました(計算スクリプトは scripts/shogakukin-dairi-henkan.mjs)。
従業員に月2万円を支援する場合
給与月25万円の従業員に、奨学金の返還分として月2万円(年24万円)を支援するケースです。
| 方法 | 本人の社会保険料の増加 | 所得税・住民税の増加 | 本人に残る額(年) | 会社の社会保険料の増加 | 会社の支出(年) |
|---|---|---|---|---|---|
| 給与を月2万円上げる | 3.4万円 | 2.0万円 | 18.6万円 | 3.5万円 | 27.5万円 |
| 代理返還(非課税・報酬に含めない) | 0.0万円 | 0.0万円 | 24.0万円 | 0.0万円 | 24.0万円 |
※ 東京都(協会けんぽ)・40歳未満・単身・賞与なし。雇用保険・労災保険は含めない。給与を上げると標準報酬月額が26万円から28万円の等級に上がる
同じ年24万円でも、代理返還なら本人に年5.4万円多く残り、会社の支出は年3.5万円少なくなります。差の正体は社会保険料と所得税・住民税です。代理返還が採用・定着の施策として広がっているのは、この構造のためです。
一人社長が自分の奨学金を会社に払わせる場合
役員報酬月40万円の一人社長が、自分の奨学金(月2万円・年24万円)をどう返すかで比べます。会社の利益(役員報酬・社会保険料を引く前)は1,000万円とします。
| ケース | 本人の税・社保 | 法人税等 | 会社に残る額 | 本人の手元(返還後) | 合計 | 基準との差 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 基準(報酬月40万円・返還は自分で) | 101.2万円 | 103.3万円 | 345.1万円 | 354.8万円 | 699.9万円 | +0.0万円 |
| 報酬を月42万円に上げて自分で返す(代理返還が定期同額給与として損金算入される場合も同額) | 104.1万円 | 97.7万円 | 326.7万円 | 375.9万円 | 702.5万円 | +2.7万円 |
| 代理返還が損金不算入になる場合 | 104.1万円 | 103.3万円 | 321.1万円 | 375.9万円 | 697.0万円 | −2.9万円 |
※ 東京23区・協会けんぽ東京・40歳未満・単身。報酬月40万円・42万円はどちらも標準報酬月額41万円の等級のため、社会保険料は変わらない。「会社に残る額」は内部留保の引出コストを差し引く前の額
役員への代理返還は所得税が課税されるので、うまくいっても「報酬を月2万円上げる」のと同じ結果です。損金にならなければ、法人税が減らないぶん年2.9万円不利になります。従業員の表で出た非課税の利点は、一人社長には最初から存在しません。
なお、この例で報酬を上げても社会保険料が変わらないのは、等級の幅の中に収まったからです。等級をまたぐと保険料は一段上がります(標準報酬月額の等級の仕組み)。
一人社長が代理返還を検討してよい場面
役員本人には使えなくても、会社として代理返還を使う意味がある場面はあります。
- 従業員を雇う:通常の給与に加算し、JASSOへ直接送金すれば、所得税の非課税と社会保険料の除外が見込める。上の表のとおり、同額の昇給より本人にも会社にも有利
- 親族を従業員として雇う:社長の親族でも、使用人であり、他の従業員と同じ基準で支給するなら非課税から外れない(No.2588のただし書き)。親族だけを対象にすると外れる
- 給与を減らして代理返還に振り替える:これは避けたい形です。国税庁は「通常の給与に代えて」の給付を非課税から除き、年金機構は「給与に代えて」の送金を報酬等に含めています
JASSOの資料は、代理返還による給与を賃上げ促進税制の対象になり得るとしています。ただし同税制は役員の給与には使えません。詳しくは賃上げ促進税制は役員報酬に使えないにまとめています。手続き面では、口座振替で支援する場合は1件あたり135円(うち消費税12円)の手数料を企業が負担します(JASSO)。
奨学金の返還条件そのもの、つまり猶予や所得連動返還方式の返還額が法人化でどう変わるかは、奨学金の返還猶予と所得連動の返還額は、法人化でどう変わるかで計算しています。
法人化の判断に、代理返還は入れなくてよい
「法人化すれば奨学金を会社に払わせられる」という発想は、従業員向けの非課税の話が、役員にもそのまま当てはまると取り違えたところから生まれます。一人社長本人の奨学金については、会社に払わせても報酬で受け取って自分で返しても、税・社会保険の負担はほぼ変わりません。
つまり法人化の損得は、奨学金の有無とは別に、売上・経費・役員報酬の水準で決まります。判定ツールは役員報酬を月5万〜100万円の範囲で総当たりし、手取りが最大になる額を探します。奨学金の返還額を差し引いた手元資金を見たいときも、まず自分の売上と経費で、最適な役員報酬と法人化の差額を確かめてください。
まとめ
- 代理返還の所得税非課税・社会保険料の除外は、使用人に通常の給与へ加算し、会社がJASSOへ直接送金する場合の扱い
- 国税庁No.2588は役員の学資に充てる費用を非課税から除いており、一人社長本人には使えない
- 役員への代理返還は役員給与(経済的利益)となり、毎月おおむね一定でなければ損金不算入
- 従業員に月2万円を支援するなら、昇給より本人に年5.4万円多く残り、会社の支出も年3.5万円少ない(東京・給与月25万円)
- 一人社長本人の場合は、報酬を上げて自分で返すのと同じか、損金不算入なら年2.9万円不利(報酬月40万円の例)
よくある質問
個人事業主が自分の奨学金を事業のお金で代理返還できますか
JASSOのQ&Aでは制度の利用自体は可能とされています。ただし非課税は使用人に学資の費用を支給する場合が前提で、個人事業主本人は使用人ではないため、課税対象となり必要経費にもできないと考えられる、とJASSOは説明しています。
代理返還の代わりに奨学金手当を給与に上乗せしても非課税になりますか
なりにくい扱いです。JASSOの資料は、本人に返済分を支給する手当は返済に充てられたか疑義があり非課税は難しいとしています。社会保険でも、本人に支給する場合は報酬等に該当すると年金機構の事例集に明記されています。
一人社長の会社で従業員を雇ったら、その従業員には代理返還を使えますか
使用人であれば、通常の給与に加算して会社がJASSOへ直接送金する形で、所得税が非課税になり得ます。ただし従業員が役員の親族など特別の関係がある者で、その人だけを対象に支給する場合は非課税の対象外です(国税庁No.2588)。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。