税金の基礎
奨学金の返還猶予と所得連動の返還額は、法人化でどう変わるか
結論
日本学生支援機構の返還期限猶予(経済困難)は、個人事業主なら合計所得金額200万円以下、役員報酬を受ける一人社長なら給与収入300万円以下が基準です。所得連動返還方式の返還額は事業所得300万円で個人年12.9万円・法人化後年7.5万円と下がりますが、同じ所得で法人化すると手取りは年45.7万円減るため、返還額だけを理由にした法人化は割に合いません(概算)。
- 審査に使うのは、給与所得者は所得証明書の「給与収入金額」、給与以外の所得を含む人は「合計所得金額」。課税総所得金額ではない
- 個人事業主は青色申告特別控除65万円の後の所得で判定されるため、事業所得(控除前)265万円まで猶予の基準に収まる
- 所得連動返還方式は前年の課税総所得金額×9%。子1人につき33万円を控除でき、減額返還とは併用できない
奨学金を返しながら独立した人にとって、法人化は返還の条件にも関わります。日本学生支援機構(JASSO)は、給与所得者と、給与以外の所得がある人とで、審査に使う金額を分けているからです。個人事業主から一人社長になると、同じ稼ぎでも審査の物差しが入れ替わります。
猶予と減額の基準は、給与か給与以外かで分かれる
JASSOの経済困難による返還期限猶予(一般猶予)と減額返還の基準は次のとおりです(子を扶養していない場合)。
| 制度 | 給与所得者 | 給与以外の所得を含む場合 |
|---|---|---|
| 返還期限猶予(一般猶予) | 年間収入金額(税込)300万円以下 | 年間所得金額(必要経費等控除後)200万円以下 |
| 減額返還 | 年間収入金額400万円以下 | 年間所得金額300万円以下 |
※ 令和7年11月以前に卒業・退学した人の基準。減額返還は本人が扶養する子が2人なら100万円、3人以上なら200万円高い。日本学生支援機構「経済困難(一般猶予の申請事由)」「減額返還制度の概要」より
どの金額を見るかも決まっています。JASSOの「収入・所得を確認する際の注意点」によると、給与所得者は所得証明書の**「給与収入金額」が審査の対象で、給与所得の金額ではありません。営業所得など給与以外の所得を含む人は「合計所得金額」**が対象で、課税総所得金額ではありません。
猶予は返還そのものを先送りする制度で、1年ごとに願い出て、ほかの年数制限のある事由と通算して10年が限度です。減額返還は月々の返還額を2分の1、3分の1、4分の1、3分の2のいずれかに下げ、そのぶん返還期間を延ばす制度で、通算15年が限度です。返す総額は減りません。
個人事業主は、青色申告特別控除の後の金額で判定される
個人事業主の合計所得金額は、売上から経費を引き、さらに青色申告特別控除を引いた後の金額です。e-Taxで申告して65万円の控除を受けていれば、控除前の事業所得265万円までが猶予の基準(200万円以下)に収まります。 減額返還なら365万円までです。
逆に白色申告では控除がないので、事業所得200万円を超えた時点で猶予の基準から外れます。同じ稼ぎでも、申告の仕方で審査結果が変わるということです。
法人化すると、審査の対象は役員報酬の額面になる
法人化して役員報酬を受け取るようになると、あなたは給与所得者として審査されます。見られるのは役員報酬の年額(給与収入)で、会社に残した利益は個人の所得証明書に載りません。
事業所得別に、個人のままと法人化した場合(手取りが最大になる役員報酬を取った場合)を並べました。
| 事業所得(青色控除前) | 個人:合計所得金額 | 猶予 | 減額 | 法人:役員報酬(年) | 猶予 | 減額 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 200万円 | 135.0万円 | ○ | ○ | 144.0万円(月12万円) | ○ | ○ |
| 250万円 | 185.0万円 | ○ | ○ | 204.0万円(月17万円) | ○ | ○ |
| 300万円 | 235.0万円 | × | ○ | 240.0万円(月20万円) | ○ | ○ |
| 350万円 | 285.0万円 | × | ○ | 288.0万円(月24万円) | ○ | ○ |
| 400万円 | 335.0万円 | × | × | 336.0万円(月28万円) | × | ○ |
| 500万円 | 435.0万円 | × | × | 432.0万円(月36万円) | × | × |
※ ○は子なしの場合の経済困難の基準に収まることを示す。個人は合計所得金額(青色申告特別控除65万円の後)、法人は役員報酬の給与収入で判定。東京23区・40歳未満・単身・インボイス登録あり・合同会社。当サイトの計算エンジンで算出(scripts/shogakukin-henkan-houjinka.mjs)
事業所得300万・350万円では、個人のままだと猶予の基準を超え、法人化すると基準に収まります。理由は2つあります。給与所得者の基準(収入300万円)が、給与所得控除を引くと所得202万円に相当し、個人の200万円とほぼ同じ水準であること。そして、手取りが最大になる役員報酬は事業所得より低く、差額が会社に残ることです。
審査の基準は、返還が困難な人を救済するためのものです。役員報酬を下げて会社に利益をため、基準に収めることは、制度の趣旨とは合いません。表は、法人化した場合に物差しがどう替わるかを示すためのものです。
所得連動返還方式は、課税総所得金額の9%
平成29年度以降に第一種奨学金に採用された人は、所得連動返還方式を選べます。返還月額は、前年の課税対象所得(課税総所得金額)から子1人につき33万円を引いた額に**9%**をかけ、12で割った額です(2,000円未満なら2,000円)。
課税総所得金額は、所得から社会保険料控除や基礎控除を引いた後の金額です。JASSOは「年収300万円・子なしで月約8,600円」と例示していますが、当サイトで住民税の基礎控除(43万円)を使って計算すると月8,604円となり、この例示と一致します。以下はこの前提での計算です。
| 事業所得(青色控除前) | 個人のまま:返還額(年) | 法人化:返還額(年) | 返還額の差 | 法人化による手取りの差(年) |
|---|---|---|---|---|
| 200万円 | 4.9万円 | 2.4万円 | −2.5万円 | −36.7万円 |
| 250万円 | 8.9万円 | 5.2万円 | −3.7万円 | −41.0万円 |
| 300万円 | 12.9万円 | 7.5万円 | −5.4万円 | −45.7万円 |
| 400万円 | 21.0万円 | 12.3万円 | −8.7万円 | −48.6万円 |
| 500万円 | 29.0万円 | 17.8万円 | −11.2万円 | −49.8万円 |
| 600万円 | 37.1万円 | 22.2万円 | −14.9万円 | −37.6万円 |
| 800万円 | 53.2万円 | 30.7万円 | −22.5万円 | −24.1万円 |
※ 奨学金1口・子なし。返還額は課税総所得金額×9%(住民税の基礎控除43万円で計算)。法人化による手取りの差は、判定ツールの実質差額(税理士報酬の差と法人住民税の均等割を差し引いた後)。東京23区・40歳未満・単身・インボイス登録あり・合同会社。当サイトの計算エンジンで算出(scripts/shogakukin-henkan-houjinka.mjs)
法人化すると返還額は4割前後(事業所得200万円では5割)下がります。役員報酬に給与所得控除がかかること、役員報酬を事業所得より低く置くこと、厚生年金・健康保険の保険料が控除されることが重なるためです。
返還額が下がっても、法人化の損を埋めない
右端の列が大事です。この所得帯では、法人化すると手取りが年24万〜50万円減ります。 返還額が下がる分(年2.5万〜22.5万円)を足しても、法人化の損は埋まりません。均等割7万円と税理士報酬が、所得の小さい法人には重くのしかかるからです。
事業所得800万円では差が縮み、返還額の差(22.5万円)と法人化の損(24.1万円)がほぼ並びます。もう少し所得が上がれば、奨学金の返還は法人化の判定を後押しする材料の1つになり得ます。ただし所得連動返還方式は、返し終われば効果もなくなります。残りの返還年数と、法人化の損得が続く年数は一致しません。
判定ツールには奨学金の返還が入っていません。判定が「ほぼ互角」または「個人のまま有利」でも差が小さい人は、所得連動返還方式を選んでいれば、法人化したほうが返還額の分だけ有利に寄る、と読み替えてください。この表の条件では、差が縮むのは事業所得800万円前後からです。
猶予・減額の申請は、どの年の所得で見られるか
猶予の申請では、市区町村が発行する所得証明書(または課税証明書・非課税証明書)を提出します。令和8年度の証明書に載るのは令和7年分の所得です。マイナンバーを提出すれば証明書を省略できます。
法人化した年は、証明書の年と実際の働き方がずれます。法人成りした年の翌年度の証明書には、個人事業の所得と役員報酬の両方が載ることがあります。給与と給与以外の所得がある人は、合計所得金額で審査されます。給与所得者で、証明書の年収は基準を超えていても今は減収している場合は、直近3か月分の給与明細などから今年の年収を試算して審査する扱いもあります(JASSO「収入・所得を確認する際の注意点」)。
法人成りの年の所得がどう分かれるかは法人成りした年の確定申告で計算しています。所得で決まる支援制度が法人化でどう動くかは、大学の修学支援新制度は法人化で区分が変わるでも扱っています。
まとめ
- JASSOの経済困難の基準は、給与所得者なら給与収入(猶予300万円・減額400万円)、給与以外の所得を含む人なら合計所得金額(猶予200万円・減額300万円)
- 個人事業主は青色申告特別控除65万円の後で判定されるので、控除前の事業所得265万円まで猶予の基準に収まる
- 所得連動返還方式は課税総所得金額×9%。法人化すると返還額は4〜5割下がる
- ただし事業所得800万円未満では法人化で手取りが年24万〜50万円減り、返還額の差では埋まらない
- 奨学金の返還が判定を動かし得るのは、法人化の差額が小さくなる事業所得800万円前後から
奨学金の返還額は、法人化の損得を決める主役ではありません。まずは自分の売上と経費で、法人化の差額を確かめてください。
よくある質問
返還期限猶予は何年まで使えますか
経済困難による一般猶予は1年ごとに願い出る必要があり、ほかの年数制限のある事由と通算して10年が限度です。給付奨学金の返還の場合は10年の上限はありません。
所得連動返還方式を選んでいても減額返還を申請できますか
できません。平成29年度以降に採用された第一種奨学金で所得連動返還方式を選んでいる場合、減額返還は申請できません。所得連動返還方式では、所得が下がれば返還月額そのものが下がります。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。