役員報酬
インフルエンザ予防接種の会社負担は役員も福利厚生費?一人社長の線引き
結論
役員を含む全員を対象に会社が予防接種の費用を負担する場合は、所得税基本通達36-29により給与課税しなくて差し支えない扱いになり得ますが、役員だけが対象なら除外されます。一人社長の5,000円の接種費用は、福利厚生費なら正味4,000円、役員給与で損金不算入なら5,600円となり、自腹の5,000円より重くなります(役員報酬月40万円・東京23区の概算)。
- 所得税基本通達36-29は「著しく多額」または「役員だけを対象として供与される場合」を非課税の扱いから除いている
- 年1回の接種費用は毎月おおむね一定ではないため、役員給与と認定されると定期同額給与に当たらず損金不算入になる(No.5202)
- 個人事業主本人の予防接種は家事上の費用。ただしセルフメディケーション税制の「取組」には予防接種が含まれる
インフルエンザの予防接種は1回数千円の支出です。それでも「社長の分を会社で払ってよいか」は、人間ドックやジム会費と同じ通達の同じ一文で判定されます。問題になるのは金額ではなく、誰を対象に負担したかです。
予防接種の会社負担は所得税基本通達36-29で判定する
予防接種の費用に特化した通達やタックスアンサーは、国税庁の公開資料には見当たりません。会社が役員・従業員の健康管理のために費用を負担して受けさせる用役なので、判定の物差しは所得税基本通達36-29になります。
36-29は、使用者が福利厚生のための施設の運営費等を負担し、役員や使用人が受ける経済的利益について、次の2つの場合を除いて「課税しなくて差し支えない」としています。
- 経済的利益の額が著しく多額であると認められる場合
- 役員だけを対象として供与される場合
インフルエンザの予防接種は、通常、1つ目の「著しく多額」には当たりにくい支出です。論点はほぼ2つ目に集中します。
同じ構造を人間ドックで示したのが、国税庁の質疑応答事例「人間ドックの費用負担」です。一定年齢以上の希望者全員が受診でき、受診者全員の費用を会社が負担する事例では給与課税不要とし、役員など特定の地位にある人だけを対象にすると給与課税の問題が生じるとしています。予防接種もこの延長で考えるのが自然です。
| 形 | 36-29での扱いの見込み |
|---|---|
| 希望する役員・従業員の全員に接種機会があり、会社が医療機関へ払う | 課税しなくて差し支えない側 |
| 従業員にも機会はあるが、実際に受けたのは一部 | 機会が全員にあれば、受けた人数だけで外れるわけではない |
| 役員だけに接種費用を出す | 「役員だけを対象」に当たり、給与課税の対象 |
| 接種しない人に代わりに現金を渡す | 現金給付として給与になりやすい |
| 役員の家族の分も会社が払う | 役員の個人的費用の負担(法人税基本通達9-2-9(10)) |
一人社長は「全員=自分1人」でも役員だけになりやすい
従業員のいない一人会社では、全員を対象にしても受けるのは社長1人です。形式上は「全役職員が対象」でも、実質は役員だけへの経済的利益と見られる余地が残ります。
36-29の除外は「役員だけを対象として供与される場合」という書き方で、人数の多寡ではなく対象者の構成を見ています。社員旅行の通達(36-30)にも同じ「役員だけを対象として」の除外があり、国税庁は役員だけで行う旅行を従業員レクリエーション旅行に当たらないと整理しています。一人社長の社員旅行については一人社長の社員旅行は福利厚生費になる?で、健康診断・人間ドックについては一人社長の人間ドックは会社負担できる?で同じ論点を扱っています。
一方、従業員が1人でもいて、その人にも同じ条件で接種機会があるなら事情は変わります。社長と従業員が同じ医療機関で同じワクチンを受け、会社がまとめて払う形は、36-29が想定する典型です。
一人社長の場合に整えておきたいのは次の点です。
- 「役職員の希望者全員」を対象とする規程・取締役の決定を残す
- 会社が医療機関へ直接払い、法人宛ての請求書・領収書を受け取る
- 家族分・自由診療のオプションは個人負担に分ける
- 従業員を雇ったら、同じ条件で案内する
ただし、これらをそろえても一人会社で「役員だけ」に当たらないと言い切れるわけではありません。規程は実態を説明する材料であって、構成が社長1人という事実は変わらないからです。
給与と認定されると年1回の費用は損金不算入になる
役員だけへの経済的利益と見られた場合、社長個人では給与として所得税・住民税がかかり、会社側にも影響が出ます。
国税庁のタックスアンサーNo.5202によれば、役員に継続的に供与する経済的利益のうち毎月おおむね一定のものは定期同額給与として損金に算入されますが、それ以外は損金に算入されません。秋に年1回だけ払う予防接種の費用は、毎月おおむね一定ではありません。
つまり給与認定されると、会社では損金にならず、社長個人では課税される二重の不利益になります。毎月払うジム会費なら定期同額給与として損金になる道がありますが(一人社長のジム会費は経費になる?)、年1回の接種費用にはその道がありません。
なお法人税基本通達9-2-10は、所得税で経済的利益として課税されないもので、会社が給与として経理しなかったものは給与として扱わないとしています。36-29で課税されない側に入れば、法人税でも役員給与の論点は生じません。入口はあくまで36-29です。
5,000円の接種費用で正味負担はいくら変わるか
会社が払った場合の扱い別に、会社の税引後負担と社長の追加税を合計した「正味の負担」を当サイトの計算エンジンで出しました。比較の基準は、会社が払わず社長が手取りから払う場合です。
| 会社が払う接種費用 | A 福利厚生費 | C 役員給与・損金不算入 | D 社長が自腹 |
|---|---|---|---|
| 5,000円 | 4,000円 | 5,600円 | 5,000円 |
| 20,000円 | 15,600円 | 22,500円 | 20,000円 |
| 50,000円 | 38,700円 | 56,100円 | 50,000円 |
※ 会社の税引後負担+社長の所得税・住民税の増加の合計。東京23区の会社、役員報酬 月40万円、費用計上前の利益500万円、社長は40歳未満・独身(社会保険料 年698,148円)。経済的利益への社会保険料は含めない。当サイトで計算(scripts/yobou-sesshu-kaisha-futan.mjs)
読み取れることは2つあります。
1つ目は、福利厚生費にできた場合の節税は接種費用の約2割にとどまることです。5,000円なら1,000円、家族数人分にあたる2万円でも4,400円です。予防接種そのものは節税の手段としては小さい支出です。
2つ目は、給与と認定されると自腹より重くなることです。5,000円なら600円、5万円なら6,100円、自腹で払ったときより負担が増えます。会社で払う意味があるのは、36-29の条件を満たせる場合だけです。
2万円・5万円の行は、社長の家族分などを会社が一緒に払った場合の規模感として置いています。家族分は会社の福利厚生と説明しにくく、C列に入る可能性が高い支出です。
個人事業主本人の予防接種は経費にならない
個人事業主の場合、自分自身の予防接種の費用は家事上の費用で、必要経費にはなりません。36-29は「使用者」が役員や使用人に与える利益の扱いを定めたもので、支払う人と受ける人が同じ個人事業主本人には当てはまりません。
従業員を雇っている個人事業主が、従業員全員を対象に接種費用を負担する場合は、法人と同じく36-29の枠組みで福利厚生費として扱える余地があります。ここで差が出るのは「事業主本人の分」です。
個人で払った予防接種の費用は、医療費控除の対象にもなりにくい支出です。国税庁No.1122は、医療費控除の対象を診療・治療の対価とし、健康診断の費用は原則として含まれないと説明しています。代わりに、予防接種はセルフメディケーション税制の要件である「健康の保持増進及び疾病の予防への取組」の例に挙げられています。接種した年にスイッチOTC医薬品などを買っていれば、通常の医療費控除との選択でこちらを使える可能性があります。
| 立場 | 本人の接種費用 | 従業員の接種費用(全員対象) |
|---|---|---|
| 個人事業主 | 家事上の費用(必要経費にならない) | 福利厚生費の余地あり |
| 法人(従業員あり) | 全員対象なら福利厚生費の余地あり | 福利厚生費の余地あり |
| 法人(一人社長) | 役員だけと見られる余地が残る | ― |
法人化すると本人の分も会社の福利厚生に入れられる可能性が生まれる、というのは事実です。ただし表で見たとおり、その効果は数千円単位です。法人化の判断材料としては、役員報酬の額や社会保険料のほうが桁違いに大きく効きます。自分の売上と経費での差は判定ツールで確かめてください。
まとめ
- 予防接種の会社負担は所得税基本通達36-29で判定し、「役員だけを対象」なら非課税の扱いから外れる
- 役員と従業員の希望者全員に同じ条件で接種機会があり、会社が医療機関へ払う形が基本
- 一人社長は規程を整えても「役員だけ」と見られる余地が残り、家族分は個人的費用の負担になりやすい
- 給与と認定されると年1回の費用は定期同額給与に当たらず損金不算入。5,000円で正味5,600円と自腹より重い
- 福利厚生費にできても節税は費用の約2割で、法人化の判断を左右する規模ではない
よくある質問
従業員のインフルエンザ予防接種を会社が払うと給与になりますか?
希望する役員・従業員の全員を対象に、一般的な金額の接種費用を会社が負担する形なら、所得税基本通達36-29により課税しなくて差し支えない扱いになり得ます。特定の人だけに出す、接種しない人に現金を渡す、といった形では給与と見られやすくなります。
社長の家族の予防接種代を会社で払えますか?
役員の家族の分は会社の福利厚生ではなく、役員の個人的費用の負担と見られやすい支出です。法人税基本通達9-2-9(10)の経済的な利益に当たり、給与課税と損金不算入の対象になり得るため、家族分は個人負担に分けるのが無難です。
予防接種の費用は医療費控除の対象になりますか?
医療費控除は診療・治療の対価が対象で、健康診断の費用は原則として含まれないと国税庁は説明しています。予防接種は、セルフメディケーション税制を使うための「健康の保持増進及び疾病の予防への取組」の例に挙げられています。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。