法人化の判断

作家の印税は法人化で損する?平均課税が消えると年187万円の差

結論

前2年の事業所得が各300万円の作家が、ヒット年に印税で1,500万円を得た場合、個人のまま平均課税を使うと所得税が187.1万円下がり、法人化(最適報酬時)との実質差額は個人が36.6万円有利から223.8万円有利へ広がります。平均課税は所得税法上の個人だけの制度で、法人の所得には使えないためです。

  • 印税・原稿料・作曲料は変動所得。前2年平均を超える部分が総所得の20%以上なら平均課税を選べる
  • ヒット年3,000万円なら、通常計算では法人が61.7万円有利でも、平均課税を入れると個人が426.2万円有利に逆転する(概算)
  • 高い所得が続くと前2年平均が追いつき、減額は1年目187.1万円→2年目80.4万円→3年目0円と消える

「法人化すれば最高税率45%を避けられる」という一般論は、印税で稼ぐ人にはそのまま当てはまりません。個人には、所得が一時的に跳ねた年の所得税を均す平均課税という仕組みがあり、法人化するとこれを手放すことになるからです。この記事では、その差を計算エンジンで金額にしました。

印税・原稿料は「変動所得」。平均課税を使えるのは個人だけ

所得税法90条の平均課税は、年によって大きく変動する所得に累進税率がまとめてかかるのを和らげる制度です。対象は2種類あります。

  • 変動所得:漁獲・のりの採取、はまち・まだい・ひらめ・かき・うなぎ・ほたて貝・真珠の養殖、原稿又は作曲の報酬、著作権の使用料による所得(所得税基本通達90-2)
  • 臨時所得:3年以上の専属契約で一時に受ける契約金のうち報酬の2年分以上のもの、など

国税庁の説明書では、変動所得の種目として「印税、原稿料、作曲料」がそのまま例示されています。作家・漫画家・作詞作曲家の主な収入は、ほぼ丸ごと変動所得に当たります。

この制度は所得税法の中の規定で、個人の所得税額の計算方法を定めたものです。法人が受け取る印税には所得税ではなく法人税がかかるため、平均課税は使えません。法人化すると、ヒット年の税負担を均す手段が1つ消えるというのが、この記事の出発点です。

適用の条件

国税庁の「変動所得・臨時所得の説明書」によると、適用要件は次のとおりです。

前2年の変動所得条件
なかった、または前2年の合計の2分の1が本年の変動所得に満たない本年の変動所得+臨時所得が総所得金額の20%以上
前2年の合計の2分の1が本年の変動所得以上本年の臨時所得が総所得金額の20%以上

収入のほとんどが印税の作家なら、20%要件はまず満たします。実際に効くのは「前2年平均を上回ったか」のほうです。前年・前々年の変動所得は、その年に平均課税を使ったかどうかに関係なく数えます。

平均課税の計算は「5分の1にして税率を決める」

計算書の手順を、記号を減らして書くと次のようになります。

  1. 平均課税対象金額 = 本年の変動所得 −(前々年+前年の変動所得)÷2 + 臨時所得
  2. 調整所得金額 = 課税される所得金額 − 平均課税対象金額×4/5(千円未満切捨て)
  3. 調整所得金額に通常の税率表で税額を出し、平均税率=税額÷調整所得金額(小数点以下2位未満切捨て)を求める
  4. 残り(課税される所得金額 − 調整所得金額)には、この平均税率をかける
  5. 3と4の合計が所得税額

要するに、前2年平均を超えた「跳ねた部分」の5分の4を一度外して税率を決め、その低い税率を跳ねた部分にも当てる方法です。累進税率のどの段に乗るかを、跳ねた部分の5分の1だけで判定するので、1年で5年分を稼いだような年ほど効果が大きくなります。

当サイトは、この手順を再現するスクリプト(scripts/inzei-heikin-kazei-houjinka.mjs)で、国税庁の記載例(課税される所得金額430万円・原稿料82万円・権利金150万円)を計算し、記載例と同じ税額265,940円になることを確かめてから以下の表を出しています。

ヒット年の手取り:平均課税は法人化の差額をひっくり返す

前提は次のとおりです。東京23区・単身・40歳未満・青色申告(65万円控除)・インボイス登録あり・経費100万円。前々年・前年の事業所得は各300万円(青色申告特別控除後で各235万円)で、収入はすべて印税・原稿料とします。文筆業は法定業種外として個人事業税0円で計算しました(業種の判断は都道府県によります。個人事業税の業種と税率を参照)。

ヒット年の事業所得(控除前)個人・通常平均課税による減額個人・平均課税法人(最適報酬)法人−個人(通常)法人−個人(平均課税)
600万円442.8万円15.7万円458.5万円409.7万円(月42万)−53.1万円−68.9万円
800万円566.2万円43.9万円610.1万円536.6万円(月54万)−49.6万円−93.5万円
1,000万円692.6万円73.9万円766.5万円662.4万円(月54万)−50.2万円−124.1万円
1,500万円988.7万円187.1万円1,175.8万円972.0万円(月54万)−36.6万円−223.8万円
2,000万円1,270.2万円272.6万円1,542.7万円1,272.0万円(月90万)−18.2万円−290.7万円
3,000万円1,735.1万円487.9万円2,223.0万円1,816.8万円(月100万)+61.7万円−426.2万円

※ 手取りは税・社会保険料を引いた後。法人は役員報酬の手取りに、会社に残る税引後利益を引出コスト20%差し引いて加えた値。差額は税理士報酬の差(2年目以降の定常分)を引いた実質差額。平均課税で変わるのは所得税(復興特別所得税を含む)だけとして計算。

通常の計算だけを見ると、ヒット年の所得が3,000万円まで上がれば法人が61.7万円有利に転じます。ところが平均課税を入れると、同じ年に個人が426.2万円有利です。前2年が低いほど平均課税対象金額が大きくなり、個人側の手取りが跳ね上がるからです。

一般的な損益分岐点の議論は、毎年同じ所得が続く前提で組まれています。印税のように「低い年が続いた後に1年だけ跳ねる」所得では、その前提自体が合いません。

高い年が続くと、平均課税の効き目は3年で消える

平均課税の基準は「前2年の平均」です。ヒットが一過性で終わらず、高い所得が続くと基準が追いついてきます。前2年300万円の後に1,500万円が3年続いた場合を計算しました(前提は上の表と同じ)。

年事業所得前2年の変動所得の平均平均課税による所得税の減額
1年目1,500万円235.0万円187.1万円
2年目1,500万円835.0万円80.4万円
3年目1,500万円1,435.0万円0円

3年目には本年の変動所得が前2年平均を上回らなくなり、平均課税は使えなくなります。この段階で比べる相手は「平均課税なしの個人」です。上の表の「通常」の列に戻り、1,500万円水準では法人化の実質差額は−36.6万円です。

つまり、印税で稼ぐ人の法人化は所得の水準だけでなく、その水準が何年続いているかで見方が変わります。

  • 単発のヒット:平均課税が大きく効く年。法人化の比較では個人側が強く出る
  • 高い水準が3年目以降も続く:平均課税は効かなくなり、通常の損益分岐の考え方に戻る

所得の波そのものが法人化の損得をどう動かすかは、売上に波がある人の法人化で3年合計を比べています。そちらは平均課税を使えない一般の事業所得を前提にした計算です。印税・原稿料が中心の人は、この記事の表と合わせて見てください。

法人化前に確認しておきたい3つの点

1. 自分の収入が変動所得に当たるか

対象は「原稿又は作曲の報酬」と「著作権の使用料」です。同じ書き手でも、編集・校正・取材代行などの報酬は含まれません。事業所得の中に変動所得とそれ以外が混在する場合は、必要経費を収入金額の比などで区分し、青色申告特別控除もそれぞれの所得の比であん分します(国税庁の説明書)。印税以外の比重が大きい人ほど、平均課税の効果は表より小さくなります。

2. 平均課税は申告で選ぶもの

計算書を作って申告書と一緒に提出して初めて適用されます。過去の申告で使っていなかった人は、前2年の変動所得の金額を確認するところから始まります。前年・前々年に平均課税を使ったかどうかは関係ありません。

3. 源泉徴収は法人化の比較とは別に考える

出版社などが個人の作家に原稿料・印税を払うときは、100万円以下の部分に10.21%、超える部分に20.42%の源泉徴収をします(国税庁 タックスアンサー No.2795)。これは確定申告で精算される前払いで、最終的な税額そのものは変わりません。手取りの比較では、源泉の有無ではなく年間の税額で見る必要があります。

自分の条件で確かめるときの使い方

シミュレーターは平均課税を計算に入れていません。印税中心の人は、次の順で使うと実態に近づきます。

  1. ここ3年ほどの平均的な売上と経費でシミュレーターを回し、法人化の差額と最適な役員報酬を見る
  2. ヒット年の数字でも回す。そこで「法人が有利」と出ても、前2年平均を大きく上回る年なら、この記事の表のように平均課税の減額分だけ個人側が強くなる
  3. 高い水準が何年続きそうかを考える。続くなら平均課税は3年目に消えるので、1の結果が判断の軸になる

ヒット年の結果だけで法人化を決めると、平均課税という個人だけの調整を見落とします。判断が僅差の場合や、ヒットが続くか読めない場合は、個別の条件を専門家に確認する価値があります。まずは自分の売上と経費で、平均と高い年の両方を試算してみてください。

まとめ

  • 印税・原稿料・作曲料・著作権の使用料は変動所得で、個人は平均課税で跳ねた年の所得税を均せる。法人にはこの仕組みがない
  • 前2年各300万円の作家がヒット年に1,500万円を得ると、平均課税で所得税が187.1万円下がり、法人化との差額は個人が223.8万円有利まで広がる
  • ヒット年3,000万円では、通常計算で法人有利(+61.7万円)でも、平均課税を入れると個人が426.2万円有利になる
  • 高い所得が続くと前2年平均が追いつき、減額は2年目80.4万円、3年目0円になる。そこからは通常の損益分岐で考える

よくある質問

平均課税は自動で適用されますか?

自動では適用されません。確定申告のときに「変動所得・臨時所得の平均課税の計算書」で税額を計算し、申告書と一緒に提出します。

イラストレーターやデザイナーの報酬も変動所得になりますか?

所得税基本通達90-2が挙げる変動所得は、漁獲・のりの採取・特定の養殖、原稿又は作曲の報酬、著作権の使用料に係る所得です。これ以外の報酬は変動所得に含まれません。著作権の使用料として受け取っているかどうかは契約の内容によります。

平均課税を使うと住民税や国民健康保険料も下がりますか?

この記事の試算では、平均課税で変わるのは所得税(復興特別所得税を含む)だけとして計算しています。住民税・国保は計算エンジンの通常の値のままです。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。