税金の基礎
個人事業の売却と会社の株式譲渡、税金はどちらが重いか
結論
売上1,200万円・経費200万円の個人事業を営業権として1,000万円で売ると、長期譲渡所得なら所得税・住民税は192.8万円増えます。同じ1,000万円で会社の株式(出資100万円)を売ると税額は182.8万円で、差は10.0万円です。ただし開業5年以内の短期譲渡なら個人側は400.4万円となり、会社の株式譲渡の約2.2倍になります。
- 個人事業の営業権の売却は総合課税の譲渡所得。特別控除50万円を引き、所有期間5年超なら2分の1だけが本業の所得に上乗せされる(国税庁No.3152)
- 非上場株式の譲渡益は申告分離課税で、所得税15%・住民税5%に復興特別所得税(所得税額の2.1%)を加えた20.315%(国税庁No.1463)
- 営業権の譲渡は消費税の課税取引、株式の譲渡は非課税取引。課税事業者の個人は売却対価に10%の消費税を預かって納める
同じ事業を同じ値段で売っても、個人事業か会社かで「何を売るか」が変わります。個人事業は事業そのもの(営業権・設備・在庫)を売る事業譲渡しか選べません。会社なら、オーナーが持つ株式(合同会社なら持分)を売る株式譲渡ができます。売るものが違うので、課税のしかたも違います。
この記事は、事業を第三者に売る場面の売り手の税額に絞ります。自分で作った会社へ営業権を移す法人成りの場面は法人成りの営業権は5年償却で扱っています。
個人事業の売却は、資産ごとに所得区分が分かれる
個人事業の事業譲渡では、売却代金を資産ごとに分けて考えます。代金がひとまとめでも、税金は中身で決まります。
| 売るもの | 所得区分 | 課税のしかた |
|---|---|---|
| 営業権(得意先・ノウハウ・屋号) | 譲渡所得 | 総合課税。特別控除50万円、長期は2分の1 |
| 設備・車など減価償却資産 | 譲渡所得 | 同上(取得費は未償却残高) |
| 商品などの棚卸資産 | 事業所得 | 最後の年の売上に入る |
国税庁No.1460は、棚卸資産の譲渡を譲渡所得に含めず事業所得等として扱うと明記しています。事業の売却代金の大半を占めるのは、たいてい営業権です。
営業権の譲渡所得は、国税庁No.3152の式で計算します。
譲渡所得の金額 = 譲渡価額 -(取得費 + 譲渡費用)- 50万円
自分で育てた営業権には取得費がありません。所有期間が5年を超えていれば長期譲渡所得となり、総所得金額に入るのはその2分の1です。5年以内なら短期で、全額が入ります。
この所得は本業の事業所得と合算され、累進税率で課税されます。売る年に本業の利益がどれだけあるかで、税率が変わります。
会社の株式譲渡は、20.315%の分離課税
会社のオーナーが株式を売る場合、譲渡益は国税庁No.1463の「一般株式等に係る譲渡所得等」になります。
譲渡所得等の金額 = 譲渡価額 -(取得費 + 委託手数料等)
税率は所得税15%・住民税5%で、所得税には復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)が加わります。合計で**20.315%**です。ほかの所得とは合算しない申告分離課税なので、本業の役員報酬がいくらでも税率は動きません。
取得費は、設立時に払い込んだ出資額が基本です。50万円の特別控除や2分の1課税はありません。そのかわり、累進税率もかかりません。
売却価額別に、売り手の税額を比べた
売上1,200万円・経費200万円・東京23区・単身・青色申告65万円(e-Tax)の個人事業で、事業所得は935.0万円です。売る年もこの事業所得があるとして、営業権の譲渡所得を上乗せした所得税・住民税の増加額を、当サイトの計算エンジンで出しました。会社側は、同じ価額で出資100万円の株式を売った場合です。
| 売却価額 | 個人:総所得に入る譲渡所得(長期) | 個人:所得税・住民税の増加(長期) | 負担率 | 会社:株式の譲渡益 | 会社:株式譲渡の税額 | 負担率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 300万円 | 125.0万円 | 41.9万円 | 14.0% | 200万円 | 40.6万円 | 13.5% |
| 500万円 | 225.0万円 | 83.6万円 | 16.7% | 400万円 | 81.3万円 | 16.3% |
| 1,000万円 | 475.0万円 | 192.8万円 | 19.3% | 900万円 | 182.8万円 | 18.3% |
| 2,000万円 | 975.0万円 | 411.3万円 | 20.6% | 1,900万円 | 386.0万円 | 19.3% |
| 3,000万円 | 1,475.0万円 | 674.2万円 | 22.5% | 2,900万円 | 589.1万円 | 19.6% |
前提:2026年(令和8年)分の税率。個人は営業権のみの売却で取得費・譲渡費用0円、特別控除50万円、長期(2分の1課税)。国民健康保険料・個人事業税の増減は含めない。会社側は取得費100万円・譲渡費用0円、税率20.315%。負担率は売却価額に対する税額の割合。scripts/kojin-jigyo-baikyaku-kabushiki-joto.mjs で再計算できる。
長期譲渡所得なら、1,000万円までは差が10万円前後です。2分の1課税と50万円控除が、累進税率の重さをほぼ打ち消しているためです。売却価額が大きくなると個人側が本業の所得と合わせて上の税率帯に入り、3,000万円では85.1万円の差になります。
「株式譲渡は約20%で済むから有利」という説明は、個人事業の譲渡所得を全額課税で比べたときに成り立つものです。長期の2分の1課税を入れると、中小規模の売却では差が小さくなります。
開業5年以内なら、差は2倍以上に開く
所有期間が5年以内の短期譲渡所得では、50万円を引いた全額が本業の所得に上乗せされます。
| 売却価額 | 個人:長期 | 個人:短期 | 会社:株式譲渡 |
|---|---|---|---|
| 300万円 | 41.9万円 | 94.5万円 | 40.6万円 |
| 1,000万円 | 192.8万円 | 400.4万円 | 182.8万円 |
| 3,000万円 | 674.2万円 | 1,440.3万円 | 589.1万円 |
1,000万円の売却で、短期の個人は株式譲渡の約2.2倍です。自分で作った営業権をいつ取得したと見るかは条文に書かれていないため、開業から日の浅い事業では短期と判定されたときの税額まで見ておく必要があります。
株式譲渡には長期・短期の区別がありません。会社を設立した翌年に株式を売っても、税率は20.315%のままです。
税額以外に動くもの:消費税と国民健康保険
消費税は、事業譲渡だけにかかる
国税庁の質疑応答事例は、営業譲渡のうち営業権と建物等を課税資産、土地を非課税としています。課税事業者の個人が営業権を1,000万円で売れば、買い手から100万円の消費税を預かって納めます。
一方、国税庁No.6201は株式の譲渡を非課税取引としています。株式譲渡では消費税の申告自体が発生しません。 インボイス登録済みの個人事業主は課税事業者なので、事業譲渡ではこの手続きが確実に生じます。
個人は国民健康保険料も動き得る
上の表には国民健康保険料を含めていません。個人事業主の国保は前年の所得を基に計算されるため、売却した翌年度の保険料が上がる場合があります。会社のオーナーは協会けんぽなどに加入しているので、株式の譲渡益で健康保険料は変わりません。
「売るために法人化する」は、毎年の手取りで先に比べる
売却時の税額差は、長期譲渡所得の個人と株式譲渡で、1,000万円の売却なら10.0万円でした。これに対し、法人化すると均等割7万円や社会保険料など、毎年発生する負担が変わります。売却時の1回の差より、毎年の差のほうが積み上がります。
つまり、売却時の税額だけを理由に法人化を決めるのは順序が逆です。まず本業の条件で毎年の手取りを比べ、法人化が有利なら売却時に株式譲渡を選べる、という順で考えるのが自然です。会社の株式の評価については法人化すると相続税評価は下がるのかも参考になります。
自分の売上と経費で、法人化の有利不利がいくらになるかは判定ツールで確かめられます。計算の前提は計算方法にまとめています。
まとめ
- 個人事業の売却は事業譲渡で、営業権は総合課税の譲渡所得、在庫は事業所得になる
- 会社の株式譲渡は20.315%の申告分離課税で、本業の所得とは合算されない
- 長期譲渡所得なら、売却価額1,000万円で個人192.8万円・株式譲渡182.8万円と差は10.0万円
- 開業5年以内の短期譲渡では、個人の税額は株式譲渡の2倍以上になる
- 営業権の譲渡は消費税の課税取引、株式の譲渡は非課税取引
よくある質問
個人事業を売ると、在庫の代金も譲渡所得になりますか。
なりません。国税庁No.1460は、商品などの棚卸資産の譲渡は事業所得等として扱い、譲渡所得に含めないとしています。営業権と在庫を一緒に売る場合は、在庫分は最後の年の事業の売上になります。
会社の株式を売ったときの譲渡益は、ほかの所得と合算されますか。
合算されません。一般株式等(非上場株式)の譲渡益は申告分離課税で、給与所得などとは区分して税額を計算します。譲渡損失が出ても、上場株式等の譲渡益とは原則として通算できません。
売るために法人化したほうが有利ですか。
売却時の税額だけで比べると、長期譲渡所得の個人と株式譲渡の差は売却価額1,000万円で10.0万円にとどまります。法人化で毎年の手取りがどう変わるかのほうが影響が大きいので、まず本業の条件で比べてください。個別の売却スキームの判断は専門家に確認してください。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。