税金の基礎
個人版事業承継税制は法人化しない人の制度。小規模宅地との選択
結論
個人版事業承継税制は、個人事業の土地(400㎡まで)・建物(床面積800㎡まで)・一定の設備に対応する相続税を100%猶予する制度で、特定事業用宅地等の小規模宅地等の特例とは併用できません。土地3,000万円・建物1,000万円・設備300万円の店舗型の設例では、小規模宅地等の特例で相続税が305.0万円、個人版事業承継税制なら585.0万円が猶予されて申告時の納付は80.0万円です。ただし猶予を続けるには、後継者が事業を生涯続ける必要があります。
- 国税庁No.4153(令和8年4月1日現在法令等)で、個人事業承継計画の提出は令和10年9月30日まで、相続・贈与は令和10年12月31日まで
- 対象は青色申告(正規の簿記の原則によるもの)の事業で、不動産貸付業等は除く。前年分の青色申告書の貸借対照表に載っている資産が対象
- 小規模宅地等の特例は申告期限までの事業継続で減額が確定する。個人版事業承継税制の事業継続は終身で、やめると猶予税額と利子税を納める
法人化するかどうかは、毎年の手取りで判断するのが基本です。ただ、店舗や工場の土地・建物を持って事業をしている人には、相続の段階で個人事業のままでしか使えない制度があります。個人版事業承継税制です。
法人の株を対象にした法人版事業承継税制とは別の制度で、期限も1年遅く設定されています。そして、事業用の土地に使える小規模宅地等の特例とは、どちらか一方しか選べません。
個人事業の土地・建物・設備の相続税を100%猶予する
国税庁No.4153の要点を並べます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象の事業 | 青色申告(正規の簿記の原則によるものに限る)に係る事業。不動産貸付業等を除く |
| 対象の資産 | 前年分の青色申告書の貸借対照表に計上されていた、①宅地等(400㎡まで)②建物(床面積800㎡まで)③一定の減価償却資産 |
| 減価償却資産の範囲 | 固定資産税の課税対象のもの、営業用の標準税率の自動車、一定の貨物運送用・乗用自動車、乳牛・果樹等、特許権等 |
| 猶予の割合 | 特定事業用資産に係る課税価格に対応する相続税の100% |
| 事前の計画 | 個人事業承継計画を令和10年9月30日までに都道府県知事へ提出し、確認を受ける |
| 適用期限 | 平成31年1月1日〜令和10年12月31日の相続・贈与 |
先代事業者と生計を一にする親族が持つ資産も対象になります。配偶者名義の土地の上に建物を建てて事業をしている場合、その土地も含まれます。
もう1つの前提は、事業が個人の青色申告で行われていることです。法人化した後は、事業をしているのは法人です。社長個人が土地を法人に貸していれば、それは不動産の貸付けで、この制度の対象から外れます。法人化すると、個人版は使えず、株を対象にした法人版事業承継税制の側に移ります。
小規模宅地等の特例とは、どちらか一方
事業用の土地の相続には、小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等・400㎡まで80%減額)があります。国税庁No.4153は、特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例の適用を受ける者がいる場合、個人版事業承継税制を受けることはできないとしています。
国税庁が並べている両制度の違いは次のとおりです。
| 個人版事業承継税制 | 小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等) | |
|---|---|---|
| 事前の計画 | 個人事業承継計画の提出(令和10年9月30日まで) | 不要 |
| 適用期限 | 令和10年12月31日までの贈与・相続等 | なし |
| 承継の形 | 贈与・相続等 | 相続等のみ |
| 対象資産 | 宅地等(400㎡まで)・建物(800㎡まで)・一定の減価償却資産 | 宅地等(400㎡まで)のみ |
| 減額・猶予 | 100%(納税猶予) | 80%(課税価格の減額) |
| 事業の継続 | 終身 | 申告期限まで |
2つは性格がまったく違います。小規模宅地等の特例は、申告期限まで事業を続ければ減額が確定します。個人版事業承継税制は猶予で、後継者が事業をやめるなど一定の場合には、猶予税額と利子税を納めることになります。
一方、自宅の敷地に使う特定居住用宅地等は、個人版事業承継税制と併用できます。国税庁の表では、特定居住用宅地等について小規模宅地等の特例を受けても、個人版の宅地等の限度面積は400㎡のままです。
3つの設例で、どちらが大きいかを比べた
事業用資産以外の課税価格を5,000万円、法定相続人を配偶者と子の2人とし、事業用資産の中身を3通りに変えました。
| 設例 | 土地 | 建物 | 設備等 | 何も使わない:相続税 | 小規模宅地等(80%減額):相続税 | 個人版事業承継税制:猶予額 | 同:申告時に納める額 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 店舗型(土地が大きい) | 3,000.0万円 | 1,000.0万円 | 300.0万円 | 665.0万円 | 305.0万円 | 585.0万円 | 80.0万円 |
| 工場型(建物・設備が大きい) | 1,500.0万円 | 3,000.0万円 | 2,000.0万円 | 1,060.0万円 | 820.0万円 | 980.0万円 | 80.0万円 |
| 土地なし(賃借の工場) | 0.0万円 | 0.0万円 | 2,500.0万円 | 395.0万円 | 395.0万円 | 315.0万円 | 80.0万円 |
※ 事業用資産以外の課税価格5,000万円・法定相続人2人(配偶者と子1人)・配偶者の税額軽減前の総額。土地は400㎡以内とする
※ 猶予額は「総額−事業用資産を除いた総額」で置いた概算で、実際の猶予税額の計算手順とは異なる。計算は scripts/kojinban-jigyo-shokei.mjs
店舗型では、小規模宅地等の特例で相続税は305.0万円まで下がり、これで確定します。個人版事業承継税制なら申告時の納付は80.0万円ですが、差の225.0万円は免除ではなく猶予です。
工場型では差が広がります。小規模宅地等の特例は土地にしか効かないので、建物3,000万円と設備2,000万円には何も起きません。相続税は820.0万円です。個人版事業承継税制は建物と設備も対象なので、申告時の納付は80.0万円で、猶予は980.0万円です。
土地を持たずに工場を借りている事業では、小規模宅地等の特例は使いようがありません。設備だけで315.0万円が猶予の対象になります。
表から言えるのは、土地の比重が大きいほど小規模宅地等の特例で足り、建物・設備の比重が大きいほど個人版事業承継税制が効くということです。
猶予を続けるには、事業を生涯続ける
個人版事業承継税制の猶予税額は、後継者が死亡した場合などに免除されます。それまでの間、特定事業用資産を後継者の事業に使わなくなった場合などには、猶予が打ち切られます。
国税庁の比較表で、事業の継続期間が「終身」とされているのはこのためです。子が事業を継いだ後、10年後に廃業したり法人化したりすると、そのときに猶予税額と利子税の問題が出てきます。店舗型の設例なら、585.0万円の猶予のうち、小規模宅地等の特例を選んでいれば確定していたはずの減額分まで含めて、判断をやり直すことになります。
後継者が将来も個人事業を続けるのか、どこかで法人化する可能性があるのかは、この制度を選ぶ前に見ておく必要があります。
情報発信型の個人事業には、ほとんど関係がない
対象資産は、土地・建物と、固定資産税の課税対象になる償却資産や営業用自動車などです。パソコン1台で仕事をするコンサルタントやデザイナー、エンジニアの個人事業では、対象になる資産がほとんどありません。
この制度が効くのは、店舗・工場・運送・農業のように、事業用の土地・建物・設備が財産の大きな部分を占める事業です。こうした事業では、個人事業のまま続ける理由の1つとして、相続の段階のこの制度が加わります。法人化の損益分岐点を業種別に見た記事は職種別の法人化の損益分岐点です。
また、対象になるのは正規の簿記による青色申告の事業で、資産は前年分の貸借対照表に載っている必要があります。65万円・55万円の青色申告特別控除を受けるための帳簿と同じ水準です(青色申告65万円と法人化の分岐点)。
まとめ
- 個人版事業承継税制は、青色申告の個人事業の土地・建物・一定の設備に対応する相続税を100%猶予する。計画提出は令和10年9月30日まで、相続・贈与は令和10年12月31日まで
- 法人化すると事業の主体が法人になるため、個人版は使えなくなる
- 特定事業用宅地等の小規模宅地等の特例とは選択。自宅の特定居住用宅地等とは併用できる
- 店舗型の設例では小規模宅地等の特例で305.0万円に確定し、工場型では個人版で980.0万円が猶予される。建物・設備の比重が大きいほど個人版が効く
- 小規模宅地等の特例は申告期限までの事業継続で確定するが、個人版の猶予は後継者が事業を終身続けることが前提
土地や設備を持つ事業では、法人化の損得は年間の手取りだけでは決まりません。一般論の数字ではなく、自分の売上と経費で年間の差を確かめたうえで、事業用資産の相続でどの制度が使えなくなるかも並べてください。
よくある質問
自宅の敷地に小規模宅地等の特例を使うと、個人版事業承継税制は使えなくなりますか?
使えます。国税庁No.4153の表では、特定居住用宅地等について小規模宅地等の特例を受ける場合、個人版事業承継税制の宅地等の限度面積は400㎡のままです。併用できないのは、特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例を受ける者がいる場合です。
配偶者名義の土地で事業をしている場合も対象になりますか?
国税庁No.4153は、先代事業者と生計を一にする親族が所有する土地・建物・減価償却資産も特定事業用資産に当たるとしています。配偶者の土地の上に先代事業者が建物を建てて事業をしている場合の土地が、その例として挙げられています。
白色申告や10万円控除の青色申告でも使えますか?
対象は「青色申告(正規の簿記の原則によるものに限ります。)に係る事業」です。白色申告の事業は対象外です。対象資産も前年分の青色申告書の貸借対照表に計上されていたものに限られるため、貸借対照表を作っていない簡易な帳簿では要件を満たしません。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。