税金の基礎

小規模宅地等の特例は法人に無償で貸すと消える。相続税330万円の差

結論

事務所の敷地300㎡・相続税評価額3,000万円の設例では、個人事業のままでも、法人化して相当の対価の家賃を取り相続人が申告期限に役員であれば、どちらも2,400万円が減額され相続税の総額は140.0万円です。法人へ家賃0円(使用貸借)で貸していると減額は0円になり、相続税は470.0万円です。差は330.0万円です。

  • 国税庁の法令解釈通達69の4-23(1)は、対象を「当該法人に貸し付けられていた宅地等(当該貸付けが事業に該当する場合に限る。)」に限っている。使用貸借は該当しない
  • 3年以内に新たに供した宅地等を外す規定は特定事業用宅地等と貸付事業用宅地等にはあるが、特定同族会社事業用宅地等には置かれていない
  • 判定ツールの実質差額は事業所得1,500万円で年23.9万円。相続税の差330万円に並ぶまで13.8年かかる

法人化の判断では、毎年の手取りの差を見ます。ただし土地を持っている人には、毎年ではなく一度だけ効く項目があります。小規模宅地等の特例です。

事務所の敷地を法人に使わせる形は2つあります。相当の対価の家賃を取るか、無償で使わせるか。手取りの計算では「家賃を払っても法人と個人の間でお金が動くだけ」に見えますが、相続税では入口の可否が分かれます。

家賃0円だと、特例の入口で落ちる

社長が持つ土地の上に事務所があり、法人がそこで事業をしている。この敷地が特定同族会社事業用宅地等(400㎡まで80%減額)に当たるかどうかは、国税庁の法令解釈通達69の4-23が決めています。対象はこう限定されています。

当該法人に貸し付けられていた宅地等(当該貸付けが同条第1項に規定する事業に該当する場合に限る。)

かっこの中が効きます。「貸し付けていればよい」のではなく、その貸付けが事業に当たることが条件です。ここでいう事業には準事業が含まれ、準事業は国税庁No.4124で「事業と称するに至らない不動産の貸付けその他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行うもの」と定義されています。

つまり対価がなければ準事業にもなりません。使用貸借で法人に使わせている敷地は、特定同族会社事業用宅地等にも貸付事業用宅地等にも当たらず、減額は0円になります。

通達は「無償」の意味も広く取っています。69の4-4は、無償に「相当の対価に至らない程度の対価の授受がある場合を含む」と書いています。形だけの地代では足りません。

個人事業のままなら、この関門はありません。自分の土地で自分が事業をしているので、そもそも貸付けが発生せず、対価の要件が出てこないからです。同じ土地・同じ仕事なのに、法人という器を挟んだ瞬間に対価の有無が問われる——これがこの特例の非対称です。

4通りで相続税を計算した

事務所の敷地300㎡・相続税評価額3,000万円、敷地以外の課税価格5,000万円、法定相続人は配偶者と子1人としました。基礎控除は3,000万円+600万円×2人=4,200万円です。

土地の使わせ方区分限度面積・割合減額される額敷地の課税価格課税価格の合計相続税の総額
個人事業のまま特定事業用宅地等400㎡・80%2,400万円600万円5,600万円140.0万円
法人化+相当の対価の家賃+相続人が申告期限に役員特定同族会社事業用宅地等400㎡・80%2,400万円600万円5,600万円140.0万円
法人化+家賃あり+役員でない(貸付から3年超)貸付事業用宅地等200㎡・50%1,000万円2,000万円7,000万円320.0万円
法人化+家賃あり+役員でない(貸付から3年以内)適用なし(3年以内貸付宅地等)—0万円3,000万円8,000万円470.0万円
法人化+家賃0円(使用貸借)適用なし(貸付けが事業でない)—0万円3,000万円8,000万円470.0万円

※ 相続税の総額は国税庁No.4155の速算表で計算し、配偶者の税額軽減など各人ごとの控除は入れていません。計算は scripts/shokibo-takuchi-houjinka.mjs

家賃を取って役員要件も満たせば、相続税は個人事業のままと同じ140.0万円です。特例そのものは法人化で失われません。 失われるのは、要件を1つ落としたときです。家賃0円にすると470.0万円で、差は330.0万円になります。

役員要件だけを落とした場合は320.0万円です。400㎡・80%から200㎡・50%へ格下げされ、減額が2,400万円から1,000万円に減ります。

「貸宅地の評価」と混同しないこと

土地を法人に貸すと、相続税では2つの制度が別々に動きます。順番も役割も違うので、片方だけ見て判断すると読み違えます。

何を決めるか根拠
貸宅地の評価その土地の評価額そのものを自用地の価額から下げるか財産評価の通達・無償返還の届出
小規模宅地等の特例評価額が決まった後、課税価格に入れる額を80%または50%減らすか租税特別措置法69条の4

先に評価額が決まり、次にその評価額へ特例の減額がかかります。当サイトの社長の土地を法人へ無償で貸したときの評価は前者を扱っていて、そこでは地代を固定資産税等の額以下にすると自用地の価額の8割評価が使えなくなる、という話をしています。

無償で貸すと、この2つを同時に落とします。評価額は自用地のまま下がらず、そのうえで小規模宅地等の特例も使えません。片方ずつ見ていると、損失を半分しか数えられません。

3年縛りがあるのは、格下の区分のほうだった

国税庁No.4124には、相続開始前3年以内に新たに供した宅地等を対象から外す規定があります。ただし置かれている区分が直感と逆です。

区分限度面積・割合3年以内の除外規定
特定事業用宅地等400㎡・80%ある(一定の資産の価額が宅地等の価額の15%以上なら除外されない)
特定同族会社事業用宅地等400㎡・80%ない
貸付事業用宅地等200㎡・50%ある(3年を超えて特定貸付事業を行っていた場合を除く)

減額が最も大きい400㎡・80%の区分のうち、特定同族会社事業用宅地等だけが3年の縛りを持ちません。法人化して事務所の敷地を貸し始めた翌年に相続が起きても、要件を満たしていれば満額です。

一方、格下の貸付事業用宅地等には3年の縛りがあります。しかもここでの例外は「3年を超えて特定貸付事業(貸付事業のうち準事業以外のもの)を行っていた」場合に限られます。事務所1件を自分の会社に貸しているだけなら準事業にとどまる可能性が高く、例外には乗りません。

結果として、法人化して数年のうちに相続が起きた場合、役員要件を満たすかどうかが満額か0円かの分岐になります。表の3行目(320.0万円)は貸付から3年を超えた後の姿で、3年以内なら4行目の470.0万円です。中間がありません。

判定ツールの年間差額と、桁を比べる

当サイトの計算エンジンで、事業所得別の実質差額を出しました。

事業所得個人のまま法人化(最適報酬)最適な役員報酬実質差額(年)判定
400万円303.1万円274.5万円月28万円−48.6万円個人のまま有利
600万円427.3万円409.7万円月42万円−37.6万円個人のまま有利
800万円540.7万円536.6万円月54万円−24.1万円個人のまま有利
1,000万円657.1万円662.4万円月54万円−14.7万円ほぼ互角
1,200万円774.2万円787.6万円月54万円−6.6万円ほぼ互角
1,500万円928.2万円972.0万円月54万円+23.9万円法人化が有利
1,800万円1082.1万円1149.1万円月90万円+47.0万円法人化が有利
2,100万円1232.0万円1332.6万円月95万円+80.6万円法人化が有利
2,500万円1395.0万円1551.1万円月100万円+136.1万円法人化が有利
3,000万円1599.6万円1816.8万円月100万円+197.2万円法人化が有利

※ 経費200万円・東京23区(特別区統一保険料率)・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 実質差額は税理士報酬の差(年20万円)と法人住民税の均等割を差し引いた後の金額

この年間の差額と、家賃0円で落とす330.0万円を並べます。

事業所得実質差額(年)330.0万円に並ぶまで
1,000万円−14.7万円追いつかない
1,200万円−6.6万円追いつかない
1,500万円+23.9万円13.8年
1,800万円+47.0万円7.0年
2,100万円+80.6万円4.1年
2,500万円+136.1万円2.4年
3,000万円+197.2万円1.7年

表から読み取れることは1つです。法人化が有利に転じたあたりの所得帯では、この一度の差が年間の差額の10年分を超えます。 事業所得1,500万円で法人化して年23.9万円を得ても、家賃0円のまま相続が起きれば330.0万円で13.8年分が消えます。事業所得3,000万円なら1.7年分なので、所得が上がるほど相対的には小さくなります。

年間の手取りの表は独身の条件、相続の試算は法定相続人2人の条件です。別々の設例として読んでください。計算の前提は計算の考え方にまとめています。

なお、家賃を取れば法人の損金が増える一方で社長個人に不動産所得が立つため、毎年の手取りも別に動きます。その金額は自宅を法人に貸して家賃を取る場合と家賃0円にした場合で扱っています。

400㎡・80%を残すための要件

特定同族会社事業用宅地等は、家賃だけでは足りません。国税庁No.4124が挙げる要件は次のとおりです。

  • 法人役員要件:その宅地等を取得した親族が、相続税の申告期限においてその法人の役員(法人税法第2条第15号の役員。清算人を除く)であること
  • 保有継続要件:その宅地等を相続税の申告期限まで有していること
  • 一定の法人であること:相続開始の直前において、被相続人および被相続人の親族等が発行済株式の総数または出資の総額の50パーセント超を有していること
  • 法人の事業が対象であること:不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業および準事業は除かれる
  • 相続開始の直前から申告期限まで、その法人の事業の用に供されていること

役員要件は「相続開始のとき」ではなく申告期限のときで見ます。相続開始後に相続人が役員に就任して間に合わせる余地がある一方、もともと役員だった人が相続後に退任すると外れます。

「一定の法人」に出資の総額が含まれているため、合同会社の持分も対象です。持分そのものの評価は法人化すると相続税評価は下がるのかで扱っています。

自宅と事務所が同じ敷地にある場合は、居住用の部分を特定居住用宅地等として別に判定します。貸付事業用宅地等を選ばないなら事業用等で400㎡・居住用で330㎡の合計730㎡まで選べますが、貸付事業用宅地等を含めるときは200㎡に換算する算式になります。

まとめ

  • 事務所の敷地を法人へ家賃0円で貸すと、通達69の4-23が求める「貸付けが事業に当たること」を満たさず、小規模宅地等の特例の減額が0円になる
  • 設例(敷地300㎡・評価額3,000万円)では、要件を満たす場合の相続税140.0万円に対し、家賃0円では470.0万円。差は330.0万円
  • 特例そのものは法人化で失われない。失われるのは家賃0円や役員要件を落としたとき
  • 400㎡・80%の特定同族会社事業用宅地等には3年の除外規定がなく、格下の貸付事業用宅地等にはある
  • 貸宅地の評価と小規模宅地等の特例は別の制度で、無償にすると両方を落とす
  • 判定ツールの実質差額は事業所得1,500万円で年23.9万円。330.0万円はその13.8年分にあたる

土地を持っているかどうかで、法人化の損得は年間の差額だけでは決まりません。一般論の数字ではなく、自分の売上と経費で年間の差額を確かめたうえで、敷地の評価額を並べて比べてください。

よくある質問

法人に払う家賃をいくらにすれば小規模宅地等の特例の対象になりますか?

国税庁は金額の基準を公表していません。通達が要求しているのは、その貸付けが「事業」(相当の対価を得て継続的に行うものを含む)に当たることで、通達は「相当の対価に至らない程度の対価の授受がある場合」を無償と同じ扱いにしています。近隣の賃料水準を根拠に決める必要があります。

合同会社でも特定同族会社事業用宅地等になりますか?

なります。国税庁No.4124の「一定の法人」は、発行済株式の総数「または出資の総額」の50パーセント超を被相続人および親族等が有している法人とされており、持分会社の出資も含まれます。

法人化した直後に相続が起きると、この特例は使えませんか?

特定同族会社事業用宅地等には、相続開始前3年以内に新たに供した宅地等を外す規定が置かれていません。要件を満たしていれば、貸し始めた時期にかかわらず対象になります。一方、貸付事業用宅地等には3年の除外規定があります。

自宅と事務所が同じ敷地にある場合はどうなりますか?

居住用の部分は特定居住用宅地等として別枠で判定します。貸付事業用宅地等を選ばない場合は、事業用等で400㎡、居住用で330㎡、合計730㎡まで選べます。貸付事業用宅地等を含めるときは200㎡に換算する算式で判定します。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。