社会保険
国民健康保険が高いから法人化、は所得次第で逆効果になる
国民健康保険料は所得が上がるほど高くなりますが、賦課限度額があるため約880万円で頭打ちになります。この構造のせいで、国保が高い自治体ほど法人化が有利とは限りません。3市の実データで検証します。
「国民健康保険料が高すぎるから法人化を考えている」という動機は、よく聞きます。
実際、事業所得700万円の人が東京23区で払う国民健康保険料は年76万円。決して小さくありません。
ただしこの動機だけで法人化を決めると、所得帯によっては逆効果になります。国民健康保険には賦課限度額という上限があり、ある所得を超えると増えなくなるからです。
国民健康保険料はどう決まるのか
計算の基礎になるのは「旧ただし書所得」です。
旧ただし書所得 = 総所得金額等 − 基礎控除43万円
ここで重要なのは、配偶者控除も扶養控除も社会保険料控除も引かれないことです。所得税の計算で使う課税所得より、はるかに大きい金額に料率が掛かります。
保険料はこの旧ただし書所得に対する「所得割」と、加入者数に応じた「均等割」(自治体によっては世帯ごとの「平等割」も)を、次の区分ごとに計算して合算します。
| 区分 | 内容 | 東京23区の賦課限度額 |
|---|---|---|
| 医療分 | 医療給付の財源 | 67万円 |
| 後期高齢者支援金分 | 後期高齢者医療制度への拠出 | 26万円 |
| 介護分 | 40〜64歳のみ | 17万円 |
| 子ども・子育て支援金分 | 令和8年度から新設 | 3万円 |
令和8年度から「子ども・子育て支援金分」が加わりました。金額は小さいものの、新しい区分です。
そして各区分に賦課限度額があります。所得がいくら高くても、それ以上は増えません。
所得880万円あたりで頭打ちになる
東京23区の料率で、所得別の国民健康保険料を計算するとこうなります(本人のみ・40歳未満)。
| 事業所得 | 東京23区 | 大阪市 | 名古屋市 | その他(平均) |
|---|---|---|---|---|
| 300万円 | 33.9万円 | 42.3万円 | 36.8万円 | 36.2万円 |
| 500万円 | 55.1万円 | 68.0万円 | 60.2万円 | 59.5万円 |
| 700万円 | 76.2万円 | 90.3万円 | 83.5万円 | 82.9万円 |
| 1,000万円 | 95.8万円 | 94.9万円 | 95.7万円 | 95.8万円 |
| 1,500万円 | 96.0万円 | 95.0万円 | 96.0万円 | 96.0万円 |
| 2,000万円 | 96.0万円 | 95.0万円 | 96.0万円 | 96.0万円 |
※ 本人のみ・40歳未満・青色申告(e-Tax)/2026年(令和8年)分基準
2つのことが読み取れます。
所得1,000万円を超えると、ほぼ増えなくなります。 東京23区では医療分が所得880万円あたりで限度額67万円に達し、そこから上は均等割と子ども・子育て支援金分がわずかに動くだけです。1,000万円と2,000万円で0.2万円しか変わりません。
そして高所得帯では、自治体の差が消えます。 所得300万円では東京と大阪で8.4万円の差がありますが、所得1,000万円では大阪のほうがわずかに安いという逆転すら起きています。大阪市の医療分の限度額が66万円と、東京23区の67万円より低いためです。
法人化すると何が変わるか
法人化して役員報酬を受け取ると、健康保険は協会けんぽになります。計算の仕組みがまったく変わります。
| 国民健康保険 | 協会けんぽ | |
|---|---|---|
| 計算の基礎 | 前年の所得 | 標準報酬月額(報酬で決まる) |
| 家族の扱い | 加入者ごとに均等割 | 被扶養者は保険料ゼロ |
| 上限 | 賦課限度額(医療分67万円など) | 標準報酬月額の上限(健康保険139万円・厚生年金65万円) |
| 負担者 | 全額自分 | 労使折半(ただし会社負担分も自分の利益から) |
決定的に違うのが2行目です。国民健康保険には扶養の概念がなく、配偶者や子どもの分も人数に応じてかかります。協会けんぽは被扶養者が何人いても保険料が変わりません。
この効果は大きく、配偶者がいる場合は法人化の損益分岐点が286万円も下がります。詳しくは配偶者がいると法人化の分岐点は286万円下がるをご覧ください。
もうひとつ重要なのが1行目です。協会けんぽの保険料は所得ではなく役員報酬で決まるため、役員報酬を抑えれば保険料も下がります。国民健康保険にはこの調整余地がありません。
「国保が高い自治体ほど法人化が有利」ではない
ここが本題です。直感的には、国民健康保険料が高い自治体に住んでいるほど法人化のメリットが大きそうに思えます。実際に計算すると、そうなりません。
| 条件 | 損益分岐となる事業所得 |
|---|---|
| 東京23区(基本) | 1,252万円 |
| 大阪市 | 1,270万円 |
| 名古屋市 | 1,255万円 |
※ 経費200万円・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準
国民健康保険料が最も高い大阪市で、分岐点が最も高くなっています。つまり大阪市のほうが法人化しにくいという結果です。
理由は2つあります。
第一に、分岐点付近の所得では国保がすでに限度額に張り付いています。 分岐点は1,250万円前後で、限度額に達する880万円をとうに超えています。この帯では東京も大阪も国保の負担はほぼ同じ。「大阪の国保は高い」という前提が、この所得帯では成立しません。
第二に、協会けんぽの料率には自治体差が残ります。 こちらは限度額で頭打ちになりません。
| 支部 | 健康保険料率(子ども・子育て支援金含む) | 月54万円の報酬での労使合計 |
|---|---|---|
| 東京 | 10.08% | 180.5万円 |
| 大阪 | 10.36% | 182.3万円 |
| 愛知 | 10.16% | 181.0万円 |
※ 40歳未満・厚生年金18.3%を含む年額/令和8年3月分以降の料率
大阪は東京より年1.8万円高くなります。個人側の差は限度額で消え、法人側の差だけが残る。 だから分岐点が上がります。
所得が低い帯では話が逆になる
ただしこれは分岐点付近、つまり所得1,200万円前後での話です。所得500万円なら東京55.1万円に対して大阪68.0万円と、12.9万円の差があります。この帯では確かに「大阪の国保は高い」が成立します。
しかしその所得帯では、そもそも法人化が不利です。固定費(均等割7万円+税理士報酬の差20万円)を回収できません。
国保が高いことは法人化の理由になりますが、それが効くのは法人化がまだ不利な所得帯である、というのが実態です。
法人化以外の選択肢
国民健康保険料の負担を下げる手段は、法人化だけではありません。
国民健康保険組合に加入できる業種であれば、所得に関係なく定額の保険料で済む場合があります。デザイナーやイラストレーターなどが加入できる文芸美術国民健康保険組合が知られています。加入できるかは業種と組合の要件次第で、所得が高い人ほど効果が大きくなります。
所得を圧縮する方法もあります。小規模企業共済やiDeCoの掛金は所得控除の対象なので、国民健康保険料の算定基礎である旧ただし書所得も下がります。ただし所得税・住民税と違い、国保への効果は限度額に達していれば出ません。
まとめ
- 国民健康保険料の計算基礎は「旧ただし書所得」。配偶者控除も扶養控除も引かれない
- 賦課限度額があり、東京23区では所得880万円あたりで頭打ち。1,000万円と2,000万円でほとんど変わらない
- 高所得帯では自治体差が消える。所得1,000万円では大阪市のほうがわずかに安い
- 国保が高い自治体ほど法人化が有利、ではない。分岐点は大阪市1,270万円、東京23区1,252万円で、大阪のほうが法人化しにくい
- 理由は、個人側の差が限度額で消える一方、協会けんぽの料率差(大阪10.36% vs 東京10.08%)が残るため
- 国保が高いことが効くのは所得500万円前後の帯だが、そこでは法人化自体が不利
- 法人化の最大の効果は保険料率ではなく、家族を扶養に入れられること
自分の所得と自治体でどうなるかは、条件を入れて確かめてください。
よくある質問
国民健康保険料が高すぎるのですが、法人化以外に減らす方法はありますか?
国民健康保険組合(文芸美術国保、各種業界の国保組合など)に加入できる業種であれば、所得に関係なく定額の保険料で済む場合があります。加入できるかは業種と組合の要件次第です。また、国民健康保険料は前年の所得で決まるため、所得が下がった年の翌年は自動的に安くなります。
法人の社会保険料は会社が半分払ってくれるので得ではないですか?
ひとり社長の会社では、会社が払う分も結局は自分の事業の利益から出ています。労使折半という形でも、実質的な負担者は同じです。ただし会社負担分は法人の経費になるため、法人税を減らす効果があります。本サイトのシミュレーターはこの効果を計算に含めています。
国民健康保険には扶養という考え方がないと聞きました。
そのとおりです。国民健康保険は世帯単位で、加入者ひとりごとに均等割がかかります。配偶者や子どもを「扶養に入れて負担ゼロ」にはできません。一方で法人の健康保険には被扶養者の制度があり、家族が何人いても保険料は変わりません。この差は法人化の判断に大きく効きます。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。