税金の基礎
青色申告の現金主義、所得300万円以下で使える特例と控除10万円の代償
結論
前々年の事業所得と不動産所得の合計が300万円以下の青色申告者は、届出をすれば入金・支払の時点で所得を計算する現金主義を選べます(所得税法67条)。ただし使える青色の控除額は10万円に限られ、65万円を取れる人と比べると、控除前の所得200万円で税・保険料が年12.9万円、250万円以上では年13.2万円多くなります(東京23区・単身の概算)。
- 選ぶには、その年の3月15日まで(1月16日以後の開業は開業から2か月以内)に届出書を出す(所得税法施行令197条)
- 現金主義でも青色申告のまま。専従者給与や純損失の繰越しは使える。失うのは55万円・65万円の控除
- 事業を廃止した年分には使えない(同施行令196条)。法人成りした年は発生主義で計算し直すことになる
帳簿付けの負担を減らしたい小規模な個人事業主向けに、所得税法には現金主義という計算方法があります。売掛金や未払金を立てず、実際にお金が入った日・出た日で所得を計算する方法です。ただし、その代わりに手放すものがあります。
現金主義を選べるのは、前々年の所得300万円以下の青色申告者
所得税法67条1項は、青色申告の承認を受けている小規模事業者について、収入と費用を「その年において収入した金額及び支出した費用の額」で計算できるとしています。小規模事業者の要件は、所得税法施行令195条にあります。
- その年の前々年分の不動産所得と事業所得の合計額が300万円以下であること
- 合計額は、青色事業専従者給与を差し引く前の金額で判定する
- 一度現金主義をやめた人が再び使うには、税務署長の承認を受けること
通常の計算(発生主義)では、12月に納品して1月に入金される売上は、納品した年の売上です。現金主義なら入金した翌年の売上になります。経費も同じで、12月に使って翌年1月に払ったカード代は、翌年の経費になります。
白色申告の人は、そもそもこの特例の対象外です。現金主義は青色申告のなかの選択肢です。
代わりに、使える控除額が10万円になる
租税特別措置法25条の2は、55万円・65万円の青色申告特別控除の対象から、所得税法67条1項の適用を受ける人(現金主義の人)を除いています。現金主義を選ぶと、使える控除は10万円だけです。
控除額の差55万円は、所得税・住民税だけでなく、国民健康保険料と個人事業税の計算にも響きます。控除前の所得ごとに、現金主義(10万円)と、発生主義で帳簿を付けてe-Taxで申告した場合(65万円)の負担を計算しました。
| 控除前の所得 | 税・保険料(現金主義・10万円) | 税・保険料(65万円) | 差(年) |
|---|---|---|---|
| 100万円 | 34.8万円 | 28.7万円 | 6.1万円 |
| 150万円 | 44.6万円 | 33.8万円 | 10.7万円 |
| 200万円 | 56.5万円 | 43.6万円 | 12.9万円 |
| 250万円 | 68.5万円 | 55.3万円 | 13.2万円 |
| 300万円 | 81.1万円 | 67.8万円 | 13.2万円 |
※ 所得税(復興特別所得税込み)・住民税・個人事業税・国民健康保険料・国民年金保険料の合計。東京23区・40歳未満・独身。当サイトで計算(scripts/genkin-shugi-aoiro-10man.mjs)
所得200万円以上では、差は年13万円前後で頭打ちになります。55万円の控除差に、国保と住民税の約1割ずつ、所得税の5%が掛かる計算です。所得100万円では税金がほとんどかからないため、差は6.1万円まで縮みます。
現金主義でも失わないもの
現金主義を選んでも、青色申告の承認はそのままです。次の特典は引き続き使えます。
- 青色事業専従者給与(家族への給与を経費にする)
- 純損失の3年間の繰越し・繰戻し
失うのは55万円・65万円の特別控除だけです。つまり比べるべきは「帳簿の手間」と「年6万〜13万円」です。
手続きは、選ぶときもやめるときも3月15日まで
所得税法施行令197条が手続きを定めています。
| 手続き | 期限 |
|---|---|
| 現金主義を選ぶ届出 | その年の3月15日まで(1月16日以後に開業した場合は開業から2か月以内) |
| 現金主義をやめる届出 | やめようとする年の3月15日まで |
| 確定申告書への記載 | 適用を受ける年分の申告書に、適用を受ける旨を書く |
年の途中で「今年は発生主義に戻す」ことはできません。売上が伸びて65万円を取りに行く場合も、その年の3月15日までにやめる届出を出しておく必要があります。
減価償却は現金主義の対象外
施行令196条2項は、償却費と資産損失を現金主義の対象から除いています。減価償却の対象になる固定資産は、代金を支払った年に全額を経費にするのではなく、発生主義と同じ償却のルールで経費にします。
法人成りした年には使えない
見落としやすいのがここです。施行令196条1項は、事業の全部を廃止した日の属する年分を現金主義の対象から除いています。法人成りで個人事業を廃業した年は、現金主義で計算できません。
その年は発生主義で計算し直すため、年末までの売掛金や未払金を拾う必要があります。前年まで現金主義で計算していた人は、切り替えの年に収入や費用が二重に計上されたり漏れたりしないよう、前年末時点の売掛金・未払金を洗い出しておく必要があります。法人成りした年の申告全体の流れは法人成りした年の確定申告で整理しています。
法人化を考える段階とは、所得の水準が違う
現金主義を使えるのは所得300万円以下の人です。この水準では、法人化すると社会保険料と法人住民税の均等割などの固定費が上回り、手取りが減るケースが多くなります。現金主義か65万円かは、法人化の前に個人事業のままで手取りを増やす選択肢として比べるものです。
所得が300万円を超えてくると、要件から外れるうえ、控除の差も13万円前後で頭打ちです。売上の伸びが見えてきたら、65万円の控除を取れる帳簿付けに移り、そのうえで法人化の損益分岐点を確かめる順番になります。65万円の控除そのものの見直しは令和9年からの青色申告特別控除の改正で、65万円の有無で法人化の分岐点がどう動くかは青色65万円と法人化の分岐点で計算しています。
まとめ
- 前々年の事業所得と不動産所得が300万円以下の青色申告者は、届出をすれば現金主義を選べる
- 代わりに使える控除額が10万円になり、65万円と比べて税・保険料は年6万〜13万円多くなる
- 専従者給与や純損失の繰越しなど、他の青色申告の特典は残る。減価償却は現金主義の対象外
- 選ぶときもやめるときも、その年の3月15日までに届出が必要
- 事業を廃止した年は使えないため、法人成りの年は発生主義で計算し直す
控除を10万円にするか65万円にするかで、法人化の損益分岐点も動きます。一般論の数字ではなく、自分の売上と経費で確かめてください。
よくある質問
現金主義を選ぶと、減価償却もしなくてよいのですか
いいえ。所得税法施行令196条2項は、償却費と資産損失を現金主義の対象から除いています。パソコンや車などの固定資産は、支払った年に全額を経費にするのではなく、これまでどおり減価償却します。
所得が300万円を超えた年は、自動的に現金主義が使えなくなりますか
判定はその年の前々年の所得で行います。前々年が300万円を超えていれば、その年は要件を満たしません。いったん適用を受けなくなった人が再び使うには、税務署長の承認が必要です(所得税法施行令195条2号)。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。