社会保険
法人化すると社会保険は強制加入。ひとり社長に例外はない
法人は社長1人だけでも健康保険・厚生年金の強制適用事業所です。加入しないという選択肢は制度上ありません。役員報酬別の保険料額、報酬を極端に下げても抜けられない理由、従業員を雇ったときの負担までを数字で整理します。
法人化を検討していて最後まで引っかかるのが、社会保険の負担です。そしてこの負担は選べません。
個人事業主なら従業員4人までは加入義務がありませんが、法人は社長1人だけでも強制適用事業所です。「保険料が高いから入らない」という選択肢は、制度の上に用意されていません。
法人は「社長1人」でも強制適用になる
厚生年金保険法・健康保険法の適用事業所は、法人と個人事業所でまったく扱いが違います。
| 事業の形態 | 社会保険(健康保険・厚生年金) |
|---|---|
| 個人事業所(従業員4人以下) | 加入義務なし。国民健康保険・国民年金のまま |
| 個人事業所(従業員5人以上・法定の業種) | 強制適用。ただし事業主本人は加入できない |
| 個人事業所(従業員5人以上・農林漁業や一部サービス業) | 加入義務なし(任意適用は可能) |
| 法人(役員1人のみを含む) | 強制適用 |
日本年金機構は法人事業所の要件を「事業主のみの場合を含む」と明記しています。従業員数も業種も関係ありません。登記した時点で対象になります。
ここには非対称があります。個人事業所が5人以上を雇って強制適用になった場合でも、事業主本人は被保険者になれません。従業員だけが加入します。ところが法人化すると、社長本人が「法人に使用される者」として被保険者になります。法人成りで最も大きく変わるのは、社長自身の立場です。
いくら払うことになるのか
保険料は役員報酬の額で決まります。東京支部・40歳未満・賞与なしで計算すると次のとおりです。
| 役員報酬(月額) | 標準報酬月額 | 本人負担(月) | 会社負担(月) | 労使合計(年) |
|---|---|---|---|---|
| 5.0万円 | 5.8万円(1等級) | 10,975円 | 10,975円 | 26.3万円 |
| 10.0万円 | 9.8万円(5等級) | 13,906円 | 13,906円 | 33.4万円 |
| 15.0万円 | 15.0万円(12等級) | 21,285円 | 21,285円 | 51.1万円 |
| 20.0万円 | 20.0万円(17等級) | 28,380円 | 28,380円 | 68.1万円 |
| 30.0万円 | 30.0万円(22等級) | 42,570円 | 42,570円 | 102.2万円 |
| 40.0万円 | 41.0万円(27等級) | 58,179円 | 58,179円 | 139.6万円 |
| 50.0万円 | 50.0万円(30等級) | 70,950円 | 70,950円 | 170.3万円 |
| 65.0万円 | 65.0万円(35等級) | 92,235円 | 92,235円 | 221.4万円 |
| 100.0万円 | 98.0万円(43等級) | 108,867円 | 108,867円 | 261.3万円 |
※ 協会けんぽ東京支部・40歳未満・賞与なし/2026年(令和8年)分 基準
料率の内訳は、東京支部の健康保険料率9.85%、厚生年金18.3%、子ども・子育て支援金0.23%です。40歳以上65歳未満はこれに介護保険料率1.62%が加わります。いずれも労使で半分ずつ負担します。
表の右端に注目してください。役員報酬が月100万円でも、労使合計は年261.3万円で頭打ちに近づきます。 厚生年金の標準報酬月額には上限があるためです。逆に報酬が低い側では、労使合計が年26.3万円より下がりません。
「会社負担」は本当に会社が負担しているのか
ひとり社長の会社では、この区別に実質的な意味はありません。会社のお金も自分が稼いだお金だからです。
ただし税務上の扱いは違います。
- 会社負担分:法定福利費として法人の損金。法人税・法人事業税を減らす
- 本人負担分:役員個人の社会保険料控除。所得税・住民税を減らす
同じ1円でも、効く相手が違います。法人の所得が800万円以下なら法人税は15%、役員個人の所得税率が20%なら、本人負担側のほうが軽減効果は大きい計算です。役員報酬をいくらにすると全体で最も手取りが残るのかは、役員報酬はいくらが最適か。96通り計算して分かった決め方で扱っています。
役員報酬を極端に下げても、抜けられるとは限らない
「役員報酬を月1万円にすれば保険料も最低額で済む」という話を見かけます。表のとおり、報酬を下げれば保険料は下がります。ただし下げれば必ず被保険者でいられる、という制度ではありません。
日本年金機構の疑義照会回答は、報酬の多寡について次の考え方を示しています。
昭和24年7月28日保発第74号通知で「役員であっても、法人から労務の対償として報酬を受けている者は、法人に使用される者として被保険者とする」とされている
そのうえで、経営状況に応じて役員報酬を下げる例は多いため、低い報酬額だけを理由に資格を失わせるのは妥当ではないとしています。最低金額を設定してそれを下回れば加入対象外、という運用も否定されています。
逆方向の判断もあります。業務の内容に対して報酬が1円しかないなど、金額が労務に見合っているか疑わしい場合は、報酬決定の経緯や働き方(他に多くの職を兼ねていないか、業務の内容はどうか)を調査して判断するとされています。
つまり金額だけを見た機械的な線引きは、加入させる方向にも外す方向にも存在しません。 実態にもとづく総合判断です。役員報酬を意図的に低く抑える設計を考えているなら、この点は前提に入れておいてください。家族を「非常勤役員」にして保険料を抑えられるかは、非常勤役員は社会保険に入らなくていい?判定は勤務実態で決まるで、令和8年3月の新通知とあわせて整理しています。
なお、報酬をまったく支払わない場合は保険料を計算する基礎がないため、被保険者となりません。その場合は国民健康保険・国民年金のままですが、生活費を法人から引き出せないので、他に収入がある人以外は現実的な選択肢になりません。この構造を使うのがマイクロ法人の考え方です。
従業員を雇うと、負担の増え方が変わる
社長ひとりのうちは、保険料は「自分の分を左右のポケットで分けているだけ」です。従業員を雇うと、会社負担分は純粋な人件費の上乗せになります。役員報酬別の年額と会社からの資金流出は一人社長の社会保険料はいくらかで詳しく計算しています。
加入の対象になるかは、労働時間で決まります。
| 働き方 | 社会保険 |
|---|---|
| 1週の所定労働時間・1月の所定労働日数が通常の労働者の4分の3以上 | 加入 |
| 4分の3未満だが、特定適用事業所で週20時間以上・所定内賃金が月8.8万円以上・学生でない | 加入 |
| 上記以外 | 加入しない |
設立直後のひとり法人が特定適用事業所になることはありません。したがって当面は4分の3基準だけを見れば足ります。 週30時間前後がひとつの境目になります。
配偶者に手伝ってもらう場合は、扶養に入れるか従業員として加入させるかで結論が変わります。配偶者がいると法人化の分岐点は250万円下がるで数字を出しています。
手続きは5日以内
会社を作ったら、健康保険・厚生年金保険の新規適用届を事実発生から5日以内に提出します。提出先は事業所の所在地を管轄する年金事務所、または事務センターです。
主な添付書類は次のとおりです。
- 法人(商業)登記簿謄本(コピー不可、発行後90日以内のもの)
- 法人番号指定通知書等のコピー
- 事業所の所在地が登記と異なる場合は、賃貸借契約書など所在地を確認できる書類
あわせて「被保険者資格取得届」を出して、役員本人の資格を取得します。扶養家族がいれば「被扶養者(異動)届」も同時に提出します。電子申請・郵送・窓口持参のいずれでも受け付けられます。
5日以内という期限は現実には守られないことも多く、遅れて届け出た場合は会社設立日にさかのぼって適用されます。 さかのぼった分の保険料もまとめて請求されるので、「後回しにすれば安くなる」ということはありません。
保険料が増えるぶん、戻ってくるものもある
負担額だけを見ると法人化は不利に見えます。ただし国民健康保険・国民年金と比べたとき、給付の中身は変わります。
| 項目 | 個人事業主(国保・国民年金) | 法人の役員(協会けんぽ・厚生年金) |
|---|---|---|
| 老齢年金 | 老齢基礎年金のみ | 老齢基礎年金+老齢厚生年金 |
| 病気・けがで働けないとき | なし | 傷病手当金(最長1年6か月) |
| 出産で休んだとき | なし | 出産手当金 |
| 配偶者・子の保険料 | 人数分かかる | 扶養に入れば追加負担なし |
| 障害・遺族の保障 | 基礎年金のみ | 基礎年金+厚生年金 |
傷病手当金は、ひとりで事業をしている人にとっては特に大きい差です。個人事業主が長期入院すれば収入はそのまま止まりますが、法人の役員なら標準報酬日額のおよそ3分の2が支給されます。
だからといって保険料の増加分がそのまま回収できるわけではありません。ただ、単年の手取り比較だけで結論を出すと、この部分がまるごと抜け落ちます。 当サイトのシミュレーターは手取りの差額を計算しますが、将来の年金や傷病手当金の価値は金額に含めていません。差額が小さいときほど、ここを加味して判断してください。
まとめ
- 法人は役員1人だけでも強制適用事業所。従業員数も業種も関係ない。個人事業所の「5人以上」基準とは別の話
- 個人事業所では事業主本人は加入できないが、法人化すると社長本人が被保険者になる。ここが法人成りで最も大きく変わる点
- 保険料は役員報酬で決まる。月20万円なら労使合計で年68.1万円、月50万円なら年170.3万円
- 役員報酬を下げても、金額だけを理由に加入対象から外れる制度にはなっていない。 実態にもとづく総合判断
- 新規適用届は事実発生から5日以内。遅れても設立日にさかのぼって適用され、保険料もさかのぼって請求される
- 保険料が増えるぶん、厚生年金・傷病手当金・扶養という給付が付く。差額が僅差のときは単年の手取りだけで決めない
自分の売上と経費で、保険料込みの手取りがどう変わるかを確かめてみてください。
よくある質問
従業員がいない会社でも年金事務所に届け出る必要がありますか?
あります。法人は社長1人だけでも強制適用事業所なので、事実発生から5日以内に「新規適用届」を年金事務所へ提出します。役員報酬をまったく支払わない場合は被保険者が0人になりますが、その状態を含めて年金事務所に実態を伝えて判断を仰ぐことになります。
国民健康保険のほうが安いので、そのまま続けることはできますか?
できません。適用事業所の被保険者になった時点で国民健康保険の資格を失うため、市区町村へ喪失の届出が必要です。どちらが安いかを理由に選ぶ制度にはなっていません。
会社が負担した保険料は経費になりますか?
なります。法定福利費として全額が法人の損金です。労使折半のうち会社負担分は、法人の課税所得を減らす効果があります。本人負担分は役員個人の社会保険料控除になるため、同じ金額が二重に効いているわけではありませんが、どちらも税負担を下げる方向に働きます。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。