社会保険

事業場外みなし労働時間制は一人会社の営業に使える?みなし9時間の残業代

結論

社長や役員には関係しませんが、外回りの営業担当を雇えば、労働時間を算定し難いときに限って事業場外みなし労働時間制(労基法38条の2)を使えます。携帯電話で随時指示を受けている、訪問先と帰社時刻まで指示しているなど、会社の具体的な指揮監督が及ぶ場合は使えません。みなし時間を9時間にすると、月給25万円の例で割増賃金は月39,063円(年46.9万円)かかり、協定の届出と36協定も必要です。

  • みなし時間は所定労働時間・通常必要とされる時間・労使協定で定める時間の3通り。協定の時間が8時間以下なら届出不要、8時間を超えると様式第12号で届出(36協定に付記も可)
  • テレワークでは「常時通信可能な状態におくよう指示していない」「随時具体的な指示をしていない」の両方を満たすことが要件(厚労省ガイドライン)
  • みなし8時間のまま実態が1日10時間だと、要件を満たさない場合の差額は月78,125円、賃金請求権の3年分で281.3万円(当サイト試算)

一人会社で最初に雇う人が外回りの営業担当になることは珍しくありません。社長は会社にいないことが多く、営業担当も直行直帰。毎日の出退勤を見ていられないので、「みなし」で給与を払えないか、と考えるのは自然です。

ただ、この制度は「外で働く人なら誰でも」使えるものではありません。この記事では、使える条件と使えない条件を一次情報で整理し、みなし時間の決め方で人件費がいくら動くかを再現計算で示します。

38条の2は「算定し難いとき」だけの例外

労働基準法38条の2第1項は、労働者が労働時間の全部または一部について事業場外で業務に従事した場合に、労働時間を算定し難いときは所定労働時間労働したものとみなす、と定めています。

ここには条件が2つ重なっています。

条件中身
事業場外で業務に従事した営業の外回り、出張、取材、テレワークなど
労働時間を算定し難い会社の具体的な指揮監督が及ばず、客観的に時間を把握することが困難

2つ目の条件が外れれば、事業場外での仕事であっても通常どおり実労働時間で計算します。中央労働委員会の調整事例の解説は、この制度は外勤労働者一般を対象とするものではなく、適用対象はかなり限定されていると書いています。

厚生労働省の資料(令和3年就労条件総合調査)では、事業場外みなし労働時間制の適用労働者の割合は6.7%、導入企業の割合は11.4%です。

社長や役員は、もともと労働時間規制の外にいます。社長が1日中外回りをしても、38条の2の出番はありません。役員と労働者の線引きは36協定は一人社長に不要で整理しています。

使えないのは、会社の指揮監督が及んでいる場合

中労委の調整事例の解説は、適用できない例として次の2つを挙げています。

  • 時間管理をする管理者が同行している場合
  • 携帯電話などで随時指示を受けている場合

同じ事例では、開催時間が決まっていて現場責任者もいるイベント会場での販売業務について、あっせん員が「労働時間を算定し難いとき」に当たらない可能性が高いと判断しています。外にいるかどうかではなく、時間を把握できる仕組みがその場にあるかで決まる、という読み方になります。

一人会社に置き換えると、次のような運用はみなしと相性がよくありません。

運用なぜ問題になるか
社長が毎朝、訪問先と順番を指示し、終わったら電話させる1日の行動が具体的に特定され、時間を把握できる
チャットに常駐させ、社長の連絡にすぐ返信させる随時指示を受けながら働いている
社長と2人で客先を回る時間を管理する人が同行している
勤怠アプリで出退勤の打刻をさせている時間を算定できる仕組みがすでにある

最後の行は見落とされやすい点です。会社が打刻記録を持っているなら、その記録から労働時間を計算できます。「把握できるのにみなしで払う」という状態は、制度の前提と食い違います。

テレワークは2つの要件を両方満たすときだけ

在宅で営業資料を作り、オンラインで商談する働き方も増えています。厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」は、テレワークで事業場外みなし労働時間制を適用できるのは、次の2つをいずれも満たす場合だとしています。

  1. 情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
  2. 随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと

1については、勤務時間中に自分の意思で回線を切断できる場合、指示はパソコンで来ても機器から離れることができ、応答のタイミングを本人が判断できる場合、会社支給の携帯電話を持っていても応答するか・いつ折り返すかを本人が判断できる場合は、満たすとされています。機器を持っているだけで適用できなくなるわけではありません。

2については、会社の指示が業務の目的・目標・期限などの基本的事項にとどまり、1日のスケジュール(作業内容とそれを行う時間など)をあらかじめ決めるなど、作業量や作業の時期・方法を具体的に特定するものでない場合に満たすとされています。

社長1人と社員1人の会社では、指示の距離が近くなりがちです。社長がチャットで「今これをやって」と頻繁に頼む関係なら、2の要件を満たすと言いにくくなります。

ガイドラインは、適用する場合でも、必要に応じて実態に合ったみなし時間になっているかを労使で確認し、結果に応じて業務量を見直すことを求めています。

みなし時間は3通り。8時間を超えると届出と割増が要る

みなす時間の決め方は、38条の2の中で3通りに分かれます。

決め方根拠手続
所定労働時間38条の2第1項本文協定不要
その業務の遂行に通常必要とされる時間同項ただし書協定は義務ではない
労使協定で定めた時間同条2項協定時間が8時間を超えれば届出(同条3項)

届出の細かい扱いは労働基準法施行規則24条の2に書かれています。

  • 届出は様式第12号で所轄労働基準監督署長へ
  • 協定で定める時間が法定労働時間(32条・40条)以下なら、届出は不要
  • 協定の内容を36協定の届出に付記すれば、この届出に代えられる
  • 協定には有効期間を定める

みなし時間が8時間を超えて設定されていれば、その超えた部分は時間外労働です。 厚生労働省の資料も、法定労働時間を超えるみなし時間を設定する場合は、通常の労働時間制と同様に36協定の締結・届出と時間外割増賃金の支払いが必要だと明記しています。「みなしにすれば残業代がなくなる」という理解は、ここで崩れます。

従業員が1人だけなら、協定の相手方の過半数代表者はその人です。社長が代表者を兼ねることはできません。過半数代表者の選び方は36協定の記事と同じ考え方です。

みなし時間を何時間にするかで、年0円〜93.8万円動く

実際にいくらかかるかを計算します。前提は次のとおりです。

  • 営業担当1人、月給25万円(割増賃金の基礎とする)
  • 所定労働時間1日8時間、年間所定労働日245日(週5日)
  • 1か月平均所定労働時間163.3時間、1時間あたり1,531円、月平均労働日20.4日
  • 8時間を超えるみなし部分は2割5分増し。月60時間以下に収まる範囲

scripts/jigyojogai-minashi-roudou.mjs で計算した結果です。

みなし時間(1日)協定の届出月の時間外月の割増賃金年額
8時間不要0時間0円0円
8.5時間必要(36協定も)10.2時間19,531円234,375円
9時間必要(36協定も)20.4時間39,063円468,750円
9.5時間必要(36協定も)30.6時間58,594円703,125円
10時間必要(36協定も)40.8時間78,125円937,500円

30分刻みで、年23.4万円ずつ人件費が増えます。さらにこの割増賃金は給与なので、社会保険料の会社負担も標準報酬月額を通じて連動します。

ここで知っておきたいのは、みなし時間は人件費を下げるための数字ではないという点です。ただし書と2項の時間は「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」です。実態より短く決めれば、制度の趣旨から外れます。

実態とずれたままだと、3年分の差額として戻ってくる

みなし時間を8時間にしたまま、実際は1日9〜10時間働いていたとします。会社の指揮監督が及んでいて要件を満たさないと判断されれば、実労働時間で計算し直すことになります。

同じ前提で、差額を計算しました。

設定したみなし実労働差(月)差額(月)3年分
8時間9時間20.4時間39,063円1,406,250円
8時間10時間40.8時間78,125円2,812,500円
9時間10時間20.4時間39,063円1,406,250円

賃金の請求権の時効は労働基準法115条で5年ですが、経過措置により当分の間3年です。1日1〜2時間のずれでも、3年分そろうと140万〜280万円規模になります。

みなしを使っていても、労働安全衛生法66条の8の3の「労働時間の状況」の把握は省けません。把握の方法と保存期間は労働時間の把握義務で整理しています。健康確保のために残す記録が、そのまま実態の証拠にもなる点は押さえておく必要があります。

繁忙の時期が決まっている営業なら、みなしではなく1か月単位の変形労働時間制で所定時間を組み替える方が、実態と数字を合わせやすい場合もあります。残業代を毎月定額で払う方法を検討しているなら、固定残業代と最低賃金の論点も重なります。

法人化の判断にどう効くか

営業担当を1人雇う前提で法人化を考えるなら、人件費は月給だけでは見積もれません。みなし9時間で年46.9万円、10時間なら年93.8万円の割増賃金が月給に上乗せされ、社会保険料の会社負担もそれに応じて増えます。

この上乗せ分は、法人の利益を押し下げ、役員報酬に回せる原資を減らします。逆に、要件を満たさないみなしで節約したつもりの割増賃金は、3年後にまとめて請求され得る負債です。

当サイトの判定ツールでは、年間経費に人件費を含めて入力します。営業担当の給与に割増賃金と会社負担の社会保険料を足した額を経費に入れ、自分の売上で法人化の損益分岐を確かめてください。

まとめ

  • 事業場外みなし労働時間制は「事業場外」かつ「労働時間を算定し難いとき」だけの例外で、社長・役員には関係しない
  • 管理者の同行、携帯電話やチャットでの随時指示、打刻記録があるなど、時間を把握できる状態なら使えない
  • テレワークは「常時通信可能を指示していない」「随時具体的な指示をしていない」の両方が要件
  • みなし時間が8時間を超えれば、協定の届出(36協定への付記可)・36協定・割増賃金が必要。月給25万円でみなし9時間なら年46.9万円
  • 実態が1日10時間でみなし8時間のままだと、要件を満たさない場合の差額は3年分で281.3万円(当サイト試算)

よくある質問

社長自身の働き方に事業場外みなし労働時間制は関係しますか?

関係しません。38条の2は「労働者が」事業場外で業務に従事した場合の労働時間の算定方法で、代表取締役や合同会社の業務執行社員は通常、労働時間規制の対象外です。

みなし労働時間制なら残業代は払わなくてよいのですか?

いいえ。みなし時間が法定労働時間(1日8時間)を超えて設定されていれば、その超えた部分は時間外労働で、36協定と2割5分以上の割増賃金が必要です。深夜や休日に働いた分の割増もみなしとは別にかかります。

直行直帰なら必ず使えますか?

直行直帰であることだけでは決まりません。訪問先や帰社時刻を具体的に指示している、携帯電話で随時指示を受けて動いているなど、会社の具体的な指揮監督が及んでいれば「労働時間を算定し難いとき」に当たらず、実労働時間で計算します。

みなし労働時間制でも労働時間の把握は必要ですか?

労働安全衛生法66条の8の3の「労働時間の状況」の把握はみなし労働時間制の適用者も対象です。健康確保のための把握なので、残業代の計算方法がみなしでも記録は省けません。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。