設立の手続き

労働時間の把握義務は一人会社にも?タイムカードが要る日と3年保存

結論

社長や役員は労働者ではないので、役員だけの一人会社に労働時間の把握義務はありません。従業員を1人でも雇うと、労働安全衛生法66条の8の3により、管理監督者やパートも含めた全員の労働時間の状況を、タイムカードやパソコンの使用時間の記録などの客観的な方法で把握し、記録を3年間保存する必要があります。

  • 自己申告で済ませられるのは、直行直帰などで客観的に把握する手段がない場合に限られ、タイムカード等のデータがあるのに自己申告だけにすることは認められない
  • 時間外・休日労働が月80時間を超えた従業員には、その時間を本人に速やかに通知する必要がある。週5日勤務なら1日平均3.68時間超の残業が続く水準
  • 月給25万円で1日15分の記録漏れが続くと、未払い残業代は年11.7万円、賃金請求権の時効3年分で35.2万円になる計算(当サイト試算)

一人会社が最初の従業員を雇うとき、勤怠管理は「残業代を正しく払うため」と考えられがちです。実際には、残業代とは別の目的で、もう1本の義務がかかっています。2019年4月に労働安全衛生法に加わった、労働時間の状況の把握義務です。この記事では、2本の義務の違い、どの従業員が対象か、自己申告で済ませられる範囲、記録を怠ったときに会社に残る金額を整理します。

社長1人なら義務はない。従業員を雇った日から始まる

労働安全衛生法66条の8の3は「事業者は、…労働者…の労働時間の状況を把握しなければならない」と定めています。対象は労働者です。社長や業務執行社員は会社と委任関係にあり、労働者ではありません。そのため、役員だけの一人会社には把握する対象がいません。社長が自分の働いた時間をタイムカードで記録する法的な義務はない、ということです。

従業員やアルバイトを1人でも雇えば、その人について義務が始まります。人数の下限はありません。産業医の選任(常時50人以上)のような人数要件がないのが、この義務の特徴です。

例外は、同居の親族だけを使用する事業です。労働基準法116条2項は、この事業に労働基準法を適用しないとしています。同居の配偶者だけを雇っている場合の扱いは配偶者だけを雇う一人会社の労災・雇用保険で整理しています。

「労働時間の把握」には2本の根拠がある

勤怠を記録する義務は、労働基準法側と労働安全衛生法側の2つから来ています。目的と対象が違うので、分けて理解しておくと抜けが出ません。

労働基準法側(ガイドライン)労働安全衛生法側(66条の8の3)
目的労働時間・割増賃金の規制を守る長時間労働者への医師の面接指導を確実に行う
把握するもの労働日ごとの始業・終業時刻労働時間の状況(いつ、どれだけ労務を提供し得る状態にあったか)
管理監督者ガイドラインの対象外(41条該当者)対象に含まれる
みなし労働時間制の適用者対象外(事業場外はみなしの時間に限る)対象に含まれる
記録の保存出勤簿・タイムカード等を3年(109条・附則143条)記録を作成し3年保存(安衛則52条の7の3第2項)
罰則賃金台帳の未記入・虚偽記入は30万円以下の罰金(120条)66条の8の3そのものは罰則(120条)の列挙に入っていない

労働基準法側の根拠は、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」です。始業・終業時刻を確認・記録すること、賃金台帳に時間外労働時間数などを正しく記入すること、出勤簿やタイムカードを3年間保存することを求めています。

労働安全衛生法側は、2019年4月の改正で加わりました。厚生労働省のQ&Aは、この把握を「労働者の健康確保措置を適切に実施する観点から」行うものと説明しています。だから残業代の有無と関係なく、管理監督者や裁量労働制の適用者も対象です。対象外になるのは高度プロフェッショナル制度の対象者だけで、パートや有期契約の従業員も含みます。

一人会社で最初に雇う従業員を「店長」「マネージャー」として管理監督者扱いにするケースがあります。その場合でも、労働時間の状況の把握は外せません。管理監督者に当たるかどうか自体も、肩書きではなく実態で判断されます。

罰則がないことは、記録しなくてよい理由にならない

66条の8の3の違反は、労働安全衛生法120条の罰則の列挙に含まれていません。ただし、記録がないと次の2つが成り立たなくなります。

  • 労働基準法の側で、賃金台帳に労働時間数を正しく書けない(こちらは120条で30万円以下の罰金)
  • 月80時間超の通知や面接指導の要否を判断できない

罰則の有無より、記録がない状態では会社が自分の側の数字を出せないことのほうが重い、という構造です。この点は後半の未払い残業代の試算で具体的に見ます。

方法の原則はタイムカード等の客観的な記録

労働安全衛生規則52条の7の3第1項は、把握の方法を「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法」としています。厚生労働省のQ&Aが挙げる客観的な方法は次のとおりです。

  • タイムカード、ICカードによる出退勤の記録
  • パソコンの使用時間(ログインからログアウトまで)の記録
  • 事業者(または管理を任された人)の現認

一人会社で社長が従業員と同じ部屋で働いているなら、社長の現認も客観的な方法に入ります。ただし、現認したことを記録に残さなければ3年保存の要件を満たせません。実務では、勤怠アプリやクラウド勤怠の打刻にしておくのが簡単です。

なお、労働基準法施行規則54条1項5号の賃金台帳に記入した労働時間数で、把握に代えることもできます。ただし管理監督者、事業場外労働のみなし労働時間制の適用者、裁量労働制の適用者には、この代替が使えません。事業場外みなしを使える条件とみなし時間ごとの割増賃金は事業場外みなし労働時間制は一人会社の営業に使える?で計算しています。

自己申告で済ませられるのは「把握する手段がない」場合だけ

自己申告は「その他の適切な方法」として認められていますが、条件があります。Q&Aは、やむを得ず客観的な方法で把握し難い場合の例として、事業場外の業務に直行・直帰する場合を挙げています。

一方で、次のような運用は認められないとしています。

  • 直行・直帰でも社内システムにアクセスでき、客観的に把握できるのに自己申告にする
  • タイムカードやパソコンの使用記録のデータを持っているのに、自己申告だけで把握する

自己申告にする場合は、アからオの措置を全て講じる必要があります。正しく申告するよう本人と管理者に説明する、実態と合っているか調べて補正する、申告できる時間外労働に上限を設けない、といった内容です。申告は原則としてその日の分を翌労働日までに行わせることが適当とされています。

「申告は月20時間まで」のように上限を設ける運用は、ガイドラインで明確に禁じられています。固定残業代を払っていることが、正しい申告を妨げる要因になっていないかの確認も求められています。固定残業代の設計は固定残業代と最低賃金で扱いました。

月80時間を超えたら、本人への通知が必要になる

把握した時間は、医師による面接指導につなげるために使います。労働安全衛生規則52条の2第3項は、時間外・休日労働時間を算定したとき、それが1か月80時間を超えた労働者本人に、速やかにその時間を通知することを求めています。書面や電子メールでの通知が想定されています。

面接指導の対象は、時間外・休日労働が月80時間を超え、かつ疲労の蓄積が認められる人です(安衛則52条の2第1項)。本人の申出があれば、会社は医師による面接指導を行います。

ここでいう時間外・休日労働時間は「休憩時間を除き1週間当たり40時間を超えて労働させた時間」です。36協定の上限管理で使う「法定時間外労働」とは数え方が違います。36協定の上限は休日労働を含めない枠があり、面接指導の基準は休日労働も含めて数えます。36協定の仕組みは36協定は一人社長に不要で整理しています。

月80時間がどの程度の水準かを当サイトで計算すると、次のようになります。

  • 週40時間から求めた1か月平均の所定労働時間:173.81時間
  • 週5日勤務の1か月平均労働日数:21.73日
  • 月80時間を超えるのは、1日平均3.68時間超の残業が毎日続いたとき

9時から18時(休憩1時間)の勤務なら、毎日21時40分過ぎまで働く計算です。一人会社でも、繁忙期に社長と従業員が2人で回していると届き得る水準です。

記録漏れは3年分の未払い残業代として戻ってくる

労働時間の記録で一人会社が直面しやすいのは、罰金よりも未払い残業代です。始業前の準備や終業後の片付けを記録していない、15分未満を切り捨てている、といった運用は、ガイドラインの考え方では労働時間の取りこぼしになります。ガイドラインは、使用者の指示で行う業務の準備行為や後始末の時間も労働時間として扱わなければならないとしています。日ごとの15分切り捨てと、認められている月単位の端数処理の違いは残業代の1分単位と端数処理の記事で試算しています。

賃金の請求権の時効は、労働基準法115条で5年とされていますが、附則143条3項により当分の間3年です。2020年4月以後に支払期日が来た賃金に適用されます。記録漏れの時間が毎日少しずつでも、さかのぼれる期間が3年あると合計は大きくなります。

当サイトで、記録漏れの時間を全て2割5分増しの時間外労働とみなして計算した結果です。

月給1日の記録漏れ月の未払い時間未払い残業代(年)時効3年分
25.0万円10分3.6時間7.8万円23.4万円
25.0万円15分5.4時間11.7万円35.2万円
25.0万円30分10.9時間23.4万円70.3万円
30.0万円10分3.6時間9.4万円28.1万円
30.0万円15分5.4時間14.1万円42.2万円
30.0万円30分10.9時間28.1万円84.4万円

前提:週5日勤務、所定労働時間=法定労働時間(1か月平均173.81時間)、記録漏れは全て2割5分増しの時間外労働。遅延損害金・付加金は含まない概算です。再現スクリプトは scripts/roudou-jikan-haaku-gimu.mjs にあります。

月給25万円の従業員1人で、1日15分の取りこぼしが3年続くと35.2万円です。この表で見てほしいのは、金額の大きさより、会社側に記録がなければ反論の材料がないことです。従業員が自分でつけたメモや、パソコン・入退室の記録から労働時間を主張された場合、会社が客観的な記録を持っていなければ対抗できません。客観的な記録は、会社を守る証拠にもなります。

従業員を1人雇う費用全体は一人社長が初めて従業員を雇う費用で計算しています。残業代を含めた人件費の見込みは、法人化の判定に経費として入れる数字そのものです。

法定三帳簿の出勤簿と同じ記録で足りるか

タイムカードや勤怠アプリの記録は、労働基準法109条の「出勤簿等」でもあり、安衛則の「労働時間の状況の記録」でもあります。1つの記録で両方を満たせるので、別々に作る必要はありません。保存期間はどちらも3年です。

ただし起算日は確認しておく必要があります。労働基準法側の出勤簿は、最後の出勤日(賃金の支払期日のほうが遅ければその日)から数えます。退職した従業員の書類を何年何月まで保存するかの具体例は法定三帳簿は一人会社に必要?にあります。

一人会社が最初の従業員を雇うときの準備として、勤怠の部分をまとめると次のとおりです。

  1. 雇入れの日から、打刻できるタイムカードか勤怠アプリを用意する
  2. 管理監督者扱いにする場合も、打刻は外さない
  3. 直行直帰が多い職種で自己申告にするなら、申告の上限を設けず、翌労働日までに申告させる
  4. 毎月、時間外・休日労働(週40時間超)を集計し、80時間超の人がいれば本人に通知する
  5. 記録は3年保存。退職者の分は最後の出勤日や支払期日から数える

まとめ

  • 社長・役員だけの一人会社には、労働時間の把握義務の対象者がいない。従業員を1人雇った日から始まる
  • 労働安全衛生法の把握義務は健康確保のための制度で、管理監督者やパートも対象。方法はタイムカード等の客観的な記録が原則
  • 自己申告は客観的に把握する手段がない場合に限られ、申告の上限設定などは認められない
  • 時間外・休日労働が月80時間を超えた本人には通知が必要。週5日なら1日平均3.68時間超の残業が続く水準
  • 月給25万円で1日15分の記録漏れは、賃金請求権の時効3年分で35.2万円(当サイト試算)

従業員を雇う段階の一人会社では、残業代を含めた人件費が法人化の損益を左右します。一般論の数字ではなく、自分の売上と人件費を入れた経費で判定を確かめてください。

よくある質問

社長1人の会社でも、自分の労働時間をタイムカードで記録する義務はありますか?

ありません。労働時間の把握義務は労働者について課されるもので、社長や役員は対象外です。従業員を1人でも雇った時点で、その従業員について義務が生じます。

管理監督者や残業代が出ない従業員も、労働時間を把握する必要がありますか?

あります。労働安全衛生法の労働時間の状況の把握は健康確保のための制度で、高度プロフェッショナル制度の対象者を除き、管理監督者、裁量労働制の適用者、パートや有期契約の従業員も含む全員が対象です。

タイムカードを使わず、従業員の自己申告で勤怠をつけてもよいですか?

直行直帰などで客観的に把握する手段がない場合に限り、自己申告が認められます。その場合も、正しく申告するよう説明する、実態と合っているか調べて補正するなどの措置を全て講じる必要があります。

労働時間の記録は何年保存すればよいですか?

労働安全衛生規則による労働時間の状況の記録は3年間です。出勤簿やタイムカードは労働基準法109条でも保存対象で、5年のところ当分の間3年とされています。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。