社会保険

1か月単位の変形労働時間制は一人会社で使える?月末10時間の残業代

結論

役員だけの会社には関係ありませんが、従業員を1人でも雇えば1か月単位の変形労働時間制(労基法32条の2)を使えます。月の労働時間を総枠(30日171.4時間・31日177.1時間)以内に収めれば、あらかじめ10時間と定めた日は8時間を超えても時間外労働になりません。時給1,500円・月末5日だけ10時間の例では、割増賃金が月3,750円(年4.5万円)から0円になります。

  • 総枠は週40時間×暦日数÷7。28日160.0・29日165.7・30日171.4・31日177.1時間。特例措置対象事業場(商業など10人未満)は週44時間で31日194.8時間
  • 労使協定で導入するなら所轄労基署への届出が必要(届出しないと労基法120条で30万円以下の罰金)。従業員1人ならその人が過半数代表者になる
  • 繁忙が1週ずれてシフトと実態が食い違うと、変形制ありでも割増は変形制なしと同じ月3,750円。決めた日と時間は後から任意に変えられない

役員だけで回している会社には、変形労働時間制という言葉が出てくる場面がありません。時間の規制が向いている相手が、労働者だけだからです。話が始まるのは、最初の従業員を雇い、月末の請求・締め作業だけ遅くまで残ってもらう、という働き方が見えてきたときです。

この記事では、従業員1人の会社がこの制度を入れる手順と、実際にいくら割増賃金が変わるのかを、厚生労働省のリーフレットの計算方法で再現して示します。

32条の2は「8時間を超える日」を前もって決めておく制度

労働基準法32条は、1週40時間・1日8時間を超えて働かせることを禁じています。32条の2は、1か月以内の一定期間を平均して1週あたり40時間を超えない定めをしたときに限り、特定した日・特定した週に限って8時間・40時間を超えて働かせてよいとする例外です。

ポイントは「特定した」の部分です。月の合計さえ収まればよい制度ではありません。期間中のすべての労働日と、その日ごとの労働時間を、シフト表や会社カレンダーで事前に決めておく必要があります。

役員はこの制度の外にいます。社長が月末に毎日12時間働いても、32条の問題は起きません。役員と労働者の線引きは36協定は一人社長に不要で整理しています。

従業員10人未満の会社の導入方法

導入は、労使協定か就業規則(10人未満なら「これに準ずるもの」)のどちらかで行います。

方法届出一人会社での注意
労使協定所轄労働基準監督署へ届出(32条の2第2項)協定の相手は過半数代表者。従業員1人ならその人。社長は兼ねられない
就業規則常時10人以上なら作成・届出義務(89条)10人未満で作る場合の位置づけは就業規則は10人未満なら不要?を参照

労使協定を結んだのに届け出ていない場合は、労働基準法120条で30万円以下の罰金の対象として列挙されています。厚生労働省のリーフレットは、どちらの方法でも作成・変更したものを所轄の労基署に届け出るよう案内しています。

協定・規則に定める事項は次の4つです。

  1. 対象労働者の範囲(法令上の制限はないが、明確に定める)
  2. 対象期間と起算日(例:毎月1日を起算日とする。期間は1か月以内)
  3. 労働日と労働日ごとの労働時間(対象期間のすべてについて事前に具体的に)
  4. 労使協定の有効期間(対象期間より長く。リーフレットは3年以内程度が望ましいとしている)

満18歳未満の年少者は原則として対象にできません。ただし15歳到達後の最初の3月31日を過ぎた18歳未満の者は、1週48時間・1日8時間の範囲で採用できます。妊産婦が請求した場合も使えません。年少者側の制限は高校生アルバイトを雇うときの労働時間でも触れています。

月の総枠は暦日数で決まる

対象期間を平均して週40時間に収めるため、期間中の所定労働時間には上限があります。式は「週の法定労働時間 × 暦日数 ÷ 7」です。scripts/henkei-roudou-jikan-1kagetsu.mjs で計算した値は、リーフレットの表と一致します(小数第2位以下切り捨て)。

週の法定労働時間28日29日30日31日
40時間160.0165.7171.4177.1
44時間(特例)176.0182.2188.5194.8

単位は時間です。44時間の行が使えるのは特例措置対象事業場、つまり常時使用する労働者が10人未満の商業、映画・演劇業(映画の製作の事業を除く)、保健衛生業、接客娯楽業です。ITやコンサルなど多くの一人会社はこれに当たらず、40時間の行で考えることになります。

同じ「月末に忙しい」働き方でも、2月と31日の月では枠が17.1時間違います。毎月同じ組み方を使い回すと、28日の月だけ総枠を超えることがあります。

2026年2月(1日が日曜・28日・平日20日)で確かめると、締め週5日を10時間・ほかを7時間にした所定は155時間で、総枠160.0時間に収まります。締め週を12時間にすると所定は165時間になり、1日・1週のどちらにも当たらないのに、総枠を超えた5時間が時間外労働になります(時給1,500円で割増1,875円)。11月なら172時間で超過は0.6時間なので、同じシフトでも月の長さで結果がこれだけ動きます。シフト表は月ごとに総枠と突き合わせる必要があります。

時間外労働は3段階で判定する

変形制を入れても、残業代がなくなるわけではありません。リーフレットは、時間外労働を次の順で判定するとしています。

  1. 1日:8時間を超える所定を定めた日はその所定を、それ以外の日は8時間を超えた時間
  2. 1週:40時間を超える所定を定めた週はその所定を、それ以外の週は40時間を超えた時間(1で数えた分を除く)
  3. 対象期間:総枠を超えた時間(1・2で数えた分を除く)

3段目が見落とされがちです。リーフレットの例(31日の月・所定172.0時間・時給1,000円)では、1日・1週のどちらにも引っかからない所定どおりの0.9時間が、月の総枠177.1時間を超えた部分として時間外労働になっています。当サイトのスクリプトでこの例を再現すると、時間外労働は1日2時間・1週1時間・期間0.9時間、賃金は181,975円で、リーフレットの答えと一致しました。以下の計算はこの検算を通した同じ関数で出しています。

月末5日だけ10時間:割増はいくら変わるか

想定は、時給1,500円の従業員1人。2026年11月(1日が日曜・30日)で、平日21日のうち月末の締め週(23〜27日)だけ1日10時間、ほかの平日は7時間とします。所定は162時間で、総枠171.4時間に収まります。祝日は考慮していません。

ケース時間外労働月の賃金うち割増(25%分)年12か月の割増
変形制あり・予定どおり0時間243,000円0円0円
変形制なし・同じ働き方10時間246,750円3,750円45,000円
変形制あり・繁忙が1週前にずれた10時間246,750円3,750円45,000円

変形制なしでは、締め週の5日それぞれで8時間を超えた2時間ずつ、計10時間が時間外労働です。週の合計は50時間ですが、1日単位で数えた10時間を除くと40時間に収まるため、週単位の上乗せはありません。

ここで分かるのは、変形制で減るのは割増の25%部分だけだということです。10時間分の基本の時給は、どちらの制度でも払います。この例では差は年4.5万円です。導入の手間(協定、毎月のシフト確定、届出)と比べて見合うかは、繁忙の山の大きさしだいです。

シフトがずれると効果は消える

3行目は、10時間のシフトを23〜27日に組んでいたのに、実際の繁忙が16〜20日に来たケースです。16〜20日の所定は7時間なので、8時間を超えた2時間ずつが時間外労働になり、割増は変形制なしと同じ月3,750円になります。

リーフレットは、特定した労働日や労働時間を任意に変更することはできないとしています。中央労働委員会のあっせん事例でも、各日の所定労働時間の特定と周知が不十分だった会社が、休日不足分を135%の賃金で支払うことになっています。繁忙の時期が読めない仕事には、この制度は効きにくいことになります。

44時間特例で総枠に余裕が出る例

締め週を1日12時間にすると、所定は172時間です。週40時間の総枠171.4時間を0.6時間超えるため、3段目で0.6時間が時間外労働になります。特例措置対象事業場なら総枠は188.5時間で、時間外労働は0時間です。同じシフトでも業種と人数で結果が変わります。

36協定と労働時間の把握は別に必要

変形制は「8時間を超えてよい日」を前もって作る制度で、残業を許可する制度ではありません。所定を超えて法定の枠を超えるなら、36協定の締結と届出が必要です。36条自体が、32条の2の労働時間を延長する場合を対象に含めています。

また、3段階の判定は日ごとの実労働時間が分からないとできません。記録の義務は労働時間の把握義務は一人会社にも?で扱っています。法定休日に働かせた場合の35%割増は時間外とは別枠で、振替の扱いは振替休日と代休の違いにまとめています。

従業員を雇ったあとの人件費が法人化の判断をどう動かすかは、割増の有無よりも給与総額と社会保険料の会社負担で大きく決まります。一人社長が初めて従業員を雇う費用の水準を経費に足して、判定ツールで自分の売上と経費の条件を確かめてください。

まとめ

  • 1か月単位の変形労働時間制(労基法32条の2)は従業員1人の会社でも使える。役員自身には関係しない
  • 10人未満なら労使協定または就業規則に準ずるもので導入でき、労使協定は労基署への届出が必要(未届は120条で30万円以下の罰金)
  • 総枠は28日160.0〜31日177.1時間(特例措置対象事業場は31日194.8時間)。2月に締め週12時間で組むと5時間が総枠超えの時間外労働になる
  • 時給1,500円・月末5日10時間の例で、減る割増は月3,750円(年4.5万円)。基本の時給は変わらない
  • 繁忙がシフトとずれると効果は0。決めた日と時間は任意に変更できない

よくある質問

社長自身の労働時間に変形労働時間制は関係しますか?

関係しません。変形労働時間制は労働基準法32条の法定労働時間の例外で、32条の対象は労働者です。代表取締役や合同会社の業務執行社員は通常この枠の外にいます。

変形労働時間制を入れれば36協定は不要になりますか?

定めた所定の範囲に収まっている限り時間外労働は生じませんが、所定を超えて法定の枠を超える日・週・月が出れば時間外労働になり、36協定の締結と届出が必要です。36条は32条の2の労働時間を延長する場合も対象にしています。

月の途中でシフトを変えてもよいですか?

厚生労働省のリーフレットは、特定した労働日や労働日ごとの労働時間を任意に変更することはできないとしています。変更した日の労働は、通常の8時間・40時間の基準で時間外労働かどうかを見ることになります。

パートやアルバイトにも使えますか?

対象労働者の範囲に法令上の制限はありません。ただし満18歳未満の年少者には原則として使えず(15歳到達後の最初の3月31日を過ぎた者は1週48時間・1日8時間の範囲で可)、妊産婦が請求した場合も使えません。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。