社会保険
社会保障協定で海外在住の役員は二重加入を避けられるか。5年の線
結論
社会保障協定がある国では、原則として働く国の社会保障制度だけに加入し、日本の事業主から5年を超えない見込みで派遣される場合は日本の制度だけに加入します。日本が協定を発効させている国は2025年12月のオーストリアで24か国になりましたが、英国・韓国・中国・イタリアは保険料の二重負担防止のみで、医療保険まで調整するのはアメリカ・フランスなど一部です。調整されない部分は二重になり、月30万円の役員報酬なら日本の厚生年金だけで年65.9万円、健康保険で年36.3万円(いずれも労使計)です。
- 協定の原則は「就労する国の制度のみに加入」。日本の事業主による5年以内の見込みの一時派遣は例外で、日本の制度のみに加入し相手国の制度は免除される(日本年金機構)
- 自営業者にも同じ考え方が当てはまる。ただしオーストラリア・インド・中国との協定は自営業者を対象外とし、フランスとの協定は個別申請で調整する
- 協定ごとに対象の制度が違う。アメリカは年金と医療保険(メディケア)、英国・韓国は年金だけ。対象外の制度は各国の法令どおりに適用される
海外に住みながら日本の会社の役員を続けると、社会保険はどうなるのか。答えは「住む国の制度にも入るなら、保険料が二重になり得る」です。それを調整するのが社会保障協定ですが、協定の有無と中身は国ごとに大きく違います。
日本の健康保険・厚生年金の保険料は、標準報酬月額で決まります。住む国が変わっても、報酬額が同じなら金額は変わりません。この記事では、協定のルールを日本年金機構の説明で確認し、調整されない部分にいくらの保険料が乗るのかを計算エンジンで示します。
協定がないと、日本と居住国の両方に入る義務が生じ得る
社会保障協定の目的は2つあります。日本年金機構によると、1つは「保険料の二重負担」を防止するために加入するべき制度を二国間で調整すること、もう1つは両国の年金制度への加入期間を通算して、年金の受給資格を満たしやすくすることです。
日本の法人の役員は、報酬を受けている限り日本の健康保険・厚生年金の被保険者です。国内居住要件が追加されたのは被扶養者の側で、被保険者にはこの要件はありません。そのため海外に住んでも、日本側の加入義務は続きます。
一方、居住国でも働いているなら、その国の法令で社会保障制度への加入を求められることがあります。協定がなければ、両方の義務がそれぞれ独立に働きます。
発効国は24か国。ただし調整の範囲は国ごとに違う
日本年金機構によると、2025年12月1日にオーストリアとの協定が発効し、日本は24か国との間で協定が発効しています。
| 区分 | 国 |
|---|---|
| 二重負担の防止と加入期間の通算 | ドイツ、アメリカ、ベルギー、フランス、カナダ、オーストラリア、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランド、ブラジル、スイス、ハンガリー、インド、ルクセンブルク、フィリピン、スロバキア、フィンランド、スウェーデン、オーストリア |
| 二重負担の防止のみ | 英国、韓国、中国、イタリア |
さらに、二重加入の防止の対象になる制度も協定ごとに違います。発効時期と対象制度の表から、主な国を抜き出すと次のとおりです。
| 相手国 | 日本側の対象 | 相手国側の対象 |
|---|---|---|
| ドイツ | 公的年金制度 | 公的年金制度 |
| 英国 | 公的年金制度 | 公的年金制度 |
| 韓国 | 公的年金制度 | 公的年金制度 |
| アメリカ | 公的年金制度、公的医療保険制度 | 社会保障制度(年金)、メディケア |
| フランス | 公的年金制度、公的医療保険制度 | 公的年金制度、公的医療保険制度、公的労災保険制度 |
| カナダ | 公的年金制度 | 公的年金制度(ケベック州年金制度を除く) |
| オーストラリア | 公的年金制度 | 退職年金保障制度 |
同じページは、対象になっていない制度はそれぞれの国の法令に基づき適用されるとしています。ドイツや英国へ移った場合、協定で調整されるのは年金だけで、健康保険は日本と相手国の法令がそれぞれ適用されます。
原則は「働く国の制度だけ」、5年以内の派遣は「日本だけ」
協定で加入する制度は、就労の形と期間で決まります。日本年金機構の「日本から協定を結んでいる国で働く場合の加入すべき制度」の整理は次のとおりです。
| 就労の形 | 加入する制度 |
|---|---|
| 日本の事業主による派遣で、5年以内と見込まれる一時派遣 | 日本の社会保障制度 |
| 上記の派遣が、予見できない事情で5年を超える場合 | 原則として協定相手国。両国の合意があれば日本 |
| 5年を超えると見込まれる派遣 | 協定相手国の社会保障制度 |
| 協定相手国での現地採用 | 協定相手国の社会保障制度 |
協定によっては、派遣期間の見込みにかかわらず、派遣開始日から5年間は日本の制度だけに加入します。5年を超えて免除期間を延ばすには両国の関係機関の合意が必要で、延長の上限は協定ごとに違います。
自営業者の扱いと、例外の3か国
同じページは、この考え方が自営業者にも当てはまるとしています。日本で行っていた自営活動を一時的(5年以内)に相手国で行うなら日本の制度だけ、長期(5年超)なら相手国の制度だけです。日本で自営業をしていない人が相手国で初めて自営活動を始める場合は、相手国の制度に加入します。
ただし、オーストラリア・インド・中国との協定は、自営業者が相手国の年金制度の強制加入対象ではなく二重加入にならないことを理由に、自営業者を対象外にしています。フランスとの協定は個別の申請で調整します。
一人社長が移住する場合はどの行に当たるか
一人社長が自分の会社の役員のまま移住する形は、「派遣」とも「現地採用」とも言い切れません。相手国の法令で、役員が被用者として扱われるか自営業者として扱われるかによっても、当てはまる規定が変わります。期間が5年以内の見込みかどうかと、相手国で自分がどの区分になるかの2点を、移住前に年金事務所と相手国の窓口で確認する必要があります。
調整されない部分に乗る、日本側の保険料
日本の法人の役員でいる限り、日本側の保険料は報酬額だけで決まります。協定がない国、または協定の対象外の制度について居住国でも加入義務がある場合、次の額がそのまま二重になります。
| 役員報酬 | 標準報酬月額 | 厚生年金(労使計・年) | 健康保険(子ども・子育て支援金を含む、労使計・年) | 子ども・子育て拠出金(会社のみ・年) | 合計(年) |
|---|---|---|---|---|---|
| 月20万円 | 20万円(厚年20万円) | 43.9万円 | 24.2万円 | 0.9万円 | 69.0万円 |
| 月30万円 | 30万円(厚年30万円) | 65.9万円 | 36.3万円 | 1.3万円 | 103.5万円 |
| 月40万円 | 41万円(厚年41万円) | 90.0万円 | 49.6万円 | 1.8万円 | 141.4万円 |
| 月50万円 | 50万円(厚年50万円) | 109.8万円 | 60.5万円 | 2.2万円 | 172.4万円 |
| 月65万円 | 65万円(厚年65万円) | 142.7万円 | 78.6万円 | 2.8万円 | 224.2万円 |
| 月80万円 | 79万円(厚年65万円) | 142.7万円 | 95.6万円 | 2.8万円 | 241.1万円 |
※ 協会けんぽ東京支部・40歳未満・2026年(令和8年)度の料率。当サイトの計算エンジン(scripts/shakai-hosho-kyotei-yakuin.mjs)で計算
※ 報酬が月80万円の行で厚生年金が月65万円の行と同額なのは、厚生年金の標準報酬月額の上限が65万円だから
読み取れることは2つあります。
1つ目。年金だけを調整する協定の国(英国・韓国など)へ移っても、健康保険の列は二重のまま残ります。月30万円の報酬なら年36.3万円です。日本の健康保険は海外にいると使う場面が限られるため、負担に対して得られるものが小さくなります。
2つ目。月30万円の報酬なら、労使合計の年103.5万円のうち、65.9万円が厚生年金です。協定で相手国の年金制度だけに加入することになれば、この分は日本では払わなくてよくなる一方、将来の厚生年金も積み上がりません。日本年金機構の案内では、日本から派遣されて厚生年金に加入していた人が相手国の制度の適用を受けることになった場合、厚生年金に任意加入できる特例加入制度があります。
報酬額を下げれば二重負担は小さくなるが
報酬額を下げれば日本側の保険料は下がりますが、法人に利益が残り、その分は法人税がかかります。海外在住なら役員報酬そのものに20.42%の源泉徴収もかかるため、報酬額の最適な位置は国内に住んでいる場合と変わります。報酬額ごとの税額の比較は海外在住で役員報酬を取ると20.42%。逆転するのは月119万円から、標準報酬月額の区切りは標準報酬月額の等級表(令和8年度)で確認できます。
家族を連れていくかどうかで、被扶養者の扱いも変わる
社会保障協定とは別に、日本の健康保険には令和2年4月から被扶養者の国内居住要件があります。日本年金機構によると、被扶養者(国民年金の第3号被保険者を含む)は原則として日本国内に住所を有することが認定要件です。
例外として、海外赴任する被保険者に同行する家族などの海外特例要件があり、届出により被扶養者として認定できる場合があります。一人社長が自分で移住する場合に「海外赴任」として扱えるかは、勤務の実態によります。家族の保険をどうするかは、本人の協定の扱いと切り離して確認してください。
まとめ
- 日本の法人の役員でいる限り、日本の健康保険・厚生年金の加入は続き、保険料は標準報酬月額で決まる
- 社会保障協定の発効国は24か国。英国・韓国・中国・イタリアは二重負担防止のみで、加入期間の通算がない
- 協定の対象制度は国ごとに違い、年金だけを調整する国では健康保険が二重のまま残る
- 原則は働く国の制度だけ、日本の事業主による5年以内の見込みの派遣は日本の制度だけ。自営業者にも同じ考え方だが、オーストラリア・インド・中国は自営業者が対象外
- 月30万円の報酬なら、日本側の保険料は労使合計で年103.5万円(うち厚生年金65.9万円、健康保険36.3万円)
移住先の協定の中身を確認したら、日本側に残る保険料を前提に、法人化したときの最適な報酬額と手取りを自分の売上と経費で確かめてください。
よくある質問
協定のない国へ移住した場合、日本の厚生年金はどうなりますか?
協定がなければ、どちらの制度に加入するかを二国間で調整するしくみがありません。日本の法人から報酬を受ける役員である限り日本の健康保険・厚生年金の被保険者のままで、居住国の制度への加入義務はその国の法令によって決まります。両方に加入義務があれば、そのまま二重になります。
協定で相手国の年金制度だけに加入することになったら、日本の年金はゼロになりますか?
日本の事業主から派遣され厚生年金に加入していた人が、免除期間の延長が認められない等の事情で相手国の制度の適用を受けることになった場合、厚生年金保険に任意加入できる「特例加入制度」があります(日本年金機構)。また、多くの協定には両国の加入期間を通算する規定があり、受給資格を満たしやすくなります。英国・韓国・中国・イタリアとの協定には通算の規定がありません。
法人を作らずに個人事業主のまま海外へ移った場合の国民年金は?
海外に住むと国民年金の強制加入の対象ではなくなりますが、日本国籍で20歳以上65歳未満なら任意加入できます(日本年金機構)。社会保障協定の自営業者の規定では、日本で行っていた自営活動を一時的(5年以内)に相手国で行う場合は日本の制度のみ、長期(5年超)なら相手国の制度のみに加入するのが原則です。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。