法人化の判断

役員報酬は差押えで4分の3が守られる?売掛金との違い

結論

民事執行法152条は「給料、賃金、俸給…これらの性質を有する給与」の4分の3(月払いで33万円が上限)を差押禁止とし、売掛金などの事業上の債権は対象に挙げていません。個人事業の売掛金は条文上の保護がなく、役員報酬として受け取る形なら給与の差押禁止の枠に入る余地があります。ただし役員報酬が152条の給与に当たるかを明示した公的な解釈は確認できておらず、税の滞納処分では国税徴収法の別ルールが適用されます。

  • 民事執行法152条1項:給与等は支払期の給付の4分の3が差押禁止。施行令2条で月払いの上限は33万円(給付が月44万円を超えると、33万円を超える部分はすべて差押え可能)
  • 養育費など扶養義務等の債権による差押えでは、4分の3が2分の1に下がる(152条3項)。裁判所は申立てで範囲を広げも狭めもできる(153条)
  • 国税の滞納処分は国税徴収法76条で計算が別。徴収通達は役員報酬を「これらの性質を有する給与」に含めると明記している

この論点は「法人化すると、個人の債権者から見て何が変わるか」です。法人化の損得は普通は税と社会保険で語られますが、取引先とトラブルになったとき・借入の返済が滞ったときに、生活費がどこまで守られるかも事業形態で形が変わります。

民事執行法152条が守るのは「給与」と「継続的給付」

民事執行法152条1項は、次の債権について「支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分」の差押えを禁止しています。

号対象
1号国・地方公共団体以外から生計維持のために受ける継続的給付
2号給料、賃金、俸給、退職年金、賞与と「これらの性質を有する給与」
2項退職手当とその性質を有する給与(4分の3。上限額なし)

ここに事業の売掛金は入っていません。 個人事業主が取引先に持つ売掛金は、条文上の差押禁止の枠がない債権です。個人事業主の取引先に差押命令が届くと、その取引先への請求権が差押えの対象になります。

法人化すると、事業の売掛金は会社のものになります。社長個人が受け取るのは会社からの役員報酬です。役員報酬が2号の「これらの性質を有する給与」に当たるなら、社長個人の債権者が差し押さえる場面で4分の3が守られる、という構図になります。

役員報酬が「給与」に当たるかの確認状況

民事執行法の条文は役員報酬に直接触れていません。当サイトは、民事執行法152条について役員報酬を含むと明示した公的な解釈を確認できていません。

一方、税の滞納処分の側では明示があります。国税徴収法基本通達の第76条関係は、国税徴収法76条1項の「これらの性質を有する給与」を役員報酬、超過勤務手当、扶養家族手当、宿日直手当、通勤手当等と説明しています。両法の文言はほぼ同じですが、これは国税徴収法の通達で、民事執行法の解釈そのものではありません。民間の差押えで実際にどう扱われるかは、個別の事情を含めて専門家に確認する領域です。

4分の3と月33万円の上限。どこから差し押さえられるか

152条1項には上限があります。4分の3の額が「標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額」を超えるときは、政令の額までしか守られません。民事執行法施行令2条は、月払いの場合の額を33万円と定めています(賞与も33万円)。

支払期保護の上限(施行令2条)
毎月33万円
毎半月16万5千円
毎旬11万円
毎日1万1千円

つまり、月の給付が44万円までなら4分の1が差押え可能、44万円を超えると33万円を超える部分すべてが差押え可能です。

最適報酬の社長に当てはめると

売上1,200万円・経費200万円・東京23区・40歳未満・独身の条件で、計算エンジンが出す最適な役員報酬は月54万円、そのときの役員個人の手取りは年504.8万円(月42.1万円)です。

条文は「支払期に受けるべき給付」とだけ定めており、税や社会保険料の控除をどう扱うかは条文から読めません。仮に給付を手取りの月42.1万円とみると、次のようになります。

項目金額
給付(仮置き:手取り)月42.1万円
4分の3月31.6万円(33万円未満なので上限は効かない)
差押え可能な部分月10.5万円

報酬を高くしても守られる額は33万円で頭打ちです。差押えの観点だけで役員報酬を決める意味はありません。役員報酬の水準は手取りの最大化で考えるほうが筋が通ります(役員報酬の最適額)。

4分の3が動く2つの例外

養育費などの債権は2分の1

152条3項は、債権者が151条の2第1項各号の義務(夫婦間の協力扶助、婚姻費用、子の監護、扶養など)に係る金銭債権を請求する場合、4分の3を2分の1に読み替えます。養育費の差押えでは保護される部分が小さくなります。

裁判所は範囲を変えられる

153条により、執行裁判所は債務者・債権者の申立てで、生活の状況などを考慮して差押命令の全部・一部を取り消したり、逆に差押禁止部分にも差押命令を出したりできます。4分の3は出発点であって、最終的な線は裁判所が引きます。

税・社会保険の滞納は別ルール

国税の滞納処分では民事執行法ではなく国税徴収法76条が適用されます。計算の仕組みがまったく違います。

項目民事執行法152条国税徴収法76条
守られる部分給付の4分の3(月33万円が上限)源泉所得税・特別徴収の住民税・社会保険料+生活費の基礎額+残額の20%(基礎額の2倍が上限)の合計
生活費の基礎額なし月10万7千円(生計を一にする親族がいれば加算。施行令34条)
役員報酬の扱い明示の公的解釈は未確認通達で「これらの性質を有する給与」に含むと明記

法人化した後に滞納するのは、多くの場合まず会社の法人税・消費税・社会保険料です。これは会社の債務なので、差し押さえられるのは会社の預金や売掛金です。社会保険料の納付が苦しいときの猶予制度は社会保険料が払えないとき、法人成り前の個人の滞納が会社に及ぶ経路は第二次納税義務で整理しています。

保証していれば、社長個人も債務者になる

会社の借入について、会社法上の有限責任は「会社の債務を社員が直接負わない」という意味です。しかし銀行融資では社長個人の経営者保証が付くのが通例で(経営者保証の実態)、保証人になれば社長は個人として返済義務を負います。この場合、債権者は社長個人の財産を差し押さえることができ、役員報酬もその対象になり得ます。

整理すると、事業形態による違いは次のとおりです。

場面個人事業主法人化後の社長
事業の売掛金本人の財産。152条の保護なし会社の財産。社長個人の債権者は差し押さえられない
生活費の入口事業の入金そのもの役員報酬(給与の枠に入る余地)
会社債務の保証事業の債務がそのまま本人の債務保証していれば役員報酬も対象になり得る

差押えの保護は法人化の副次的な違いにすぎません。法人化の損得そのものは、この条件では2年目以降で年**−14.7万円**(損益分岐の事業所得は1,266万円)で、まず税と社会保険で決まります。自分の売上と経費で確かめてください。

まとめ

  • 民事執行法152条は給与等の4分の3を差押禁止とし、月払いの上限は33万円(施行令2条)
  • 個人事業の売掛金は152条の対象に挙がっておらず、条文上の差押禁止の枠がない
  • 役員報酬が152条の給与に当たるかの公的解釈は未確認。国税徴収法の通達は役員報酬を含むと明記
  • 養育費などの債権では2分の1、裁判所は153条で範囲を変えられる
  • 会社の借入を保証していれば、社長個人の役員報酬も差押えの対象になり得る

よくある質問

個人事業主の売掛金は全額差し押さえられますか?

民事執行法152条が差押禁止として挙げるのは、継続的給付・給料等・退職手当で、事業の売掛金は含まれていません。条文上の差押禁止の枠はなく、範囲は差押命令と裁判所の判断によります。

会社の借金で社長の役員報酬が差し押さえられることはありますか?

会社の債務は原則として会社の財産で負います。ただし社長が会社の借入を個人保証していれば、社長個人も債務者になり、役員報酬も差押えの対象になり得ます。

役員報酬が月33万円以下なら差し押さえられませんか?

いいえ。月払いなら給付の4分の3が差押禁止で、残り4分の1は差し押さえられます。33万円は保護される額の上限で、差押えをゼロにする基準ではありません。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。