役員報酬

法人に残した利益は、退職金で引き出すと負担率3%。判定が変わる

法人化の比較では「法人に残った利益」をいくらで評価するかで結論が変わります。役員退職金で引き出したときの実際の負担率を金額別・勤続年数別に計算し、引出コストの前提を20%から10%に変えると判定がどう反転するかまで示します。

法人化の損得を比べるとき、いちばん扱いが難しいのが法人に残った利益です。会社の口座にある1,000万円は、あなたの手取り1,000万円と同じではありません。引き出すときに、もう一度コストがかかります。

当サイトの判定は、この引出コストを20%と置いています。しかし役員退職金として引き出す場合、実際の負担率は原資1,000万円・勤続10年で5.1%、同じ勤続で2,000万円なら10.1%です。前提を置き換えると、判定そのものが動きます。

法人に残った利益は、まだあなたのお金ではない

法人の利益は法人のものです。個人が使うには、役員報酬・配当・役員退職金のいずれかで引き出す必要があり、そこで改めて課税されます。この点は法人化のデメリットでも触れました。この経路を通さずに会社の口座から出すと役員貸付金になり、別の課税が始まります(役員貸付金の認定利息)。

3つの経路のうち、税負担がもっとも軽いのが退職金です。理由は3つあります。

  1. 退職所得控除が勤続年数に応じて引かれる
  2. 控除後の金額を2分の1にしてから課税する
  3. 他の所得と合算せず分離課税なので、その年の役員報酬と税率が積み上がらない

さらに、退職手当は標準報酬月額にも標準賞与額にも含まれないため、社会保険料がかかりません。役員報酬を増やして引き出す場合との差は、ここでかなり開きます。

退職所得控除は勤続年数で決まる

計算式は勤続年数で2段階に分かれます。

勤続年数退職所得控除額
20年以下40万円 × 勤続年数(最低80万円)
20年超800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)

勤続年数は1年未満を切り上げます。法人を設立した日から数えるので、個人事業主だった期間は原則として通算されません。ここが個人事業主にとって不利な点で、法人化が遅いほど控除の枠が積み上がりません。

控除を引いた残りの2分の1が退職所得となり、これに所得税(+復興特別所得税2.1%)と住民税10%がかかります。住民税は退職所得についても分離課税で、他の所得と合算されません。

金額と勤続年数で負担率はこう動く

計算エンジンで、税額と実効的な負担率を出しました。

退職金勤続10年勤続15年勤続20年勤続25年勤続30年
500万円7.5万円(1.5%)0円(0.0%)0円(0.0%)0円(0.0%)0円(0.0%)
1,000万円50.7万円(5.1%)30.5万円(3.0%)15.1万円(1.5%)0円(0.0%)0円(0.0%)
1,500万円123.7万円(8.2%)93.2万円(6.2%)62.8万円(4.2%)26.4万円(1.8%)0円(0.0%)
2,000万円202.9万円(10.1%)169.4万円(8.5%)138.9万円(6.9%)85.6万円(4.3%)40.6万円(2.0%)
3,000万円411.2万円(13.7%)367.5万円(12.2%)323.8万円(10.8%)247.3万円(8.2%)186.2万円(6.2%)
4,000万円629.6万円(15.7%)586.0万円(14.6%)542.3万円(13.6%)465.8万円(11.6%)389.3万円(9.7%)

※ 所得税・復興特別所得税・住民税の合計。カッコ内は退職金の額に対する割合/2026年(令和8年)分基準

読み取れることは2つです。

引出コストは一律ではありません。 原資が小さく勤続が長いほど下がり、原資が大きくなるほど上がります。「退職金なら10%」と一律に置くのは、どちらの方向にも誤差を生みます。

そして勤続30年・1,000万円なら税額はゼロです。退職所得控除が1,500万円あり、退職金がその枠に収まるためです。

勤続5年と6年で、税額が263万円違う

見落としやすい分岐がここにあります。役員としての勤続年数が5年以下の場合、2分の1にする措置が使えません(特定役員退職手当等)。

退職金1,500万円で比べます。

役員としての勤続年数退職所得控除退職所得税額負担率
5年200万円1,300万円411.1万円27.41%
6年240万円630万円148.0万円9.87%

1年の違いで263万円変わります。控除額の差は40万円しかないので、差のほとんどは2分の1課税の有無から生まれています。

役員でない従業員にも勤続5年以下の制限はありますが、そちらは控除後の金額のうち300万円を超える部分についてだけ2分の1が使えない、という緩やかな形です。役員は300万円の緩衝がなく、全額が対象になります。設立から数年で会社をたたむ場合、この境目は判断に効きます。

いくらまで払えるかは、法人税法の側で決まる

退職金は法人にとって損金になりますが、無制限ではありません。不相当に高額な部分は損金に算入されません(法人税法施行令第70条)。相当かどうかは、その役員が業務に従事した期間、退職の事情、同業種・同規模の法人の支給状況などから判断されます。

つまり「税負担が軽いから退職金を大きくする」という発想は、法人側で否認されると成立しません。損金にならなかった部分は法人税の対象になったうえで、個人側では退職所得として課税されます。金額の設定には社内規程と決議の根拠が要ります。

損金に算入する時期は、原則として株主総会の決議などで金額が具体的に確定した日を含む事業年度です。実際に支払った事業年度に損金経理をした場合は、その事業年度に算入することも認められています。

なお、実務で使われる「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」という算式の中身と、その倍率に法令上の根拠がないことは役員退職金はいくらまで損金?で扱っています。役員報酬を下げるほど、損金にできる退職金の枠も同じ比率で縮みます。

引出コストを20%から10%に変えると、判定が反転する

ここからが本題です。当サイトの判定は、法人に残った税引後利益に**引出コスト20%**を掛けて割り引いてから手取りに算入しています。この前提を10%に置き換えて計算しました。

事業所得引出20%の最適報酬引出20%の実質差額引出10%の最適報酬引出10%の実質差額
800万円月54万円−24.1万円月12万円+2.1万円
1,000万円月54万円−14.7万円月12万円+24.1万円
1,200万円月54万円−6.6万円月26万円+40.9万円
1,500万円月54万円+23.9万円月48万円+87.1万円
1,800万円月90万円+47.0万円月54万円+116.0万円
2,100万円月95万円+80.6万円月90万円+145.9万円
2,500万円月100万円+136.1万円月100万円+222.5万円
3,000万円月100万円+197.2万円月100万円+316.8万円

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 実質差額は税理士報酬の差(年20万円)と法人住民税の均等割を差し引いた後の金額

事業所得800万円の行で、判定がマイナス22.7万円からプラス2.5万円へ反転しています。1,000万円では37.6万円も動きます。最適な役員報酬も月54万円から月12万円へ大きく下がりました。引出コストが低いなら、報酬で受け取らず法人に残したほうが有利になるからです。

ただし月12万円という結論をそのまま受け取るべきではありません。この水準では生活費が足りませんし、標準報酬月額が下がって将来の厚生年金も減ります(どれだけ減るかは法人化で厚生年金は年69万円増えるの表で確認できます)。傷病手当金の日額も報酬に連動します。表が示しているのは最適額そのものではなく、引出コストの前提が判定をこれだけ動かすという事実のほうです。

では20%と10%のどちらが実態に近いか

原資の大きさによります。事業所得1,500万円・最適報酬(月54万円)の場合、法人に残る税引後利益は年585.9万円です。これを10年ためると5,859万円になります。

ためる年数原資退職所得控除税額負担率
10年5,859万円400万円1,102.2万円18.8%
20年1億1,718万円800万円2,564.4万円21.9%

原資が大きくなると、20%という前提はむしろ妥当です。 退職所得控除は勤続年数に比例して増えますが、退職金の額はそれより速く積み上がるためです。

逆に、事業所得1,000万円の場合に法人へ残るのは年198.9万円で、10年で1,989万円。勤続10年・2,000万円なら負担率は10.1%です。引出コストは事業規模に応じて10%から20%の間を動く、というのが計算から出てくる姿でした。

ここまでは退職金で引き出す場合の話です。毎年配当で引き出す場合は、法人税を払ったあとの利益に総合課税が乗るため、負担率の動き方が変わります。事業所得別に計算したものが役員報酬を配当に替えると手取りは38万円増えるにあります。2.0%から36.7%まで開くので、同じ「20%」でも当てはまる範囲は退職金の場合と重なりません。

一律の数字で判定しないでください。ご自身の売上と経費で試算したうえで、法人にいくら残るのかを確認するところから始まります。

まとめ

  • 退職所得控除は勤続20年以下で年40万円、20年超は800万円+年70万円。控除後の2分の1に課税され、社会保険料はかからない
  • 負担率は原資と勤続で動く。1,000万円・勤続10年で5.1%、4,000万円・勤続10年で15.7%
  • 役員は勤続5年以下だと2分の1課税が使えない。1,500万円の退職金で5年と6年では税額が263万円違う
  • 支給額は自由ではない。不相当に高額な部分は損金にならない(法人税法施行令第70条)
  • 判定に使う引出コストは、法人に残る原資が小さいうちは10%前後、大きくなると20%前後が実態に近い

よくある質問

退職金には社会保険料もかかりますか?

かかりません。健康保険・厚生年金保険の保険料は標準報酬月額と標準賞与額をもとに計算され、退職手当はそのどちらにも含まれないためです。同じ金額を役員報酬で受け取る場合との差は、税だけでなくこの点にもあります。

合同会社でも役員退職金は出せますか?

出せます。退職所得の扱いは会社の形態で変わりません。ただし支給には定款の定めか社員総会の決議など、社内の手続きの根拠が必要です。手続きの記録が残っていないと、支給額の相当性を説明できなくなります。

会社を解散するときに退職金を出すこともできますか?

役員を退職する事実があれば退職金の支給自体は可能です。ただし解散・清算の場面では会社に残る現金が限られるため、支給できる額は実際の残余財産に制約されます。清算の順序を含めて事前に確認しておく必要があります。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。