社会保険
法人化で厚生年金は年69万円増える。手取りの目減りを何年で取り返すか
法人化すると社会保険料が増えて単年の手取りは減りますが、その代わりに厚生年金の報酬比例部分が上乗せされます。役員報酬別・加入年数別に増える年金額を計算し、手取りの目減りを何年で回収できるかまで出しました。
法人化すると社会保険に強制加入になり、保険料の負担が増えます。単年の手取りだけで比べると、事業所得800万円では年22.7万円のマイナスです。
しかしその保険料は、将来の厚生年金として戻ってきます。役員報酬を月54万円にして20年加入した場合、上乗せされる年金は年69万7,183円。生涯にわたって受け取ります。同じ条件で20年間の手取りの目減りは累計454.0万円なので、6.5年で回収する計算になります。
個人事業主と法人社長で、年金の何が違うか
まず違わない部分から整理します。老齢基礎年金は同じです。
個人事業主は国民年金の第1号被保険者、法人の役員は厚生年金に加入して第2号被保険者になります。区分は変わりますが、どちらの期間も国民年金の被保険者期間として老齢基礎年金に反映されます。基礎年金の額で差はつきません。
違うのは、その上に乗る報酬比例部分です。個人事業主にはこれがありません。
| 個人事業主(第1号) | 法人の役員(第2号) | |
|---|---|---|
| 老齢基礎年金 | あり | あり |
| 報酬比例部分 | なし | あり |
| 保険料 | 国民年金 月17,920円(定額) | 標準報酬月額 × 18.3%(労使折半) |
| 上乗せの手段 | 付加年金・国民年金基金・iDeCo | 企業型DC・iDeCo |
保険料の性質も違います。国民年金は所得にかかわらず定額ですが、厚生年金は報酬に比例します。報酬を上げれば保険料も年金も増えるという関係が、個人事業主の側にはありません。
報酬比例部分はいくら増えるか
平成15年4月以後の期間について、計算式は次のとおりです。
平均標準報酬額 × 5.481 ÷ 1000 × 被保険者期間の月数
賞与を出さないひとり社長の場合、平均標準報酬額は標準報酬月額とほぼ同じになります。役員報酬別・加入年数別に計算しました。
| 役員報酬(月) | 標準報酬月額 | 10年加入 | 20年加入 | 30年加入 |
|---|---|---|---|---|
| 20万円 | 20.0万円 | 年131,544円 | 年263,088円 | 年394,632円 |
| 30万円 | 30.0万円 | 年197,316円 | 年394,632円 | 年591,948円 |
| 45万円 | 44.0万円 | 年289,397円 | 年578,794円 | 年868,190円 |
| 54万円 | 53.0万円 | 年348,592円 | 年697,183円 | 年1,045,775円 |
| 65万円 | 65.0万円 | 年427,518円 | 年855,036円 | 年1,282,554円 |
| 80万円 | 65.0万円 | 年427,518円 | 年855,036円 | 年1,282,554円 |
※ 賞与なし・報酬額が全期間一定として計算。実際の年金額は毎年の改定率と再評価率で変動します/2026年(令和8年)分基準
月65万円と月80万円の行が同じです。厚生年金の標準報酬月額は65万円が上限で、報酬月額63万5,000円以上はすべて同じ等級だからです。等級の仕組みは標準報酬月額の全50等級で、上限の引き上げについては厚生年金の上限が75万円へで扱っています。
役員報酬を月80万円に上げても、増える年金は月65万円のときと変わりません。年金を増やす目的で上限を超えて報酬を上げても、効果はないということです。
手取りの目減りを何年で取り返すか
法人化による実質差額(税理士報酬の差と均等割を引いた後)と、20年加入した場合に増える年金額を並べます。
| 事業所得 | 最適な役員報酬 | 実質差額(年) | 20年の累計 | 増える年金(年) | 回収にかかる年数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 600万円 | 月42万円 | −37.6万円 | −752.9万円 | 53.9万円 | 14.0年 |
| 800万円 | 月54万円 | −24.1万円 | −482.8万円 | 69.7万円 | 6.9年 |
| 1,000万円 | 月54万円 | −14.7万円 | −293.9万円 | 69.7万円 | 4.2年 |
| 1,200万円 | 月54万円 | −6.6万円 | −131.9万円 | 69.7万円 | 1.9年 |
| 1,500万円 | 月54万円 | +23.9万円 | +477.4万円 | 69.7万円 | 目減りしない |
※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社。20年加入・賞与なし/2026年(令和8年)分基準
65歳から受け取り始めると、事業所得800万円のケースでは72歳あたりで元が取れます。それ以降に受け取る分はすべて上乗せです。
事業所得1,200万円まで来ると回収は1.9年で、単年の手取りで「法人化は不利」と判定されていた領域が、年金まで含めるとほぼ帳消しになります。
単年の手取りだけで判定すると、この部分が丸ごと抜け落ちます。 当サイトの判定も単年の手取りを基準に出しているため、僅差の場合はこの表を重ねて読んでください。
単年の手取りに写らない要素は年金だけではありません。賃貸に住んでいるなら役員社宅が分岐点を数百万円動かしますし、法人に残した利益を役員退職金で引き出す場合の負担率も判定の前提を変えます。
なお、すでに老齢厚生年金を受け取りながら法人化する場合は、増える年金だけでなく止まる年金も見る必要があります。役員報酬の額によっては報酬比例部分の一部が支給停止になるためです。基準は令和8年4月に51万円から65万円へ上がりました。詳しくは在職老齢年金の基準が65万円へで扱っています。
個人事業主の側にも上乗せの手段はある
公平のために、第1号被保険者だけが使える制度も並べます。
付加年金は月400円の付加保険料を上乗せして納めると、年200円 × 納付月数が老齢基礎年金に加算される仕組みです。20年(240か月)納めると保険料の総額は9万6,000円で、加算される年金は年4万8,000円。2年受け取れば元が取れます。回収効率だけを見れば、厚生年金よりはるかに良い制度です。ただし上限が低く、これだけで老後の備えにはなりません。
国民年金基金とiDeCoも第1号被保険者の枠が大きく設定されています。iDeCoの拠出限度額は法人化して第2号被保険者になると縮むため、この点は法人化のマイナス材料です。詳しくはiDeCoは個人事業主だといくらまでで扱っています。
付加年金は第1号被保険者だけの制度なので、法人化すると使えなくなります。金額は小さいものの、失うものとして数えておく必要があります。同じく第1号被保険者だけの制度である保険料の前納割引も、法人化すると対象外になります。こちらは国民年金の2年前納は17,370円お得で計算しています。
年金だけで決めない理由
3つ挙げます。
ひとり社長は労使折半の両方を自分で払っています。 役員報酬を月54万円にした場合、本人負担は年90.2万円、会社負担も年90.2万円です。会社負担分は法人の損金になるので税負担は軽くなりますが、お金の出どころは同じ会社です。回収年数を「労使合計の負担」で計算し直すと、上の表の年数はおおむね2倍になります。
年金額は固定ではありません。 上の計算は現在の乗率と報酬額で置いた概算です。実際の年金額は毎年の改定率と再評価率で変動します。何十年も先の受取額を確定した数字として扱うことはできません。
増えるのは老齢年金だけではありません。 障害厚生年金と遺族厚生年金の額も報酬比例部分をもとに計算されます。障害年金については額だけでなく、国民年金にはない3級と障害手当金が新しく付きます(障害年金の3級は厚生年金だけ)。遺族厚生年金は、在職中に亡くなれば加入1年でも300月とみなして計算され、子のない配偶者にも出ます(遺族厚生年金は法人化で年65万円)。さらに健康保険からは傷病手当金が出ます。病気やケガで働けない期間について、支給開始日以前の継続した12か月間の標準報酬月額を平均した額の30分の1の3分の2が、通算1年6か月を限度に支給されるものです。国民健康保険にはこの給付がありません。 ひとりで事業をしている人にとって、働けなくなったときの穴を埋める仕組みがあるかどうかは、金額に換算しにくい差です。ただし受け取るには休業期間の給与の支払いがないことが条件で、定期同額給与を払い続ける一人社長には支給されません。役員報酬別の支給額とこの条件は一人社長の傷病手当金はいくらかで扱っています。
回収年数は事業所得の水準で大きく変わります。一般論の数字ではなく、ご自身の売上と経費で試算してください。
まとめ
- 老齢基礎年金は個人事業主も法人役員も同じ。法人化で増えるのは報酬比例部分
- 計算式は「平均標準報酬額 × 5.481 ÷ 1000 × 被保険者期間の月数」
- 役員報酬 月54万円・20年加入で、上乗せは年69万7,183円
- 事業所得800万円なら手取りの目減りを6.5年で回収。1,200万円なら1.5年
- 標準報酬月額は65万円で頭打ち。 報酬を月80万円にしても年金は増えない
- ひとり社長は労使折半の両方を負担している。回収年数を労使合計で見るとおおむね2倍になる
よくある質問
法人化すると老齢基礎年金も増えますか?
増えません。厚生年金の被保険者は同時に国民年金の第2号被保険者になるため、老齢基礎年金の計算に入る期間は個人事業主だったときと同じように積み上がります。法人化で増えるのは、その上に乗る報酬比例部分です。
役員報酬を上げれば年金は上げ続けられますか?
上限があります。厚生年金の標準報酬月額は65万円が上限で、報酬月額63万5,000円以上はすべて同じ等級です。これを超えて報酬を上げても保険料も年金も増えません。なお上限は令和9年9月から段階的に75万円へ引き上げられます。
60歳を過ぎてから法人化しても厚生年金は増えますか?
増えます。厚生年金は原則70歳まで加入でき、加入した月数がそのまま報酬比例部分の計算に入ります。ただし加入できる期間が短いぶん、増える額も年数に比例して小さくなります。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。