社会保険

一人社長の傷病手当金はいくら?役員報酬を止めないと1円も出ない

法人化すると国民健康保険にはない傷病手当金・出産手当金の対象になります。役員報酬別に1日あたりの支給額を計算し、「休んだ期間について給与の支払いがないこと」という条件が一人社長にとって何を意味するかまで整理しました。

法人化すると、個人事業主のときにはなかった傷病手当金出産手当金の対象になります。役員報酬が月54万円なら、傷病手当金は1日あたり1万1,780円です。

ただし支給の条件のひとつが「休業した期間について給与の支払いがないこと」。毎月同額の役員報酬を払い続けている一人社長には、この給付は1円も出ません。しかも役員報酬は、期の途中で自由に止められるものではありません。保険料だけを払って給付にたどり着けない状態が生まれやすいのが、この2つの手当金です。

傷病手当金は健康保険の給付。国民健康保険には代わりがない

傷病手当金は、協会けんぽ(健康保険)の給付です。支給の条件は4つあります。

  • 業務外の事由による病気やケガの療養のための休業であること
  • 仕事に就くことができないこと
  • 連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかったこと
  • 休業した期間について給与の支払いがないこと

支給されるのは4日目からで、期間は支給を開始した日から通算して1年6か月です。1日あたりの金額は、支給開始日以前の継続した12か月間の各標準報酬月額を平均した額を30で割り、その3分の2にあたる額です。

法人を作ったばかりで加入期間が短い場合は別の計算になります。支給開始日以前の被保険者期間が12か月に満たないときは、①支給開始日の属する月以前の直近の継続した各月の標準報酬月額の平均と、②全被保険者の標準報酬月額を平均した額(支給開始日が令和7年4月1日以降なら32万円)のうち、低いほうを使います。設立初年度に高い役員報酬を設定していても、②の32万円で頭打ちになることがあります。

一方、個人事業主が加入する市区町村の国民健康保険には、本人が病気やケガで休んだ期間の収入を補う給付がありません。新型コロナウイルス感染症のときに国民健康保険でも傷病手当金が設けられましたが、名古屋市の例では対象が「被用者(雇用されて働き、給与を得ている人)」に限られ、期間も令和2年1月1日から令和5年5月7日までに感染した場合とされていました。事業主本人はそもそも対象外です。

働けなくなったときに事業の収入が止まるのは、個人事業主も一人社長も同じです。違うのは、その穴を埋める仕組みが用意されているかどうかだけです。

役員報酬別に、傷病手当金は1日いくらになるか

まず、役員報酬の置き方で手取りと社会保険料がどう動くかを見ておきます。売上1,200万円・経費200万円(事業所得1,000万円)のケースです。

売上1,200万円・経費200万円(事業所得1,000万円)の場合

役員報酬手取り合計役員個人の手取り法人に残る額社会保険料(労使計)
月10万円632.5万円102.8万円529.6万円33.4万円
月20万円642.4万円196.3万円446.1万円68.1万円
月30万円650.8万円289.1万円361.6万円102.2万円
月40万円654.8万円378.8万円276.1万円139.6万円
月50万円659.7万円468.6万円191.1万円170.3万円
月54万円 ←最適662.4万円504.8万円157.6万円180.5万円
月60万円653.6万円547.8万円105.8万円200.9万円
月70万円646.8万円625.4万円21.4万円228.6万円
月80万円615.8万円704.8万円-89.0万円238.3万円
月90万円570.0万円784.4万円-214.4万円249.2万円
月100万円519.7万円860.2万円-340.4万円261.3万円

個人事業主のままの手取りは 657.1万円。最適な役員報酬は月54万円で、そのときの手取り合計は 662.4万円。

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 法人に残る額は、退職金・配当で引き出す際のコスト20%を控除した後の金額

同じ報酬額について、標準報酬月額と傷病手当金の日額を出したのが次の表です。金額はすべて円単位で、日額は10円未満を四捨五入した30分の1の額に3分の2を掛けたものです。

役員報酬標準報酬月額(健康保険)傷病手当金の日額30日休んだ場合年間の社会保険料(労使計)保険料1年分に相当する休業日数
月10万円98,000円2,180円65,400円333,749円153日
月20万円200,000円4,447円133,410円681,120円153日
月30万円300,000円6,667円200,010円1,021,680円153日
月40万円410,000円9,113円273,390円1,396,296円153日
月50万円500,000円11,113円333,390円1,702,800円153日
月54万円530,000円11,780円353,400円1,804,968円153日
月60万円590,000円13,113円393,390円2,009,304円153日
月70万円710,000円15,780円473,400円2,286,216円145日
月80万円790,000円17,553円526,590円2,382,984円136日
月90万円880,000円19,553円586,590円2,491,848円127日
月100万円980,000円21,780円653,400円2,612,808円120日

※ 東京都・40歳未満・令和8年度の協会けんぽ料率で計算

報酬が高いほど、払った保険料1年分を給付で取り返すのに必要な休業日数は短くなります。 月60万円までは153日でほぼ一定なのに、月100万円では120日です。直感的には、報酬を上げれば保険料も給付も同じように増えるので比率は変わらないはずですが、そうなりません。

理由は2つの上限のずれです。厚生年金の標準報酬月額は32等級・65万円が上限で、報酬月額63万5,000円以上はすべて同じ等級になります。ここから先は報酬を上げても厚生年金保険料は1円も増えません。これに対し健康保険の標準報酬月額は50等級・139万円まであり、傷病手当金の計算に使うのはこちらです。保険料の伸びだけが先に止まり、給付の計算基礎は伸び続けるため、比率が動きます。

この2つの上限は取り違えやすいところです。139万円は健康保険、65万円は厚生年金で、別の等級表です。等級の刻み方そのものは標準報酬月額の全50等級で扱っています。

なお厚生年金の65万円という上限は、令和9年9月から段階的に75万円へ引き上げられる予定です。上限が上がれば保険料は増えますが、傷病手当金の額は変わりません。この表の比率は令和8年時点のものとして見てください。

「給与の支払いがない」が、一人社長にはいちばん重い

休業した期間に給与の支払いがあっても、その日額が傷病手当金の日額より少ない場合は差額が支給されます。裏を返せば、役員報酬を満額払い続けている限り支給額はゼロです。

従業員なら、休職期間は無給というルールが就業規則にあるのが普通なので、この条件は自然に満たされます。一人社長は違います。役員報酬を法人の損金にするには定期同額給与である必要があり、改定できる場合が限られているからです。

  • 通常改定:会計期間開始の日から3か月を経過する日まで
  • 臨時改定事由:役員の職制上の地位の変更、職務の内容の重大な変更、その他これらに類するやむを得ない事情による改定
  • 業績悪化改定事由:法人の経営状況が著しく悪化したことなどを理由とする減額改定

期の途中で報酬を止めたり下げたりする場合は、それが臨時改定事由や業績悪化改定事由に当たるかどうかで法人税の扱いが変わります。事由に当たらない改定と判定されると、差額部分が損金に算入されないことがあります。なお一時的な資金繰りの都合や業績目標の未達は、業績悪化改定事由には含まれません。

手当金を受け取るために報酬を止めるという判断は、健康保険側だけでは完結しません。 法人税側の扱いとセットで考える必要があります。休業が長引きそうな段階で、報酬の扱いを専門家に確認しておく価値がある部分です。

役員報酬をいくらに置くかという判断そのものは役員報酬は結局いくらが最適かで扱っていますが、そこでの最適額は健康なまま1年働く前提の数字です。長期に休む可能性を織り込むと、判断材料がひとつ増えます。

出産手当金は最長98日分。個人側にも軽減はある

出産手当金は、出産の日(実際の出産が予定日後のときは出産予定日)以前42日(多胎妊娠の場合は98日)から、出産の翌日以後56日目までの範囲内で、会社を休んだ期間が対象です。出産日は出産の日以前の期間に含まれます。出産が予定日より遅れた場合は、その遅れた期間についても支給されます。

1日あたりの計算式は傷病手当金と同じです。役員報酬が月54万円(標準報酬月額53万円)なら日額1万1,780円で、単胎の42日+56日=98日分では115万4,440円になります。給与の支払いがある場合に差額だけが支給される点も同じで、傷病手当金と出産手当金を重複して受け取ることはできません。

さらに産前産後休業の期間は、健康保険料・厚生年金保険料が本人負担分と会社負担分の両方とも免除されます。免除された期間も、将来の年金額を計算するときは保険料を納めた期間として扱われます。保険料が止まり、給付が出て、年金の記録も減らないという三重の扱いです。

ただし、個人事業主の側にも出産に関する負担軽減はあります。ここを見落とすと差を過大に見積もります。

個人事業主法人の役員
休んだ期間の所得補填なし出産手当金(最長98日分)
年金保険料国民年金を4か月分免除(多胎は6か月)産前産後休業中は免除
医療保険料国民健康保険の所得割額・均等割額を4か月相当分減額(多胎は6か月)産前産後休業中は免除

国民年金の産前産後期間の免除は、出産予定日または出産日が属する月の前月から4か月間(多胎妊娠は3か月前から6か月間)が対象で、免除された期間も保険料を納付したものとして老齢基礎年金に反映されます。令和8年度の国民年金保険料は月17,920円なので、4か月で7万1,680円分です。

国民健康保険の減額も、単胎なら出産予定日が属する月の前月から4か月相当分が対象で、所得割額と均等割額の両方が減額されます。国民年金・国民健康保険とも届出が必要で、国民健康保険の届出は出産予定日の6か月前から可能です。

つまり、法人と個人の差は保険料の免除の有無ではありません。休んだ期間の収入を補う給付があるかどうか、その一点です。

業務中のケガは、役員だと対象外になることがある

もうひとつ、一人社長が知っておく必要のある制限があります。

平成25年10月から、健康保険は労災保険の業務災害以外の病気・ケガ・死亡・出産に対して給付を行うことになりました。ただし被保険者が法人の役員である場合、その役員としての業務に起因する病気やケガは、原則として保険給付の対象外とされています。

例外があります。被保険者の数が5人未満である適用事業所に使用される法人の役員で、その業務が「当該法人における従業員が従事する業務と同一であると認められるもの」である場合は、傷病手当金を含めて健康保険の給付が行われます。

なお、ここでいう5人未満は健康保険の給付の範囲を決める要件で、個人事業所が社会保険の強制適用になるかどうかの5人基準とは別の制度の数字です。個人事業所の5人基準については法人化すると社会保険は必ず加入かで扱っています。

一人社長が注意するのは2つ目の要件のほうです。被保険者5人未満という人数の要件は問題なく満たしますが、業務が「従業員が従事する業務と同一であると認められる」かどうかは別の判断になります。役員としての職務に起因するものか、従業員と同じ実務に起因するものかで扱いが分かれる、という構造です。

そもそも傷病手当金の支給条件の1つ目が「業務外の事由による」であることも合わせて読むと、業務中のケガについては健康保険と労災保険のどちらからも給付が出にくい領域が残ります。法人化すれば働けなくなったときの保障がすべて埋まる、という理解は正確ではありません。

判定ツールはこの給付を金額に入れていない

当サイトのシミュレーターが出すのは、単年の手取りの差額です。傷病手当金・出産手当金・将来の厚生年金は、金額に含めていません。計算の前提は計算の考え方にまとめています。

だからこの記事の数字は、ツールの結論を修正するために使うものです。事業所得1,000万円・役員報酬月54万円のケースでは、社会保険料が年180万4,968円かかる代わりに、傷病手当金の日額は1万1,780円になります。150日休むと、その年に払った保険料とほぼ同じ額が戻る計算です。 支給期間の上限である通算1年6か月まで使えば、金額は保険料の3年分を超えます。

もっとも、これは実際に長期で休んだ場合の話です。休まなければ給付はゼロで、保険料だけが残ります。保険としてどう評価するかは、事業の内容や家族構成によって変わる部分です。

医療費そのものの上限も、保険者が変わることで動きます。高額療養費の区分は法人化で入れ替わるでは、自己負担限度額の区分が個人事業主は世帯の旧ただし書き所得、法人の役員は本人の標準報酬月額で決まることを扱っています。

同じく単年の手取りに写らない要素として、法人化で厚生年金は年69万円増えるでは将来の年金の増加分を、法人化すると社会保険は必ず加入かでは加入義務そのものを扱っています。判定が僅差のときほど、この3つをまとめて見る必要があります。法人化の不利な面を一覧したい場合は法人化のデメリットから辿れます。

一般論の数字ではなく、自分の売上と経費で手取りの差額を出したうえで、この記事の給付の話を足して考えてみてください。

まとめ

  • 傷病手当金は健康保険の給付で、国民健康保険には代わりになる仕組みがない。法人化して初めて対象になる
  • 支給額は標準報酬月額の平均を30で割った額の3分の2。役員報酬が月54万円なら日額1万1,780円、支給期間は通算1年6か月
  • 支給の条件は「休業した期間について給与の支払いがないこと」。定期同額給与を払い続ける一人社長は支給額がゼロになる。報酬を止める判断は法人税側の扱いとセット
  • 報酬が高いほど、保険料1年分を取り返すのに必要な休業日数は短くなる。月60万円までは153日、月100万円では120日。厚生年金の上限65万円と健康保険の上限139万円のずれが原因
  • 出産手当金は最長98日分。ただし個人事業主にも国民年金4か月分の免除と国民健康保険の産前産後減額があり、差は保険料ではなく所得補填の有無
  • 役員としての業務に起因するケガは原則として給付対象外。例外は被保険者5人未満かつ従業員と同一の業務と認められる場合に限られる

よくある質問

役員報酬を減らさずに傷病手当金を受け取ることはできますか?

できません。傷病手当金は「休業した期間について給与の支払いがないこと」が支給の条件で、給与の支払いがあってもその日額が傷病手当金の日額より少ない場合に差額が支給される仕組みです。役員報酬を満額払い続けている間は支給額がゼロになります。

傷病手当金の計算に使う標準報酬月額の上限はいくらですか?

健康保険の標準報酬月額は50等級・139万円が上限です。厚生年金の32等級・65万円とは別の上限なので、取り違えないように注意してください。傷病手当金の計算に使うのは健康保険側です。

法人を作ったばかりで加入期間が短い場合はどうなりますか?

支給開始日以前の被保険者期間が12か月に満たない場合は、それまでの各月の標準報酬月額の平均と、全被保険者の標準報酬月額の平均額(支給開始日が令和7年4月1日以降は32万円)のうち低いほうを使って計算します。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。