社会保険
役員報酬0円なら社会保険はかからない。ただし国保と国民年金に戻る
役員報酬を0円にすると健康保険・厚生年金の被保険者ではなくなり、保険料は発生しません。代わりに国民健康保険と国民年金第1号に戻ります。事業所得1,000万円で手取りが83万円減る計算と、令和8年3月の通知で明確化された判定基準を示します。
「役員報酬を0円にすれば社会保険料を払わなくていい」という話があります。保険料が発生しないという点だけを見れば、そのとおりです。
ただしこれは社会保険に加入しないという意味です。報酬が支払われない役員は被保険者の要件を満たさず、健康保険・厚生年金の資格を喪失します。抜けたぶんは国民健康保険と国民年金第1号被保険者に戻ります。
そして手取りで見ると不利になります。事業所得1,000万円・東京23区・40歳未満で計算すると、報酬0円の手取り合計は578.9万円、当サイトが出す最適額(月54万円)では662.4万円。83.4万円の差がつきました。
報酬0円だと、なぜ被保険者でなくなるのか
法人の役員が健康保険・厚生年金の被保険者になるかどうかは、次の2つを基準に判断されます。厚生労働省が令和8年3月18日付の通知で改めて明確化したものです。
- その業務が実態において法人の経営に対する参画を内容とする経常的な労務の提供であるか
- その報酬が当該業務の対価として当該法人より経常的に支払いを受けるものであるか
報酬0円は、2つ目を満たしません。対価として経常的に支払われる報酬が存在しないからです。
日本年金機構の疑義照会回答にも、同じ考え方が出てきます。休職して無報酬になる被保険者について、「その間の給与の支給が行われないことから賃金の支払停止は一時的なものとは判断できず、事実上の使用関係があると認めることは困難」として、資格喪失させる取扱いが示されています。
つまり報酬0円は「保険料を払わずに社会保険に入る方法」ではありません。保険から出るということです。
何が報酬に当たらないのか
令和8年3月の通知は、報酬として認められない支払いの例も挙げています。
- 役員会等への出席について支払われる報酬等
- 旅費など実費弁償的な支払い
- 退職手当(毎月の給与や賞与に上乗せして前払いされる場合を除く)
名目上いくらかの支払いがあっても、中身がこれらに当たれば「業務の対価としての経常的な支払い」にはなりません。報酬を極端に低く設定して形だけ整える、という発想が通らないのはこのためです。
この通知はもともと、個人事業主やフリーランスを法人の役員に据えて社会保険料を下げると謳い、役員報酬を上回る額を会費等として支払わせている事業所への対応として出されたものです。役員報酬より会費等のほうが大きい場合は、原則として業務の対価としての経常的な支払いがあるとは認められないと明記されました。
会社は適用事業所のまま残る
誤解しやすい点です。役員報酬を0円にしても、法人が社会保険の適用事業所でなくなるわけではありません。法人は人数や報酬に関係なく強制適用です。被保険者が1人もいない状態になるだけで、事業所としての届出は残ります。
従業員を雇えば、その人は要件を満たす限り被保険者になります。そのときは会社負担分が発生します。この構造は法人化すると社会保険は強制加入で扱っています。
なお、非常勤役員が加入対象から外れることがありますが、あれは勤務実態による判定で、報酬の有無とは別の話です。詳しくは非常勤役員は社会保険に入らなくていい?にあります。
抜けた先で払う額
厚生年金と健康保険から抜けると、国民年金第1号被保険者と国民健康保険に戻ります。令和8年度の額は次のとおりです。
| 項目 | 年額 |
|---|---|
| 国民年金保険料(月17,920円) | 21万5,040円 |
| 国民健康保険料(所得0円・7割軽減後) | 2万121円 |
| 合計 | 23万5,161円 |
※ 東京23区(特別区統一保険料率)・40歳未満・単身。国保の均等割は世帯の総所得金額等が43万円以下で7割軽減
役員報酬が0円なら本人に所得がないので、国保は所得割がゼロ、均等割も7割軽減されて年2万円ほどに収まります。負担の中身はほぼ国民年金です。
一方、厚生年金の最低等級で加入した場合の労使合計は年26万3,405円でした(一人社長の社会保険料)。金額としては大差ありません。 違うのは、片方は厚生年金として将来の年金に積み上がり、もう片方は国民年金の基礎部分だけだという点です。
手取りは83万円下がる
金額の差は保険料ではなく、税金と給与所得控除から生まれます。事業所得別に計算しました。
| 事業所得 | 報酬0円の手取り合計 | 最適報酬の手取り合計 | 差 |
|---|---|---|---|
| 600万円 | 345.8万円 | 月42万円 409.7万円 | −63.9万円 |
| 800万円 | 468.7万円 | 月54万円 536.6万円 | −67.9万円 |
| 1,000万円 | 578.9万円 | 月54万円 662.4万円 | −83.4万円 |
| 1,500万円 | 844.6万円 | 月54万円 972.0万円 | −127.4万円 |
| 2,000万円 | 1110.3万円 | 月90万円 1272.0万円 | −161.7万円 |
※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 報酬0円の側は、法人に残る利益から引出コスト20%を控除し、そこから国民年金と国保を差し引いた金額 ※ 最適報酬の側は、月5万〜100万円を1万円刻みで探索した結果
所得が大きいほど差が開きます。 理由は2つです。
1つ目は給与所得控除がまるごと使えなくなることです。役員報酬は給与所得なので、受け取る側で給与所得控除が引かれます。報酬0円ならこの控除がゼロになり、利益は全額が法人の所得として法人税等の対象になります。
2つ目は法人税等の累進です。事業所得1,000万円の場合、報酬0円なら税引前利益がそのまま1,000万円になり、法人税の軽減税率が使える年800万円の枠を超えます。役員報酬で外へ出しておけば、法人の所得は枠の内側に収まります。この仕組みは法人税は15%では済まないで扱っています。
なお、当サイトの判定ツールは役員報酬を月5万円から100万円までで探索しています。報酬0円は探索範囲の外です。上の表の報酬0円の列は、この記事のために別途計算したものです。
保険料以外に失うもの
抜けるのは保険料の負担だけではありません。厚生年金と健康保険にあって、国民年金と国民健康保険にない給付が落ちます。
将来の厚生年金の報酬比例部分。 老齢基礎年金は第1号でも第2号でも同じように積み上がりますが、その上に乗る報酬比例部分は厚生年金の被保険者期間と標準報酬月額で決まります。報酬0円の期間は、この部分がまったく積み上がりません。20年加入した場合にいくら増えるかは法人化で厚生年金は年69万円増えるで計算しています。
傷病手当金と出産手当金。 どちらも健康保険の給付で、国民健康保険にはありません(国保にも制度上は任意給付の規定がありますが、実施している市区町村はほぼありません)。もっとも、傷病手当金は報酬が支払われている期間には出ないため、報酬0円かどうかにかかわらず一人社長には使いにくい給付です。この条件の読み方は一人社長の傷病手当金にまとめました。
扶養という考え方。 健康保険には被扶養者の制度があり、配偶者や親を保険料の追加負担なしで入れられます。国民健康保険には扶養がなく、世帯の人数分の均等割がかかります。家族がいる場合はここが効きます(配偶者がいると法人化の分岐点は250万円下がる)。
手続きは資格喪失届の提出
報酬を0円にしたときは、事業所として被保険者資格喪失届を年金事務所へ提出します。放置して被保険者のままにしておくことはできません。
令和8年3月の通知は、法人に使用されている実態がない者について「事実と異なる資格取得の届出は健康保険法第48条及び厚生年金保険法第27条の規定に反する」として、実態がないことが確認された場合は資格喪失の届出を提出させ、資格を喪失させることと明記しています。届け出ないまま加入を続ける形は想定されていません。
喪失後は、本人が市区町村へ国民健康保険の加入届と国民年金第1号被保険者への種別変更届を出します。国保は資格を喪失した日にさかのぼって加入する扱いなので、届出が遅れても保険料は遡って発生します。
なお報酬0円で所得がない場合、国民年金保険料は申請免除の対象になり得ます。ただし免除された期間は将来の老齢基礎年金が満額より少なくなります。免除と追納の関係は国民年金の免除と追納で扱っています。
報酬を下げるにしても、0円の手前に段差がある
報酬0円が不利なら、限界まで下げるのはどうか。ここにも段差があります。
厚生年金の標準報酬月額には下限があり、報酬月額が8万3,000円を下回っても8万8,000円の等級で計算され続けます。健康保険も5万8,000円が下限です。報酬を月5万円にしても労使合計で年26万3,405円かかり、それより下げても保険料は減りません。下限の仕組みは一人社長の社会保険料にまとめました。
つまり報酬を下げていくと、保険料は下限で止まる一方、給与所得控除と法人税の軽減枠を捨てることになります。保険料だけを見て報酬を決めると、税金の側で取り返される構造です。
まとめ
- 役員報酬0円なら健康保険・厚生年金の保険料は発生しない。ただし被保険者でなくなるだけで、国民健康保険と国民年金第1号に戻る
- 被保険者かどうかは「経常的な労務の提供」と「業務の対価としての経常的な報酬」の2基準で判断される。令和8年3月18日の通知で、実費弁償や役員会出席の報酬は該当しないと明確化された
- 法人は報酬0円でも社会保険の適用事業所のまま。被保険者が0人になるだけ
- 抜けた先の負担は年23万5,161円(東京23区・40歳未満・単身)。厚生年金の最低等級とほぼ同額だが、将来の年金は基礎部分だけになる
- 手取りは下がる。事業所得1,000万円で83.4万円、1,500万円で127.4万円の差
保険料の額だけで報酬を決めると、給与所得控除と法人税の軽減枠を落とします。自分の売上と経費で、最適額がどこに来るか確かめてください。
よくある質問
役員報酬を0円にすれば社会保険料はかかりませんか?
健康保険・厚生年金の保険料はかかりません。報酬が支払われない役員は被保険者の要件を満たさないため、資格を喪失するからです。ただし保険から抜けるだけなので、代わりに国民健康保険と国民年金第1号被保険者の保険料が発生します。
会社は社会保険の適用事業所でなくなりますか?
なりません。法人は役員報酬の有無にかかわらず適用事業所です。被保険者が1人もいない状態になるだけで、事業所としての届出は残ります。従業員を雇えばその人は被保険者になります。
報酬0円は手取りで有利になりますか?
当サイトの試算では不利になりました。事業所得1,000万円・東京23区・40歳未満の条件で、報酬0円の手取り合計は578.9万円、最適な月54万円では662.4万円で、83.4万円の差があります。利益が法人に残るため法人税等が増え、給与所得控除も使えないためです。
令和8年3月の通知で何が変わりましたか?
判定基準そのものは従来と同じですが、報酬が業務の対価として経常的に支払われていないと認められる例が明確化されました。役員会への出席に対する報酬、実費弁償的な支払い、退職手当は報酬に当たらないと示されています。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。