法人化の判断

開業医の概算経費(措法26条)は医療法人化で消えるのか

結論

社会保険診療報酬5,000万円以下かつ医業の総収入7,000万円以下なら、個人開業医は措法26条で経費を72〜57%の概算で計上でき、医療法人にも措法67条で同じ率の特例があります。報酬4,000万円の例では概算経費は2,770万円(69.3%)で、実額経費率60%と比べて税・保険料が年161.7万円少なくなります(概算)。

  • 概算経費率は報酬2,500万円以下72%、3,000万円以下70%、4,000万円以下62%、5,000万円以下57%の段階計算(措法26条1項)
  • 医療法人は知事認可で設立し、剰余金の配当は禁止(医療法44条・54条)。平成19年4月以後は持分なしの医療法人しか新設できない
  • 当サイトの判定ツールは株式会社・合同会社が前提で、概算経費・医療法人の事業税の扱いは入っていない

開業医の法人化で最初に引っかかるのは、「医療法人にすると概算経費が使えなくなるのでは」という点です。条文を読むと、個人の措法26条と医療法人の措法67条は同じ要件・同じ率で並んでいます。法人化の損得を分けるのは概算経費の有無ではなく、医療法人という器そのものの制約です。

この記事では、まず概算経費の計算と効果を数字で確かめ、次に医療法人が一般の会社とどこが違うのかを整理します。

措法26条の概算経費:要件と率

租税特別措置法26条1項は、医業・歯科医業を営む個人が次の2つを満たす年に限り、社会保険診療に係る必要経費を実額ではなく一定率で計算できるとしています。

  • その年の社会保険診療報酬が5,000万円以下
  • 医業・歯科医業から生ずる事業所得の総収入金額が7,000万円以下

総収入7,000万円の要件は平成25年度の税制改正で加わったものです。国税庁の解説によれば、総収入には社会保険診療報酬のほか自由診療の収入なども含まれます。自由診療が多い医院は、保険の報酬が少なくてもこちらで外れることがあります。

率は報酬全体に一律で掛けるのではなく、所得税の累進税率のように区分ごとに掛けます。

社会保険診療報酬の区分経費率
2,500万円以下の部分72%
2,500万円超〜3,000万円以下の部分70%
3,000万円超〜4,000万円以下の部分62%
4,000万円超〜5,000万円以下の部分57%

この表を当サイトのスクリプトで計算すると、報酬額ごとの概算経費は次のとおりです。

社会保険診療報酬概算経費概算経費率概算での所得
1,000万円720万円72.0%280万円
2,000万円1,440万円72.0%560万円
2,500万円1,800万円72.0%700万円
3,000万円2,150万円71.7%850万円
3,500万円2,460万円70.3%1,040万円
4,000万円2,770万円69.3%1,230万円
4,500万円3,055万円67.9%1,445万円
5,000万円3,340万円66.8%1,660万円

計算:scripts/kaigyoui-iryo-houjin-gaisan-keihi.mjs(措法26条1項の表をそのまま実装)。

報酬が5,000万円を1円でも超えると、特例はまるごと使えません。境目で段差が出る仕組みです。概算は選択であり、実額のほうが大きければ実額で申告します。国税庁の青色申告決算書の書き方でも、医師・歯科医師用の付表で収入の内訳を書き分け、措法26条を適用する場合の計算を示しています。

概算と実額で、税と保険料はいくら変わるか

実際の経費率が概算経費率より低い医院ほど、特例の効果は大きくなります。社会保険診療報酬4,000万円(自由診療なし)の医師について、実額経費率を3通り置き、計算エンジンで税と保険料を出しました。

経費の計算経費事業所得所得税+住民税国保+国民年金税・保険料の合計概算にした場合の減少額
実額(経費率55%)2,200万円1,800万円545.9万円134.5万円680.4万円249.1万円
実額(経費率60%)2,400万円1,600万円458.5万円134.5万円593万円161.7万円
実額(経費率65%)2,600万円1,400万円371.1万円134.5万円505.6万円74.3万円
概算(措法26条)2,770万円1,230万円296.8万円134.5万円431.3万円0万円

前提:東京23区・単身・40〜64歳、青色申告特別控除は含めない、収入はすべて社会保険診療、2026年(令和8年)分の税率。国保は市区町村の国民健康保険で計算しており、医師国民健康保険組合に加入している場合は保険料が異なります。概算。

国保と国民年金の合計は、どの行も134.5万円で変わりません。この所得帯では国民健康保険料が賦課限度額に達しているためです。差はすべて所得税と住民税から生じています。

なお、個人事業税はこの表に入れていません。地方税法72条の49の12は、医業を行う個人が社会保険診療で受け取った金額を事業税の総収入金額に算入しないとしています。収入が保険診療だけなら、個人事業税の所得割は生じない計算になります。業種ごとの事業税の扱いは個人事業税がかからない業種の線引きにまとめています。

医療法人にも同じ特例がある(措法67条)

「法人化すると概算経費を失う」という話は、条文上は成り立ちません。措法67条1項は、医療法人の各事業年度について、社会保険診療報酬5,000万円以下・医業の総収入金額7,000万円以下を要件に、措法26条と同じ72〜57%の表で損金算入額を計算するとしています。

ただし、個人と全く同じではありません。

  • 判定の単位が医療法人の事業年度の収入になる。院長個人の報酬ではない
  • 確定申告書に損金算入に関する記載がないと適用されない(同条3項)
  • 救急医療等確保事業に係る業務を行う一定の事業年度は対象から外れる(同条1項かっこ書き)

一方、法人の事業税では扱いが違います。地方税法72条の23第2項は、医療法人が社会保険診療で受け取った金額を事業税の所得計算で益金に算入せず、その経費も損金に算入しないとしています。保険診療の利益には法人事業税がかからない、という整理です。

この違いが効くのは、法人化で所得を院長報酬と法人に分けたときです。概算経費の特例が個人・法人どちらにもある以上、法人化の損得は「報酬をいくらに設定し、社会保険料と給与所得控除がどう動くか」で決まります。

医療法人は一般の会社と前提が違う

当サイトの判定ツールは、合同会社・株式会社をつくる場合を前提にしています。医療法人には、会社にはない制約があります。

項目株式会社・合同会社医療法人
設立登記で成立主たる事務所の所在地の都道府県知事の認可が必要(医療法44条)
利益の分配配当できる剰余金の配当は禁止(医療法54条)
出資者の持分あり平成19年4月以後の新設は持分なしのみ
対象業種を問わない病院、医師・歯科医師が常時勤務する診療所などを開設する社団・財団(医療法39条)

配当ができないので、法人に残した利益を院長に移す手段は役員報酬・退職金に限られます。厚生労働省の資料によれば、平成19年4月以降に設立できるのは新法の医療法人(出資持分なし)のみで、それ以前の持分あり医療法人は経過措置として存続しています。

持分がないということは、解散したときに出資した院長が残余財産を受け取れないことを意味します。医療法44条5項は、残余財産の帰属先を国・地方公共団体・医療法人などに限っています。一般の会社のように「法人に貯めて最後に自分が受け取る」という設計は取れません。

医療法人の法人税率

国税庁No.5759によれば、資本金1億円以下または資本・出資を有しない普通法人は、年800万円以下の所得に**15%**の軽減税率が適用されます。持分なし医療法人は出資を有しないので、この区分に当たると読めます。800万円を超える部分は23.2%です。

同じ表で「特定の医療法人」(措法67条の2の承認を受けたもの)は別の区分とされ、800万円超の部分が19%です。15%の軽減税率には適用期限があり、その影響は法人税15%の期限と延長されない場合の分岐点で計算しています。

判定ツールで見られること・見られないこと

判定ツールに医師の数字をそのまま入れると、次の点が実態とずれます。

  • 概算経費(措法26条・67条)を自動では計算しない。経費欄には入力した金額がそのまま使われる
  • 個人事業税・法人事業税で、社会保険診療分が非課税になる扱いが入っていない
  • 医療法人特有の要件(知事認可、配当禁止、持分なし)や医師国保は反映していない

それでも、役員報酬を総当たりして手取りが最大になる額を探す部分は、医療法人でも考え方は同じです。概算経費を使う場合は、上の表の「概算での所得」になるよう経費欄を調整すると、近い条件で比べられます。一般論の数字ではなく、自分の報酬と経費で確かめてください。医療法人化は認可手続きや承継まで絡むため、個別の判断は医療に詳しい専門家に確認する価値があります。

まとめ

  • 措法26条の概算経費は、社会保険診療報酬5,000万円以下かつ医業の総収入7,000万円以下で使え、率は72〜57%の段階計算
  • 報酬4,000万円なら概算経費は2,770万円で、実額経費率60%と比べて税・保険料が年161.7万円少ない(概算)
  • 医療法人にも措法67条で同じ率の特例があり、法人化しても概算経費そのものは失われない
  • 医療法人は知事認可・配当禁止・持分なしで、利益を移す手段は報酬と退職金に限られる
  • 判定ツールは概算経費と事業税の非課税扱いを含まないため、経費欄を調整して近似する

よくある質問

医療法人にすると社会保険診療報酬の概算経費は使えなくなりますか?

使えなくなるわけではありません。租税特別措置法67条は、医療法人についても社会保険診療報酬5,000万円以下・医業の総収入金額7,000万円以下を要件に、個人と同じ72〜57%の率で損金算入を認めています。ただし判定は個人ではなく法人の事業年度ごとの収入で行います。

自由診療の収入が多い場合も概算経費は使えますか?

概算の対象は社会保険診療の部分だけで、自由診療に係る経費は実額で計算します。また自由診療を含む医業の総収入が7,000万円を超えると、社会保険診療報酬が5,000万円以下でも特例は使えません。

医療法人の法人税にも中小法人の軽減税率は使えますか?

国税庁No.5759では、資本金1億円以下または資本・出資を有しない普通法人の年800万円以下の所得に15%が適用されます。持分なし医療法人は出資を持たないためこの区分に入ると読めますが、特定医療法人は別の税率区分です。自院がどれに当たるかは個別に確認してください。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。