設立の手続き

医療法人化で保険医療機関の指定は取り直し。遡及指定の要件と空白

結論

個人の診療所を医療法人の開設に切り替えると、保険医療機関の指定は引き継がれず、医療法人が新たに指定を申請します。通常の指定日は申請した翌月の1日で、申請は開設後になるため、遡及指定が認められないと月初に開設しても31日間(その月の締切を過ぎれば61日間)保険診療を行えません。年間の社会保険診療収入4,000万円なら31日分で339.7万円に当たります(概算)。令和8年9月以降は、場所を変えず院長本人が理事長になる切り替えなら、事前の予定届出なしで遡及を申請できます。

  • 保医発0605第2号(令和8年9月1日適用)は「個人から、当該個人を理事長とする法人への開設者のみの変更」を、予定届出不要の遡及指定の型に挙げている
  • その型でも、診療録の引継ぎ、管理者が同じ医師であること、原則として開設者以外の全職員の継続雇用などの要件をすべて満たす必要がある
  • 移転と同時に法人化する場合などは別の型になり、原則として遡及を希望する日の3か月前までに地方厚生局へ予定届出書を出す

開業医の法人化で見落とされやすいのは、税金ではなく保険診療の指定が途切れる日です。健康保険法の指定は診療所の開設者に対して行われるため、開設者が院長個人から医療法人に変わると、同じ建物・同じ医師・同じ患者でも、制度上は「旧医療機関の廃止」と「新医療機関の指定」になります。

その空白を埋める仕組みが遡及指定です。取扱いは令和8年9月1日から新しい通知に切り替わりました。この記事では、条文と通知の原文から、空白が何日になり得るか、遡及が認められる型はどれかを整理します。

開設者が変わると、指定は医療法人が新しく受ける

健康保険法63条3項1号は、療養の給付を行う「保険医療機関」を、厚生労働大臣の指定を受けた病院・診療所と定めています。そして65条1項は、その指定を「病院若しくは診療所…の開設者の申請により行う」としています。

指定の主体は診療所の建物でも院長でもなく、開設者です。個人の診療所を医療法人の開設に変えると、次の手続きが並行して動きます。

手続き根拠誰が・どこへ
個人の診療所の廃止届医療法9条1項(廃止後10日以内)院長個人 → 保健所
医療法人の診療所の開設許可医療法7条1項(医師でない者の開設)医療法人 → 保健所
医療法人の診療所の開設届東京都の手引(開設後10日以内)医療法人 → 保健所
開設者の異動の届出(旧)指定省令8条2項院長個人 → 地方厚生局
保険医療機関の指定申請(新)健康保険法65条、指定省令3条医療法人 → 地方厚生局

医療法7条1項は、医師(臨床研修等修了医師)でない者が診療所を開設するときは知事等の許可が要るとしています。個人開業のときは開設後の届出(同法8条)で済みましたが、医療法人は医師ではないので許可制に変わります。東京都の手引も、個人開設から医療法人開設に切り替えるときは、従来の開設者名での廃止届を医療法人の開設届と同時に出すよう案内しています。

一人診療所の「みなし指定」は医療法人には使えない

健康保険法69条は、医師が開設し、その医師だけが診療している診療所について、保険医の登録があれば指定があったものとみなすとしています。院長一人の個人診療所は、指定申請をした記憶がないことも珍しくありません。

医療法人は医師ではないので、この条文は当てはまりません。6年ごとの指定の更新も同じです。68条2項は、一定の保険医療機関について、期限前に別段の申出がなければ更新の申請があったものとみなします。その対象は指定省令9条で、保険医である医師が開設する診療所で、開設者本人(と同一世帯の配偶者・直系血族・兄弟姉妹の保険医)だけが診療しているものに限られています。法人化した後は、指定も更新も申請して受けるものになります。

遡及しないと、月初に開設しても1か月の空白が残る

厚生労働省保険局医療課長の通知(令和8年6月5日保医発0605第2号)は、「新たに保険医療機関等の指定を受ける場合は、通常、指定に係る申請を行った翌月の1日が指定日」と書いています。関東信越厚生局の案内によれば、指定の前に地方社会保険医療協議会の部会へ諮問する必要があり(健康保険法82条2項)、部会が月1回開かれるため、指定日も原則として月1回、1日付けになります。

もう1つの制約は申請のタイミングです。関東信越厚生局の案内では、診療所の指定申請に開設届(副本)を添付します。開設届は開設した後に出すものなので、医療法人の診療所が開設する前には指定申請を出せません。毎月の申請締切日は厚生局の事務所ごとに定められています。例えば千葉事務所の令和8年度の表では、令和8年12月1日指定の締切は11月12日です。

この2つを組み合わせると、遡及が認められない場合の空白は次のようになります。

法人の診療所の開設日遡及指定が認められた場合遡及なし・その月の締切に間に合った場合遡及なし・その月の締切を過ぎた場合
令和9年10月1日令和9年10月1日指定・空白0日令和9年11月1日指定・空白31日令和9年12月1日指定・空白61日
令和9年10月16日令和9年10月16日指定・空白0日令和9年11月1日指定・空白16日令和9年12月1日指定・空白46日

計算:scripts/iryo-houjin-hoken-shitei-sokyu.mjs(個人の診療所の廃止日の翌日に法人の診療所を開設した場合)。

指定を受けるまでの医療法人の診療所は保険医療機関ではないので、その間は療養の給付として診療できません。空白の日数を、年間の社会保険診療収入に当てはめると次のとおりです。

年間の社会保険診療収入空白16日空白31日空白46日空白61日
3,000万円131.5万円254.8万円378.1万円501.4万円
4,000万円175.3万円339.7万円504.1万円668.5万円
5,000万円219.2万円424.7万円630.1万円835.6万円

前提:年間収入 × 空白日数 ÷ 365 で日割りした概算。休診日・季節変動・自由診療は考慮していません。

開設日を月の1日にそろえても、遡及がなければ丸1か月の空白が残ります。月の途中に開設すると空白は短く見えますが、締切を過ぎれば翌々月の1日まで延びます。日付の工夫だけでは空白をゼロにできないので、遡及指定が通るかどうかが実務上の分かれ目になります。

令和8年9月からの遡及指定:3つの型

遡及指定は、旧医療機関の廃止日の原則として同日または翌日を新医療機関の指定日とする例外的な扱いです。通知は、地方社会保険医療協議会で認められた場合に、遡及指定日から診療報酬を算定できるとしています。対象として「開設者を個人から法人に…変更する場合」が明記されています。

これまでは昭和32年・33年の通知などで運用されてきましたが、令和7年12月の中央社会保険医療協議会での議論を受けて見直され、旧通知は令和8年8月31日限りで廃止されました。申請手続きは次の3つの型に分かれます。

型対象事前の手続き
① 開設者死亡等開設者の死亡・病気で、血族や勤務する保険医が引き継ぐ(個人開設に限る)緊急の申請
② 至近の移転・開設者のみの変更2km以内の移転(開設者は同じ)、または所在地を変えず開設者だけを変える一定の場合予定届出書は不要
③ その他2km超の移転、移転と開設者変更を同時に行う、病院⇔診療所の変更など原則として遡及を希望する日の3か月前までに予定届出書を出し、事前相談

②の「開設者のみの変更」に入る病院・診療所の切り替えは、次の3つに限られています。

  • 個人から、血族その他勤務する保険医等の個人へ
  • 個人から、当該個人を代表者(理事長)とする法人へ
  • 法人から、その法人の理事長である個人へ

院長本人が理事長になり、同じ場所で医療法人に切り替える一般的な法人化は、②に当たります。一方、法人化を機に新しいテナントへ移る場合や、配偶者・子が理事長になる場合は②から外れ、3か月前の予定届出が必要な③になります。

②の「基本的には認める要件」

②の型でも、次のすべてを満たす必要があります(通知の要件を要約)。

項目要件
複雑でないこと1つの医療機関の廃止と1つの医療機関の開設であること
過去の患者診療録の引継ぎが行われ、新医療機関が旧医療機関の受診患者からの問い合わせに対応すること
現に診療中の患者無床診療所なら、外来・在宅患者の診療が新医療機関で引き続き行われること
標榜診療科旧医療機関の主な標榜診療科が、すべて引き続き標榜されること
管理者新医療機関の管理者が、旧医療機関の管理者と同じ医師であること
職員医師の概ね8割以上・常勤医師の概ね5割以上が引き続き雇用されること。開設者のみの変更では、原則として開設者を除く全職員が引き続き雇用されること

診療録の引継ぎは形式的な要件ではありません。保険医療機関及び保険医療養担当規則9条は、保険医療機関に診療録を完結の日から5年間保存させています。法人化で開設者が変わると、その保存義務を負う医療機関自体が入れ替わるため、新医療機関が記録を引き継ぐことが「一連の診療」と認める前提になります。

法人化と同時にスタッフの雇用契約を見直すと、職員の要件に引っかかることがあります。個人事業の従業員は医療法人に移籍する形になるので、退職扱いにして一部を再雇用しない、といった整理は遡及の判断に影響します。

施設基準と社会保険の確認も同じ月に来る

遡及指定が認められても、旧医療機関で届け出ていた施設基準はそのままでは移りません。通知は、新医療機関として地方厚生局ごとに定めた期日までに届け出たものに限り、遡及指定日から引き続き算定できるとしています。新たに届け出る施設基準は、要件審査を終えた場合に遡及指定日の属する月から算定できます。加算の届出が多い診療所ほど、指定申請と同じ時期に書類が集中します。

関東信越厚生局の案内では、指定申請時に社会保険と労働保険の加入状況の確認票も提出します。健康保険法3条3項2号により、常時従業員を使用する法人の事業所は健康保険の適用事業所になり、医療法人も当たります。指定申請の時点で加入の手続きが済んでいるかを確認されることになります。

医療法人の設立認可は年2回。開設日から逆算する

指定の空白は「いつ医療法人の診療所を開設するか」で決まり、その開設日は設立認可の日程に縛られます。医療法44条1項は医療法人の設立に知事の認可を求め、45条2項は認可の前に都道府県医療審議会の意見を聴くとしています。

東京都は年2回の受付で、令和8年度の日程は次のとおりです。

回仮申請の受付期間本申請の提出期限医療審議会認可書の交付
第1回令和8年8月31日〜9月4日令和8年12月28日令和9年2月初旬令和9年2月下旬
第2回令和9年3月11日〜3月17日令和9年6月30日令和9年8月初旬令和9年8月下旬

出典:東京都保健医療局「医療法人設立、解散、合併認可等に係る年間スケジュール(令和8年度)」。審議会と認可書交付は予定で、変更の可能性があると注記されています。

第1回の受付はすでに終わっているので、令和8年10月時点で東京都で医療法人化を考える場合、次は令和9年3月の仮申請です。認可書を受け取った後の流れは、東京都の手引で次のように示されています。

  1. 設立登記(設立の認可・拠出金の払込みなど必要な手続きが終わった日から2週間以内)。医療法46条1項により、登記で医療法人が成立する
  2. 登記事項の届出(東京都)
  3. 診療所の開設許可の申請・許可(保健所)
  4. 開設、開設届と個人の診療所の廃止届(開設後10日以内)
  5. 地方厚生局へ、医療法人の指定申請(遡及を希望する場合はその手続き)と個人の側の廃止の届出

医療法65条は、医療法人が成立後1年以内に正当な理由なく診療所を開設しないときは、知事が設立の認可を取り消せるとしています。登記から開設までを長く空けることもできません。仮に令和9年8月下旬に認可を受けると、開設の候補は同年9月〜10月ごろになります。月初の開設に合わせ、その月の厚生局の締切までに書類をそろえられるかを、認可の前から逆算しておく形になります。

判定ツールで見られること・見られないこと

当サイトの判定ツールは、合同会社・株式会社をつくる場合を前提にしています。医療法人の認可や配当禁止、社会保険診療に係る事業税の扱い、措法26条・67条の概算経費は入っていません。この記事で扱った指定の空白も、ツールの「初年度の実質差額」には含まれません。

医療法人化の税と保険料の比べ方は、開業医の概算経費と医療法人化で整理しています。整骨院・鍼灸院のように受領委任の取扱いが絡む業種は整骨院・鍼灸院の法人化、医療以外の許認可の引継ぎは法人成りで許認可は引き継げるかを参照してください。

役員報酬を総当たりして手取りが最大になる額を探す考え方は、医療法人でも変わりません。概算経費を使うなら経費欄を調整したうえで、一般論の数字ではなく、自分の収入と経費で確かめてください。遡及指定の型に当たるかどうかは、管轄の地方厚生局の事務所に事前に確認する価値があります。

まとめ

  • 個人の診療所を医療法人の開設に変えると、保険医療機関の指定は引き継がれず、医療法人が健康保険法65条の指定を新たに受ける
  • 通常の指定日は申請した翌月の1日で、申請は開設後になるため、遡及しないと月初の開設でも31日、締切を過ぎれば61日の空白が出る。年収4,000万円の診療所で31日分は339.7万円(概算)
  • 令和8年9月からの通知では、場所を変えず院長本人が理事長になる切り替えは予定届出不要の型。ただし管理者・職員・診療録の引継ぎなどの要件をすべて満たす必要がある
  • 移転と同時の法人化や理事長が別人の場合は、原則3か月前の予定届出が必要
  • 東京都の医療法人設立認可は年2回で、次の仮申請は令和9年3月。開設日と厚生局の締切から逆算して日程を組む

よくある質問

個人の診療所の保険医療機関コードや指定を、医療法人に名義変更することはできますか?

できません。健康保険法65条の指定は開設者の申請により行うもので、開設者が個人から医療法人に変わると、医療法人が新たに指定を申請し、個人の側は廃止の届出をします。名義変更ではなく「旧医療機関の廃止と新医療機関の指定」として扱われます。

遡及指定は申請すれば必ず認められますか?

必ずではありません。通知は地方社会保険医療協議会で認められた場合に例外的に遡及指定を行うとしており、要件を満たさない事例は原則として認められないとしています。院長本人が理事長になり場所も変えない切り替えは「基本的には認める要件」の型ですが、職員や管理者の引継ぎなどをすべて満たす必要があります。

一人で診療している個人の診療所は指定を申請した覚えがないのですが、医療法人でも同じですか?

同じではありません。医師が開設し、その医師だけが診療している診療所は、保険医の登録があれば指定があったものとみなされます(健康保険法69条)。医療法人は医師ではないためこの扱いはなく、指定申請と6年ごとの更新申請が必要になります。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。