設立の手続き
訪問介護は個人事業主では開業できない?法人格が要る理由と役員報酬の決め方
結論
介護保険の訪問介護などで事業所の指定を受けるには、介護保険法70条2項1号により申請者が都道府県の条例で定める者(各府県の条例では原則として法人)である必要があり、個人事業主のままでは指定を受けられません。例外は病院・診療所が行う訪問看護・訪問リハビリなどに限られます。法人化が前提になるため、比べるべきは「個人か法人か」ではなく役員報酬の額で、売上2,000万・経費1,400万円の試算では最適は月42万円です。
- 指定居宅サービスは、申請者が法人でないと指定を拒否される(病院・診療所が行う訪問看護・訪問リハ等は除く)
- 介護保険給付の対象サービスは消費税が非課税。インボイス登録の有無は売上側の判定にほぼ効かない
- 売上2,000万・経費1,400万円(東京・独身)では最適報酬月42万円で手取り合計409.7万円。役員報酬月60万円なら317.8万円まで下がる
このテーマの全体像 会社設立の手続き(自分でやる手順と届出)
訪問介護や通所介護で独立しようとすると、最初にぶつかるのが「個人事業主では指定が取れない」という壁です。介護保険の事業所の指定は、申請者が法人であることが前提になっています。
つまりこの業種では、「法人化すべきか」という問いがそもそも成り立ちません。比べるべきは、法人にした後の役員報酬をいくらにするかです。ここでは条文で要件を確認し、計算エンジンで報酬額ごとの手取りを並べます。
介護保険法70条:申請者が法人でないと指定されない
介護保険の居宅サービス(訪問介護・通所介護など)を保険給付の対象として提供するには、事業所ごとに都道府県知事の指定を受けます。介護保険法70条2項は、指定をしてはならない場合を列挙しており、平成18年改正時点の条文では、その1号が「申請者が法人でないとき」でした。
その後の地域主権改革で、この1号は「申請者が都道府県の条例で定める者でないとき」に改められ、要件の中身は各都道府県の条例に委ねられました。ただし、たとえば京都府の条例(指定居宅サービスの事業の人員等の基準等に関する条例)4条は、条例で定める者を法人(暴力団排除条例で定める者を除く)としています。条例に委ねられた後も、法人であることが要件の中心にあることは変わっていません。
なお、地域密着型サービスの指定は市町村が行い、市町村の条例が基準になります。
指定は6年ごとに更新が要る
指定には有効期間があり、6年ごとに更新を受けなければ効力を失います。法人であることは、最初の指定時だけでなく事業を続ける間の前提です。
役員の欠格事由が法人全体に及ぶ
法人で申請する場合、欠格事由は法人本体だけでなく役員等にも及びます。過去5年以内に指定取消を受けた事業者の役員だった人が取締役(合同会社なら業務を執行する社員)にいると、法人として指定を受けられません。一人会社でも、役員の経歴が審査の対象になる点は押さえておく必要があります。
例外:病院・診療所が行うサービスだけは法人でなくてよい
70条2項には、法人要件を外す例外が書かれています。対象は次の2つです。
| 区分 | 法人要件 |
|---|---|
| 訪問介護・通所介護・福祉用具貸与など | 必要 |
| 病院・診療所が行う訪問看護・訪問リハビリテーション・通所リハビリテーション・短期入所療養介護 | 不要 |
| 病院・診療所・薬局が行う居宅療養管理指導 | 不要 |
| 介護保険を使わない自費サービス | 指定自体が不要 |
例外は医療機関が行う医療系サービスに限られ、個人開業医の診療所はこの枠で指定を受けられます。病院・診療所ではない訪問看護ステーションには、健康保険法側にも別の法人要件があり、訪問看護ステーションの法人要件にまとめています。医療機関の開設者が個人から医療法人へ変わる場合の手続きは、医療法人化と保険医療機関の指定で扱っています。障害福祉サービス・放課後等デイサービスも同じ構造の法人要件があり、障害福祉の指定の法人要件にまとめています。
一方、訪問介護をヘルパー出身の個人が始める場合、この例外は使えません。介護保険を使わない自費サービスなら個人のままでも提供できますが、利用者は保険給付を受けられないため、事業の規模は大きく変わります。
消費税は「非課税」:インボイスの論点がほぼ消える
国税庁のタックスアンサー(No.6201)は、介護保険法に基づく保険給付の対象となる居宅サービス・施設サービスなどを非課税取引としています。保険給付の対象となる部分は、介護報酬として受け取る分も利用者負担分も消費税がかかりません。
このサイトの判定では、インボイス登録の有無が「法人化しても消費税の免税が受けられない」という形で結論を動かします。しかし介護保険サービスが売上の大半を占める事業では、そもそも課税売上がほとんどないため、この論点はほぼ効きません。
ただし、利用者の選択による特別な居室の提供や送迎などの対価は、非課税にはならないとされています。保険外の自費サービスを組み合わせる場合は、その部分だけ課税売上になります。
比べるべきは役員報酬:売上2,000万円の試算
法人化が前提なら、手取りを左右するのは役員報酬の設定です。報酬を上げると社会保険料と所得税が増え、下げると法人に利益が残って法人税がかかります。売上2,000万円・経費1,400万円(ヘルパーの人件費などを含む)で、役員報酬を変えたときの手取りを計算エンジンで出しました。
| 役員報酬 | 手取り合計 | 役員個人の手取り | 法人に残る額 | 社会保険料(労使計) |
|---|---|---|---|---|
| 月10万円 | 387.8万円 | 102.8万円 | 285.0万円 | 33.4万円 |
| 月20万円 | 395.2万円 | 196.3万円 | 198.9万円 | 68.1万円 |
| 月30万円 | 401.6万円 | 289.1万円 | 112.5万円 | 102.2万円 |
| 月40万円 | 403.6万円 | 378.8万円 | 24.9万円 | 139.6万円 |
| 月42万円 ←最適 | 409.7万円 | 399.9万円 | 9.8万円 | 139.6万円 |
| 月50万円 | 374.3万円 | 468.6万円 | -94.3万円 | 170.3万円 |
| 月60万円 | 317.8万円 | 547.8万円 | -230.0万円 | 200.9万円 |
※ 経費1,400万円・東京23区(特別区統一保険料率)・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス未登録・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 法人に残る額は、退職金・配当で引き出す際のコスト20%を控除した後の金額。税理士報酬は含まない
最適な月42万円と月60万円では、手取り合計に年91.9万円の差があります。報酬を事業の利益(600万円)より多く取ると、法人が赤字になり、その穴埋めを役員個人の手取りで払う形になるためです。報酬額の考え方は役員報酬の最適額で詳しく扱っています。
規模別の最適報酬
同じ条件で規模だけを変えると、最適額は次のとおりです。
| 売上・経費 | 最適な役員報酬 | 手取り合計(最適時) | 参考:個人事業のままの場合 |
|---|---|---|---|
| 1,200万・800万円 | 月28万円 | 274.5万円 | 303.1万円 |
| 2,000万・1,400万円 | 月42万円 | 409.7万円 | 427.3万円 |
| 3,000万・2,200万円 | 月54万円 | 536.6万円 | 540.7万円 |
※ 前提は上の表と同じ
右端の「個人事業のままの場合」は、介護保険事業では選べない比較対象です。他業種なら「法人化しない方が手取りが多い」と読める差が、ここでは法人格が必要なことの費用として見えます。利益400万円規模では年28.6万円、利益800万円規模では年4.1万円で、規模が大きいほどこの費用は小さくなります。
単年の手取りだけで見ない
法人の役員は社会保険に加入するため、上の表の社会保険料には厚生年金の保険料が含まれます。将来の年金額が国民年金だけの場合より増える分は、単年の手取りには表れません。社会保険料の実額の内訳は一人社長の社会保険料で確認できます。
開業までの順序:先に法人、次に指定申請
指定申請書には法人の名称・所在地・法人の種類を書く欄があり、厚生労働省の標準様式では法人の種類として営利法人も選べます。合同会社でも株式会社でも申請はできます。
順序としては、法人の設立登記を済ませてから、事業所の人員・設備を整えて指定申請に進みます。設立費用の違いは合同会社と株式会社の費用比較を参照してください。
同じように「法人であること」や許可の取り直しが絡む業種には、宅建業の免許や労働者派遣事業の許可があります。介護保険事業は、そもそも個人の段階を経られない点がこれらと違います。
まとめ
- 介護保険の訪問介護・通所介護などは、申請者が法人(条例で定める者)でないと事業所の指定を受けられない
- 例外は病院・診療所が行う訪問看護・訪問リハビリなどと、病院・診療所・薬局の居宅療養管理指導に限られる
- 介護保険給付の対象サービスは消費税が非課税で、インボイス登録の論点はほぼ効かない
- 比べるべきは役員報酬の額。売上2,000万・経費1,400万円では最適は月42万円、月60万円にすると手取り合計は年91.9万円減る(概算)
一般論の数字ではなく、自分の事業の売上と人件費を入れて、役員報酬ごとの手取りを確かめてください。
よくある質問
個人事業主として訪問介護を始めることはできますか?
介護保険の指定訪問介護事業所としては、申請者が法人でないと指定を受けられません。介護保険を使わない自費サービスであれば指定は不要ですが、利用者は介護保険の給付を受けられません。
合同会社でも介護事業所の指定を受けられますか?
指定の要件は法人であることで、株式会社・合同会社などの営利法人も申請できます。厚生労働省の申請書様式でも、法人の種類に営利法人の区分があります。
介護事業はインボイス登録が必要ですか?
介護保険法に基づく保険給付の対象サービスは消費税が非課税です。ただし利用者の選択による特別な送迎などの対価は課税になります。登録の要否は課税売上の有無と取引先の事情で変わります。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。