設立の手続き
訪問看護ステーションは個人で開業できない?法人格が要る2つの条文と役員報酬
結論
訪問看護ステーションは、医療保険側(健康保険法89条4項1号)で申請者が地方公共団体・医療法人・社会福祉法人その他大臣が定める者に限られ、介護保険側(介護保険法70条2項1号)でも条例で定める者(原則として法人)に限られるため、看護師個人のままでは指定を受けられません。株式会社・合同会社は介護保険の指定を受けると医療保険の指定もみなしで受けられます。売上3,000万・経費2,200万円の試算では最適な役員報酬は月54万円です。
- 健康保険法89条4項1号:申請者が地方公共団体・医療法人・社会福祉法人その他大臣が定める者でないと指定されない
- 介護保険の指定(申請者は条例で定める者=原則法人)を受けると、89条2項で医療保険の指定もあったものとみなされる
- 売上3,000万・経費2,200万円(東京・独身)の最適報酬は月54万円で手取り合計536.6万円。月70万円なら461.2万円
このテーマの全体像 会社設立の手続き(自分でやる手順と届出)
訪問看護ステーションで独立しようとする看護師が最初に確認すべきなのは、「個人のままでは保険の指定が取れない」という点です。しかもこの要件は医療保険と介護保険の2つの法律に別々に書かれています。
この業種では「法人化するかどうか」は選択肢になりません。比べるべきは、法人の種類と、法人にした後の役員報酬の額です。条文で要件を確かめ、計算エンジンで報酬額ごとの手取りを並べます。
医療保険側:健康保険法89条4項1号
医療保険の訪問看護は、健康保険法88条の「訪問看護療養費」として給付されます。給付の対象になるのは、厚生労働大臣が指定した指定訪問看護事業者が行う訪問看護です。
その指定について、89条4項は指定をしてはならない場合を列挙しています。1号は次のとおりです。
申請者が地方公共団体、医療法人、社会福祉法人その他厚生労働大臣が定める者でないとき。
つまり、医療保険の指定を直接申請できるのは、地方公共団体・医療法人・社会福祉法人と、大臣が定める者に限られます。関東信越厚生局の案内でも、手続の対象者はこの3者と、地方厚生(支)局長の認定を受けた者とされています。個人はどこにも含まれていません。
看護師が医療法人を作る道はない
それなら医療法人を作ればよいか、というとそうはなりません。医療法39条で医療法人になれるのは、病院、医師・歯科医師が常時勤務する診療所、介護老人保健施設、介護医療院を開設しようとする社団・財団です。訪問看護ステーションだけを開設する目的では医療法人は設立できません。
介護保険側:介護保険法70条2項1号
介護保険の訪問看護は、介護保険法の指定居宅サービスです。70条2項1号は、申請者が「都道府県の条例で定める者」でないときは指定をしてはならないとしています。条例は原則として法人を定めており、この構造は訪問介護の法人要件と同じです。
70条2項の柱書には例外があり、病院・診療所が行う訪問看護などの申請では一部の号が除かれます。ただし除かれるのは欠格事由の一部(6号の2など)で、1号の「条例で定める者」は除かれていません。
2つの指定は「みなし」でつながっている
株式会社・合同会社が訪問看護ステーションを開くときの実際の道筋は、健康保険法89条2項にあります。介護保険法の指定居宅サービス事業者(訪問看護)の指定を受けると、別段の申出をしない限り、医療保険の指定訪問看護事業者の指定もあったものとみなされます。厚生局への別途の申請は不要で、厚生局の案内では手数料も無料です。
| 申請者 | 介護保険の指定 | 医療保険の指定 |
|---|---|---|
| 看護師個人 | 受けられない(条例で定める者でない) | 受けられない(89条4項1号) |
| 株式会社・合同会社 | 申請できる | 介護保険の指定でみなし指定(89条2項) |
| 医療法人・社会福祉法人 | 申請できる | 直接申請もできる |
営利法人にとっては、介護保険の指定が医療保険の入口を兼ねていることになります。医療保険の利用者だけを想定していても、介護保険の指定基準を満たすことが前提になる点に注意が必要です。
人員基準があるので「一人社長」では始められない
指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準(平成12年厚生省令第80号)2条は、看護職員を常勤換算2.5人以上置き、そのうち1人は常勤でなければならないとしています。社長が看護師として常勤で現場に入っても、ほかに常勤換算1.5人分の看護職員が要ります。
このため、他の業種の法人化記事でよく前提にする「社長1人だけの会社」は、訪問看護では成り立ちません。経費の大半は看護職員の人件費になり、利益は売上から人件費を引いた残りで決まります。下の試算で経費を売上の7割前後に置いているのはこのためです。
消費税は非課税:インボイスの論点はほぼ効かない
国税庁のタックスアンサー(No.6201)は、公的な医療保障制度に係る療養・医療や、介護保険法に基づく居宅サービスを非課税取引としています。訪問看護療養費も介護保険の訪問看護費も、保険給付の対象部分は消費税がかかりません。
判定ツールではインボイス登録の有無が結論を動かしますが、売上の大半が保険給付の訪問看護では課税売上がほとんどないため、この論点はほぼ効きません。保険外の自費サービスを組み合わせる場合は、その部分だけ課税売上になります。
比べるべきは役員報酬:売上3,000万円の試算
法人化が前提なら、手取りを左右するのは役員報酬です。報酬を上げると社会保険料と所得税が増え、下げると法人に利益が残って法人税がかかります。売上3,000万円・経費2,200万円(看護職員の人件費を含む)で、役員報酬ごとの手取りを計算エンジンで出しました。
| 役員報酬 | 手取り合計 | 役員個人の手取り | 法人に残る額 | 社会保険料(労使計) |
|---|---|---|---|---|
| 月10万円 | 510.7万円 | 102.8万円 | 407.9万円 | 33.4万円 |
| 月20万円 | 519.5万円 | 196.3万円 | 323.2万円 | 68.1万円 |
| 月30万円 | 527.4万円 | 289.1万円 | 238.3万円 | 102.2万円 |
| 月40万円 | 529.5万円 | 378.8万円 | 150.7万円 | 139.6万円 |
| 月50万円 | 533.9万円 | 468.6万円 | 65.3万円 | 170.3万円 |
| 月54万円 ←最適 | 536.6万円 | 504.8万円 | 31.8万円 | 180.5万円 |
| 月60万円 | 517.8万円 | 547.8万円 | -30.0万円 | 200.9万円 |
| 月70万円 | 461.2万円 | 625.4万円 | -164.1万円 | 228.6万円 |
| 月80万円 | 415.8万円 | 704.8万円 | -289.0万円 | 238.3万円 |
※ 経費2,200万円・東京23区(特別区統一保険料率)・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス未登録・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 法人に残る額は、退職金・配当で引き出す際のコスト20%を控除した後の金額。税理士報酬は含まない
最適な月54万円と月70万円では、手取り合計に年75.4万円の差があります。利益(800万円)を上回る報酬を取ると法人が赤字になり、その分を役員個人の手取りで埋める形になるためです。報酬額の考え方は役員報酬の最適額で詳しく扱っています。
規模別の最適報酬
同じ条件で売上・経費だけを変えると、最適額は次のとおりです。
| 売上・経費 | 最適な役員報酬 | 手取り合計(最適時) |
|---|---|---|
| 2,000万・1,400万円 | 月42万円 | 409.7万円 |
| 3,000万・2,200万円 | 月54万円 | 536.6万円 |
| 4,000万・2,900万円 | 月54万円 | 725.3万円 |
| 5,000万・3,600万円 | 月54万円 | 910.5万円 |
※ 前提は上の表と同じ
利益が800万円を超えると、最適報酬は月54万円で頭打ちになり、それ以上の利益は法人に残す方が手取り合計は多くなります。看護職員を増やして規模を広げる段階では、報酬を上げるより法人に利益を残す計算になりやすい、ということです。
単年の手取りだけで見ない
法人の役員は社会保険に加入するため、上の社会保険料には厚生年金が含まれます。将来の年金や傷病手当金の価値は単年の手取りには表れません。実額の内訳は一人社長の社会保険料で確認できます。
開業の順序:法人設立 → 介護保険の指定 → 医療保険はみなし
順序は、法人の設立登記を済ませ、看護職員と事業所を整えてから都道府県(または指定都市等)に介護保険の指定を申請する形です。医療保険側は介護保険の指定に伴うみなし指定で足ります。設立費用の違いは合同会社と株式会社の費用比較を参照してください。
同じく法人であることが指定の前提になる業種に、障害福祉サービスの指定があります。逆に、病院・診療所が行う訪問看護は法人要件の外にあり、個人開業医からの法人化は医療法人化と保険医療機関の指定で扱っています。
まとめ
- 医療保険の指定は健康保険法89条4項1号で、申請者が地方公共団体・医療法人・社会福祉法人その他大臣が定める者に限られる
- 介護保険の指定は介護保険法70条2項1号で、申請者が条例で定める者(原則として法人)に限られる
- 株式会社・合同会社は介護保険の指定を受けると、89条2項で医療保険の指定もみなしで受けられる
- 人員基準(看護職員常勤換算2.5人以上)があるため、社長1人の会社では始められない
- 売上3,000万・経費2,200万円では最適報酬は月54万円、月70万円にすると手取り合計は年75.4万円減る(概算)
一般論の数字ではなく、自分のステーションの売上と人件費を入れて、役員報酬ごとの手取りを確かめてください。
よくある質問
看護師が個人事業主として訪問看護ステーションを開業できますか?
医療保険・介護保険のいずれの指定も申請者の範囲が法律と条例で絞られており、看護師個人のままでは指定を受けられません。保険を使わない自費の訪問サービスであれば指定は不要ですが、利用者は保険給付を受けられません。
合同会社でも訪問看護ステーションを開設できますか?
介護保険の指定居宅サービス事業者(訪問看護)は営利法人でも申請できます。その指定を受けると、別段の申出をしない限り健康保険法の指定訪問看護事業者の指定もあったものとみなされます。
看護師が医療法人を作って訪問看護をすることはできますか?
医療法39条で医療法人を設立できるのは、病院・医師または歯科医師が常時勤務する診療所・介護老人保健施設・介護医療院を開設しようとする社団・財団です。訪問看護ステーションだけを目的に医療法人は作れません。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。