設立の手続き
高圧ガス販売事業届は法人成りで承継できる。事業の全部譲渡と承継届
結論
高圧ガスの販売業者が届出に係る事業の全部を譲り渡すと、譲り受けた者が販売業者の地位を承継します(高圧ガス保安法20条の4の2第1項)。個人事業主が自分の会社へ販売事業を丸ごと譲る法人成りもこれに当たり、会社は事業開始20日前までの新規の販売事業届をせず、遅滞なく承継届を出します(同条2項)。一部の販売所だけを移す場合は承継に当たらず、会社が新たに届け出ます。
- 承継届は様式第21の2の高圧ガス販売事業承継届書に、事業の全部の譲渡があった事実を証する書面を添えて、販売所の所在地の都道府県知事に出す(一般高圧ガス保安規則37条の2)
- 酸素・アセチレン・水素などを売る販売所は販売主任者の選任と届出が要る(28条、規則72条・74条)。炭酸ガスは規則72条1項の列挙に入っていない
- 東京23区・40〜59歳・経費3,000万円・物品販売業(第1種5%)の試算では、損益分岐は2年目以降1,243万円、初年度1,341万円
このテーマの全体像 会社設立の手続き(自分でやる手順と届出)
溶接用の酸素・アセチレンや、飲料用・溶接用の炭酸ガスを個人で販売している事業者は、高圧ガス保安法の販売事業届を出しています。この届出による販売業者の地位は、事業の全部を会社へ譲り渡せば、会社がそのまま引き継げます。
この記事は、町の溶接材料店やガス販売店、医療用酸素も扱う販売店を想定しています。届出と承継の条文、承継届の書類、販売主任者・周知義務・貯蔵所の扱いを確認し、最後に損益分岐を計算エンジンで出します。
LPガスは液化石油ガス法、それ以外の高圧ガスは高圧ガス保安法
最初に、どの法律の手続きかを切り分けます。高圧ガス保安法20条の4は、販売事業の届出の対象から液化石油ガス法の液化石油ガス販売事業を除いています。一般家庭や飲食店にプロパンガスを売る事業は、液化石油ガス法の登録事業です。その法人成りはLPガス販売事業の登録と法人成りで扱っています。
酸素、アセチレン、窒素、アルゴン、炭酸ガス、水素などを売る事業は、高圧ガス保安法の販売事業届の対象です。両方を扱う販売店は、液化石油ガス法の登録と高圧ガス保安法の届出を別々に持っています。法人成りでは、それぞれの法律の承継規定に沿って別々に手続きします。
| 区分 | 法律 | 個人で受けているもの | 法人成りで移す仕組み |
|---|---|---|---|
| LPガスの一般消費者等への販売 | 液化石油ガス法 | 販売事業者の登録 | 事業の全部の譲渡で承継(10条) |
| 上記以外の高圧ガスの販売 | 高圧ガス保安法 | 販売事業の届出 | 事業の全部の譲渡で承継(20条の4の2) |
販売事業届:販売所ごとに、事業開始の20日前まで
高圧ガスの販売の事業を営もうとする者は、販売所ごとに、事業開始の日の20日前までに、販売するガスの種類を記載した書面などを添えて都道府県知事に届け出ます(20条の4)。添付書類は、販売の目的と、販売の方法の技術上の基準に関する事項を記載したものです(一般高圧ガス保安規則37条2項)。指定都市にある販売所は、事務の区分により指定都市の長に出す場合があります(同条1項)。
届出をしないで高圧ガスを販売すると、30万円以下の罰金の対象です(83条2号の6)。許可や登録ではなく届出ですが、無届の販売には罰則があります。
届出が要らない販売もある
20条の4ただし書2号と施行令6条は、医療用の高圧ガス(経済産業大臣が定める種類を除く)などを、貯蔵数量が常時5立方メートル未満の販売所で販売する場合を届出の対象外にしています。医療用酸素を少量だけ扱う販売所は、そもそも届出をしていないことがあります。その場合、この記事の承継の手続きは関係しません。自分が届出をしているかは、手元の届出書の控えで確認できます。
20条の4の2:事業の全部を譲り渡すと、地位が承継される
20条の4の2第1項は、販売業者が届出に係る事業の全部を譲り渡したとき、または相続・合併・分割(事業の全部を承継させるものに限る)があったときは、事業の全部を譲り受けた者が販売業者の地位を承継すると定めています。
個人事業主が自分の会社へ販売事業を丸ごと譲る法人成りは、この「事業の全部の譲渡」に当たります。条文は事前の認可を求めていません。承継した会社は、遅滞なく、その事実を証する書面を添えて都道府県知事に届け出ます(同条2項)。この届出をしない、または虚偽の届出をすると、10万円以下の過料の対象です(86条1号)。
愛知県は、新規の届出をしないで販売業者の地位を承継できる場合として、事業の全部を譲り受けた会社を挙げています。同じ「事業の全部の譲渡」で地位が移る型は、LPガスのほかに計量証明事業の登録にもあります。一方、承継規定がなく会社が登録を取り直す毒物劇物販売業とは型が違います。
一部の販売所だけ移す場合は新規の届出
販売所が複数あり、1つだけを会社に移すと「事業の全部」の譲渡になりません。この場合、会社は新規に販売事業届を出します。ただし、事業の一部の譲渡で引き続き販売の事業を営もうとする者が新たに届け出るときは、販売の目的などの添付書類を省略できます(規則37条1項ただし書)。
新規の届出は事業開始の20日前までなので、会社が販売を始める日から逆算して出す必要があります。個人の側は、販売の事業を廃止したときに遅滞なく廃止を届け出ます(21条5項)。
承継届の書類
承継届は、様式第21の2の高圧ガス販売事業承継届書に、事業の全部の譲渡があった事実を証する書面を添え、販売所の所在地を管轄する都道府県知事に提出します(規則37条の2)。愛知県は、事業の全部の譲渡の場合の添付書類として、譲渡に関する契約書等の写しを挙げています。
法人成りでは、会社の設立登記を済ませてから、個人と会社の間で事業譲渡契約を結ぶのが通常の順番です。契約書には、譲り渡す対象が高圧ガスの販売事業の全部であることが読み取れるように、販売所と取り扱うガスを書いておくと、承継届の添付書類としてそのまま使えます。法人成りで引き継ぐ許認可の全体像は法人成りで許認可は引き継げるかにまとめています。
| 移し方 | 根拠 | 期限 | 主な書類 |
|---|---|---|---|
| 事業の全部の譲渡による承継 | 20条の4の2 | 承継後、遅滞なく | 承継届書(様式第21の2)、譲渡の事実を証する書面 |
| 新規の販売事業届 | 20条の4 | 事業開始の20日前まで | 販売事業届書(様式第21)、販売の目的・技術上の基準に関する書類 |
なお、法人成りを機に販売するガスの種類を変えた場合は、承継とは別に、遅滞なく種類の変更を届け出ます(20条の7)。
販売主任者・周知義務・貯蔵所の扱い
販売主任者:酸素・アセチレンは要る、炭酸ガスは列挙にない
一定の高圧ガスを販売する販売業者は、販売所ごとに、製造保安責任者免状または販売主任者免状を持ち、所定の経験がある者から販売主任者を選任します(28条1項)。対象のガスは規則72条1項に列挙されており、アセチレン、酸素、水素、メタン、アンモニア、塩素などが入っています。炭酸ガス(二酸化炭素)、窒素、アルゴンは列挙されていません。
選任・解任をしたときは、遅滞なく、様式第35の高圧ガス販売主任者届書に免状の写しを添えて届け出ます(28条3項、規則74条)。販売主任者を選任しないと、6か月以下の拘禁刑もしくは50万円以下の罰金、またはその両方の対象です(81条3号)。
個人事業主の本人が免状を持ち、自ら販売主任者になっている販売所は少なくありません。法人成り後も社長本人を会社の販売主任者とするときに、選任の届出を出し直すかどうかは、承継届と同時に管轄の都道府県に確認しておくと手戻りがありません。
周知義務:契約を結び直すなら書面を配る
溶接・熱切断用のアセチレン・天然ガス・酸素、在宅酸素療法用の液化酸素、スクーバダイビング等呼吸用の空気などを売る販売業者は、購入者に災害防止のための事項を周知させます(20条の5、規則39条)。周知は、販売契約を締結したときと、前回の周知から1年以上たって引き渡したときごとに、書面を配布して行います(規則38条)。
法人成りで会社が顧客と販売契約を結び直すなら、締結のときに周知の書面を配ることになります。購入者が第一種製造者や販売業者などである場合は、周知の義務はありません(20条の5第1項ただし書)。
貯蔵所:第一種は承継の規定がある
容積300立方メートル以上の高圧ガスを貯蔵する販売店は、販売事業届とは別に貯蔵所の許可または届出を持っています。液化ガスは10キログラムを1立方メートルとみなします(16条3項)。ガスの種類ごとに政令で定める値以上を貯蔵する第一種貯蔵所は知事の許可(16条1項)、それ未満の第二種貯蔵所は知事への届出(17条の2)です。
第一種貯蔵所は、譲渡または引渡しがあったときに、譲受人が設置の許可を受けた者の地位を承継します(17条1項)。承継した者は様式第8の第一種貯蔵所承継届書を遅滞なく出します(17条2項、規則24条)。第二種貯蔵所については、法律に同じ承継の規定がありません。会社の名義でどう扱うかは、管轄の都道府県に確認が必要です。
ボンベへの充塡などで第二種製造者の届出もしている場合は、販売と同じく事業の全部の譲渡で地位を承継します(10条の2)。
物品販売業の個人事業税と損益分岐
高圧ガスの販売は個人事業税の物品販売業(第1種事業・税率5%)です(地方税法72条の2第8項)。事業主控除290万円を超えた所得に課税され、法人化するとかからなくなります。代わりに役員報酬に社会保険料がかかります。
ガスの仕入れ・ボンベの配送・容器の管理などの経費を年3,000万円、社長を40〜59歳と置き、事業所得ごとに個人のままと法人化の差を計算しました。
| 事業所得(売上−経費) | 最適な役員報酬 | 2年目以降 | 初年度(設立費用込み) |
|---|---|---|---|
| 600万円 | 月42万円 | −34.0万円 | −44.0万円 |
| 800万円 | 月45万円 | −18.9万円 | −28.9万円 |
| 1,000万円 | 月45万円 | −10.0万円 | −20.0万円 |
| 1,200万円 | 月54万円 | −4.3万円 | −14.3万円 |
| 1,500万円 | 月54万円 | +26.1万円 | +16.1万円 |
| 2,000万円 | 月90万円 | +65.8万円 | +55.8万円 |
※ 当サイトの計算エンジン(node scripts/houjinnari-kyoninka-table.mjs --expenses 3000 --business type1 --age 40to64 --note '物品販売業(第1種・5%)' で再生成)で算出。経費3,000万円、東京都・東京23区、単身・40〜59歳、青色申告(電子申告65万円控除)、インボイス登録済み、合同会社。法人の税理士報酬35.0万円・個人15.0万円。役員報酬は手取り最大となる額を総当たりで選択。個人事業税は物品販売業(第1種・5%)。初年度は合同会社の設立費用10.0万円を差し引いた額。2026年(令和8年)分基準の概算
損益分岐となる事業所得(青色申告特別控除の前)は、2年目以降が1,243万円、初年度が1,341万円です。売上が大きくても、仕入れの比率が高い業種なので事業所得は売上ほど大きくなりません。判断は売上ではなく、売上から経費を引いた事業所得で見る必要があります。
販売事業届の承継は届出の手続きなので、この表の損益分岐を動かす要素にはなりません。効いてくるのは、承継できずに新規の届出になった場合の20日の空白です。会社が販売を始められる日が遅れると、その間の売上をどちらの名義で立てるかの整理が要ります。自分の売上と経費で判定ツールに入れて確かめられます。計算の前提は計算方法に、設立の手順と実費は会社設立を自分でやる手順にまとめています。
まとめ
- LPガスの販売は液化石油ガス法、それ以外の高圧ガスの販売は高圧ガス保安法の販売事業届。法人成りの手続きは法律ごとに別々に行う
- 販売事業の全部を会社に譲り渡せば、会社が販売業者の地位を承継する(20条の4の2)。新規の届出ではなく、遅滞なく承継届を出す
- 一部の販売所だけを移す場合は承継に当たらず、会社が事業開始の20日前までに新規の届出をする
- 酸素・アセチレンなどの販売所は販売主任者の選任・届出が要る。第一種貯蔵所は譲渡で地位を承継し、別に承継届を出す
- 東京23区・40〜59歳・経費3,000万円の試算で、損益分岐は2年目以降1,243万円、初年度1,341万円
よくある質問
法人成りで、会社の名前で販売事業届を出し直す必要はありますか。
販売事業の全部を会社に譲り渡すなら、会社は販売業者の地位を承継するので、新規の販売事業届ではなく承継届を遅滞なく出します(高圧ガス保安法20条の4の2)。事業の一部だけを移す場合は承継に当たらず、会社が販売所ごとに事業開始の20日前までに届け出ます(20条の4)。
承継届を出し忘れるとどうなりますか。
20条の4の2第2項の届出をしない、または虚偽の届出をした者は、10万円以下の過料の対象です(86条1号)。地位の承継そのものは事業の全部の譲渡で生じますが、届出は別に義務づけられています。
炭酸ガスだけを販売している場合も販売主任者は要りますか。
販売主任者の選任が要る高圧ガスは一般高圧ガス保安規則72条1項に列挙されており、酸素・アセチレン・水素・メタンなどが入っていますが、炭酸ガス(二酸化炭素)は入っていません。酸素やアセチレンもあわせて扱う販売所は選任が必要です。
出典
- e-Gov法令検索 高圧ガス保安法 第10条の2(第二種製造者の承継)・第16条(第一種貯蔵所)・第17条(第一種貯蔵所の承継)・第17条の2(第二種貯蔵所)・第20条の4(販売事業の届出)・第20条の4の2(承継)・第20条の5(周知させる義務等)・第20条の7(販売をするガスの種類の変更)・第21条(廃止等の届出)・第28条(販売主任者)・第81条・第83条・第86条(罰則)
- e-Gov法令検索 高圧ガス保安法施行令 第6条(販売事業の届出をすることを要しない高圧ガス)
- e-Gov法令検索 一般高圧ガス保安規則 第24条(第一種貯蔵所に係る承継の届出)・第37条(販売の事業の届出)・第37条の2(販売業者に係る承継の届出)・第38条・第39条(周知の義務)・第72条・第74条(販売主任者の選任等)
- 愛知県 高圧ガス販売業者の承継の届出について
- e-Gov法令検索 地方税法 第72条の2第8項(第一種事業:物品販売業)・第72条の49の17(個人事業税の税率)
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。