社会保険

社長の雇用保険の代わりは3つ。日額で並べると順位が変わる

一人社長は雇用保険に入れませんが、働けなくなったときの受け皿は傷病手当金・労災の特別加入・小規模企業共済の3つに分かれます。会社員が受け取る基本手当の日額と、役員報酬別の傷病手当金を並べ、月25万円で順位が入れ替わる理由まで計算しました。

一人社長が雇用保険に入れないことは、法人化の前に一度は目にします。では代わりに何があるのかを金額で並べた資料はほとんどありません。受け皿は1つではなく、リスクごとに別の制度へ割れています。

しかも日額で比べると、直感と逆の順序になります。役員報酬が月25万円を超えるあたりで、健康保険の傷病手当金の日額が、会社員が受け取る基本手当の日額を追い越します。以下、令和8年8月1日以降の基本手当日額と、当サイトの計算エンジンが出す標準報酬月額で並べます。

会社員が受け取る基本手当には、年齢ごとの上限がある

まず、一人社長が受け取れないものの実寸を確認します。基本手当(いわゆる失業給付)の日額は、離職前6か月の賃金から計算した賃金日額をもとに決まりますが、賃金日額にも基本手当日額にも上限があります。

離職時の年齢賃金日額の上限額基本手当日額の上限額90日分
29歳以下14,900円7,450円670,500円
30〜44歳16,540円8,270円744,300円
45〜59歳18,220円9,110円819,900円
60〜64歳17,400円7,830円704,700円

※ 令和8年8月1日以降の額。基本手当日額の下限額は年齢に関係なく2,562円(賃金日額の下限額3,203円) ※ 90日は算定基礎期間10年未満・一般の受給資格者の所定給付日数

上限額は毎月勤労統計の平均定期給与額に連動して毎年8月1日に見直され、令和8年8月1日からは前年より195円〜240円上がりました。

所定給付日数は、倒産・解雇などによる離職でない一般の受給資格者の場合、雇用保険に入っていた期間が10年未満で90日、10年以上20年未満で120日、20年以上で150日です。40歳・加入10年未満の人が自己都合で辞めたとすると、受け取れる総額の上限は74万4,300円になります。

年収1,000万円でも2,000万円でも、この上限は動きません。雇用保険の失業給付は、高所得者ほど「掛金に対して戻ってくる割合」が小さくなる設計です。 令和8年度の雇用保険料率は一般の事業で労働者負担5/1,000、事業主負担8.5/1,000ですが、給付の側には天井があります。

一人社長が入れない理由そのものは一人社長は雇用保険に入れない。失業給付がない理由で扱っています。ここから先は、入れないことを前提に、何がその位置を埋めるのかを見ます。

受け皿は「失業」ではなく「働けない」の側に寄っている

一人社長が実際に使える制度を、雇用保険が守っている範囲と並べると、対応関係がずれていることが分かります。

会社員が使う給付対応する状態一人社長側の受け皿お金の出どころ
基本手当仕事を失い、働ける状態で職を探しているなし
傷病手当(雇用保険)求職中に病気やけがで働けないなし
健康保険の傷病手当金業務外の病気やけがで働けない加入できる健康保険(保険料は労使折半)
労災保険の休業補償業務中・通勤中のけが特別加入できる場合がある労災保険(全額自己負担)
育児休業給付・介護休業給付育児・介護のための休業なし
退職金仕事をやめた後の生活費小規模企業共済自分が積んだ掛金

3つの受け皿のうち、保険として機能しているのは傷病手当金と労災の2つだけです。 小規模企業共済は自分が積んだ掛金を受け取る制度なので、加入した翌月に事業をたためば、受け取れるのはそこまでに払った額の範囲にとどまります。

そして表の1行目が空いていることが、この問題の中心です。事業がうまくいかなくなって会社をたたむという事態に対して、公的な給付は用意されていません。国民健康保険にも国民年金にも、それに相当する給付はありません。法人化しても、ここは埋まりません。

日額で並べると、月25万円で順位が入れ替わる

次が本題です。役員報酬の額ごとに、3つの制度の1日あたりの支給額を並べます。基本手当の列は、同じ額の賃金を受ける30〜44歳の労働者が離職したと仮定した場合の日額で、一人社長が実際に受け取れるものではありません。比較のための参照値です。

役員報酬標準報酬月額傷病手当金の日額基本手当の日額(仮)労災の休業給付+特別支給金日額が大きいほう
月10万円98,000円2,180円2,666円2,800円基本手当
月20万円200,000円4,447円5,037円4,800円基本手当
月30万円300,000円6,667円6,307円7,200円傷病手当金
月40万円410,000円9,113円6,744円9,600円傷病手当金
月50万円500,000円11,113円8,270円12,800円傷病手当金
月54万円530,000円11,780円8,270円12,800円傷病手当金
月60万円590,000円13,113円8,270円14,400円傷病手当金
月70万円710,000円15,780円8,270円17,600円傷病手当金
月80万円790,000円17,553円8,270円20,000円傷病手当金
月90万円880,000円19,553円8,270円20,000円傷病手当金
月100万円980,000円21,780円8,270円20,000円傷病手当金

※ 基本手当の日額は、同じ額の賃金を受ける30〜44歳の労働者が離職した場合の額(令和8年8月1日以降の計算式)。一人社長は実際には受け取れない ※ 労災は特別加入の給付基礎日額を年収に最も近い額で選んだ場合。休業(補償)等給付60%+休業特別支給金20% ※ 標準報酬月額は健康保険(協会けんぽ 東京支部・令和8年度)の等級

順位が入れ替わるのは役員報酬月25万円です。そこでは傷病手当金5,780円に対して基本手当5,776円と、差は4円まで詰まります。月20万円では基本手当が590円高く、月30万円では傷病手当金が360円高くなります。

入れ替わる理由は、給付率の形が違うから

基本手当の給付率は一定ではありません。賃金日額が5,480円未満なら80%ですが、5,480円から1万3,490円までは80%から50%へ連続的に下がり、それを超えると50%、さらに上限額に当たると定額で止まります。低賃金の人ほど手厚く、高賃金の人ほど薄くなる設計です。

これに対して傷病手当金は、標準報酬日額の3分の2で一律です。率が動かず、計算の基礎となる健康保険の標準報酬月額は139万円まであるので、報酬を上げれば給付も伸び続けます。

率が下がっていく制度と、率が一定の制度。この2本の線が交わるのが月25万円付近で、そこから先は差が開く一方になります。月54万円では傷病手当金が基本手当の上限を1日3,510円上回ります。90日分に直すと31万5,900円です。

労災の特別加入がこの表でさらに大きく見えるのは、休業(補償)等給付60%に休業特別支給金20%が上乗せされ、合計で給付基礎日額の80%になるためです。ただし給付基礎日額は3,500円から2万5,000円までの範囲でしか選べないので、報酬が月80万円に届いたところで日額2万円の頭打ちになります。表の下のほうで傷病手当金に追い抜かれるのはそのためです。

支給が始まるタイミングも制度ごとに決まっています。傷病手当金は連続する3日間の待期を経た4日目から、労災の休業(補償)等給付も休業4日目からです。

なお、この3つは横に並んでいるだけで、同じ場面で選べるものではありません。労災が出るのは業務中・通勤中の災害に限られ、業務外の病気やけがは健康保険の傷病手当金の領域です。金額の大小ではなく、何が起きたかで入口が決まります。

1年働けなくなったときの差は、毎年の手取り差より1桁大きい

当サイトの判定ツールが出すのは、健康なまま1年働いた場合の手取り差です。所得別に見ると次のようになります。

事業所得個人のまま法人化(最適報酬)最適な役員報酬実質差額(年)判定
400万円303.1万円274.5万円月28万円−48.6万円個人のまま有利
600万円427.3万円409.7万円月42万円−37.6万円個人のまま有利
800万円540.7万円536.6万円月54万円−24.1万円個人のまま有利
1,000万円657.1万円662.4万円月54万円−14.7万円ほぼ互角
1,200万円774.2万円787.6万円月54万円−6.6万円ほぼ互角
1,500万円928.2万円972.0万円月54万円+23.9万円法人化が有利
1,800万円1082.1万円1149.1万円月90万円+47.0万円法人化が有利
2,100万円1232.0万円1332.6万円月95万円+80.6万円法人化が有利
2,500万円1395.0万円1551.1万円月100万円+136.1万円法人化が有利
3,000万円1599.6万円1816.8万円月100万円+197.2万円法人化が有利

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 実質差額は税理士報酬の差(年20万円)と法人住民税の均等割を差し引いた後の金額

事業所得1,000万円の帯で、法人化と個人のままの差は年14.7万円です。ここに、1年間働けなくなった場合の数字を重ねます。

前年の事業所得最適な役員報酬個人:翌年の国保+国民年金個人:入る給付法人:均等割一人社長:傷病手当金1年分
600万円月42万円80.3万円なし7.0万円329.9万円
800万円月54万円101.4万円なし7.0万円426.4万円
1,000万円月54万円117.1万円なし7.0万円426.4万円
1,200万円月54万円117.5万円なし7.0万円426.4万円
1,500万円月54万円117.5万円なし7.0万円426.4万円

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 国民健康保険料・国民年金保険料は前年の所得をもとに計算される額。休業した年にもこの額が請求される ※ 傷病手当金は最適な役員報酬の等級で、待期3日を除く362日分。支給は通算1年6か月まで

事業所得1,000万円の人が丸1年休んだ場合、一人社長には傷病手当金として426.4万円が入ります(役員報酬を止めていることが条件です。後述します)。個人事業主に入る給付はありません。毎年の手取り差14.7万円に対して、1回の休業で開く差は29年分に相当します。

出ていくお金の向きも逆です。個人事業主には、休業した年にも前年の所得で計算された国民健康保険料と国民年金保険料が請求されます。事業所得1,000万円だった翌年なら117.1万円です。所得が0になったことは、その年度の保険料には反映されません。

しかも事業所得1,200万円と1,500万円で額が117.5万円のまま並んでいます。国民健康保険料が賦課限度額に達していて、所得が300万円増えても保険料が1円も増えない帯です。 裏を返せば、所得が下がっても限度額から離れるまで保険料は下がりません。

国民健康保険料には災害や所得の激減による減免の仕組みがあり、国民年金保険料にも免除制度があります。ただし国民年金の免除は前年所得で審査され、全額免除の基準は「(扶養親族等の数+1)×35万円+32万円」です。売上があった年の翌年に休業した場合、この基準には当てはまりません。申請の実際は国民健康保険料の減免・軽減国民年金の免除と追納で扱っています。

法人側で休業中も止まらないのは、法人住民税の均等割年7万円と税理士報酬です。役員報酬を止めれば社会保険料は止まりますが、会社が存在する限り均等割は発生します。

受け取る条件は、制度ごとにまったく違う

日額の大小より、条件のほうが結果を分けます。3つとも、加入していれば自動的に受け取れるものではありません。

傷病手当金は、役員報酬を止めていることが条件です。 休業した期間について給与の支払いがないことが支給要件なので、定期同額給与を払い続けている限り1円も出ません。役員報酬は期の途中で自由に動かせないため、健康保険側だけで完結しない判断になります。詳しくは一人社長の傷病手当金はいくらかで扱っています。

会社をたたむところまで進む場合は、もう1つ条件が増えます。資格喪失後も傷病手当金を受け続けるには、資格喪失日の前日までに継続して1年以上の被保険者期間が必要です(任意継続被保険者や国民健康保険の期間は除きます)。法人化して1年以内に倒れた場合、会社を清算した時点で給付は止まります。支給期間は同一の傷病について、支給を開始した日から通算して1年6か月です。

労災の特別加入は、そもそも枠に入れるかどうかから確認が必要です。 中小事業主等としての特別加入には従業員と労働保険事務組合が必要なので、従業員ゼロの一人社長はこの枠に入れません。令和6年11月に広がったフリーランス向けの枠を含めて、どの区分に当てはまるかは一人社長は労災に入れるかで整理しています。保険料は「給付基礎日額×365×業種別の保険料率」で、給付基礎日額を上げれば給付も保険料も比例して上がります。

小規模企業共済は、給付ではなく自分の積立です。 掛金は全額が所得控除になりますが、受け取れる額は納付月数に連動します。20年未満の任意解約では元本割れが起きる点を含め、小規模企業共済のデメリットで扱いました。法人成り後も同一人通算で継続できるので、個人事業主の期間の月数を捨てずに済みます。

3つを並べたときに見えるのは、法人化で埋まるのは「働けない」の側だけで、「仕事がなくなった」の側は個人事業主のままでも法人でも空いているということです。役員報酬をいくらに置くかという判断は役員報酬は結局いくらが最適かにまとめていますが、そこでの最適額は1年間健康に働く前提の数字です。

判定が僅差の帯にいるなら、単年の手取り差だけで決める材料は足りていません。自分の売上と経費で手取り差を出したうえで、その差額が、休業という一度の事態で動く額に対してどの程度の大きさなのかを見てください。計算の前提は計算方法についてに置いています。

まとめ

  • 基本手当日額には年齢ごとの上限があり、30〜44歳で8,270円、90日分で74万4,300円が上限になる(令和8年8月1日以降)
  • 一人社長の受け皿は傷病手当金・労災の特別加入・小規模企業共済の3つで、「仕事がなくなったこと」に対応する公的給付はない
  • 日額は役員報酬月25万円を境に順位が入れ替わる。基本手当は給付率が下がっていき、傷病手当金は標準報酬日額の3分の2で一定のため
  • 事業所得1,000万円で1年休んだ場合、一人社長には傷病手当金426.4万円、個人事業主には給付がなく、前年所得ベースの国保・国民年金117.1万円が請求される
  • 傷病手当金には役員報酬を止めること、資格喪失後も受け取るには継続1年以上の被保険者期間という条件が付く

よくある質問

社長が失業保険の代わりに入れる公的な制度はありますか?

「仕事がなくなったこと」そのものに対応する公的給付は、役員にはありません。健康保険の傷病手当金は働けない状態、労災保険の特別加入は業務中や通勤中のけがが対象で、事業の終了自体では支給されません。

役員報酬を下げると傷病手当金はどれくらい減りますか?

傷病手当金の日額は標準報酬月額の30分の1の3分の2です。月54万円なら1万1,780円、月30万円なら6,667円になります。報酬を下げると給付もほぼ比例して下がります。

労災保険の特別加入の保険料はどう決まりますか?

選んだ給付基礎日額に365を掛けた保険料算定基礎額に、業種ごとの保険料率を掛けて計算します。給付基礎日額は3,500円から2万5,000円までの範囲で申請し、労働局長が決定します。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。