設立の手続き
屋号をそのまま社名に。個人時代の債務も会社が払う会社法22条
結論
屋号をそのまま社名にして個人の事業を会社に移すと、会社法22条1項(24条2項で個人商人からの譲受けに準用)により、会社も個人時代の事業上の債務を弁済する責任を負います。移した後遅滞なく「債務を弁済する責任を負わない旨」を登記するか、債権者に通知すれば外せます。会社が払って社長に求めず放棄すると役員給与になり、売上1,200万円・経費200万円・報酬月54万円なら100万円の放棄で社長の所得税・住民税が29.5万円増えます。
- 免責の登記は会社が本店所在地で申請し、譲渡人(社長本人)の承諾書を付ける(商業登記法31条)。登録免許税は別表第一24号(一)ツの申請1件3万円
- 続用すると、個人側の責任は事業を移した日から2年以内に請求・予告しない債権者に対して消える(22条3項)。会社の責任には期限がない
- 報酬月54万円の社長は、30万円の放棄でも合計所得が489万円を超えて基礎控除が104万→67万円に下がり、増税は10.3万円(34.4%)になる
屋号をそのまま社名にした法人成りは、取引先にとって分かりやすく、看板や名刺もほとんど作り直さずに済みます。その代わり、会社法には「前の事業の名前を引き継いだ会社は、前の事業の借金も払う」という規定があります。個人の借入金や買掛金は手続きをしない限り会社に移らない、という整理は半分しか正しくありません。
会社法22条:商号を引き続き使う会社は、前の事業の債務も払う
会社法22条1項は、事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負うと定めています。会社どうしの規定に見えますが、24条2項が「会社が商人の営業を譲り受けた場合には、当該商人を譲渡会社とみなして」22条から23条の2までを適用するとしています。
個人事業主が会社を作り、取引先・設備・従業員などの事業一式を会社に移す法人成りは、この「商人の営業の譲受け」の形にあたり得ます。関係する条文は次の4つです。
| 条文 | 定めていること | 法人成りでの意味 |
|---|---|---|
| 22条1項 | 商号を続用する譲受会社は、譲渡人の事業で生じた債務を弁済する責任を負う | 屋号を社名にした会社が、個人時代の買掛金・未払金・借入金などの請求を受け得る |
| 22条2項 | 遅滞なく「責任を負わない旨」を登記するか、譲受会社と譲渡人から第三者へ通知すれば1項を適用しない | 免責の登記か、債権者への通知で外せる |
| 22条3項 | 譲渡人の責任は、事業譲渡の日後2年以内に請求・予告しない債権者に対して消滅する | 続用した場合、個人側の責任のほうが先に消える |
| 23条の2 | 債権者を害することを知って事業を譲渡した場合、残された債権者は承継財産の価額を限度に譲受会社へ請求できる | 社名を変えても、債務を個人に残して資産だけ移すと請求を受け得る |
※ 会社法22条〜24条をもとに当サイトで整理
債権者から見ると、看板も店も同じなら、経営者が会社を作ったことに気づかないまま取引を続けることがあります。22条1項は、名前が同じなら同じ相手だと信じた債権者を守るための規定です。 そのため、会社と個人の間で「債務は引き継がない」と約束していても、債権者に対しては会社が責任を負います。
対象になるのは「商人」の事業
24条2項が対象にするのは「商人の営業」です。商法4条1項は、商人を「自己の名をもって商行為をすることを業とする者」と定めています。物品の販売、製造・加工の請負、運送、作業や労務の請負、出版・印刷・撮影、仲介など、商法501条・502条に挙がる行為を事業として行う個人事業主はこれにあたります。
一方、502条ただし書は「専ら賃金を得る目的で物を製造し、又は労務に従事する者」の行為を商行為から除いています。業種によっては商人に当たらない個人事業主もいるため、22条の適用があるかは事業の内容で変わります。
屋号を社名にすると「続用」になり得る
商法11条1項は、個人の商人は「その氏、氏名その他の名称をもってその商号とすることができる」と定めています。2項で商号の登記は任意です。つまり、個人事業主が取引で使ってきた屋号は、登記していなくても商号として扱われ得ます。
条文は「商号を引き続き使用する」としか書いておらず、どこまで同じなら続用かは事実で判断されます。最高裁平成20年6月10日判決は、商号そのものではないゴルフクラブの名称でも、事業の主体を表す名称として使われていたなら、それを引き続き使う会社に22条1項を類推適用しました。屋号の後ろに「合同会社」「株式会社」を付けただけの社名は、取引先から見て同じ事業と受け取られやすい形です。続用に当たらないと言い切れる材料はありません。
商号とは別に、店名やサービス名、ドメインをそのまま使い続ける場合も、それが事業の主体を表す名前として使われていれば同じ問題が起きます。
外す方法は2つ:免責の登記と債権者への通知
22条2項は、事業を譲り受けた後に遅滞なく次のどちらかをすれば、1項の責任を負わないとしています。
| 免責の登記 | 債権者への通知 | |
|---|---|---|
| 根拠 | 会社法22条2項前段・商業登記法31条 | 会社法22条2項後段 |
| 誰がするか | 譲受会社が申請する。譲渡人の承諾書を添付する | 譲受会社と譲渡人の両方から通知する |
| どこで | 会社の本店所在地の法務局 | 各債権者へ |
| 効果が及ぶ範囲 | すべての債権者 | 通知を受けた債権者だけ |
| 費用 | 登録免許税 申請1件3万円 | 通知の発送費用 |
※ 登録免許税法 別表第一24号(一)は、イ〜ソに個別の登記を列挙し、それ以外の「登記事項の変更、消滅又は廃止の登記」をツで申請1件3万円としている。免責の登記はイ〜ソに挙がっていない
法人成りでは、譲受会社は自分の会社、譲渡人は自分自身です。承諾書も通知の差出人も社長本人なので、どちらの方法も相手の協力を待つ必要はありません。違いは範囲です。通知は届いた相手にしか効かないため、債権者を数え漏らすと、その相手には会社が責任を負ったままになります。登記なら、取引先が何社あっても1件で済みます。
設立登記とは別の申請になるので、設立費用の見積もりに入っていないことがあります。会社名を変えたときの登記費用も同じ3万円で、こちらは商号変更の登記費用で扱いました。
続用したままだと、個人の責任のほうが2年で消える
免責の手続きをしないまま屋号を続用すると、22条3項が働きます。個人(譲渡人)の責任は、事業を移した日から2年以内に請求も予告もしなかった債権者に対しては消滅します。会社側の責任には、この期限がありません。
結果として、何もしなければ個人時代の事業上の債務は、時間とともに会社の側へ寄っていきます。会社に個人時代の負債が乗ると、決算書には出てこない債務を抱えたまま融資や取引の審査を受けることになります。意図して借入金を会社に移す方法(債務引受)は法人成りで個人の借入金を引き継ぐ方法にまとめていますが、22条はその手続きを経なくても会社に請求が来る点が違います。
逆向きの規定もあります。22条4項は、個人の事業で生じた債権(売掛金など)を取引先が会社に払った場合、払った人が善意で重大な過失がなければ、その弁済を有効とします。取引先との関係ではそれで済んでも、その代金がどちらの売上になるかは税務上の別の論点です。法人成り前後の売上の帰属で扱っています。
会社が払ったら、社長に請求するか放棄するか
22条は債権者に対する責任を定めるだけで、会社と個人の内部では、引き継がないと決めた債務は個人のものです。会社が22条に基づいて個人時代の債務を払った場合、会社は払った分を社長に求められる立場にあります。ここで処理が3通りに分かれます。
| 処理 | 会社の法人税 | 社長の所得税・住民税 |
|---|---|---|
| 社長が個人のお金で払う | 影響なし | 影響なし |
| 会社が払い、社長への貸付金として返してもらう | 影響なし(無利息なら認定利息の論点) | 影響なし |
| 会社が払い、社長に求めず放棄する | 損金にならない | 放棄した額が給与として課税される |
※ 法人税基本通達9-2-9、法人税法34条1項・4項をもとに当サイトで整理
法人税基本通達9-2-9は、役員に対して有する債権を放棄・免除した場合(4号)や、役員から債務を無償で引き受けた場合(5号)の金額を、役員給与となる経済的な利益に挙げています。1回限りの放棄は定期同額給与に当たらないため、法人税法34条1項で損金になりません。旧債務の支払いはもともと会社の費用ではないので、払っても放棄しても会社の課税所得は変わりません。負担が増えるのは社長個人の税金です。
貸付金にした場合の利息の扱いは役員貸付金の認定利息で計算しています。
放棄した場合の社長の増税額
計算エンジンが手取り最大とする役員報酬で働いている社長について、会社が払った旧債務を放棄したときの所得税・住民税の増加を出しました。
| 会社の条件(最適報酬) | 30万円を放棄 | 50万円を放棄 | 100万円を放棄 | 200万円を放棄 |
|---|---|---|---|---|
| 売上800万・経費200万(月42万円) | 4.4万円(14.5%) | 7.6万円(15.2%) | 15.7万円(15.7%) | 42.3万円(21.2%) |
| 売上1,200万・経費200万(月54万円) | 10.3万円(34.4%) | 15.8万円(31.6%) | 29.5万円(29.5%) | 56.9万円(28.4%) |
| 売上3,000万・経費1,000万(月90万円) | 10.1万円(33.5%) | 16.8万円(33.5%) | 33.5万円(33.5%) | 67.0万円(33.5%) |
※ 金額は社長の所得税(復興特別所得税を含む)・住民税の増加。( )は放棄した債権額に対する割合
※ 東京23区・40歳未満・独身・合同会社。役員報酬は計算エンジンが手取り最大とする月額。放棄した額を給与収入に加えて計算し直した
※ 会社の法人税等は変わらない(旧債務の弁済は会社の費用ではなく、放棄しても役員給与として損金不算入)。源泉徴収・加算税・社会保険の扱いは含めない。計算は scripts/houjinnari-shogo-zokuyo.mjs
売上1,200万円の行で、30万円の放棄のほうが100万円より負担率が高いのは、基礎控除の段差のためです。役員報酬年648万円の給与所得は474.4万円で、30万円を足すと500.2万円になります。令和8年分の所得税の基礎控除は、合計所得489万円以下なら104万円、489万円超655万円以下なら67万円です。30万円の放棄で489万円をまたぎ、基礎控除が37万円下がるため、放棄額の3分の1を超える税金がかかります。
売上800万円の行も、200万円の放棄で給与所得が523.6万円になり、同じ段差をまたぎます。100万円までは15%台なのに、200万円で21.2%に上がるのはこのためです。
法人成りの前に決めておくこと
22条の責任は、屋号を社名にした時点で決まるのではなく、事業を移した後に免責の手続きをしたかどうかで決まります。法人成りの段取りに組み込むなら、確認するのは次の3点です。
- 個人時代の事業上の債務を洗い出す:買掛金、未払金、借入金、預り金。会社に移すもの(債務引受)と個人に残すものを分ける
- 社名を屋号と同じにするか決める:同じにするなら、事業を移した後遅滞なく免責の登記を申請するか、残す債務の債権者全員に通知する
- 個人に残した債務を個人で払い切る資金があるか確かめる:資産だけ会社に移して債務を払えなくなると、社名に関係なく23条の2の請求を受け得る
会社に移さない債務を個人で返す資金は、廃業後の個人に残った現金と、法人化後の役員報酬から出ることになります。報酬をいくらにすると手取りが最大になるかは売上と経費で変わるので、自分の条件で判定ツールで確かめてください。計算の前提は計算方法にまとめています。
まとめ
- 会社法22条1項は、商号を続用する譲受会社に譲渡人の事業上の債務の弁済責任を負わせる。24条2項で、個人商人の事業を会社が譲り受ける法人成りにも適用される
- 屋号は登記していなくても商号になり得る。商号以外の名称の続用にも22条1項を類推適用した最高裁判決(平成20年6月10日)がある
- 外す方法は、遅滞なく行う免責の登記(登録免許税3万円・全債権者に効く)か、債権者への通知(通知した相手だけ)
- 何もしなければ、個人の責任は2年で消え、会社の責任だけが残る
- 会社が払った旧債務を社長に求めず放棄すると役員給与になる。報酬月54万円なら100万円の放棄で所得税・住民税が29.5万円増える
よくある質問
個人事業の屋号を登記していなくても、会社法22条の対象になりますか。
条文は商号の登記を要件にしていません。商法11条は、個人の商人が氏名その他の名称を商号にでき、登記は任意(「することができる」)と定めています。屋号を登記していないことは、続用の責任を外す理由になりません。
屋号と違う社名にすれば、個人時代の債務とは無関係になりますか。
商号を続用しなければ22条1項は適用されません。ただし、会社が個人の債務を引き受けると広告すれば23条1項で債権者は会社に請求できます。また、債務を個人に残すと知りながら資産だけを移した場合は、23条の2により承継した財産の価額を限度に会社が請求を受けます。
法人成りの後、取引先が個人時代の売掛金を会社の口座に振り込んできました。
会社法22条4項は、商号を続用する場合、個人の事業で生じた債権について会社に弁済した人が善意で重大な過失がなければ、その弁済を有効とします。取引先の支払いは有効になり得ますが、受け取った代金が税務上は個人の売上として扱われる点は別の問題です。
出典
- e-Gov法令検索 会社法(第22条・第23条・第23条の2・第24条)
- e-Gov法令検索 商法(第4条 商人・第11条 商号の選定・第502条 営業的商行為)
- e-Gov法令検索 商業登記法(第31条 営業又は事業の譲渡の際の免責の登記)
- e-Gov法令検索 登録免許税法(別表第一 第24号)
- 裁判所 最高裁判所第三小法廷 平成20年6月10日判決(平成18(受)890 預託金返還請求事件)
- e-Gov法令検索 法人税法(第34条 役員給与の損金不算入)
- 国税庁 法人税基本通達 第9章第2節第2款 経済的な利益の供与(9-2-9)
- 国税庁 令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等について
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。