設立の手続き
法人成りの借入金は自動的に法人へ移らない
結論
個人事業主の名義で借りた融資は、法人成りしても自動的に法人の債務には変わりません。法人に引き継ぐには民法上の債務引受契約が必要です。個人の返済義務が残る併存的債務引受(民法470条)と、個人の義務がなくなる免責的債務引受(民法472条)があり、免責的債務引受には債権者の同意が要件になります。個人が債務者のままの場合、その借入の利息は法人の損金にはなりません。
- 併存的債務引受(民法470条)は債権者と引受人の契約、または債務者・引受人間の契約+債権者への通知で成立し、個人の債務はそのまま残る
- 免責的債務引受(民法472条)で個人の債務をなくすには、債権者と引受人の契約、または債務者・引受人の契約+債権者の承諾が必要。銀行の同意なしに個人だけで完了させることはできない
- 個人が債務者のままの借入について法人が実質的に負担しても、法人自身の事業に係る債務ではないため、その利息は法人の損金にならない
個人事業主として借りた事業性ローンは、法人成りしても自動的に法人の債務にはなりません。契約の当事者は個人事業主本人のままで、法人に引き継ぐには別の手続きが必要です。手続きを飛ばすと、個人が銀行への返済義務を負ったまま、事業だけが法人に移るという状態になります。
法人成りは債務者を書き換えない
法人成りで行うのは、新しく会社を設立し、事業用の資産や取引先との契約を個人から法人へ移す作業です。法人成りの資産引継ぎで扱った車やパソコンと同じく、借入金も「引き継ぐ」という手続きを経なければ、個人に残ったままになります。
銀行や日本政策金融公庫との融資契約は、個人事業主本人を債務者とする契約です。会社を設立したという事実だけでは、この契約の当事者は変わりません。個人事業を廃業しても、融資契約の当事者はそのままです。
引き継ぐには「債務引受」の契約が必要
借入金を個人から法人に移すには、民法が定める債務引受の手続きを使います。2種類あり、個人の返済義務が残るかどうかが違います。
| 併存的債務引受(民法470条) | 免責的債務引受(民法472条) | |
|---|---|---|
| 効果 | 法人が同一内容の債務を負うが、個人の債務もそのまま残る | 法人が同一内容の債務を負い、個人は自分の債務を免れる |
| 成立方法① | 債権者と法人の契約 | 債権者と法人の契約 |
| 成立方法② | 個人と法人の契約+債権者への通知 | 個人と法人の契約+債権者の承諾 |
併存的債務引受は、個人と法人が連帯して同じ債務を負う形です。債権者への通知だけで成立させる方法もあるため、比較的柔軟ですが、個人の返済義務は消えません。 銀行が法人からの回収に失敗すれば、個人に請求が向かいます。
免責的債務引受は、個人の返済義務を完全になくす方法です。ただし、どちらの成立方法でも債権者の同意が要件になります。 個人と法人だけの合意で、銀行に対して「もう法人の借金にした」と一方的に主張することはできません。
債権者の同意が要るのは、貸した相手が変わるから
なぜ債権者の同意が必要なのか。銀行は個人事業主の実績や資産を見て融資しています。免責的債務引受が成立すると、返済の責任を負う相手が個人から、実績のない新設法人に変わります。債権者にとっては、貸した相手が信用力の異なる別人に変わるのと同じことです。 同意という手続きを挟むのは、この置き換えを債権者の意思を無視して進めさせないためです。
実務では、法人成りのタイミングで融資を引き継ぎたい場合、事前に金融機関へ相談し、法人の事業計画や資産状況を示して判断を仰ぐことになります。金融機関ごとに求める資料や判断基準は異なるため、一律の手続きとして案内できるものではありません。
個人が債務者のままなら、利息は法人の経費にならない
引き継ぎの手続きを取らず、個人が債務者のまま返済を続ける場合、注意したい点があります。その借入の利息は、法人の損金にはなりません。 法人の損金にできるのは、法人自身の事業に関して生じた費用です。個人事業主時代の借入は、法人にとって自分の債務ではないため、たとえ法人の資金から利息相当額を負担しても、法人の費用として認められません。
法人がその返済分を負担する実態があると、個人事業主(多くは会社の社長)への経済的な利益の供与とみなされ、役員報酬や役員への貸付金として扱われる可能性もあります。役員貸付金と認定利息で扱った論点と同じ構造です。利息を法人の経費にしたいなら、免責的債務引受で法人自身の債務にする必要があります。
借入金だけを引き継ぐと、法人の出発点が悪化する
借入で得た資金を使って買った機械や車といった資産が個人に残っているなら、負債だけを法人に移すと、法人は資産のない状態で借金を背負うことになります。設立直後の法人が債務超過に近い状態で始まると、その後の追加融資の審査にも影響します。
法人成りの資産引継ぎで整理した売買・賃貸・現物出資のいずれかで資産を法人に移すのと合わせて、対応する借入金も引き継ぐかどうかを検討します。資産と負債をどちらも個人に残す、どちらも法人に移す、資産だけ移して負債は個人に残す、といった組み合わせがあり、法人の財務状況と個人の返済負担の両面から選びます。
まとめ
- 法人成りしても、個人事業主時代の借入金は自動的に法人の債務には変わらない
- 法人に引き継ぐには民法上の債務引受契約が必要。個人の債務が残る併存的債務引受(470条)と、個人の債務がなくなる免責的債務引受(472条)がある
- 免責的債務引受には債権者の同意が要件で、個人と法人だけの合意では成立しない
- 個人が債務者のままの借入は、法人の事業に係る債務ではないため、利息を法人の損金にできない
- 借入で得た資産が個人に残っているなら、負債だけでなく資産の引継ぎも合わせて検討する
よくある質問
法人成りすれば、個人事業主時代の借入金は自動的になくなりますか?
なくなりません。法人成りは新しい会社を設立する手続きで、既存の借入契約の当事者を自動的に書き換える効果はありません。個人事業主本人が引き続き債務者です。
銀行に何も伝えずに、借入金を法人の帳簿に移してもよいですか?
債権者との関係では効力がありません。免責的債務引受で個人の返済義務をなくすには債権者の同意が必要です。同意がない状態で法人の帳簿だけ書き換えても、銀行に対しては個人が債務者のままです。
借入金だけを法人に引き継ぐとどうなりますか?
資産を伴わずに負債だけを引き継ぐと、法人の設立時点の財務状況が悪化します。借入で得た資金が事業用資産として残っているなら、その資産も合わせて引き継ぐかどうかを検討します。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。