設立の手続き

経営承継円滑化法の遺留分の特例。法人化で使える合意が増える

結論

経営承継円滑化法の民法の特例は、推定相続人全員の書面合意と経済産業大臣の確認・家庭裁判所の許可を経て、後継者が贈与で受けた財産を遺留分の算定から外す制度です。会社の株式は「除外合意」と価額を合意時に固める「固定合意」の両方が使えますが、個人事業の事業用資産は除外合意だけで、対象は青色申告の貸借対照表にある土地・建物・減価償却資産に限られ、現預金や売掛金は外せません。

  • 株式の除外合意をすると、子2人・自社株2,270.5万円の設例で次男が請求できる遺留分侵害額は1,067.6万円から500.0万円に下がる(試算)
  • 固定合意なら株式は合意時の891.2万円で算入され、その後の内部留保による値上がり分は遺留分に入らない(同設例で722.8万円)
  • 個人事業の財産1,300万円のうち器具備品200万円しか外せない設例では、法人化して株式で合意した場合より請求額が275万円多い

遺留分は、遺言で「会社の株は全部長男に」と決めても消えない、相続人の最低限の取り分です。他の相続人が請求すれば、後継者は金銭で払わなければなりません(民法1046条)。一人会社の株や個人事業の財産が親の遺産の大半を占めると、後継者がその金銭を用意できず、株や設備を手放すことになりかねません。

経営承継円滑化法の「民法の特例」は、この請求の計算から後継者が受けた財産を外す制度です。そして法人化しているかどうかで、使える合意の種類も、外せる財産の範囲も変わります。

遺留分は、相続前10年の生前贈与まで含めて計算される

遺留分を算定するための財産の価額は、相続開始時の財産に贈与した財産を加え、債務を引いた額です(民法1043条)。相続人に対する贈与は、相続開始前10年間の「生計の資本」としての贈与が算入されます(1044条3項)。後継者に生前に株を渡しておいても、10年以内に相続が始まれば計算に戻ってきます。

遺留分の割合は、直系尊属だけが相続人なら3分の1、それ以外は2分の1です。これに法定相続分を掛けます(1042条)。

相続人後継者以外の遺留分(合計)
子2人(長男=後継者、次男)次男 1/4
配偶者+子2人配偶者 1/4+次男 1/8=3/8

会社に利益を残すほど株の価額は上がり、遺留分の算定基礎も膨らみます。 法人化して内部留保を厚くする判断は、承継の段階で他の相続人への支払いとして返ってくる可能性があります。

会社なら除外合意と固定合意、個人事業は除外合意だけ

民法の特例には2種類の合意があります(円滑化法4条)。

合意内容会社の株式等個人事業の事業用資産
除外合意後継者が贈与で受けた財産を遺留分の算定基礎に入れない○(4条1項1号)○(4条3項)
固定合意算定基礎に入れる価額を合意時の価額に固定する○(4条1項2号)×

固定合意の価額は、弁護士・公認会計士・税理士などが合意時の相当な価額として証明したものに限られます。旧代表者本人や後継者自身は証明できません(4条2項)。

除外合意は、他の相続人の取り分を大きく削るため合意を得にくい手段です。固定合意は「いまの価値までは遺産として数えるが、後継者の経営で増えた分は後継者のもの」という線引きなので、他の相続人にも説明しやすくなります。この選択肢は、法人化して株式で承継する場合にしかありません。

合意の効果を試算する

売上1,200万円・経費200万円を法人化し、判定ツールの最適報酬(月54万円)を取ったとき、会社に残る税引後利益は計算エンジンで年197.1万円です。資本金300万円の会社が設立3年後に合意し、その7年後に相続が始まった設例です。株の価額は「資本金+利益の累計」で近似しています(相続税評価や時価そのものではありません)。

遺言で残りの財産(自宅・預金2,000万円)もすべて長男に相続させたとして、後継者以外の相続人が請求できる遺留分侵害額を出しました。

相続人合意なし固定合意除外合意
子2人(長男=後継者、次男)1,067.6万円722.8万円500.0万円
配偶者+子2人1,601.4万円1,084.2万円750.0万円

株の算入額は、合意なしで2,270.5万円、固定合意で891.2万円、除外合意で0円です。計算は scripts/keiei-shokei-iryubun.mjs の hikaku で再現できます。合意時から相続までに内部留保が増えるほど、固定合意と合意なしの差は広がります。自分の売上と経費で会社に残る額は、判定ツールで確かめられます。

個人事業で外せるのは、青色申告の貸借対照表にある土地・建物・償却資産だけ

個人事業の除外合意の対象になる「事業用資産」は、施行規則2条2項で次の3区分に限られています。

  • 事業に使っていた宅地等(棚卸資産を除く)
  • 事業に使っていた建物(棚卸資産を除く)
  • 減価償却資産(償却資産・営業用の自動車など)

しかも、贈与の日の前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されているものに限られます。白色申告や、貸借対照表を作っていない記帳では、対象として確認できる資産がありません。

現預金・売掛金・棚卸資産は区分に入っていません。同じ事業の財産でも、会社に移して株式にすれば株式等として合意の対象になります。

相続人個人事業のまま・除外合意法人化後・株式の除外合意
子2人(長男=後継者、次男)775.0万円500.0万円
配偶者+子2人1,162.5万円750.0万円

設例は、事業の財産が現預金800万円・売掛金300万円・器具備品200万円(計1,300万円)で、法人化した場合は同額が株式の価額になるとみなしたものです。個人事業のままだと外せるのは器具備品200万円だけで、現預金と売掛金1,100万円は算定基礎に残ります(scripts/keiei-shokei-iryubun.mjs の kojin)。

さらに個人事業では、事業用資産の「全部」を後継者に贈与することが要件です(3条4項)。一部だけ先に渡す形では使えません。

個人事業の承継には、相続税を猶予する個人版事業承継税制もあります。対象資産の考え方が近く、小規模宅地等の特例との選択になる点は個人版事業承継税制は法人化しない人の制度で扱っています。

使える会社・後継者の要件

会社の場合の主な要件は次のとおりです。

  • 3年以上継続して事業を行っている中小企業者であること(施行規則2条1項)。上場会社は除く。個人事業も3年以上の継続が要件
  • 後継者は、旧代表者から株式等の贈与を受け、議決権の過半数を持ち、代表者であること(3条3項)
  • 合意の対象を除いた株式だけで後継者の議決権が50%を超える場合は、合意できない(4条1項ただし書)。すでに過半数を持っている後継者には使えない
  • 後継者が株式を処分した場合や、旧代表者の生存中に経営から退いた場合に、他の相続人がとれる措置を併せて定める(4条4項)

要件は「会社が」3年以上継続して事業を行っていることです。法人成りの直後に合意を考える場合は、個人事業の期間を含めずに要件を満たすかを先に確認する必要があります。

手続は「合意→1か月以内に大臣確認→1か月以内に家裁許可」

合意は書面で、推定相続人全員と後継者の署名または記名押印が必要です。そこから期限が2段階で続きます。

  1. 合意をした日から1か月以内に、後継者が経済産業大臣に確認を申請する(7条3項)
  2. 確認を受けた日から1か月以内に、家庭裁判所に許可を申し立てる(8条1項)
  3. 家庭裁判所は、合意が当事者全員の真意によるものと認めなければ許可しない(8条2項)

合意は家庭裁判所の許可を受けたときに限り効力を生じます。会社の申請では、合意日の前3年以内に終了した各事業年度の計算書類、定款、登記事項証明書などを添付します(施行規則3条2項)。

確認や許可の前に後継者が死亡すると、その相続人は手続を引き継げません(7条4項・8条3項)。

合意が後から効力を失う場合

許可を受けた合意でも、次の場合には効力を失います(10条)。

  • 大臣の確認が取り消された
  • 旧代表者の生存中に後継者が死亡した、または心身の故障で代表者の職務を適正に執行できなくなった
  • 合意の当事者以外の人が新たに推定相続人になった(再婚・子の出生など)
  • 当事者の代襲者が旧代表者の養子になった

また合意は当事者の間でしか効きません。当事者以外の人が受けた遺贈や贈与に対する遺留分侵害額の請求には影響しません(9条3項)。

遺留分侵害額の請求権は、相続の開始と侵害する贈与・遺贈を知った時から1年、相続開始から10年で消滅します(民法1048条)。

株の行方が決まる前に社長が亡くなった場合に会社がどう止まるかは、一人会社の社長が死亡したらで扱っています。株式の贈与に贈与税・相続税の猶予を組み合わせる場合は、事業承継税制の特例措置は令和9年までを参照してください。

まとめ

  • 遺留分は相続前10年の相続人への生前贈与も算入するため、後継者に渡した株や事業の財産も請求の対象に戻る
  • 民法の特例は、推定相続人全員の書面合意と、1か月以内の大臣確認・さらに1か月以内の家裁許可で効力が生じる
  • 会社の株式は除外合意と固定合意を選べる。個人事業は除外合意だけで、対象は青色申告の貸借対照表にある土地・建物・減価償却資産に限られる
  • 設例では、株式の除外合意で次男の請求額が1,067.6万円から500.0万円に、固定合意で722.8万円に下がる
  • 会社は3年以上の事業継続が要件で、設立直後は使えない。推定相続人が増えると合意は失効する

会社に残る利益が大きいほど、承継時の遺留分の問題も大きくなります。一般論の数字ではなく、自分の売上と経費で、法人化した場合に会社に残る額を確かめてください。

よくある質問

推定相続人のうち1人でも反対したら使えませんか?

使えません。円滑化法4条は旧代表者の推定相続人と後継者の「全員の合意」を求めています。推定相続人には兄弟姉妹とその子は含まれません(3条6項)。全員の合意が得られない場合は、民法1049条の遺留分の放棄(相続人ごとに家庭裁判所の許可が必要)が別の手段になります。

合意したあとに子が生まれたらどうなりますか?

合意の当事者以外の人が新たに推定相続人になると、合意は効力を失います(円滑化法10条3号)。再婚や子の出生、養子縁組で推定相続人が増えた場合は、改めて全員で合意し直す必要があります。

合同会社でも使えますか?

使えます。円滑化法の「株式等」には持分会社の持分が含まれます(3条2項)。後継者が総社員の議決権の過半数を持ち、代表者であることが要件です。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。