設立の手続き

一人会社の社長が死亡したら。取締役ゼロで退職金も決められない

結論

取締役が社長1人の株式会社では、社長の死亡で取締役がいなくなり、株は遺産分割まで相続人の共有になります。共有のままでは権利を行使する者1人を定めて会社に通知しないと議決権を使えず(会社法106条)、新しい取締役の選任も死亡退職金の決定も止まります。死亡退職金1,620万円の額が死亡後3年以内に確定すれば相続税の増加は62.0万円ですが、3年を過ぎると受け取った子の一時所得になり、所得税・住民税が282.9万円かかります。

  • 会社法346条1項で後任が就任するまで権利義務を持つのは「任期の満了又は辞任により退任した役員」だけで、死亡した取締役は含まれない
  • 株主総会は取締役が招集する(会社法296条3項)。取締役がいなければ、株主全員の書面同意による決議の省略(319条)か、裁判所への一時役員の選任申立て(346条2項)で進める
  • 死亡後3年以内に支給が確定した退職金は相続税(国税庁No.4117)、それより後は遺族の一時所得(所得税基本通達34-2)

一人会社の社長が亡くなったとき、合同会社と株式会社では会社に起きることが違います。合同会社は、定款に定めがなければ社員が死亡で退社し、相続人は社員になりません。株式会社は、株が相続財産として相続人に移ります。会社は株主を失わない代わりに、取締役を失います。

取締役が社長1人の会社では、社長の死亡の瞬間から、会社の意思を決める人がいなくなります。

死亡した取締役には、「権利義務」が残らない

取締役が辞任したり任期が切れたりした場合、会社法346条1項は、後任が就任するまで前任者が取締役としての権利義務を持ち続けるとしています。会社が空白にならないための規定です。

ただし対象は「任期の満了又は辞任により退任した役員」です。**死亡は含まれていません。**取締役が社長1人の会社では、死亡した時点で取締役が0人になります。

困るのは、株主総会を開く手順です。会社法296条3項は、株主総会は取締役が招集するとしています。取締役がいないので、通常の招集ができません。新しい取締役を選ぶための株主総会を開く人がいない、という状態になります。

株は、遺産分割まで相続人の共有になる

同じ時期、株は相続人に移ります。遺産分割で誰が株を取得するかが決まるまでは、相続人の共有です。

会社法106条は、株式が2人以上の共有に属するときは、共有者が権利を行使する者1人を定め、会社に通知しなければ、その株式についての権利を行使できないとしています。議決権もこれに含まれます。ただし書で、会社が権利行使に同意すれば別とされていますが、取締役がいない会社には同意する人もいません。

つまり、相続人が複数いると、①誰が議決権を使うかを相続人の間で決める、②取締役を選ぶ、の2段階を踏む必要があります。相続人が1人なら株は共有にならないので、①は要りません。

取締役を選ぶ3つの道

取締役がいない状態から新しい取締役を選ぶ方法は、会社法の条文から3つ考えられます。

方法条文要件
株主総会の決議の省略319条1項株主が提案し、議決権を行使できる株主の全員が書面または電磁的記録で同意する
招集手続の省略300条株主の全員の同意がある場合、招集の手続を経ずに開催できる
一時役員の選任346条2項利害関係人の申立てにより、裁判所が一時役員の職務を行う者を選任する

319条は、提案する人として「取締役又は株主」を挙げています。取締役がいなくても、株主が提案し、株主全員が同意すれば、取締役を選任する決議があったものとみなされます。一人会社の株を相続人が持つ形なら、この方法が最も手続きが軽くなります。

相続人の間で合意ができないと、この方法は使えません。その場合は裁判所に一時役員の選任を申し立てる道がありますが、時間と費用がかかります。

もう1つの期限が登記です。会社法915条1項は、登記事項に変更が生じたときは2週間以内に変更の登記をするとしています。代表取締役の死亡による退任も対象です。

死亡退職金を決めるのが遅れると、税の種類が変わる

取締役が決まらない間は、社長の死亡退職金の額も決められません。会社法361条は、取締役の報酬等を定款に定めていなければ株主総会の決議で定めるとしており、退職慰労金もこの報酬等に含めて扱われるのが一般的です。

額が確定する時期で、税が変わります。国税庁No.4117は、死亡後3年以内に支給が確定した退職手当金等を相続税の課税対象とし、500万円×法定相続人の数まで非課税にしています。所得税基本通達34-2は、それ以外のもの、つまり3年を過ぎてから確定したものを、受け取った遺族の一時所得としています。

最終報酬月額54万円・役員10年の社長で、功績倍率法の目安(倍率3.0と仮置き)1,620万円を子が受け取る場合を計算しました。

支給額が確定した時期課税の区分相続税の総額退職金による相続税の増加子の所得税・住民税の増加退職金にかかる税
死亡後3年以内相続税(非課税枠1,000.0万円)142.0万円62.0万円0.0万円62.0万円
死亡後3年を経過した後子の一時所得(課税対象785.0万円)80.0万円0.0万円282.9万円282.9万円

※ 退職金以外の課税価格5,000万円・法定相続人2人(配偶者と子1人)・配偶者の税額軽減前の総額。子の他の課税総所得金額400万円・住民税は所得割10%で概算(調整控除は入れない)/2026年(令和8年)分の税率。計算は scripts/hitori-kaisha-shacho-shibou.mjs

3年以内に確定すれば、1,000万円は非課税枠に収まり、残り620万円が相続財産に加わって相続税が62.0万円増えるだけです。3年を過ぎると非課税枠が使えず、1,620万円から50万円を引いた半分の785.0万円が子の所得に加わります。税は282.9万円で、差は220.9万円です。

死亡退職金の額の目安と非課税枠の関係は死亡退職金・弔慰金の非課税枠、功績倍率法の考え方は役員退職金の功績倍率で扱っています。

新しい社長の報酬は、臨時改定として決める

新しい取締役が選ばれると、その人の役員報酬を決めます。法人税では、役員報酬を損金にするには定期同額給与などの要件を満たす必要があり、期中に額を変えられるのは、期首から3か月以内の通常改定、職務の重大な変更等による臨時改定、業績の著しい悪化による減額に限られます。

社長の死亡に伴う新任や代表の交代は、役員の職制上の地位の変更として臨時改定の対象になり得ます。期中の変更の考え方は役員報酬は期中に変えられるかにまとめています。新しい社長にいくら払うのが手取りの面で最適かは、社長が交代しても判定ツールで同じように計算できます。

生前にできる備え

ここまでの手順の多くは、社長が生前に決めておけば避けられます。

  • 取締役を2人以上にしておく:配偶者や後継者を取締役にしておけば、社長が亡くなっても取締役が残り、株主総会を招集できる。ただし役員報酬や社会保険の扱いが変わる
  • 遺言で株の取得者を決めておく:取得者が1人に決まれば株は共有にならず、106条の権利行使者の手続きが要らない
  • 退職金規程を作っておく:死亡退職金の算定方法を規程にしておけば、3年以内の確定に向けた決議がしやすくなる
  • 定款を確認する:174条の「相続人等に対する売渡しの請求」の定めがあると、相続人が株を持ち続けられない可能性がある

合同会社を選んでいる場合は、定款に相続人が持分を承継する定め(会社法608条)があるかどうかで、話がまったく変わります。合同会社の側は合同会社の社員が死亡したらで扱っています。

まとめ

  • 取締役が社長1人の株式会社では、社長の死亡で取締役が0人になる。死亡した取締役には346条1項の権利義務が残らない
  • 株は遺産分割まで相続人の共有になり、権利行使者1人を会社に通知しないと議決権を使えない(106条)
  • 取締役がいなくても、株主全員の書面同意による決議の省略(319条)で新しい取締役を選べる
  • 死亡退職金の額が死亡後3年以内に確定すれば相続税、過ぎれば遺族の一時所得。1,620万円の設例で税は62.0万円と282.9万円
  • 取締役を2人以上にする、遺言で株の取得者を決める、退職金規程を作ることで、空白の期間を短くできる

法人形態を選ぶときは、手取りの差とあわせて、社長に万一があったときに会社が動けるかも比べる材料になります。一般論の数字ではなく、自分の売上と経費で、株式会社と合同会社のどちらでも判定ツールの結果を確かめてください。

よくある質問

社長が亡くなったら、代表取締役の変更登記はいつまでに必要ですか?

会社法915条1項は、登記事項に変更が生じたときは2週間以内に本店の所在地で変更の登記をするとしています。代表取締役の死亡による退任もこれに当たります。新しい取締役を選ぶまでに時間がかかる場合でも、この期限は動きません。

相続人が1人なら、権利行使者を決める必要はありますか?

会社法106条は、株式が2人以上の共有に属するときの定めです。相続人が1人なら株は共有にならず、その相続人が株主として議決権を行使できます。

定款に「相続人等に対する売渡しの請求」の定めがあるとどうなりますか?

会社法174条により、譲渡制限株式を相続で取得した人に対し、会社がその株式を会社に売り渡すよう請求できる定めを定款に置けます。一人会社の定款にこの定めがあると、相続人が株を持ち続けられない可能性があるため、社長が生前に定款を確認しておく意味があります。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。