設立の手続き
給与明細の交付義務は一人社長にも?電子交付の承諾と書き方
結論
給与明細(給与等の支払明細書)の交付義務は労働基準法ではなく所得税法231条にあり、給与を支払う会社が支払を受ける人に交付します。PDFやWeb閲覧での電子交付もできますが、事前に方法を示して承諾を得ることが条件で、令和5・6年度改正により「期限までに回答がなければ承諾とみなす」通知も使えるようになりました。電子交付後も、本人から書面の請求があれば書面で渡す必要があります。
- 明細を受け取れなかった人は、税務署に「給与支払明細書不交付の届出書」を出せる。手続の根拠は所得税法231条
- みなし承諾の回答期限に法令の定めはなく、就業規則への記載も法令上求められていない(国税庁 電子交付Q&A)
- 役員報酬月30万円(東京・40歳未満)の明細の社会保険料控除は42,570円。明細に載らない会社負担は43,650円で、本人分より1,080円多い
給与明細は、労務の書類だと思われがちです。しかし交付義務の根拠は税法です。国税庁が受け付けている「給与支払明細書不交付の届出」の手続根拠は、所得税法231条とされています。
この記事では、一人社長の会社がこの義務をどう満たすかを3つに分けて整理します。誰に渡すのか、電子交付の承諾をどう取るのか、明細に何が載り何が載らないのかです。最後の点は、計算エンジンで役員報酬別に金額を出しました。
交付義務の根拠は所得税法231条
従業員を雇ったときに作る書類は、根拠法がばらばらです。給与明細は、そのなかで税務署の所管に入ります。
| 書類 | 根拠 | 所管 |
|---|---|---|
| 給与等の支払明細書(給与明細) | 所得税法231条 | 税務署 |
| 給与所得の源泉徴収票 | 所得税法226条 | 税務署 |
| 賃金台帳などの法定三帳簿 | 労働基準法 | 労働基準監督署 |
給与の払い方そのもの(通貨で・直接・全額を払う)は労働基準法24条のルールで、賃金支払の5原則で整理しています。賃金台帳は会社が手元に保存する帳簿で、法定三帳簿の記事が扱っています。給与明細は、本人に渡すための書類という点で、どちらとも役割が違います。
渡されなかった人には届出の手段がある
国税庁は「給与支払明細書不交付の届出手続」を設けています。支払者から明細が交付されない受給者が、随時、e-Taxまたは書面で所轄の税務署長へ届け出る手続です。既に交付された明細の再発行は対象外とされています。
会社が明細を出さないままでいると、従業員の側から税務署に知らせる道が用意されているということです。明細は、本人が自分の源泉徴収を確かめるための書類として扱われています。
一人社長自身への明細はどう考えるか
一人会社で給与を受け取るのが社長だけなら、明細の「支払者」は会社、「受給者」は社長本人です。役員報酬も税法上は給与所得として源泉徴収の対象になります。国税庁の電子交付Q&Aにも、役員を交付対象から外す記載はありません。
渡す相手が自分なので、実務上の争いは起きにくいでしょう。それでも毎月の明細を作っておくと、源泉所得税と社会保険料の控除額を月ごとに確認できます。年末調整で年税額と突き合わせるときの元資料にもなります。
電子交付は「方法を示して承諾」が条件
明細は書面で渡すのが原則です。そのうえで、国税庁Q&Aは受給者の承諾を得れば電磁的方法で提供(電子交付)できるとしています。条件は次の3つです。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 事前の承諾 | 用いる電磁的方法の種類と内容を示し、電磁的方法または書面で承諾を得る |
| 技術的な基準 | 画面に表示でき、書面に出力(印刷)できること。サーバー保存などの場合は、記録する旨または記録した旨を通知する |
| 書面請求への対応 | 承諾後でも、本人から書面交付の請求があれば書面で渡す |
方法として示されているのは、電子メールで送る方法、社内LANやインターネットで閲覧させる方法、CDなどの媒体に記録して渡す方法です。給与計算ソフトのWeb明細は、2番目の閲覧型に当たります。
閲覧型は「見られるようにした」と知らせる
閲覧型では、明細を置いたことを本人に通知する必要があります。通知の方法は法令で決まっておらず、電子メールや書面など適宜の方法でよいとされています。本人が閲覧したことを会社が確認できた場合は、通知を省略できます。
改ざん防止までは求められていない
Q&Aは、支払者と受給者の間では改変できない措置は法令上求められていないとしています。そのうえで、真実性を担保するために電子署名を付けることを勧めています。PDFにパスワードをかけるかどうかも、法令上の要件ではなく運用の選択です。
令和5・6年度改正の「みなし承諾」
承諾の取り方は、令和5年度と令和6年度の税制改正で緩和されました。給与所得の源泉徴収票と給与等の支払明細書は、次の手順で承諾があったものとみなされます。
- 会社が「定めた期限までに回答がないときは承諾があったものとみなす」旨を、あらかじめ本人に通知する
- 期限までに本人から回答がない
- 電子交付の承諾があったものとみなされる
一方で、退職所得の源泉徴収票と退職手当等の支払明細書は、このみなし承諾の対象外です。退職金の明細を電子で渡すなら、本人の承諾を個別に取る必要があります。
みなし承諾について、国税庁Q&Aは次のように答えています。
| 疑問 | 国税庁Q&Aの回答 |
|---|---|
| 回答期限はどのくらい必要か | 法令上の定めはない。回答に必要な期間を十分に見積もる |
| 通知はどうやって行うか | 法令上の定めはない。確実な通知を前提に、電子メール・書面などでよい |
| 就業規則や約款に書く必要は | 法令上求められていない |
| 承諾は毎回取るのか | 一度得ていれば都度は不要。電子交付を受けない旨の申出があれば、その後は改めて承諾を得るまで電子交付できない |
初めて従業員を雇う一人会社なら、雇入れの手続きのなかで電子交付の説明と承諾を済ませるのが手間の少ない順番です。労働条件通知書と一緒に案内すると、受け取り方の説明が1回で終わります。
書面に戻したいと言われたら
電子交付を受けている人が書面に切り替えたい場合は、電子交付を受けない旨を交付者に申し出ます。請求の方法も決まっておらず、電子メールや書面などで構わないとされています。会社は、申出以後の明細を書面で渡すことになります。
明細に載る控除と、載らない会社負担
一人社長の明細には、次の控除が並びます。役員は雇用保険の対象外なので、雇用保険料の行は0円です。令和8年4月からは、健康保険料と併せて子ども・子育て支援金も控除されています。
当サイトの計算エンジンで、役員報酬の月額ごとに明細の中身を出しました(scripts/kyuyo-meisaisho-kofu-gimu.mjs で再現できます)。
| 役員報酬(月額) | 健康保険(支援金除く) | 子ども・子育て支援金 | 厚生年金 | 所得税(月平均) | 住民税(月平均) | 明細の控除合計 | 差引支給額 | 明細に載らない会社負担 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 200,000円 | 9,850円 | 230円 | 18,300円 | 925円 | 7,117円 | 36,422円 | 163,578円 | 29,100円 |
| 300,000円 | 14,775円 | 345円 | 27,450円 | 3,775円 | 12,700円 | 59,045円 | 240,955円 | 43,650円 |
| 500,000円 | 24,625円 | 575円 | 45,750円 | 12,700円 | 25,858円 | 109,508円 | 390,492円 | 72,750円 |
| 800,000円 | 38,908円 | 908円 | 59,475円 | 62,967円 | 50,442円 | 212,699円 | 587,301円 | 101,631円 |
前提:協会けんぽ東京支部、40歳未満、扶養なし、令和8年度料率(2026年(令和8年)分 基準)。所得税・住民税は年税額を12で割った月平均で、年末調整後の負担の目安です。実際の毎月の源泉徴収税額は源泉徴収税額表(月額表)で決まり、住民税は6月から翌年5月の特別徴収で端数の寄せ方が変わります。
会社負担は本人分より多い
表の右端が、明細には出てこない会社負担です。社会保険料の会社側の折半分に、事業主だけが負担する子ども・子育て拠出金を加えています。拠出金の率は0.36%で、厚生年金と同じ標準報酬月額に掛けます。
月30万円の行で比べると、明細の社会保険料控除(健康保険・支援金・厚生年金)は42,570円です。会社負担は43,650円で、本人分より1,080円多くなります。差は拠出金の分です。
従業員の明細だけを見ていると、人件費は「額面=コスト」に見えます。実際の会社のコストは額面に右端の列を足した額です。一人社長の場合、本人負担と会社負担を合わせた全額が、自分の会社と自分の財布から出ていきます。
月80万円では厚生年金の伸びが止まる
月80万円の行では、厚生年金の控除が59,475円にとどまり、報酬に比例して増えていません。厚生年金の標準報酬月額は65万円が上限で、それを超える報酬には保険料がかからないためです。健康保険は上限がもっと高く、この範囲では報酬に応じて増え続けます。
明細の控除額の並びを見ると、役員報酬をいくらにするかで社会保険料と税のどちらが重くなるかが変わることが分かります。最適な報酬額は、当サイトの判定ツールが月5万〜100万円を総当たりして探しています。
一人会社が明細を用意する手順
給与計算ソフトを使う前提で、最初の給与日までにやることを並べます。
- 明細の様式を決める:支給額・控除額・差引支給額が読み取れる形にする。給与計算ソフトの標準様式で足りることが多い
- 電子交付にするか決める:電子なら方法(メール、Web閲覧)を決め、画面表示と印刷ができることを確かめる
- 承諾を取る:方法を示して承諾を得る。みなし承諾を使うなら、回答期限付きの通知を出す
- 毎月の通知の流れを作る:閲覧型なら、明細を公開したことを知らせる仕組みを用意する
- 書面請求に応じる手順を決める:申出を受けたら翌月分から紙に切り替える
役員に賞与を出す場合は、事前確定届出給与の手続きも併せて確認してください。
まとめ
- 給与明細の交付義務は所得税法231条にあり、受け取れなかった人は税務署へ不交付の届出ができる
- 電子交付は、方法を示した事前承諾・画面表示と印刷・書面請求への対応が条件
- 令和5・6年度改正で、給与明細と源泉徴収票はみなし承諾が使える。退職手当等の支払明細書は対象外
- 月30万円の役員報酬では、明細の社会保険料控除42,570円に対し、明細に載らない会社負担は43,650円
- 明細の数字は役員報酬の額で大きく変わる。自分の売上と経費で、報酬額ごとの手取りを判定ツールで確かめてください
よくある質問
給与明細を紙で渡さず、PDFをメールで送るだけでよいですか?
事前に電子交付の方法を示して本人の承諾を得ていれば、メールでの電子交付は国税庁Q&Aに示された方法の1つです。承諾がないまま送るだけでは足りず、本人から書面の請求があったときは書面で交付する必要があります。
電子交付の承諾は毎月取り直す必要がありますか?
一度承諾を得ていれば、交付のたびに取り直す必要はありません。ただし本人から電子交付を受けない旨の申出があれば、改めて承諾を得るまで電子交付はできません。
給与明細を作らずに振込だけしていると、どうなりますか?
給与等の支払明細書の交付は所得税法231条で求められており、受け取れなかった従業員は税務署へ不交付の届出を出せます。毎月の振込とは別に、明細を交付する仕組みを用意しておく必要があります。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。