設立の手続き
回数券・プリペイドの法人成り。未使用残高1,000万円と発行保証金
結論
自店でしか使えない回数券・プリペイドは資金決済法の自家型前払式支払手段で、3月末・9月末の未使用残高が1,000万円を超えると届出と、残高の2分の1以上の発行保証金の供託が必要です。法人成りで発行の業務を会社に事業譲渡すれば、承継に当たるので未使用分の払戻しは要りません(20条1項1号)。承継直前の基準日の残高が1,000万円を超えていれば、会社が自家型発行者とみなされ、遅滞なく承継の届出をします(30条)。
- 発行の日から6か月以内に限り使える回数券・チケットは、資金決済法の対象外(4条2号、施行令4条2項)
- 会社が自ら供託するまでの間は、個人が供託した発行保証金が会社のために供託されたものとみなされる(前払式支払手段に関する内閣府令24条2項)
- 東京23区・40〜59歳・美容業(第3種5%)・経費1,500万円の試算では、損益分岐は2年目以降1,243万円、初年度1,341万円
このテーマの全体像 会社設立の手続き(自分でやる手順と届出)
回数券、コースチケット、チャージ式のプリペイドカード。美容室・整体院・ジム・飲食店で売られているこれらは、資金決済法の「前払式支払手段」に当たります。残高が小さいうちは何の手続きもありませんが、未使用残高が1,000万円を超えると届出と発行保証金の供託が始まります。
この記事は、自店で使える回数券やプリペイドを売っている個人事業主が、事業を会社へ移すときに何が起きるかを確認します。対象になる券の範囲、1,000万円の基準、法人成りで払戻しが要らない条件、会社側の届出と供託の切替を条文で追い、最後に美容室を想定して損益分岐を計算エンジンで出します。
回数券もプリペイドも「前払式支払手段」。6か月以内の券は対象外
資金決済法3条1項は、前払式支払手段を2つの型で定めています。
- 金額型(1号):金額を記録し、代金の支払いに使えるもの。チャージ式のプリペイドカード、店のポイントを現金で買う仕組み、商品券など
- 数量型(2号):物品や役務の数量を記録し、その給付・提供を請求できるもの。カット10回券、施術5回コース券、トレーニング20回チケットなど
さらに、発行者(と密接関係者)の店でしか使えないものを自家型、それ以外を第三者型と呼びます(3条4項・5項)。個人店の回数券は通常、自家型です。第三者型の発行者は登録を受けた法人に限られ(3条7項)、無登録で第三者型を発行すると3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、またはその両方の対象です(107条1号)。
期限6か月以内の券には適用されない
4条2号は、発行の日から政令で定める期間内に限り使える前払式支払手段を適用除外にしています。施行令4条2項はその期間を6か月としています。「購入日から6か月有効」の回数券だけを売っている店は、残高がいくらでもこの章の規制を受けません。
逆に、有効期限1年のコース券、期限のないプリペイド残高は対象です。期限の違う券を併売している店は、6か月を超えるものだけを集計することになります。
未使用残高1,000万円を超えた基準日から、届出と供託が始まる
基準日は毎年3月31日と9月30日です(3条2項)。その日に残っている未使用残高(数量型は内閣府令の方法で金銭に換算)の合計を「基準日未使用残高」と呼びます。
| 義務 | 発生する条件 | 期限・内容 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 自家型発行者の届出 | 発行開始後、最初に基準額を超えた基準日 | その基準日の翌日から2か月以内 | 法5条1項、府令9条 |
| 発行保証金の供託 | 基準日未使用残高が基準額を超えるとき | 残高の2分の1以上。基準日の翌日から2か月以内 | 法14条1項、府令24条1項 |
| 報告書の提出 | 届出後の各基準日 | 発行額・未使用残高・保証金額を報告 | 法23条 |
基準額は1,000万円です(施行令6条)。たとえば3月末の未使用残高が1,200万円なら、要供託額は600万円以上になります。銀行等との発行保証金保全契約や信託会社等との信託契約を結べば、その額の分だけ供託に代えられます(15条・16条)。
届出をしなかった場合、虚偽の届出をした場合、供託をしなかった場合は、6か月以下の拘禁刑もしくは50万円以下の罰金、またはその両方の対象です(112条1号・3号)。届出先は金融庁長官ですが、その権限は財務局長等に委任されています(施行令29条)。
1,000万円以下なら、手続きはかからない
基準日未使用残高が一度も1,000万円を超えていない事業者は、届出をしていないので「前払式支払手段発行者」(2条、3条6項)に当たりません。届出・供託・報告書のいずれも不要です。届出後に1,000万円以下へ下がれば、その間の報告書は要らず(23条3項)、発行保証金の全額を金融庁長官の承認を受けて取り戻せます(施行令9条1項1号)。
1回1万円の回数券なら、未使用残高1,000万円は顧客の手元に残る回数が延べ1,000回分です。個人の美容室や整体院の多くはこの手前にいます。この記事の後半の手続きは、3月末か9月末に1,000万円を超えたことがある事業者の話です。
法人成りで発行の業務を会社に移せば、払戻しは要らない
前払式支払手段発行者が発行の業務の全部または一部を廃止したときは、未使用残高を保有者に払い戻さなければなりません(20条1項1号)。その際は払戻しをする旨と、60日を下らない期間内に申し出るべきことを公告し、保有者にも情報を提供します(20条2項)。公告をしない、または虚偽の公告をすると、1年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、またはその両方の対象です(109条1号)。
ただし20条1項1号には、相続、事業譲渡、合併、会社分割その他の事由で業務の承継が行われた場合を除く、というかっこ書きがあります。個人事業主が自分の会社へ回数券の発行業務を事業譲渡で移すなら、払戻しの手続きは要りません。顧客は個人の店で買った回数券を、そのまま会社の店で使い続けられます。
| 移し方 | 個人側 | 会社側 |
|---|---|---|
| 発行業務を事業譲渡で承継 | 払戻し不要。廃止の届出(33条) | 直前の基準日の残高が1,000万円超なら承継の届出(30条) |
| 個人の発行業務をやめ、会社で売り直す | 払戻しと公告(20条) | 会社として新たに発行を始める |
会社は「自家型発行者」とみなされ、承継を届け出る
30条1項は、承継が行われた日の直前の基準日の未使用残高が基準額を超えていれば、承継した者を自家型発行者とみなして、5条以外の規定を適用するとしています。会社は5条の届出をやり直すのではなく、30条2項の届出書を遅滞なく出します。
届出書には、承継した旨、商号・住所・資本金・代表者などの事項、承継直前の基準日未使用残高、券の種類や支払可能金額等を書きます。添付書類は、定款、登記事項証明書、代表者の住民票の抄本、最終の貸借対照表・損益計算書(設立した事業年度なら成立の日の貸借対照表)、事業譲渡契約書の写しなどです(府令51条、11条)。
個人の側は、発行の業務を廃止したとして遅滞なく廃止の届出をします(33条1項1号)。届出書には業務の承継方法と承継先を書き、承継に係る契約の内容と承継方法を記載した書面を添えます(府令53条2項8号・3項)。
発行保証金は、会社が供託するまで個人の分が効く
会社は自ら要供託額以上の発行保証金を供託します。府令24条2項により、**会社が供託するまでの間は、個人が供託していた発行保証金(または結んでいた保全契約・信託契約)は、会社のために供託・締結されたものとみなされます。**切替の途中で顧客の保全が途切れない仕組みです。
事業譲渡契約に回数券の債務を書く
会社の承継の届出には事業譲渡契約書の写しを(府令51条4号イ)、個人の廃止の届出には承継に係る契約の内容を記載した書面を添えます(府令53条3項)。契約には、券の種類、顧客別の未使用残高(回数・金額)、有効期限、会社が引き受ける範囲を書いておくと、両方の届出の根拠になります。
なお、個人と、個人とその親族が議決権の50%超を持つ法人とは、施行令3条1項3号の「密接な関係」に当たります。個人名義で売った券が会社の店で使えても、自家型のままです。
飲食店の場合、回数券や商品券は営業許可の承継とあわせて事業譲渡契約に載せる項目です(飲食店の法人成りと営業許可)。許認可ごとの承継の可否は法人成りで許認可は引き継げるかに、美容室の開設届の扱いは理容室・美容室の法人成りにまとめています。前受金を会社へ移すときの会計・税務の処理は個別の事情で変わるので、この記事では扱いません。
美容室の個人事業税と損益分岐
美容室は個人事業税の美容業(第3種事業・税率5%)です(地方税法72条の2第10項、72条の49の17第1項3号)。事業主控除290万円を超えた所得に課税され、法人化するとかからなくなります。代わりに役員報酬に社会保険料がかかります。
材料費・家賃・スタッフ給与などの経費を年1,500万円、店主を40〜59歳と置き、事業所得ごとに個人のままと法人化の差を計算しました。発行保証金は供託した資産で費用ではないため、表には含めていません。
| 事業所得(売上−経費) | 最適な役員報酬 | 2年目以降 | 初年度(設立費用込み) |
|---|---|---|---|
| 600万円 | 月42万円 | −34.0万円 | −44.0万円 |
| 800万円 | 月45万円 | −18.9万円 | −28.9万円 |
| 1,000万円 | 月45万円 | −10.0万円 | −20.0万円 |
| 1,200万円 | 月54万円 | −4.3万円 | −14.3万円 |
| 1,500万円 | 月54万円 | +26.1万円 | +16.1万円 |
| 2,000万円 | 月90万円 | +65.8万円 | +55.8万円 |
※ 当サイトの計算エンジン(node scripts/houjinnari-kyoninka-table.mjs --expenses 1500 --business type3_standard --age 40to64 --fee 0 --note '美容業(第3種・5%)' で再生成)で算出。経費1,500万円、東京都・東京23区、単身・40〜59歳、青色申告(電子申告65万円控除)、インボイス登録済み、合同会社。法人の税理士報酬35.0万円・個人15.0万円。役員報酬は手取り最大となる額を総当たりで選択。個人事業税は美容業(第3種・5%)。初年度は合同会社の設立費用10.0万円を差し引いた額。2026年(令和8年)分基準の概算
損益分岐となる事業所得(青色申告特別控除の前)は、2年目以降が1,243万円、初年度が1,341万円です。前払式支払手段の承継には手数料の定めがないため、初年度の上乗せは設立費用だけです。
この表は社長1人分の社会保険だけを見ています。法人化するとスタッフも社会保険の加入対象になり、その負担で結論が変わります(美容室の法人化とスタッフの社会保険)。自分の売上と経費は判定ツールで確かめられます。計算の前提は計算方法に、設立の手順と実費は会社設立を自分でやる手順にまとめています。
まとめ
- 自店でしか使えない回数券・プリペイドは自家型前払式支払手段。発行日から6か月以内に限り使える券は対象外
- 3月末・9月末の未使用残高が1,000万円を超えると、2か月以内に届出と、残高の2分の1以上の発行保証金の供託が必要
- 法人成りで発行の業務を事業譲渡すれば承継に当たり、未使用分の払戻しと公告は要らない(20条1項1号)
- 承継直前の基準日の残高が1,000万円超なら、会社は承継の届出をし、自ら供託するまでは個人の保証金が会社のものとみなされる
- 東京23区・40〜59歳の美容室の試算で、損益分岐は2年目以降1,243万円、初年度1,341万円
よくある質問
有効期限が3か月の回数券でも、残高が1,000万円を超えたら届出が要りますか。
発行の日から6か月以内に限り使える前払式支払手段には、資金決済法の前払式支払手段の章が適用されません(4条2号、施行令4条2項)。ただし期限が6か月を超える券や、期限のないプリペイド残高を併せて発行している場合は、そちらは対象になります。
法人成りの前に、売った回数券を全部使い切ってもらうか払い戻す必要がありますか。
資金決済法20条1項1号は、事業譲渡などで発行の業務が承継された場合を払戻しの義務から除いています。個人事業から会社へ発行の業務を事業譲渡で移すなら、未使用分を会社が引き受けて、顧客はそのまま会社で使えます。
発行保証金は、会社の名義で供託し直す必要がありますか。
会社は要供託額以上の発行保証金を自ら供託します。前払式支払手段に関する内閣府令24条2項により、会社が供託するまでの間は、個人が供託していた発行保証金が会社のために供託されたものとみなされるので、切替の間に保全が途切れることはありません。
出典
- e-Gov法令検索 資金決済に関する法律 第3条(定義)・第4条(適用除外)・第5条(自家型発行者の届出)・第13条(利用者の保護等に関する措置)・第14条(発行保証金の供託)・第15条・第16条(保全契約・信託契約)・第20条(払戻し)・第23条(報告書)・第30条(承継に係る特例)・第33条(廃止の届出)・第107条・第109条・第112条(罰則)
- e-Gov法令検索 資金決済に関する法律施行令 第3条(発行者との密接な関係)・第4条(適用除外となる前払式支払手段)・第6条(基準額1,000万円)・第29条(財務局長等への権限の委任)
- e-Gov法令検索 前払式支払手段に関する内閣府令 第9条(届出の期限)・第11条(添付書類)・第24条(発行保証金の供託期限と承継時の特例)・第51条(業務の承継の届出)・第53条(廃止の届出)
- e-Gov法令検索 地方税法 第72条の2第10項(第三種事業:美容業)・第72条の49の17(個人事業税の税率)
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。