社会保険

美容室の法人化はスタッフの社会保険で決まる。1人目で利得がほぼ消える

結論

個人の美容室は、健康保険法3条3項の適用業種に美容業が列挙されていないため、スタッフが何人いても社会保険の強制適用ではありません。2029年10月以後に開業する常時5人以上の個人事業所は対象に加わりますが、5人未満は引き続き対象外です。法人にすると、常時従業員を使えば1人でも適用事業所になります。売上3,000万円・経費1,500万円のサロンでは、法人化の実質差額(2年目以降)は社長1人なら年+23.9万円ですが、月給22万円のスタッフ1人が加入すると+0.3万円、2人で−23.4万円に逆転しました。

  • 月給22万円のスタッフ1人の社会保険料は、事業主負担が年38.4万円、本人負担が年37.5万円(協会けんぽ東京・40歳未満)
  • パート・アルバイトも、週の所定労働時間と月の所定労働日数が通常の労働者の4分の3以上なら被保険者になる(日本年金機構)
  • 美容業の個人事業税は5%の業種。法人化で個人事業税はなくなるが、法人事業税と法人住民税均等割7万円がかかる

美容室の法人化を考えるとき、税金の計算だけをすると結論を誤ります。いちばん大きく動くのは、スタッフの社会保険です。個人の美容室ではスタッフを社会保険に入れる義務がありませんが、法人にした瞬間に義務が生じます。

この記事では、なぜ個人の美容室が対象外なのかを法律で確認し、スタッフの人数ごとに法人化の損得がどう変わるかを計算エンジンで並べます。

個人の美容室は、スタッフが何人いても強制適用ではない

健康保険法3条3項1号は、常時5人以上の従業員を使う個人の事業所のうち、次の業種を適用事業所としています。物の製造・加工、土木・建築、鉱業、電気・ガス、運送、貨物積卸し、焼却・清掃、物の販売、金融・保険、物の保管・賃貸、媒介周旋、集金・案内・広告、教育・研究・調査、医療、通信・報道、社会福祉、法律・会計の士業です。

美容業はこの中に入っていません。 日本年金機構の説明も、常時5人以上の個人事業所は「農林漁業、サービス業などの場合を除いて」適用事業所になるとしています。そのため、個人の美容室は、スタッフが5人いても10人いても、社会保険の強制適用ではありません。

2029年10月の改正後も、5人未満は対象外

令和7年の年金制度改正法で、常時5人以上を使う個人事業所の非適用業種は解消され、2029年10月から適用事業所になります。ただし対象は2029年10月以後に開業する事業所で、施行時に既にある事業所は当分の間対象外です。常時5人未満の個人事業所は、改正後も対象外のままです。改正の中身は飲食店など個人事業所も2029年10月から社会保険の対象に。既存店は当分対象外で詳しく扱っています。

法人は、スタッフが1人でも強制適用になる

同じ健康保険法3条3項2号は、法人の事業所であって常時従業員を使用するものを適用事業所としています。人数の下限はありません。日本年金機構も、株式会社などの法人の事業所は事業主のみの場合を含めて強制適用事業所だとしています。

事業の形スタッフ0人スタッフ1〜4人スタッフ5人以上
個人の美容室(既存)対象外対象外対象外
個人の美容室(2029年10月以後に開業)対象外対象外適用
法人の美容室社長本人が適用適用適用

パートも「4分の3」を超えれば加入する

日本年金機構によると、パートタイマー・アルバイトでも、1週間の所定労働時間と1か月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事する通常の労働者の4分の3以上なら被保険者になります。フルタイムの8割程度の時間で働くスタッフは、パートの名目でも加入対象です。

スタッフ1人あたりの保険料

月給22万円のスタッフ1人の社会保険料は、計算エンジンで次のとおりです。

項目年額
事業主負担(健康保険・厚生年金・子ども・子育て拠出金)38.4万円
スタッフ本人の負担(給与から天引き)37.5万円

※ 協会けんぽ東京支部・40歳未満・2026年(令和8年)度の料率。当サイトの計算エンジン(scripts/biyoshitsu-houjinka-staff.mjs)で計算

事業主負担の38.4万円は、法人の費用として新たに増えます。本人負担の37.5万円は給与から天引きされるので、スタッフの手取りが年37.5万円減ります。手取りを据え置くために給与を上げれば、その分も法人の負担になります。

スタッフの人数ごとの、法人化の損得

売上3,000万円・経費1,500万円(スタッフの給与を含む)のサロンで、法人化した場合だけスタッフの社会保険料の事業主負担が増えるとして、法人化の実質差額を計算しました。

社会保険に入るスタッフ事業主負担(年)法人化の実質差額(2年目以降)
0人0.0万円+23.9万円
1人38.4万円+0.3万円
2人76.8万円−23.4万円
3人115.2万円−47.0万円
4人153.6万円−70.6万円

※ 同じスクリプトで計算。東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス未登録・合同会社。実質差額は法人の手取り(社長の手取り+法人に残る利益を引き出すコスト20%控除後)から個人の手取りを引き、税理士報酬の差を差し引いた額 ※ スタッフは全員月給22万円で4分の3基準を満たすものとした。社会保険料の事業主負担は法人の損金になる前提で計算している

社長1人分だけを見れば、法人化で年23.9万円有利です。スタッフ1人が社会保険に入ると、その利得は0.3万円まで縮み、2人で23.4万円の不利に逆転します。この規模のサロンでは、スタッフ1人目の保険料で法人化の利得がほぼ消えます。

「スタッフの保険料は将来の採用力」という見方

スタッフにとって、社会保険に入れることは厚生年金と傷病手当金・出産手当金を受けられることを意味します。社会保険のあるサロンは求人で条件を示しやすく、それを採用や定着の投資と見る経営者もいます。ただし、その効果は表の数字には出てきません。法人化の判断では、まず数字の差を確かめ、そのうえで採用面の効果をどう評価するかを考える順番です。

業務委託(面貸し)にすれば済むわけではない

スタッフを雇用ではなく業務委託(面貸し)にすれば、社会保険はかかりません。ただし日本年金機構は、被保険者かどうかは雇用契約書の有無などとは関係なく、適用事業所で働き労務の対償として給与を受ける使用関係で判断するとしています。シフトや施術内容を指示し、時間で拘束しているなら、契約書の名目にかかわらず使用関係と判断される可能性があります。外注費と給与の線引きは外注費と給与の判定。差が出るのは消費税・源泉徴収・社保の3つで整理しています。

美容業の個人事業税は5%

税金の側では、美容業は個人事業税の法定業種で、税率は5%です。法人化すると個人事業税はなくなりますが、法人事業税と、赤字でも年7万円の法人住民税均等割がかかります。業種ごとの個人事業税は個人事業税がかからない業種がある。70業種の線引きと計算方法で確認できます。

まとめ

  • 個人の美容室は、美容業が健康保険法の適用業種に入っていないため、スタッフが何人いても社会保険の強制適用ではない
  • 2029年10月以後に開業する常時5人以上の個人事業所は対象に加わるが、5人未満は改正後も対象外
  • 法人は、常時従業員を使えば1人でも強制適用。パートも4分の3基準を満たせば加入する
  • 月給22万円のスタッフ1人で、事業主負担は年38.4万円、本人負担は年37.5万円
  • 売上3,000万円・経費1,500万円のサロンでは、社長1人なら法人化で年+23.9万円、スタッフ1人で+0.3万円、2人で−23.4万円

美容室の法人化は、社長1人分の税金だけで判断できません。自分の売上と経費で法人化の差を出したうえで、社会保険に入るスタッフの人数と給与を掛けた事業主負担を差し引いてください。

よくある質問

スタッフを業務委託(面貸し)にすれば、法人でも社会保険はかからないのですか?

社会保険の被保険者になるかは、契約書の名目ではなく、適用事業所で働き労務の対償として給与を受ける使用関係があるかで判断されます(日本年金機構)。指揮命令の下で働いている実態があれば、業務委託の契約でも使用関係と判断される可能性があります。外注費と給与の線引きは、消費税や源泉徴収にも影響します。

個人のまま任意で社会保険に入ることはできますか?

適用事業所でない個人事業所でも、従業員の半数以上が同意し、事業主が申請して厚生労働大臣の認可を受ければ任意適用事業所になれます(日本年金機構)。ただし個人事業所の事業主本人は被保険者になりません。

週20時間のパートは、法人化すると社会保険に入りますか?

4分の3基準を満たさない短時間労働者が加入対象になるのは、特定適用事業所などの場合です。小規模な法人では、週の所定労働時間と月の所定労働日数が通常の労働者の4分の3以上かどうかで判断します(日本年金機構)。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。