社会保険

個人事業のままスタッフを社会保険に入れる「任意適用」と法人化の違い

結論

強制適用でない個人事業所でも、従業員の半数以上が同意し、事業主が申請して厚生労働大臣の認可を受ければ任意適用事業所になり、従業員を健康保険・厚生年金に入れられます。事業主本人は被保険者になりません。売上1,800万・経費1,000万円・スタッフ2人(月給22万円)の試算では、任意適用は個人のままより事業主の手取りが年43.9万円減り、法人化(税理士報酬控除後)は年72.6万円減ります。

  • 認可されると同意しなかった従業員も含めて全員が加入する。健康保険・厚生年金のいずれかだけの加入もできる
  • やめるには被保険者の4分の3以上の同意が要り、取消が認可されると全員が資格を喪失する。法人にはこの選択肢がない
  • スタッフ1人(月給22万円・東京)の事業主負担は年38.4万円、健康保険のみなら年13.3万円

「スタッフ募集に『社会保険完備』と書きたいが、そのために法人化までするべきか」。個人事業主がこの問いで迷うとき、見落とされがちなのが任意適用という選択肢です。法人化しなくても、従業員だけを社会保険に入れる道があります。

ただし任意適用と法人化は、入る人の範囲もやめやすさもまったく違います。ここでは日本年金機構の手続きを確認したうえで、計算エンジンで両者の手取りを並べます。

任意適用事業所とは:強制適用でない個人事業所の申請制度

日本年金機構によると、強制適用事業所は次のとおりです。

  • 法人の事業所(事業主のみの場合を含む)
  • 従業員が常時5人以上いる個人の事業所(農林漁業、サービス業などの場合を除く)
  • 令和4年10月からは、法律・会計の士業の個人事業所で常時5人以上を雇用するもの

これに当てはまらない個人事業所、つまり従業員4人以下の個人事業所や、飲食店・美容室などの非適用業種の個人事業所は、何もしなければ社会保険の対象外です。このような事業所が自ら申請して適用事業所になるのが任意適用です。

非適用業種の扱いは令和7年の年金制度改正法で見直され、2029年10月以後に開業する常時5人以上の個人事業所は強制適用になります。施行時に既にある事業所は当分の間対象外で、5人未満は引き続き対象外です。詳しくは飲食店など個人事業所も2029年10月から社会保険の対象にで扱っています。つまり任意適用は、改正後も小規模な個人事業所にとって現役の制度です。

要件と手続き:半数以上の同意と大臣の認可

任意適用の要件は、従業員の半数以上が適用事業所となることに同意していることです。事業主が申請し、厚生労働大臣の認可(実務上は年金事務所・事務センターへの提出)を受けて適用事業所になります。

提出する書類は日本年金機構の案内で次のとおりです。

書類内容
健康保険・厚生年金保険 任意適用申請書本体
任意適用同意書従業員の2分の1以上の同意を得たことを証する書類
事業主世帯全員の住民票原本・個人番号の記載なし・提出日から90日以内の発行
公租公課の領収書原則1年分(所得税・事業税・市町村民税・国民年金保険料・国民健康保険料)
賃貸借契約書のコピー等事業所の所在地が事業主の住所と異なる場合
被保険者資格取得届・被扶養者(異動)届申請書と同時に提出

公租公課の領収書が求められる点は見落としやすいところです。事業主自身の国民年金保険料や国民健康保険料を滞納していると、申請の準備でつまずきます。

同意しなかった人も全員加入する

認可されると、従業員全員が加入することになります。 半数の同意は事業所として適用を受けるための要件で、同意しなかった人だけ外れる仕組みではありません。保険給付や保険料は強制適用事業所と同じ扱いです。手取りが減るのを嫌うスタッフがいる場合は、事前の説明が欠かせません。

健康保険だけ・厚生年金だけも選べる

日本年金機構は、任意適用では「健康保険・厚生年金保険のいずれかまたは両方」に加入できるとしています。法人は両方とも強制なので、片方だけを選べるのは任意適用ならではの特徴です。

月給22万円のスタッフ1人(東京・40歳未満)で、加入する保険ごとの保険料を計算エンジンで出すと次のとおりです。

加入する保険事業主負担(年)本人負担(年)
健康保険のみ13.3万円13.3万円
厚生年金のみ25.1万円24.2万円
両方38.4万円37.5万円

※厚生年金保険料率18.3%と、協会けんぽ東京支部の令和8年度料率に子ども・子育て支援金率0.23%を加えた率で計算。厚生年金の事業主負担には、事業主だけが負担する子ども・子育て拠出金を含みます。

健康保険のみの場合、スタッフの年金は国民年金のまま(保険料は本人が全額負担)です。傷病手当金・出産手当金がほしいという要望なら健康保険だけで応えられますが、年金を厚くしたい要望には応えられません。

事業主本人は入れない:法人化との最大の違い

任意適用で加入するのは、事業所に使用される従業員です。個人事業所の事業主本人は被保険者になりません。 事業主は国民健康保険・国民年金のままです。

一方、法人は事業主のみの場合でも強制適用事業所で、役員報酬を受ける社長本人が加入します(法人化したら社会保険は強制加入?)。整理すると次のとおりです。

比べる点個人+任意適用法人
適用の始まり従業員の半数以上の同意+認可設立して報酬を払えば当然に適用
事業主(社長)本人加入しない(国保・国民年金)加入する
加入する保険健康保険・厚生年金のいずれかまたは両方両方
やめられるか被保険者の4分の3以上の同意+認可で取消可法人である限りやめられない

事業主本人の厚生年金や傷病手当金がほしい場合は、任意適用では手に入りません。逆に、スタッフの待遇だけを整えたいなら、法人化しなくても目的は果たせます。

手取りの比較:任意適用は法人化より負担が小さい

スタッフの給与を含めた経費は同じとし、スタッフの社会保険料(両方加入)の事業主負担だけを上乗せして、事業主の手取りを計算しました。個人の場合は必要経費、法人の場合は損金になります。法人化は最適な役員報酬で計算し、税理士報酬の増分を差し引いています。

売上1,800万円・経費1,000万円(スタッフ給与込み)・東京23区・単身・40歳未満・インボイス登録あり

社会保険に入るスタッフ個人のまま(未適用)個人+任意適用法人化法人化の最適報酬(月)
1人540.7万円518.7万円(−22.0万円)492.4万円(−48.3万円)54万円
2人540.7万円496.8万円(−43.9万円)468.1万円(−72.6万円)51万円
3人540.7万円475.8万円(−64.9万円)443.8万円(−97.0万円)48万円
4人540.7万円453.8万円(−86.9万円)419.5万円(−121.3万円)45万円

売上3,000万円・経費1,800万円(スタッフ給与込み)・同条件

社会保険に入るスタッフ個人のまま(未適用)個人+任意適用法人化法人化の最適報酬(月)
1人774.2万円754.5万円(−19.7万円)744.0万円(−30.2万円)54万円
2人774.2万円732.7万円(−41.6万円)719.9万円(−54.3万円)54万円
3人774.2万円709.1万円(−65.1万円)695.7万円(−78.5万円)54万円
4人774.2万円685.5万円(−88.7万円)671.6万円(−102.7万円)54万円

※スタッフは月給22万円・東京・40歳未満。法人化は2年目以降(設立費用を含まない)。表は scripts/nini-hokatsu-tekiyo-jigyosho.mjs で再生成できます。

どちらの条件でも、スタッフの社会保険を整える手段としては、任意適用のほうが事業主の手取りの減り方が小さい結果です。ただし差の中身は単純ではありません。法人化の欄には、社長本人の厚生年金保険料(将来の年金になる部分)と税理士報酬が含まれます。所得が大きくなるほど法人の税率の効果で差が縮むことも、2つ目の表から読み取れます(スタッフ1人で差は26.3万円→10.5万円)。

単年の手取りだけで決めない

任意適用は事業主本人に何も足しません。法人化で減る手取りの一部は、社長自身の厚生年金という形で将来に残ります。手取りの差だけでなく、社長本人の年金と傷病手当金を含めて比べる必要があります。

任意適用が向くケース・向かないケース

計算と制度の性質から、次のように整理できます。

  • 向く:採用のために従業員の社会保険を整えたい/事業主本人は国保・国民年金のままでよい/売上がまだ法人化の損益分岐に届かない
  • 向かない:事業主本人も厚生年金・傷病手当金に入りたい/いずれ法人化する予定が近い(法人化すれば改めて法人として新規適用の手続きになる)

なお、任意適用は一度入るとやめるのに被保険者の4分の3以上の同意が要ります。取消が認可されると、同意しなかった人も含めて全員が資格を喪失します。入るときは半数、やめるときは4分の3と、ハードルが非対称です。

同じく「会社側が社会保険の範囲を選べる」制度として、法人が週20時間以上のパートを任意で加入させる任意特定適用事業所があります。あちらは法人(適用事業所)が短時間労働者の範囲を広げる制度で、こちらは事業所そのものを適用にする制度です。美容室のように業種で対象外になる事業の具体例は美容室の法人化とスタッフの社会保険で計算しています。

まとめ

  • 強制適用でない個人事業所は、従業員の半数以上の同意と厚生労働大臣の認可で任意適用事業所になれる
  • 認可されると従業員全員が加入し、健康保険・厚生年金のいずれかだけも選べる。事業主本人は加入しない
  • やめるには被保険者の4分の3以上の同意が要り、取消時は全員が資格を喪失する
  • 売上1,800万・経費1,000万円・スタッフ2人の試算で、事業主の手取りは任意適用で年43.9万円、法人化で年72.6万円減る(法人化は社長本人の厚生年金を含む)

スタッフの社会保険を整える方法として法人化が最適かどうかは、売上・経費・スタッフの人数で変わります。一般論の数字ではなく、自分の売上と経費で確かめてください。

よくある質問

任意適用事業所になれば、個人事業主本人も厚生年金に入れますか?

入れません。任意適用で加入するのは事業所に使用される従業員で、個人事業所の事業主本人は国民健康保険・国民年金のままです。本人が厚生年金に入るには法人化して役員報酬を受ける形になります。

同意しなかった従業員は加入しなくてよいのですか?

日本年金機構の案内では、任意適用が認可されると従業員全員が加入することになります。同意は申請の要件であって、個人ごとの加入・非加入を選ぶものではありません。

任意適用をやめることはできますか?

被保険者の4分の3以上の同意を得て任意適用取消申請書を提出し、認可を受ければ取消できます。認可されると、取消に同意しなかった人も含めて全員が資格を喪失します。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。