役員報酬
名ばかり役員は労働者か?残業代が出る取締役と、出ない取締役の境目
結論
代表権または業務執行権を持つ役員は労働基準法の労働者ではありません。一方、そのどちらも持たない取締役が部長などの職で賃金を受けている場合は、その限りで労働者とされます(昭和23年基発第461号)。労働者とされた部分には残業代や最低賃金の規定が及び、未払いの賃金は支払期日から3年さかのぼって請求できます。
- 労働者かどうかは登記や肩書ではなく、指揮監督下で働いているか、報酬がその対価かという「使用従属性」で判断される
- 月給30万円・残業月20時間なら、未払いの残業代は年53.6万円、3年分で160.7万円になる(月168時間で換算した当サイトの計算)
- 社長の配偶者など株式の5%超を持つ同族会社の役員は、税務上は使用人兼務役員になれない。労働法上の労働者と、税務上の役員が同じ人に重なる
一人会社から少し大きくなると、配偶者や創業メンバーを取締役として登記する場面が出てきます。そのとき「役員にしておけば残業代も最低賃金も関係ない」と考えがちですが、労働基準法はそうは見ません。
線を引くのは登記ではなく、代表権・業務執行権の有無と、働き方の実態です。そして労働法上は労働者でも、税務上は役員として扱われるというねじれが、家族役員ではよく起きます。
役員でも労働者になるのは「代表権も業務執行権もない人」
役員報酬に最低賃金が及ばない理由は役員報酬に最低賃金は適用されるかで書きました。根拠は、代表者や執行機関は事業主体との間で使用従属の関係に立たないため、労働基準法9条の労働者ではない、という厚生労働省の解釈です(昭和23年1月9日付け基発第14号)。
同じ通達集には、反対側の線も書かれています。昭和23年3月17日付け基発第461号の「職員を兼ねる重役」です。
法人の所謂重役で業務執行権又は代表権を持たない者が、工場長、部長の職にあつて賃金を受ける場合は、その限りにおいて法第九条に規定する労働者である。
ポイントは3つあります。
- 対象は業務執行権も代表権も持たない役員に限られる
- 工場長・部長のような従業員としての職にあって、賃金を受けていること
- 労働者になるのは「その限りにおいて」。役員としての部分まで労働者になるわけではない
一人会社の代表取締役、合同会社の代表社員・業務執行社員は、最初の条件で外れます。問題になるのは、社長の下に置いた2人目以降の取締役です。
合同会社には別の論点があります。出資者であっても、会社との間に使用従属関係があり、賃金を受けて働いている場合は労働者になる、という解釈があります(昭和23年3月24日付け基発第498号「共同経営の事業」)。定款で業務執行社員を限定し、業務執行をしない社員に日々の業務をさせている場合は、ここに当たり得ます。
判断の物差しは昭和60年の研究会報告
「使用従属の関係にあるかどうか」をどう判断するかは、労働基準法研究会報告(昭和60年12月19日)が整理しています。厚生労働省は、この基準が今日でも裁判実務などで具体的な判断基準として用いられているとしています。
報告の骨格を、取締役に当てはめやすい形に並べ直したのが次の表です。
| 判断要素 | 報告の位置づけ | 取締役に当てはめると |
|---|---|---|
| 仕事の依頼・指示への諾否の自由 | 指揮監督関係の重要な要素 | 社長の指示を断れないか |
| 業務の内容・遂行方法への指揮命令 | 指揮監督関係の基本的かつ重要な要素 | 何をどうやるかを社長が決めているか |
| 勤務場所・勤務時間の拘束 | 指揮監督関係の基本的な要素 | 始業・終業時刻を管理されているか |
| 代替性 | 指揮監督関係を補強する要素 | 自分の判断で他人に任せられるか |
| 報酬の労務対償性 | 使用従属性を補強 | 欠勤で減額、残業で手当が出るか |
| 事業者性・専属性 | 限界的な事例で考慮 | 報酬が同種の従業員と比べて著しく高額か、他社の仕事ができるか |
報告は、報酬が時間給を基礎に計算される、欠勤すると控除される、残業すると別の手当が出る、といった性格があれば使用従属性を補強するとしています。逆に、報酬が同様の業務に就く正規従業員に比べて著しく高額であれば、事業者としての性格が強まり労働者性を弱める要素になるとしています。
取締役会や社長に業務の進め方まで指示され、出勤簿で時間を管理され、報酬が他の従業員と同じ給与テーブルで決まっている。この3つがそろう取締役は、登記にかかわらず労働者に近い位置にいます。
労働者とされた部分には、残業代がさかのぼってかかる
労働者とされれば、労働時間・割増賃金・最低賃金・年次有給休暇の規定がその部分に及びます。金額に直すと影響が大きいのは残業代です。
割増賃金率は、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える時間外労働が月60時間以下なら25%、60時間を超える部分は50%です。中小企業の60時間超の部分も、2023年4月1日から50%に引き上げられています。
未払いの賃金は、2020年4月1日以降に支払期日が来るものについて、支払期日から5年(当分の間は3年)で消滅時効にかかります。割増賃金もこの対象です。
役員として固定額を払い、残業代を一切払っていなかった取締役が、あとから労働者と判断された場合の金額を出したのが次の表です。
| 月給 | 1時間あたり | 残業月10時間 | 残業月20時間 | 残業月30時間 | 月20時間を3年分 |
|---|---|---|---|---|---|
| 25万円 | 1,488円 | 22.3万円 | 44.6万円 | 67.0万円 | 133.9万円 |
| 30万円 | 1,786円 | 26.8万円 | 53.6万円 | 80.4万円 | 160.7万円 |
| 40万円 | 2,381円 | 35.7万円 | 71.4万円 | 107.1万円 | 214.3万円 |
※ 月給を月168時間(1日8時間・月21日)で割って1時間あたりの額とし、時間外労働1時間につき1.25倍で計算した当サイトの試算。残業月10〜30時間の列は年額。月60時間を超える部分、深夜・法定休日の割増は含まない
月給30万円・残業月20時間で3年分160.7万円です。さらに裁判になれば、裁判所は労働者の請求により、未払額と同額までの付加金の支払いを命じることができます。付加金の請求期間も当分の間は3年です。
賃金台帳や出勤簿の保存期間も同じく当分の間は3年とされているため、記録を残していない会社ほど、労働時間の立証で不利になりやすい点にも注意が要ります。
家族役員では、税務の「役員」と労働法の「労働者」が重なる
ここからが、法人化した個人事業主にとっての本題です。社長の配偶者を、代表権のない取締役兼「経理部長」として登記したケースを考えます。
労働法の側では、実態次第で経理部長としての部分は労働者になり得ます。では税務の側はどうか。国税庁は、部長などの職制上の地位を持ち常時使用人として働く役員を「使用人兼務役員」として、使用人分の給与を一般の役員給与とは分けて扱います。使用人分の給与は、定期同額給与などの損金算入の要件から外れます。
ただし、使用人兼務役員になれない人が列挙されています。
- 代表取締役、副社長・専務・常務などに準ずる地位の役員
- 合同会社などの業務執行社員
- 同族会社の役員のうち、50%超・10%超・5%超の株式保有要件をすべて満たす人
最後の5%超の判定では、その役員本人の持ち株に配偶者の持ち株も合算します。社長が100%を持つ会社の配偶者は、本人が1株も持っていなくても5%超に当たり、使用人兼務役員になれません。同族会社の判定は家族への給与が「みなし役員」になる3条件で詳しく扱っています。
そうなると、次のような食い違いが生まれます。
| 見る法律 | 社長の配偶者(代表権なしの取締役兼経理部長)の扱い | 残業代を払ったら |
|---|---|---|
| 労働基準法 | 実態により、部長としての部分は労働者 | 払う義務がある |
| 法人税法 | 使用人兼務役員になれず、給与はすべて役員給与 | 毎月の額が変わると定期同額給与の要件を外れる |
税務上の役員給与で損金になるのは、定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与の3つです。月ごとの残業時間に応じて変動する手当は、このどれにも当てはめにくくなります。労働法上は払うべき残業代が、税務上は損金にならないおそれがある、ということです。
このねじれは、家族を取締役にした時点で始まります。避ける方法は大きく2つです。1つは、配偶者を取締役にせず従業員として雇い、残業代も最低賃金も含めて労働者として扱うこと。もう1つは、取締役として登記するなら、時間管理や日々の指示を受けない役員としての働き方に実態を合わせることです。どちらが合うかは、事業の中で家族が担う役割によって変わります。役員賞与側の扱いは使用人兼務役員の賞与を参照してください。
一人会社のままなら、この論点は出てこない
ここまでの話は、取締役が2人以上いるか、合同会社で業務執行をしない社員がいる場合の論点です。代表者1人だけの会社では、指揮監督する上位者がいないため、労働者性の問題はまず生じません。雇用保険に入れないのも同じ理由で、例外として兼務役員が被保険者になる条件は一人社長は雇用保険に入れないにまとめています。
当サイトの判定ツールも、代表者1人に役員報酬を払う形で法人化を計算しています。家族に報酬を分ける場合の手取りは夫婦で役員報酬を分けるで計算していますが、そこでも家族は役員として扱っています。家族を従業員として雇い、残業代まで払う設計にすると、人件費が増えるぶん法人化の損益分岐点は後ろへ動きます。
役員にするか従業員にするかは、税金と社会保険だけでなく、労働法の義務まで含めて比べる必要があります。まずは代表者1人の前提で、自分の売上と経費で法人化の効果を確かめてください。
まとめ
- 代表権または業務執行権を持つ役員は労働者ではない。どちらも持たない取締役が部長などの職で賃金を受けると、その限りで労働者とされる(昭和23年基発第461号)
- 判断は登記ではなく、諾否の自由・指揮命令・時間の拘束・報酬の性格などの実態で行われる(昭和60年の労働基準法研究会報告)
- 労働者とされた部分の未払い残業代は3年さかのぼる。月給30万円・残業月20時間で3年分160.7万円(当サイトの試算)
- 社長の配偶者は株式を持っていなくても5%超の要件に当たり、税務上は使用人兼務役員になれない。変動する残業代は定期同額給与の要件を外れるおそれがある
- 代表者1人の会社ならこの論点はほぼ生じない。家族を取締役にする時点で、労働法と税務の両方の扱いを決めておく必要がある
よくある質問
取締役の名刺を持たせれば、残業代を払わなくてよくなりますか?
なりません。労働者に当たるかどうかは肩書や登記ではなく、指揮監督下で働いているか、報酬がその労務の対価かといった実態で判断されます。代表権も業務執行権もない取締役が部長として働いている場合は、その限りで労働者とされます。
合同会社の社員(出資者)は労働者になりますか?
業務執行社員や代表社員は使用者の側に立つため、通常は労働者ではありません。出資していても、会社との間に使用従属関係があり賃金を受けて働いている場合は労働者になると、厚生労働省は共同経営の事業について示しています(昭和23年基発第498号)。
未払いの残業代は何年さかのぼって請求されますか?
2020年4月1日以降に支払期日が来る賃金は、支払期日から5年とされつつ、当分の間は3年で消滅時効にかかります。裁判では未払額と同額までの付加金の支払いを命じられることがあり、その請求期間も当分の間は3年です。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。