役員報酬

役員報酬に最低賃金は適用される?月5万円でも違法にならない理由

結論

代表取締役や合同会社の業務執行社員のような役員は、労働基準法9条の労働者に当たらないため最低賃金法の適用を受けません。役員報酬を月5万円にしても最低賃金法違反にはなりません。ただし、業務執行権も代表権もない役員が部長などの職にあって賃金を受ける場合は、その限りにおいて労働者とされます。

  • 令和8年度の地域別最低賃金は東京1,280円、全国加重平均1,177円、最低額1,085円(宮崎)。いずれも労働基準法9条の労働者に適用される
  • 最低賃金の下限が外れても、事業所得1,000万円での最適な役員報酬は月54万円。月5万円まで下げると手取り合計は年52.7万円減る
  • 下限を作っているのは最低賃金ではなく標準報酬月額。健康保険の第1等級5万8,000円・厚生年金の第1等級8万8,000円が効く

役員報酬を月5万円に設定したマイクロ法人の記事を読むと、必ず出てくる疑問があります。時給に直せば最低賃金を大きく下回るのに、なぜ問題にならないのか。

答えは、最低賃金が適用される相手が「労働者」に限られているからです。そして、下限が法律で縛られていないことは、下げてよいという意味にはなりません。

最低賃金が適用されるのは「労働者」だけ

厚生労働省は、地域別最低賃金の適用範囲を「産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に適用されます」と説明しています。パートタイマー、アルバイト、臨時、嘱託といった呼び方や雇用形態は問いません。

ここで線を引いているのは「すべての労働者」という部分です。最低賃金が及ぶ範囲は、雇用形態ではなく、労働者に当たるかどうかで決まります。

その労働者の定義は労働基準法9条にあり、「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」と規定されています。厚生労働省は、この規定にあてはまるかどうか(労働者性)を次の2つの基準で判断するとしています。

  • 労働が他人の指揮監督下において行われているかどうか、すなわち、他人に従属して労務を提供しているかどうか
  • 報酬が、「指揮監督下における労働」の対価として支払われているかどうか

この2つをまとめて「使用従属性」と呼びます。契約の形式や名称ではなく、契約の内容、労務提供の形態、報酬などから個別に総合判断されます。

一人会社の代表取締役や合同会社の業務執行社員は、自分で意思決定し、自分に報酬を払う立場です。誰かの指揮監督下で労務を提供しているわけではないため、使用従属性が認められません。労働基準法では、むしろ使用者の側に立ちます。

だから、役員報酬には最低賃金法上の下限がありません。月5万円でも、月3万円でも、最低賃金法違反という問題は生じません。

同じ理由で、役員は雇用保険の被保険者にもなりません。詳しくは一人社長は雇用保険に入れないで整理しています。

令和8年度の最低賃金は東京1,280円。従業員なら月21万5,040円が下限

比較の軸を押さえておきます。令和8年度の地域別最低賃金は、全国加重平均で1,177円に改定されました。厚生労働省が公表した主な都道府県の改定額が次の表です。

都道府県令和8年度の改定額改定前発効日月額換算(168時間)
東京1,280円1,226円令和8年10月1日21万5,040円
神奈川1,279円1,225円令和8年10月1日21万4,872円
大阪1,231円1,177円令和8年10月1日20万6,808円
埼玉1,196円1,141円令和8年10月1日20万928円
愛知1,195円1,140円令和8年10月1日20万760円
宮崎(最低額)1,085円1,023円令和8年10月24日18万2,280円
全国加重平均1,177円1,121円−19万7,736円

※ 時間額と発効日は厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧(令和8年度)」の公表値。月額換算は1日8時間・月21日勤務(168時間)とした場合の当サイトの計算で、公表値ではありません

発効日は都道府県ごとに違い、令和8年10月1日から同年12月2日までに分かれています。宮崎のように10月上旬を過ぎてから発効する県では、発効日までは改定前の額が適用されます。

月額換算の列が、従業員を雇う場合の下限の目安になります。東京で1日8時間・月21日働いてもらうなら、賃金は月21万5,040円を下回れません。所定労働時間が増えればこの下限も上がります。

役員と従業員で、賃金の下限の扱いがここまで違います。 同じ会社で、同じ金額を払っていても、相手が役員なら最低賃金の問題は生じず、従業員なら生じます。配偶者に給与を払う場合、役員にするか従業員にするかでこの縛りが変わる点は、夫婦で役員報酬を分けるときに効いてきます。

下限が外れることは、下げる理由にならない

ここからが本題です。最低賃金に縛られないのなら、役員報酬は下げるほど得なのか。

当サイトの計算エンジンは、役員報酬を月5万円から100万円まで1万円刻みで総当たりし、手取り合計が最大になる額を探します。売上1,200万円・経費200万円(事業所得1,000万円)で計算した結果です。

売上1,200万円・経費200万円(事業所得1,000万円)の場合

役員報酬手取り合計役員個人の手取り法人に残る額社会保険料(労使計)
月10万円632.5万円102.8万円529.6万円33.4万円
月20万円642.4万円196.3万円446.1万円68.1万円
月30万円650.8万円289.1万円361.6万円102.2万円
月40万円654.8万円378.8万円276.1万円139.6万円
月50万円659.7万円468.6万円191.1万円170.3万円
月54万円 ←最適662.4万円504.8万円157.6万円180.5万円
月60万円653.6万円547.8万円105.8万円200.9万円
月70万円646.8万円625.4万円21.4万円228.6万円
月80万円615.8万円704.8万円-89.0万円238.3万円
月90万円570.0万円784.4万円-214.4万円249.2万円
月100万円519.7万円860.2万円-340.4万円261.3万円

個人事業主のままの手取りは 657.1万円。最適な役員報酬は月54万円で、そのときの手取り合計は 662.4万円。

※ 経費200万円・東京23区(特別区統一保険料率)・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準 ※ 法人に残る額は、退職金・配当で引き出す際のコスト20%を控除した後の金額

表の最適は月54万円です。探索の下限である月5万円まで下げると手取り合計は609.7万円で、最適額より年52.7万円少なくなります。

東京の最低賃金に合わせた水準(月22万円)でも644.1万円で、最適額より年18.3万円少ない結果です。最低賃金は、役員報酬の目安としても機能しません。低すぎます。

理由は2つあります。

1つ目は、報酬を下げたぶんが法人の利益として残ることです。法人の所得には法人税・地方法人税・法人事業税がかかり、残った金額を退職金や配当で引き出すときにもコストがかかります。この表は引き出しコストを20%として計算しています。個人の所得税・住民税より安いとは限りません。

2つ目は、給与所得控除です。役員報酬は給与所得なので給与所得控除が使えますが、報酬が低いと控除枠を使い切れません。報酬を下げるほど、この控除の取り分も小さくなります。

最低賃金という下限が外れているのに、計算上の最適額はむしろ高い。 これが、月数万円の役員報酬を一般的な正解として扱えない理由です。社会保険料の削減だけを目的に報酬を下げる設計についてはマイクロ法人は意味ないのか、最適額の決まり方そのものは役員報酬は結局いくらが最適かで扱っています。

実際の下限を作っているのは、標準報酬月額の第1等級

最低賃金がかからないなら、報酬を下げれば社会保険料もゼロに近づくと考えたくなります。表の社会保険料の列を見ると、そうなっていません。月10万円でも労使合計で年33.4万円、月5万円でも年26.3万円かかります。

標準報酬月額の表に下限があるためです。そして、この下限は健康保険と厚生年金保険で額が違います。

制度第1等級の標準報酬月額下限の効き方
健康保険5万8,000円報酬月額6万3,000円未満はすべて第1等級
厚生年金保険8万8,000円報酬月額9万3,000円未満はすべて第1等級

役員報酬を月5万円にしても、厚生年金保険料は標準報酬月額8万8,000円で計算されます。報酬より高い金額をもとに保険料が決まる形になります。健康保険は5万8,000円なので、ここで両者を取り違えると保険料を読み違えます。等級表の全体像は標準報酬月額の50等級にあります。

ではゼロにできるかというと、できません。報酬が0円だと報酬を受けていないことになり、健康保険・厚生年金保険の被保険者になれません。その場合は国民健康保険と国民年金に戻ります。この分岐は役員報酬0円と社会保険で整理しています。

つまり役員報酬の実質的な下限は、最低賃金法ではなく、社会保険の等級表と「報酬があるかどうか」が作っています。労働法の下限は外れているのに、社会保険の下限は残る。この非対称が、役員報酬の設計をわかりにくくしています。

最低賃金が役員にも及ぶ2つの場合

役員だから一律に適用外、というわけではありません。厚生労働省の資料から読み取れる例外が2つあります。

業務執行権も代表権もない役員が、部長などの職で賃金を受ける場合

厚生労働省労働基準局がまとめた労働者性の関連通達に、「職員を兼ねる重役」という項目があります(昭和23年3月17日付け基発第461号)。

法人の重役が工場長や部長の職にあって給料を受ける場合も労働者と見ないのか、という問いに対する答えはこうです。法人のいわゆる重役で業務執行権又は代表権を持たない者が、工場長、部長の職にあって賃金を受ける場合は、その限りにおいて労働基準法9条に規定する労働者である。

逆から読むと、業務執行権または代表権を持つ役員は対象外です。一人会社の代表取締役と合同会社の業務執行社員はここに当たります。一方、取締役が複数いて、代表権も業務執行権もない取締役が部長として働き賃金を受けているなら、その賃金部分には最低賃金が適用される余地があります。

形式が役員でも、実態が労働者と判断される場合

労働者性は契約の形式や名称にかかわらず判断されます。登記上は取締役でも、実際には他の役員の指揮監督を受けて日々の業務をこなし、報酬がその労務の対価として払われているなら、使用従属性が認められる可能性があります。

この判断は個別の事案ごとの総合判断で、一律の基準値はありません。報酬額が低いこと自体が労働者性を生むわけではない、という点だけは押さえておく価値があります。

法人税法の「使用人兼務役員」とは別の判断

ここで混同が起きやすいので、分けておきます。

区分根拠何を決めるか
使用人兼務役員法人税法(国税庁 No.5205)使用人分の賞与などが損金になるか
労働基準法9条の労働者労働基準法(厚生労働省の使用従属性の基準)最低賃金・労働時間などの規定が及ぶか

国税庁は、使用人兼務役員を「役員のうち部長、課長、その他法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、常時使用人としての職務に従事する者」としつつ、代表取締役、副社長・専務・常務などに準ずる地位にある役員、合同会社の業務執行社員、同族会社の役員のうち一定の株主に当たる者などは使用人兼務役員になれないとしています。

重なって見えますが、判断する法律が違います。法人税法上は使用人兼務役員になれなくても、労働基準法上の労働者性は実態で別に判断されます。逆に、使用人兼務役員として賞与を損金にできる役員が、必ず労働基準法の労働者に当たるとも限りません。一方の結論を他方に持ち込まないでください。

なお、従業員を雇えば最低賃金のほかに健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険の会社負担も発生します。その金額は初めて従業員を雇う費用で計算しています。

役員報酬をどう決めるか

ここまでを整理すると、役員報酬の下限は次の順で考えることになります。

  1. 最低賃金法:代表権または業務執行権を持つ役員には適用されない
  2. 社会保険:報酬が0円でない限り被保険者となり、第1等級が下限として効く
  3. 手取り:事業所得の水準ごとに最適額があり、下げすぎると手取り合計が減る

3番目だけが金額を決める基準になります。そして最適額は、事業所得・居住自治体・年齢区分・扶養の状況で動きます。この記事で使った月54万円は、東京23区・40歳未満・独身・事業所得1,000万円という条件での数字です。計算の前提は計算の根拠にまとめています。

一般論の数字をそのまま当てるのではなく、自分の売上と経費で確かめてください。

まとめ

  • 最低賃金は労働基準法9条の労働者に適用される制度で、代表権または業務執行権を持つ役員には及ばない。役員報酬が月5万円でも最低賃金法違反にはならない
  • 令和8年度の地域別最低賃金は東京1,280円・全国加重平均1,177円・最低額1,085円(宮崎)。従業員を雇う場合はこの時間額が下限になる
  • 下限が外れても、事業所得1,000万円での最適な役員報酬は月54万円。月5万円に下げると手取り合計は年52.7万円減る
  • 実質的な下限を作るのは標準報酬月額で、健康保険の第1等級5万8,000円と厚生年金保険の第1等級8万8,000円は額が違う
  • 業務執行権も代表権もない役員が部長職などで賃金を受ける場合は、その限りにおいて労働者とされる(基発第461号)。法人税法の使用人兼務役員とは別の判断

よくある質問

役員報酬を月5万円にすると、社会保険には加入できないのですか?

報酬がある限り加入します。健康保険の標準報酬月額は第1等級の5万8,000円、厚生年金保険は第1等級の8万8,000円が下限で、報酬が月5万円でもこの等級が適用されます。報酬が0円の場合は報酬を受けていないため、被保険者になれません。

役員に残業代や深夜割増は発生しますか?

労働基準法9条の労働者に当たらない役員には、労働時間や割増賃金の規定は適用されません。ただし労働者に当たるかどうかは実態で判断されるため、形式が役員でも指揮監督下で労務を提供している場合は労働者とされることがあります。

配偶者を法人の従業員にする場合も、最低賃金は関係ないのですか?

関係します。従業員は労働基準法9条の労働者なので、地域別最低賃金が適用されます。配偶者を役員にするか従業員にするかで、賃金の下限の扱いが変わります。

法人税法上の「使用人兼務役員」に当たれば、最低賃金も適用されますか?

別の判断です。使用人兼務役員は法人税法上の区分で、損金になる範囲を決めるためのものです。労働基準法の労働者性は厚生労働省が示す使用従属性の基準で判断され、一方に当たるからといって他方にも当たるとは限りません。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。