社会保険

農業者年金は法人化で資格喪失。政策支援の国庫補助はどうなる

結論

農業法人の役員として厚生年金に入ると、その日に農業者年金の資格を失います(独立行政法人農業者年金基金法13条3号)。払った保険料は返らず、65歳からの農業者老齢年金になります。政策支援の国庫補助分は、法人の農業に常時従事する社員・株主の期間を「農業法人構成員期間」として申し出れば20年要件に数えられ、30歳加入・40歳法人化なら補助96万円が特例付加年金(運用益ゼロで年5.5万円)の原資として残ります。

  • 政策支援の本人負担は35歳以上で月1.4万円、国庫補助は月6千円(35歳未満は1万円ずつ)。農業所得900万円以下が条件で、補助を受ける間は保険料が月2万円に固定される
  • 事業所得800万円では、農業者年金を月2万円払う個人の手取り520.7万円に対し法人は497.4万円。1年で増える終身年金は個人1.6万円、法人の厚生年金2.9万円(概算)
  • 配偶者が第3号被保険者になった場合も、その日に農業者年金の資格を失う。給料制でない農事組合法人なら、国民年金のまま加入を続けられると基金は説明している

農業者年金に入っている人が法人化を考えると、「今まで払った分はどうなるのか」「国の補助はもらえなくなるのか」が気になります。結論ブロックのとおり、資格は失いますが、払った保険料も国庫補助も条件次第で残ります。

問題は条件のほうです。国庫補助が残るかどうかは60歳までの20年と経営継承で決まり、法人化の形によって満たし方が変わります。以下、条文の順に確かめ、最後に個人と法人の手取りと年金の増え方を比べます。

厚生年金に入った日に、農業者年金の資格を失う

独立行政法人農業者年金基金法11条は、加入できる人を国民年金の被保険者のうち第2号・第3号被保険者と保険料の免除者を除いた人で、農業に従事する人と定めています。基金の案内では、年間60日以上の農業従事、原則60歳未満、国民年金の第1号被保険者の3つが要件です。

法人から役員報酬を受けて厚生年金に入ると、第2号被保険者になります。同法13条は資格喪失の事由を挙げ、喪失日を事由ごとに分けています。

喪失事由(13条)喪失日
第2号被保険者になった(役員として厚生年金に加入)その日
第3号被保険者になった(厚生年金に入った配偶者の扶養に入る)その日
国民年金保険料の免除を受けた免除された月の初日
65歳に達したその日
死亡した/農業に従事しなくなった翌日

基準は法人の設立日ではなく、厚生年金に加入した日です。同法17条により、被保険者は国民年金の付加保険料(月400円)も納めています。付加保険料を納められるのも第1号被保険者だけなので、付加年金も同じ日に止まります。付加年金と国民年金基金の扱いは国民年金基金は法人成りで自動脱退。掛金は1円も戻らないで整理しています。

配偶者・後継者も一緒に資格を失うことがある

見落とされやすいのは家族の側です。配偶者を役員にして報酬を払えば、配偶者も第2号被保険者になります。報酬を払わず、あなたの扶養に入れて第3号被保険者にした場合も、13条3号でその日に資格を失います。夫婦で農業者年金に入っている世帯では、法人化で2人分が止まります。

法人化しても資格が続く形

資格を失う原因は法人化そのものではなく、厚生年金への加入です。基金の資料「農業者年金と法人化」は、給料制でない農事組合法人や、労働時間・日数が通常の4分の3以下のパートは、引き続き国民年金と農業者年金でよいと説明しています。法人登記していない集落営農も法人ではないので変わりません。

払った保険料は返らず、65歳から年金になる

新制度(平成14年以降の加入)には脱退一時金がありません。基金は、保険料は年金として支給する仕組みであり、脱退一時金を出すと資産の長期運用が損なわれると説明しています。

その代わり、払った分は消えません。同法28条は、保険料納付済期間がある65歳以上の人は農業者老齢年金を請求できると定めています。加入期間の長さは要件ではありません。希望すれば60歳から繰り上げられ、請求しないまま75歳に達すると自動的に支給されます。

年金額は、納めた保険料と運用収入の総額を年金現価率で割って決まります(同法29条)。令和8年度の現価率は65歳男子で18.30119です。運用益をゼロと置くと、月2万円を1年払った分(24万円)は年13,114円の終身年金になります。80歳前に亡くなった場合は、残りの期間分が死亡一時金として遺族に支払われます。

国庫補助分は「60歳までの20年」で残るかが決まる

政策支援加入は、保険料の一部を国が補助する仕組みです。補助額は通常の下限2万円と本人負担の差額です(同法48条1項、施行令13条・17条)。

区分(施行令の要件)35歳未満:本人負担/補助35歳以上:本人負担/補助
認定農業者かつ青色申告者1万円/1万円1.4万円/6千円
認定新規就農者かつ青色申告者1万円/1万円1.4万円/6千円
上の2つと家族経営協定を結んだ配偶者・後継者1万円/1万円1.4万円/6千円
3年以内に認定農業者かつ青色申告者になると約束した人1.4万円/6千円1.6万円/4千円

補助を受けるには、農業所得が900万円以下であること(施行令27条)と、60歳までに保険料納付済期間等が20年以上見込まれることが必要です。補助を受けられる月数は、35歳未満の期間に120月を足した月数と240月の少ないほうが上限です(施行令28条)。35歳以上だけで受ける場合は10年が上限になります。

補助分は「特例付加年金」として、別の要件で受け取る

国庫補助とその運用益は、本人の保険料とは別に特例付加年金の原資になります。同法31条1項が定める受給要件は3つです。

  1. 60歳に達した日の前日に、保険料納付済期間等が20年以上ある
  2. 農業を営む者でなくなっている(経営継承)
  3. 65歳以上である(1と2を満たせば60歳から繰上げ可)

要件を満たさないことが確実になった人については、その人に係る国庫補助と運用収入の合計額が、国から基金への補助額から減額されます(同法48条2項)。本人が返金するわけではありませんが、特例付加年金の原資がなくなるということです。本人が負担した分は、農業者老齢年金として残ります。

法人の役員になった期間を20年に数える「農業法人構成員期間」

法人化した人にとって鍵になるのが、同法45条3項5号の農業法人構成員期間です。被保険者が法人の営む農業に常時従事する組合員・社員・株主になり、厚生年金に入ったために資格を失った場合、その期間を20年要件に数えられます。基金はこれを「カラ期間」と呼んでいます。

条件は、資格を失った日から厚生年金を抜ける前日まで、ずっとその法人の農業に常時従事する構成員であったことです(施行令23条)。合同会社なら社員、株式会社なら株主であることが前提です。親の法人に後継者が従業員として入り、株を持たない場合は当たりません。

申出には、法人代表者の証明書を付けた申出書が必要です(施行規則69条)。60歳まで役員を続けた場合は、60歳に達する日の前日に厚生年金を抜けたものとして期間を計算します(同法31条2項、施行規則69条1項2号)。

加入年齢別:40歳で法人化したら国庫補助はいくら残るか

認定農業者かつ青色申告者として加入し、要件を満たす限り補助を受け続けた場合と、40歳で法人化して補助が止まった場合を計算しました(scripts/nogyosha-nenkin-houjinka.mjs hojo)。

加入年齢国庫補助を受ける期間国庫補助の総額特例付加年金(年額・65歳男子)40歳で法人化した場合の国庫補助同・特例付加年金(年額)
25歳20年192.0万円109,763円156.0万円(15年)89,183円
30歳15年132.0万円75,462円96.0万円(10年)54,881円
35歳10年72.0万円41,161円36.0万円(5年)20,580円
39歳10年72.0万円41,161円7.2万円(1年)4,116円
  • 運用益ゼロ。特例付加年金は令和8年度の現価率(65歳男子17.49209)で割り戻した値。現価率は毎年度告示で改定される
  • 40歳で法人化した場合の値は、農業法人構成員期間を申し出て20年要件を満たし、経営継承もした場合のもの

40歳で法人化しても、60歳まで社員・株主として法人の農業に従事すれば、どの加入年齢でも20年要件は満たせます。たとえば30歳加入なら、納付済み10年と構成員期間20年で30年です。逆に、法人を離れて農業以外の会社に勤めると構成員期間が途切れ、補助分を失うおそれがあります。

経営継承と支給停止は、法人化後も残る論点

特例付加年金の2つ目の要件「農業を営む者でなくなった」は、施行令3条で中身が決まっています。自分の農地を使って農業をしている人は、その農地の全部について所有権を移すか、10年以上の使用収益権を設定する必要があります。移す相手には、60歳未満の第三者のほか農業を営む法人も含まれます。

受給を始めた後も、受給権者が農業を営む者になれば特例付加年金は止まります(同法34条、施行令5条1号)。旧制度の経営移譲年金について、基金の資料は「農業生産法人の構成員になると共同経営者となり、支給停止になる」と説明しています。持分を持たない雇用者や顧問であれば止まらない、という線引きです。

新制度の特例付加年金で、自分が役員・出資者を続ける法人に農地を移した場合にどう扱われるかは、この記事で確認できた条文と基金の資料だけでは決めきれません。法人化の時点で特例付加年金を受け取る見込みのある人は、農地の移し方を決める前にJAか農業委員会を通じて基金に確認してください。

個人で農業者年金を続ける場合と、法人で厚生年金に入る場合

最後に、お金の比較です。判定ツールの計算エンジンで、個人のまま国民年金+付加保険料+農業者年金を払う場合と、合同会社で最適な役員報酬を取る場合を並べました(scripts/nogyosha-nenkin-houjinka.mjs hikaku)。個人の農業は個人事業税がかからないので、その前提で計算しています。

事業所得(青色控除前)個人:国民年金のみ個人:農業者年金 月2万円個人:農業者年金 月6.7万円法人:最適報酬(月額)法人の手取り1年で増える年金:個人 月2万円同:個人 月6.7万円同:法人(厚生年金)
500万円355.7万円336.1万円289.7万円34万円302.6万円15,514円46,332円22,362円
800万円537.7万円520.7万円481.4万円45万円497.4万円15,514円46,332円28,940円
1,000万円666.2万円650.0万円611.3万円45万円623.3万円15,514円46,332円28,940円
1,500万円964.1万円950.3万円918.5万円54万円932.6万円15,514円46,332円34,859円
  • 前提:農業(個人事業税なし)、国保は全国平均、協会けんぽ新潟支部、40〜64歳・単身・経費600万円・青色申告(65万円控除)・インボイス登録済み
  • 手取りは税理士報酬(個人15万円・法人35万円の想定)を引いた後。個人は年金保険料を払った後で、社会保険料控除による税の減少を含む。法人は内部留保の引出コストを引いた3年目以降の値
  • 「1年で増える年金」は65歳からの終身年金の年額。個人は付加年金2,400円+農業者老齢年金(運用益ゼロ・令和8年度の現価率)、法人は老齢厚生年金の報酬比例部分。老齢基礎年金の1年分はどちらも同じなので除いた

表から読めること

農業者年金を月2万円払う個人と法人を比べると、事業所得800万円では個人の手取りが23.3万円多く、1年で増える年金は法人が1.3万円多くなります。手取りでは個人、年金の積み上がりでは法人という分かれ方です。

月6.7万円(上限)まで払う個人は、手取りでは法人より16.0万円少なくなりますが、1年で増える年金は法人より1.7万円多くなります。農業者年金の保険料は全額が社会保険料控除になるため(所得税法74条2項6号)、手取りの減り方は保険料の増加分より小さくなります。

ただし、この比較は老齢年金だけです。厚生年金には障害厚生年金・遺族厚生年金があり、健康保険には傷病手当金があります。農業者年金は確定拠出型なので、運用次第で年金額が上下し、受給開始時の現価率でも変わります。法人化で増える年金の全体像は法人化で年金はいくら増える?、農業の法人化の損益分岐点は農業の法人化は所得いくらから?で計算しています。

一般論の数字ではなく、自分の売上と経費で、法人化した場合の役員報酬と社会保険料を確かめてください。

まとめ

  • 役員として厚生年金に入った日、または扶養に入って第3号被保険者になった日に、農業者年金の資格を失う(同法13条3号)。給料制でない農事組合法人なら加入を続けられる
  • 払った保険料は返らないが、65歳から農業者老齢年金として受け取る。加入期間の長さは要件ではない
  • 国庫補助分は、60歳前日に保険料納付済期間等が20年以上あり、経営継承した場合に特例付加年金になる。法人の農業に常時従事する社員・株主の期間は農業法人構成員期間として20年に数えられる
  • 30歳加入・40歳法人化なら国庫補助96.0万円分が残り、運用益ゼロで年54,881円の特例付加年金になる(65歳男子)
  • 事業所得800万円では、農業者年金を月2万円払う個人のほうが手取りは23.3万円多い。1年で増える年金は法人の厚生年金が1.3万円多い

よくある質問

法人化して農業者年金をやめるとき、何か手続きは必要ですか。

被保険者は資格の取得・喪失を基金に届け出る義務があります(同法16条)。基金の資料でも、法人が厚生年金の加入届を出したあと、本人が基金へ脱退の届出をする流れが示されています。窓口はJAか農業委員会です。

法人を辞めて個人の農業に戻ったら、農業者年金に再加入できますか。

国民年金の第1号被保険者で、年間60日以上農業に従事していれば再加入できます。前後の被保険者期間は合算されます(同法15条3項)。法人にいた期間を農業法人構成員期間として扱うには、再加入の申出と同時に申出書と法人代表者の証明書を出す必要があります(施行規則69条・70条)。

法人化した年の農業者年金の保険料は、確定申告で控除できますか。

個人として払った農業者年金の保険料は、払った年の社会保険料控除の対象です(所得税法74条2項6号)。法人化した年でも、その年に自分で払った額は控除できます。法人化した後の役員報酬から天引きされる厚生年金の保険料も、同じく社会保険料控除の対象です。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。