設立の手続き

温泉利用許可は法人成りで承継できない。事業譲渡と温泉法15条

結論

温泉法の利用許可(15条)は、事業譲渡では承継できません。承継の規定は法人の合併・分割(16条)と相続(17条)だけで、個人事業主が自分の会社へ温泉施設の事業を譲る法人成りは、どちらにも当たりません。会社は15条の許可を新たに受け、成分等の掲示も会社の名義であらかじめ届け出ます(18条4項)。旅館業と公衆浴場の営業者の地位は令和5年12月13日施行の改正で事業譲渡でも承継できるようになりましたが、温泉法はその対象外です。

  • 許可を受けずに温泉を公共の浴用・飲用に供すると、6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象(39条5号)。会社の許可が下りてから切り替える
  • 静岡県の利用許可の申請手数料は35,300円、標準処理期間は15日。合併・分割による承継承認なら7,600円だが、個人事業主は使えない
  • 東京23区・40〜59歳・旅館業(第1種5%)の試算で、損益分岐は2年目以降1,243万円、初年度は許可の取り直し込みで1,376万円

温泉旅館や日帰り温泉の法人成りでは、旅館業の許可と温泉の利用許可を別々に考えます。**旅館業は事業譲渡で地位を承継できますが、温泉の利用許可は承継できません。**同じ施設、同じ源泉、同じ経営者でも、会社は温泉法の許可を一から受け直します。

この記事は、源泉を引いて温泉旅館・民宿・日帰り温泉を営む個人事業主を想定しています。温泉法の承継規定の構造、旅館業法・公衆浴場法との違い、会社が受け直す許可と掲示の届出、切り替えの順番を確認し、最後に損益分岐を計算エンジンで出します。

温泉の利用許可は、温泉を浴用・飲用に供する者が受ける

温泉を公共の浴用または飲用に供しようとする者は、都道府県知事の許可を受けます(温泉法15条1項)。保健所を設置する市と特別区では、市長・区長がこの許可を扱います(温泉法施行令2条)。

許可を受けずに温泉を公共の浴用・飲用に供すると、6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象です(39条5号)。従業員が会社の業務として違反した場合は、会社にも罰金刑が科されます(42条)。

申請書には、申請者の名称と代表者、浴用・飲用の別、温泉の湧出地、施設の場所と名称、温泉の温度と成分、分析した登録分析機関を書きます(施行規則7条1項)。許可の主体は「温泉を供する者」、つまり浴場を営業する人です。源泉を誰が持っているかではありません。

承継の規定は合併・分割と相続だけ

温泉法には、利用許可を引き継ぐ規定が2つあります。

  • 法人の合併・分割(16条):許可を受けた法人が合併・分割し、知事の承認を受けたとき、存続法人・新設法人・事業の全部を承継した法人が地位を承継する
  • 相続(17条):許可を受けた者が死亡し、相続人が事業を続けるとき、死亡後60日以内に知事に申請して承認を受ける

**事業譲渡の規定はありません。**個人事業主が自分の会社へ温泉施設を譲る法人成りは、合併でも分割でも相続でもないため、どちらの承継にも乗りません。会社は15条の許可を新規に受けます。

会社分割は、許可を受けた「法人」しか使えない

16条の合併・分割は、許可を受けた者が法人であることが前提です。個人事業主は会社分割ができないので、この道もありません。裏返せば、一度会社が許可を受けてしまえば、その後のグループ内の再編などでは承認を受けて許可を引き継げます。

掘削・増掘・動力の装置の許可(3条・11条)と、可燃性天然ガスの対策が要る地域での温泉の採取の許可(14条の2)も、承継の規定は合併・分割と相続だけです(6条・7条、11条2項・3項による準用、14条の3・14条の4)。源泉の工事や採取に関わる許可を個人で受けている場合は、どの許可が今も効いているのかを保健所・県の担当課で確認しておくと、法人成りの段取りが立てやすくなります。

旅館業・公衆浴場は令和5年の改正で譲渡承継ができた

温泉旅館の法人成りで混同しやすいのが、旅館業法との違いです。旅館業法は、営業者が旅館業を譲渡する場合に、譲渡人と譲受人がそろって知事の承認を受ければ、譲受人が営業者の地位を承継すると定めています(3条の2第1項)。手続きは旅館業の許可を法人成りで承継する方法にまとめています。

公衆浴場法も同じ時期に変わり、浴場業を譲渡したときは譲受人が営業者の地位を承継し、遅滞なく届け出る仕組みになりました(2条の2)。日帰り温泉の公衆浴場の許可は、これで会社へ移せます。届出の書類と承継後の調査は公衆浴場・興行場の法人成りにまとめています。

この2つは、旅館業法等の一部を改正する法律(令和5年法律第52号)で入った規定で、令和5年12月13日に施行されました。温泉法はこの改正の対象に入っていません。

許認可事業譲渡での承継手続き
旅館業の許可できる(旅館業法3条の2)譲渡人・譲受人が事前に知事の承認を受ける
公衆浴場の許可できる(公衆浴場法2条の2)承継後、遅滞なく届出
温泉の利用許可できない(温泉法16条・17条は合併・分割と相続のみ)会社が15条の許可を新規に受ける

結果として、温泉旅館の法人成りは「旅館業は承認で承継、温泉は新規許可」という2本立ての手続きになります。片方だけ済ませて切り替えると、温泉を無許可で供する期間ができます。

会社が受け直す許可と、掲示の届出

利用許可の申請(静岡県の例)

静岡県の例では、利用許可の申請手数料は35,300円、標準処理期間は15日です。合併・分割による承継承認の手数料は7,600円ですが、上で見たとおり個人事業主の法人成りでは使えません。

添付資料は、申請者が欠格事由に当たらない旨の誓約書、浴室・浴槽・飲用設備の位置と容積・配管を示した平面図、循環ろ過装置や加熱装置の概要、湧出地点から施設までの配管を示した案内図などです。飲用にも供する場合は、細菌・有機物の検査結果や施設の管理方法の書類が加わります。申請者が法人の場合は、窓口で登記簿謄本を確認するとしています。

静岡市と浜松市の施設は、それぞれの市の保健所が窓口です。手数料は自治体の条例で決まるため、他の都道府県・市では額が変わります。

成分等の掲示は、会社の名義であらかじめ届け出る

温泉を公共の浴用・飲用に供する者は、施設内に温泉の成分、禁忌症、入浴・飲用上の注意などを掲示し(18条1項)、掲示する前に内容を知事に届け出ます(18条4項)。届出書には、温泉を供する者の名称と代表者を書きます(施行規則11条1号)。

掲示の主体も「温泉を供する者」なので、会社が営業を始めるなら会社の名義で届け出ることになります。静岡県では、温泉分析書の写しと掲示場所を示した平面図を添付します。届出をしない、または掲示をしない場合は、30万円以下の罰金の対象です(41条1号・2号)。

温泉成分分析は前回の分析から10年以内ごとに受け直し(18条3項、施行令1条)、結果の通知から30日以内に掲示を変えます。法人成りの時期が分析の更新時期と近いなら、まとめて段取りを組むと掲示を2度作り直さずに済みます。

切り替えの順番:会社の許可が先、営業の移転が後

旅館業の承認と温泉の利用許可を同じ日にそろえる必要があります。順番は次のとおりです。

  1. 会社を設立する(申請には会社の名称・代表者が要る)
  2. 保健所に事前相談し、旅館業の譲渡承認と温泉の利用許可を並行して申請する
  3. 会社の名義で成分等の掲示を届け出る
  4. 承認・許可がそろった日を譲渡の効力発生日にする
  5. 個人の側の許可の扱い(廃止の届出など)を保健所の指示に従って済ませる

源泉を個人名義のまま残し、会社へ温泉を供給する形にする場合は、その供給の契約も別に整えます。静岡県の利用許可の添付資料には、飲用施設が温泉供給事業者から温泉を受けている場合の承諾書があります。源泉が組合や地主の所有で、個人として供給契約や利用の契約を結んでいる場合は、契約の相手方が会社でよいか、相手の承諾が要るかを確認します。

会社の設立そのものの手順と実費は会社設立を自分でやる手順に、許認可ごとの引き継ぎの型の違いは法人成りで許認可は引き継げるかにまとめています。

旅館業の個人事業税と損益分岐

温泉旅館・民宿の宿泊事業は、個人事業税の旅館業(第1種事業・税率5%)です(地方税法72条の2第8項19号、72条の49の17)。日帰り温泉は公衆浴場業で、入浴料金を知事が定める一般の銭湯は第3種事業、それ以外の公衆浴場業は第1種事業に入ります(72条の2第8項27号・第10項20号、地方税法施行令13条の2)。標準税率はどちらも5%です。

食材・人件費・燃料費などの経費を年2,200万円、経営者を40〜59歳と置き、事業所得ごとに個人のままと法人化の差を計算しました。

事業所得(売上−経費)最適な役員報酬2年目以降初年度(設立費用込み)
600万円月42万円−34.0万円−47.6万円
800万円月45万円−18.9万円−32.4万円
1,000万円月45万円−10.0万円−23.5万円
1,200万円月54万円−4.3万円−17.9万円
1,500万円月54万円+26.1万円+12.6万円
2,000万円月90万円+65.8万円+52.3万円

※ 当サイトの計算エンジン(node scripts/houjinnari-kyoninka-table.mjs --expenses 2200 --business type1 --age 40to64 --fee 35300 --note '旅館業(第1種・5%)' で再生成)で算出。経費2,200万円、東京都・東京23区、単身・40〜59歳、青色申告(電子申告65万円控除)、インボイス登録済み、合同会社。法人の税理士報酬35.0万円・個人15.0万円。役員報酬は手取り最大となる額を総当たりで選択。個人事業税は旅館業(第1種・5%)。初年度は合同会社の設立費用10.0万円と許認可の取り直し費用35,300円を差し引いた額。2026年(令和8年)分基準の概算

損益分岐となる事業所得(青色申告特別控除の前)は、2年目以降が1,243万円、初年度は利用許可の取り直し費用込みで1,376万円です。仮に許可の取り直し費用がかからなければ初年度は1,341万円(同じスクリプトから --fee 35300 を外して算出)なので、温泉の利用許可の新規申請は初年度の分岐を35万円押し上げます。

表は静岡県の手数料を東京23区の条件に乗せた試算です。旅館業の譲渡承認の手数料、掲示の作り直し、平面図などの図面の用意にかかる費用は含んでいません。自分の売上と経費は判定ツールで確かめられます。計算の前提は計算方法に載せています。

まとめ

  • 温泉法の利用許可(15条)の承継は法人の合併・分割(16条)と相続(17条)だけで、事業譲渡による法人成りでは会社が新規に許可を受ける
  • 旅館業と公衆浴場は令和5年12月13日施行の改正で譲渡承継ができるようになったが、温泉法は対象外
  • 静岡県の例で、利用許可の申請手数料は35,300円、標準処理期間は15日。無許可で温泉を供すると6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象
  • 成分等の掲示も、会社の名義であらかじめ届け出る(18条4項)
  • 旅館業(第1種5%)・東京23区の試算で、損益分岐は2年目以降1,243万円、初年度は取り直し込みで1,376万円

よくある質問

会社の代表者が自分なら、温泉利用許可の名義変更の届出だけで済みませんか。

済みません。許可を受けているのは個人のあなたで、会社は法律上別の者です。温泉法には事業譲渡で許可を引き継ぐ規定がないため、会社が15条の許可を新たに受けます。静岡県の住所・氏名の変更届は、許可を受けた本人の住所や氏名が変わったときのものです。

源泉を個人名義のまま残せば、温泉利用許可は個人のままでよいですか。

利用許可が要るのは「温泉を公共の浴用又は飲用に供しようとする者」です(15条1項)。浴場を会社が営業するなら、源泉の名義にかかわらず会社が許可を受ける側になります。源泉を個人から会社へ供給する形にするなら、その供給の契約も別に整えます。

温泉成分の分析は取り直しになりますか。

分析は10年以内ごとに受け直す決まりで、期間は前回の分析を受けた日から数えます(施行令1条)。法人成りそのものは分析の期限を動かしませんが、会社の利用許可の申請には温泉の成分と分析した登録分析機関を記載するため、手元の分析書が使えるかを保健所に確認してください。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。