社会保険

法人化して1年未満の傷病手当金は、標準報酬32万円で頭打ちになる

結論

協会けんぽの傷病手当金は、支給開始日以前に標準報酬月額が定められている月が12か月に満たないと、本人の平均と全被保険者の平均(32万円)の低いほうで計算します。役員報酬が月54万円の社長なら、法人化から1年以内の支給額は1日7,113円で、1年を過ぎた後の1万1,780円より4,667円少なくなります。出産手当金も同じ計算で、98日分では45.7万円の差です。

  • 12か月の数え方は、いま加入している保険者で定められた標準報酬月額の月だけ。個人事業主の国保の期間や、前職の健康保険組合の期間は数えない
  • 役員報酬が月32万円以下なら、本人の平均のほうが低いので1年目でも支給額は変わらない。差が出るのは報酬が32万円を超える社長だけ
  • 会社を辞めた後も傷病手当金を受け続ける継続給付は、資格喪失日の前日まで1年以上続けて被保険者だったことが条件。国保の期間は含まない

法人化の利点としてよく挙がるのが傷病手当金です。役員報酬が月54万円なら1日1万1,780円が出る、という計算は傷病手当金と出産手当金の日額で示しました。ただしこの額が出るのは、加入から12か月を過ぎた後です。法人化した直後の1年間は、別の上限で計算されます。

12か月に満たないと、32万円との低いほうで計算する

傷病手当金の1日あたりの額は、支給を始める日の属する月以前の直近の継続した12か月間の標準報酬月額を平均し、その30分の1に3分の2を掛けて出します(健康保険法99条2項)。

ここに例外があります。標準報酬月額が定められている月が12か月に満たない場合は、次の2つのうち低いほうを使います。

  1. 支給開始日の属する月以前の直近の継続した各月の標準報酬月額の平均
  2. 前年度9月30日時点の全被保険者の標準報酬月額の平均(を報酬月額とみなした標準報酬月額)

協会けんぽは2つ目の額を、支給開始日が令和7年4月1日以降の人について32万円としています(令和7年3月31日以前は30万円)。

法人化した社長にとって効くのは、12か月の数え方です。健康保険法99条2項は、平均に使う標準報酬月額を「被保険者が現に属する保険者等により定められたもの」に限っています。個人事業主として国民健康保険に入っていた期間は、当然数えません。会社員時代に別の健康保険組合に入っていた期間も数えません。法人を設立して健康保険に入った月が、12か月の1か月目になります。

役員報酬別に、1年目と2年目の支給額を比べる

役員報酬ごとに、法人化から1年以内に休んだ場合と、1年を過ぎてから休んだ場合の1日あたりの支給額を計算しました。

役員報酬標準報酬月額1年以内(1日)1年経過後(1日)1日あたりの差90日休んだ場合の差
月20万円20万円4,447円4,447円0円0円
月30万円30万円6,667円6,667円0円0円
月40万円41万円7,113円9,113円2,000円18万円
月54万円53万円7,113円11,780円4,667円42万円
月70万円71万円7,113円15,780円8,667円78万円
月90万円88万円7,113円19,553円12,440円112万円

※ 協会けんぽ。1年以内は加入後の各月の標準報酬月額が同じで、32万円より高い場合。30分の1の額は10円単位、3分の2の額は1円単位に端数処理(健康保険法99条2項)。休業中に役員報酬の支払いがないことが前提

報酬が32万円を超える社長ほど、1年目の頭打ちは大きくなります。 1年以内の支給額は、報酬がいくら高くても1日7,113円で止まります。月90万円の社長なら、1日あたり1万2,440円、1年経過後の額の6割強が出ないことになります。

逆に、報酬が月32万円以下なら差はありません。本人の平均のほうが低いので、1つ目の額がそのまま使われるからです。

手取りが最大になる報酬は、ほとんどが32万円を超えている

当サイトの計算エンジンで、手取りが最大になる役員報酬を売上別に出し、1年目と2年目の支給額を並べました。

売上−経費最適な役員報酬1年以内(1日)1年経過後(1日)出産手当金98日分の差
600万円月42万円7,113円9,113円19.6万円
800万円月54万円7,113円11,780円45.7万円
1,000万円月54万円7,113円11,780円45.7万円
1,500万円月54万円7,113円11,780円45.7万円
2,000万円月90万円7,113円19,553円121.9万円

※ 経費200万円・東京23区・40歳未満・独身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社/2026年(令和8年)分基準。最適な役員報酬は計算エンジンの出力

法人化を検討する帯(売上−経費600万〜2,000万円)では、手取りが最大になる報酬はすべて32万円を超えています。つまり、法人化の判定で傷病手当金を「保障が厚くなる」と数える場合、1年目はその厚みが割り引かれると考える必要があります。

出産手当金も同じ計算です。健康保険法102条2項が99条2項を準用しているため、出産の日以前42日・出産の日後56日の休業について、12か月に満たなければ32万円との低いほうで計算します。法人化の直後に出産を予定している女性の社長なら、98日分で最大100万円を超える差になり得ます。

会社を畳んだ後の継続給付には、1年の加入が要る

もう1つ、12か月がかかわる線があります。会社を辞めたり畳んだりして健康保険の資格を失った後も、傷病手当金を受け続けられる継続給付です。健康保険法104条は、次の両方を満たす人に、資格を失った後も受けられるはずだった期間の給付を続けるとしています。

  1. 資格喪失日の前日まで、引き続き1年以上被保険者であったこと
  2. 資格を失った際に、傷病手当金(または出産手当金)の支給を受けていること

協会けんぽは、1年の被保険者期間に、任意継続被保険者の期間と国民健康保険に加入していた期間を含まないと明示しています。個人事業主として長く国保に入っていても、法人化してから1年たっていなければ、継続給付の要件を満たしません。

一人社長にとって、この要件が問題になる場面は2つあります。法人化から1年以内に病気で事業を続けられなくなり、会社を休眠・解散させる場合と、療養中に役員報酬を0円にして健康保険の資格を失う場合です。報酬を0円にしたときの資格の扱いは役員報酬0円と社会保険で扱いました。どちらも、加入1年未満なら資格を失った時点で給付が止まります。

単年の手取りの比較に、どう織り込むか

当サイトの判定ツールは単年の手取りを比べており、傷病手当金・出産手当金の価値は金額に入れていません。法人化の判定が僅差で、「休んだときの保障」を理由に法人化を選ぶ場合は、次の順で考えると整理しやすくなります。

  • 法人化から1年以内は、保障の上限が1日7,113円(月30日で約21万円)であること
  • 1年を過ぎると、役員報酬に比例した額に上がること
  • 会社を畳む・報酬を止める可能性がある1年目は、継続給付が使えないこと

1年目の保障を厚くする目的で報酬を32万円以下に下げても、支給額そのものが下がるため意味はありません。1年目は保障が薄い期間だと認識して、民間の所得補償保険などと比べるのが現実的です。個人と法人での所得補償保険の扱いは所得補償保険の個人と法人の違いにまとめています。計算の前提は計算方法にまとめています。

まとめ

  • 傷病手当金・出産手当金は、標準報酬月額が定められている月が12か月に満たないと、本人の平均と全被保険者の平均(協会けんぽは32万円)の低いほうで計算する
  • 12か月は、いま加入している保険者での月だけを数える。国保の期間や前職の健保組合の期間は入らない
  • 役員報酬が月54万円の社長は、法人化から1年以内の支給額が1日7,113円、1年経過後は1万1,780円。出産手当金98日分では45.7万円の差
  • 手取りが最大になる報酬は、売上−経費600万〜2,000万円の帯ですべて32万円を超えており、1年目は保障の厚みが割り引かれる
  • 会社を畳んだ後の継続給付は、資格喪失日の前日まで1年以上の加入が条件で、国保の期間は含まない

よくある質問

会社員時代に協会けんぽに入っていた期間は、12か月に数えられますか。

支給開始日の属する月以前の「直近の継続した」期間で数えるため、会社員を辞めて個人事業主(国保)だった期間を挟んでいれば、それより前の期間はつながりません。健康保険法99条2項は、数える標準報酬月額を、被保険者が現に属する保険者等により定められたものに限っています。

法人化して半年後に病気になった場合、1年を過ぎたら支給額は上がりますか。

支給額は支給を始める日を基準に計算します。支給開始日の時点で12か月に満たなければ、32万円との低いほうで計算された額になります。病気が治った後、加入から12か月を過ぎてから別の病気で新たに支給が始まれば、その時点の12か月の平均で計算されます。

役員報酬を下げれば、1年目の支給額の不利はなくなりますか。

役員報酬を月32万円以下にすれば、1年目と2年目で支給額の計算は変わらなくなります。ただし支給額そのものは報酬に比例して下がり、手取りが最大になる報酬からも外れます。年に数万円の手取りと、休んだときの保障のどちらを重く見るかで判断が分かれます。

出典

本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。