社会保険
厚生年金44年の長期加入者の特例は、社長を続けると使えない
結論
厚生年金の被保険者期間が44年以上ある人は、特別支給の老齢厚生年金に定額部分(令和8年度は年84万7,680円)が上乗せされ、条件を満たせば加給年金(年42万3,700円)も付きます。ただし特例が使えるのは被保険者でない間だけで、役員報酬を受けて厚生年金に加入したまま社長を続けると定額部分は出ません。2026年時点で対象になり得るのは、昭和41年4月1日以前生まれの女性が中心です。
- 特例の条件は、特別支給の老齢厚生年金の受給権者で、被保険者期間44年以上、かつ被保険者でないこと(厚生年金保険法附則9条の3)。44年は1つの種別の厚生年金だけで数える
- 定額部分は1,766円×月数で、月数は480月が上限。44年(528月)加入しても年84万7,680円で頭打ちになる
- 特別支給の開始は昭和37年4月2日〜39年4月1日生まれの女性で63歳、39年4月2日〜41年4月1日生まれで64歳。男性はすでに対象の生年月日の人が全員65歳を超えている
このテーマの全体像 一人社長の社会保険料はいくらか
特別支給の老齢厚生年金は、ふつうは報酬比例部分だけです。そこに定額部分が付く例外の1つが、厚生年金に44年以上入った人の「長期加入者の特例」です。会社員として18歳前後から働き続け、60代で一人社長になった人ほど44年に届きやすい。ところがこの特例は、社長として厚生年金に入っている間は使えません。
特例が使えるのは「被保険者でない」間だけ
厚生年金保険法附則9条の3は、特別支給の老齢厚生年金の受給権者が、被保険者でなく、かつ被保険者期間が44年以上あるときに、年金額を定額部分と報酬比例部分の合計で計算すると定めています。要件を整理すると次の3つです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 特別支給の受給権者 | 生年月日が対象の範囲にあり、開始年齢に達していること |
| 被保険者期間44年以上 | 日本年金機構の厚生年金・公務員共済・私学共済のいずれか1つで満たす(合算不可) |
| 被保険者でないこと | 退職などで厚生年金の資格を失っていること |
法人の役員は、報酬を受けていれば厚生年金の被保険者です。44年に届いていても、役員報酬を受けて社長を続けている限り、3つ目の要件で外れます。 日本年金機構は、特例で定額部分が出たあと再び被保険者になると、定額部分(加給年金額を含む)の支払いが止まるとしています。退任していったん受け取り、その後に報酬を再開する、という使い方もできません。
個人事業主の期間や国民年金だけの期間は、44年に数えません。会社員時代の厚生年金が44年に届いていない人は、そもそも対象外です。
2026年に対象になり得るのは、ほぼ女性だけ
特別支給の老齢厚生年金は、生年月日によって受け取れる人が限られます。厚生年金保険法附則8条の2で、男性の最後の区分は昭和34年4月2日〜36年4月1日生まれ(64歳開始)です。この区分の人は2026年4月までに全員65歳になっています。男性で、これから特例を使う人はいません。
女性(第1号厚生年金被保険者)は5年遅れで、次のとおりです。
| 生年月日(女性) | 特別支給の開始年齢 | 65歳までの年数 | 定額部分の総額 | 加給年金も付く場合の総額 |
|---|---|---|---|---|
| 昭和35年4月2日〜昭和37年4月1日 | 62歳 | 3年 | 254.3万円 | 381.4万円 |
| 昭和37年4月2日〜昭和39年4月1日 | 63歳 | 2年 | 169.5万円 | 254.3万円 |
| 昭和39年4月2日〜昭和41年4月1日 | 64歳 | 1年 | 84.8万円 | 127.1万円 |
※ 開始年齢から65歳まで、44年以上・被保険者でない状態が続いた場合の最大額。令和8年4月分からの額で固定。昭和35年4月2日〜37年4月1日生まれのうち、2026年10月時点ですでに65歳を超えた人は残りの期間が短い
昭和41年4月2日以後に生まれた女性には、特別支給の老齢厚生年金そのものがありません。この表の範囲外の人は、44年加入しても定額部分の特例はないと考えてください。
もう1つの壁が、開始年齢までに44年に届くかです。18歳から途切れずに厚生年金に入っていても、44年に届くのは62歳です。63歳開始の人なら45歳以降、64歳開始なら46歳以降も加入が続いている必要があります。
定額部分は年84万7,680円。44年でも480月で頭打ち
定額部分は、附則9条の2第2項の式で計算します。単価は令和8年4月分から1,766円(昭和31年4月2日以後生まれ)、月数の上限は480月です。
- 定額部分 = 1,766円 × 480月 = 年84万7,680円(月7万640円)
44年は528月ですが、480月を超えた分は定額部分に反映されません。44年で受けても50年で受けても額は同じです。
加給年金も付きます。附則9条の3第2項は、加給年金の規定(法44条)をこの特例に準用しています。生計を維持している65歳未満の配偶者がいれば、令和8年度は特別加算を含めて年42万3,700円です。加給年金の要件の詳細は加給年金は厚生年金20年が条件で扱っています。
65歳になると、定額部分は老齢基礎年金と経過的加算に置き換わります。特例は「60代前半の数年間だけ、65歳以降に近い額を前倒しで受け取る」仕組みです。65歳以降の経過的加算の増え方は経過的加算は60歳以降の厚生年金1年で2.1万円増えるで計算しています。
社長を続ける場合と、退任して個人事業で続ける場合
特例を使うには、厚生年金から外れる必要があります。一人社長なら、退任して法人をたたみ、個人事業主として同じ仕事を続ける形が考えられます。60歳以上は国民年金の第1号被保険者でもないので(国民年金法7条1項1号)、個人事業主に戻っても年金保険料はかかりません。
計算エンジンで、64歳開始の女性が1年間どちらを選ぶかを比べました。社長を続ける側は最適な役員報酬、退任する側は個人事業の手取りです。報酬比例部分は基本月額10万円と置きました。
| 事業所得 | 社長を続ける:最適報酬 | 事業の手取り | 年金(報酬比例・在職停止後) | 合計 | 退任して個人事業:事業の手取り | 年金(報酬比例+定額部分) | 合計 | 差(退任−続投) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 400万円 | 月28万円 | 270.5万円 | 120.0万円 | 390.5万円 | 313.8万円 | 204.8万円 | 518.6万円 | +128.1万円 |
| 600万円 | 月42万円 | 403.7万円 | 120.0万円 | 523.7万円 | 432.7万円 | 204.8万円 | 637.5万円 | +113.7万円 |
| 800万円 | 月45万円 | 530.0万円 | 120.0万円 | 650.0万円 | 543.9万円 | 204.8万円 | 748.6万円 | +98.6万円 |
| 1,000万円 | 月45万円 | 655.8万円 | 120.0万円 | 775.8万円 | 660.1万円 | 204.8万円 | 864.9万円 | +89.1万円 |
| 1,200万円 | 月54万円 | 780.3万円 | 120.0万円 | 900.3万円 | 776.7万円 | 204.8万円 | 981.5万円 | +81.2万円 |
| 1,500万円 | 月54万円 | 964.7万円 | 120.0万円 | 1,084.7万円 | 930.6万円 | 204.8万円 | 1,135.4万円 | +50.7万円 |
※ 経費200万円・東京23区・60〜64歳(介護保険あり)・単身・青色申告(e-Tax)・インボイス登録済み・合同会社。個人事業側は60歳以上のため国民年金保険料なし(社会保険料控除もない前提で税額を計算)。年金は額面で、年金にかかる所得税・住民税と国保の増加は引いていない。加給年金は含めない/2026年(令和8年)分基準(scripts/choki-kanyusha-tokurei.mjs)
差の中身は2つに分かれます。1つは定額部分の84万7,680円で、どの所得でも同じです。もう1つは事業そのものの手取りの差で、事業所得1,000万円までは個人事業が上回り、1,200万円では法人が3.6万円、1,500万円では34.1万円上回ります。事業所得1,500万円でも、定額部分がその差を埋めて退任側が50.7万円多い計算です。
この表の年金は額面です。退任側は年金収入が増えるぶん、所得税・住民税と翌年度の国保料が上がります。社長を続ける側は、報酬比例部分が在職老齢年金で止まっていません。基本月額10万円と厚生年金の標準報酬月額(最大53万円)の合計が65万円を超えないためです。報酬がもっと高い人は、続投側の年金がさらに減ります。
表に入っていないもの
- 法人をたたむ費用と、内部留保を引き出すときの税。表の続投側は内部留保の引出しコストを差し引いた手取りです
- 社長を続けて厚生年金に入る1年分、65歳以降の報酬比例部分が増える効果(65歳以降ずっと続く)
- 取引先との契約、許認可、従業員の有無など、法人を閉じられるかどうかの事情
60代前半の判断は、年金の受け取り方と事業の器が同時に動きます。60歳以降に法人化して年金に入るかどうかの論点は60歳からの法人化と国民年金の任意加入、在職中の年金の止まり方は在職老齢年金と法人化で計算しています。
役員報酬を0円にする方法との関係
法人を残したまま役員報酬を0円にすると、厚生年金の被保険者資格を失う扱いになり得ます(役員報酬0円で社会保険は外れるか)。資格を失えば、特例の「被保険者でない」には当たります。ただしこの場合、法人に残る利益には法人税等がかかり、社長が生活費を受け取る手段が配当か内部留保の取り崩しになります。当サイトの計算エンジンは報酬0円の社会保険を扱っていないため、この形の手取りは計算していません。
いずれの形でも、特例は生年月日・44年・資格喪失の3つが同時にそろう数年間だけの話です。自分が表の範囲に入るかを先に確かめ、入る場合だけ、事業の手取りと年金を一緒に比べてください。事業の側の差額は、自分の売上と経費で判定ツールに入れると出せます。
まとめ
- 長期加入者の特例は、厚生年金44年以上・特別支給の受給権者・被保険者でない、の3つがそろうと定額部分(年84万7,680円)と加給年金が付く
- 役員報酬を受けて社長を続けている間は被保険者なので使えない。再び被保険者になると定額部分は止まる
- 2026年時点で対象になり得るのは、昭和41年4月1日以前生まれの女性(開始62〜64歳)が中心。男性は対象の生年月日の人がすでに65歳を超えている
- 64歳開始の1年で比べると、退任して個人事業で続ける側が事業所得400万〜1,500万円で年50.7万〜128.1万円多い(年金は額面、年金にかかる税・国保は未控除)
よくある質問
44年の中に、国民年金だけの期間や公務員の共済期間は含められますか。
国民年金(第1号)の期間は厚生年金の被保険者期間ではないので含まれません。日本年金機構は、44年は日本年金機構の厚生年金・公務員共済・私学共済のいずれか1つだけで満たす必要があり、複数を合算できないとしています。
退任後にまた役員報酬を受けて厚生年金に入ったらどうなりますか。
日本年金機構によると、特例で定額部分が出たあと再び被保険者になると、定額部分(加給年金額を含む)の支払いは停止します。
特例を受けるための届出は必要ですか。
退職して事業所が資格喪失届を出すと、特例の手続きも併せて行われるため、本人が定額部分のために届け出る必要はありません。加給年金の対象者がいる場合は、加給年金額加算開始事由該当届の提出が案内されています。
出典
本記事は2026年(令和8年)分 基準の制度にもとづく一般的な解説であり、税務上の助言ではありません。 制度は毎年改正されます。実際の判断は最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。 内容に誤りを見つけられた場合は お問い合わせ よりご指摘ください。